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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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ネガイカナヘバ 1
黒猫堂怪奇絵巻第6話 ネガイカナヘバ 掲載1回目です。

前回までの黒猫堂怪奇絵巻
 巻目市市役所環境管理部第四課変異性災害対策係
 ”怪異”による現実世界への干渉、変異性災害に対処するための部署。
 変異性災害対策係に雇われている祓い師の一人、香月フブキは、夜な夜な奇妙な鳴き声を発する怪異”鬼”憑きの対処を行っていた。その中で、怪異憑きたちは全員、私立陽波高校の校庭で撮影された桜の写真を所持していることに気が付く。
 フブキは、桜の写真と怪異憑きの関連性を疑い、これを突き止めるために上月桜として陽波高校に潜入する。
 フブキは同クラスの友人、結城美奈とともに陽波高校新聞部の七不思議取材に協力するも、桜の写真の詳細はつかめない。調査に行き詰まりを感じるフブキをよそに、陽波高校の生徒の中にも”鬼”に憑かれた生徒たちが現れる。
 桜の写真の線をあきらめ、"鬼”憑きたちの周辺調査を始めたフブキは深夜の陽波高校で鬼化した生徒に襲われ、これを退けるも、自らの身体の異変に恐怖を感じていた。(キルロイ)

 一方、同時期、巻目市風見山地区では子供の短期失踪と記憶喪失が連続する事件が発生していた。同じく変異性災害対策係の祓い師である秋山恭輔と同職員夜宮沙耶は、風見山地区の七鳴神社を拠点として、同事件が変異性災害によるものか調査を行っていた。調査の過程で子供たちと同様、異界へ迷い込んでしまった秋山恭輔は、異界の中で失踪事件を惹き起こしていた怪異を祓う。しかし、現実世界に戻った秋山を待ち受けていたのは、ウサギの被り物をかぶった奇妙な男であった。(とおりゃんせ 迷い家)

今までの黒猫堂怪奇絵巻
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う
黒猫堂怪奇絵巻5 キルロイ

―――――――――



黒猫堂怪奇絵巻6 ネガイカナヘバ



 植物は大地に根を張り、その養分と水分を糧に成長していく。それが、植物たちの基本的な生き方だ。
 しかし。目の前に息づく一本の樹木。これは、そういった植物たちの生き方から離れてしまっている。この木が吸い上げているのは陰気だ。
 うつつに漂う多くの感情、それに引き寄せられる異界の力。男の目の前にそびえる木はそうしたモノを養分に、生命を繋いでいる。
 青々と茂るその奇怪な樹木を前に、男はぼんやりと立ちつくしていた。突然記憶を失くしてその場に放り投げられたかのように、呆けた表情。身体に力が入っている様子もない。
 ただ、その眼だけが、暗い光を放ち樹木に見入っていた。
「じいちゃん。私、お母さんと買い物に行ってくるね!」
 男の背後から聞こえた少女の声。その声に反応して、男の全身に力がめぐっていく。男は、はたと自分の居場所に気がついたように足元を確認し、そして、ちらと背後を確認した。
 男の背後には民家の縁側があった。縁側には白髪交じりの初老の男が腰かけており、民家の中、和室の障子を振りかえっている。障子の向こうには、半分だけ顔を出して、和室と縁側を覗きこんでいる少女がいた。
 少女は庭に立ちつくす男を見た。いや、男ではなく、男の背後にあった樹木を見ているのかもしれない。何か言いたそうに眉を潜め、そして、そのまま玄関へと走り去った。
 あの少女は、男を見ていたのだろうか。男は徐々にはっきりとしてきた意識の中で考えた。いや、男ではなく、背後の樹木を見ていたのだろう。

 つまり、彼女にはこの木が何であるかわかっていたのだ。

 男は改めてその木の全体を眺めた。あの時、木の中に満ちていた陰気はどこにもない。幹に入った大きなひび。それによって切断された陰気の回路。おそらく全ての陰気が吹き出てしまったのだろう。あるはずのない生命に満ちていたはずの樹木はただの抜け殻になってしまっている。
 そして。男の背後の民家もまた、酷く朽ちている。清潔に保たれていたはずの縁側は埃や泥、枯れ葉が積り、湿気と乾燥の連続でひび割れている場所もある。その先に続く和室には、土足で踏み入った者もいたのだろう。土で汚れ、畳が歪んでいた。
 民家には長らく人が暮らした気配がない。この家もまた、抜けがらなのだ。

 男の左手で、金属が反響する音が響く。重たい何かを引きずる音と共に、敷地の端にひっそりと建っていた蔵の扉が開く。
 蔵の中から顔を出したのは、つるりとした卵のような顔だ。目も鼻も、口も、本来あるべきものは何一つない。月あかりの下に踏み出して、ようやくそれが仮面だとわかる。
 その人物は、顔のない仮面をつけているのだ。
「よく、こんな場所を知っているね」
 仮面の奥から、その人物は声を上げた。声質からすれば、男。しかし、朽ち果てた民家の庭に立つ男は、蔵から出てきた仮面の者の顔を見たことがない。それでも、構わない。彼の素性について、男は必要な事を知っている。
「住宅地の中だと言うのに、ここまで朽ちていても見とがめられることがない。まるで、誰もがこの家を忘れているみたいだ」
 この家は抜けがらだ。誰もがこの家に注意を払わなくても、自然の成り行きだろう。男はそう思う。
「ところで、さっきから、その木を見ているようですが、何なのですか」
 仮面の男は問う。
 この木が何であったのか。そう、強いて言えば。
「とても、珍しい木だ。この木は世にも珍しい実をつける」
 初めてこの木の下を訪れた時には、驚いた。
 陰気を吸い上げる木、そこに生るのは、人の顔だ。勘定のない人の顔が生り、こちらに笑いかける。怪異の生る木、それが男の前にたたずむ抜けがらの正体だ。

 山谷にあり その花人の首のごとしものいわずしてたゞ嗤うことしきりなし
  しきりにわらへばそのまま落花するといふ
――鳥山石燕「今昔百鬼拾遺」

******

 祖父の家には奇妙な木があった。
 二階建ての家の、南側に面した縁側。縁側の先には蔵と小さな庭があり、その木は庭の片隅にひっそりと息づいていた。
 私の両親は、祖父がこの家を買った時から生えていた木であり、特段不思議なところはないと思っていたという。家族の中であの木を厭がっていたのは、家を購入した祖父と、私の二人だけだった。
 祖父は家を買った当時から木の周りに小さな柵を立て、祖母や母に柵の中には近づかないよう厳しく言いつけたのだという。
 祖母も母も祖父の行動の意味が分からず、はじめは混乱したという。祖父はそうした母たちの困惑を知ってか知らずか、やがて柵の中にいくつか花を植えるようになり、私が祖父の家を訪れるころには、その木の周りは小さな花壇として整備されていた。
 祖父はその花壇を大層大切にしており、祖母も母も勝手な手入れはしなかったという。もっとも、私が想像する限り、祖父は花壇を守りたかったのではなく、母たちをあの奇妙な木から守りたかったのだろう。
 私はといえば、両親に連れられ祖父の家を訪れても、その木におびえて縁側にも庭にも近づかなかったという。母が庭に連れ出すと大声で泣き出す始末であり、いつもは外を走り回るような子供だった私は、祖父の家にいる間は決して庭に出ようとしない、そういう子供だったのだという。
 私のそうした様子に理解を示したのは祖父だけであり、祖父は事あるたびに母に私のことを気にかけるよう諭していたという。
 先日母に会ったとき、母は今の私の生活を聞き、あの時祖父の話に耳を傾けておくべきだったと後悔の言葉を残した。それは、あの木にまつわる私の体験を思ってではなく、あの体験を起点に私の今が形成されたという結果に対する後悔なのだろう。
 少なくても、私は今の“日常”は私らしいものだと思っているし、後悔はない。
――本当に? 本当に後悔はない? あの日、あの木を見なければ。そう思ったことは?
ファミレスのテーブルに座り、私に話しかける母の顔は、あの木に実った果実と同じように感情のない顔を貼り付けていた。
 私は思わず息をのみ、自分の身をのけぞらせた。両手で周りを探っても、頼みの綱は存在しない。母の顔と向き合うのが怖くなり、視線が店内のほかの人間を追いかける。席の隣の通路を歩くウェイターに声をかけようと思ったが、その顔もまた母と同様であったため、私は完全にパニックに陥った。
 隣の客も、レジ前で会計をしている店員も、店の中にいるすべての人間があの顔をしている。生き物としての血が通っていないため白くつるりとした肌。目も口も付いているが、それはこれが顔であると主張するためにしかたなくつけたような違和感を与える。瞳孔が開き、瞬きはない。何があろうと視線は動くことがなく、ただ真正面を見つめている。口は半開きで、中は昏く、歯は見えない。髪型だけは種類があり、髪だけが人間のそれと同様の生気に満ちている。
 祖父の家の庭に生えていた一本の木。その木が不定期に付けていた人の顔をした実。ファミレス内のすべての人間が、あの実と同じ顔をしているのだ。
 そんな馬鹿な。
 人の顔の実をつける異形の木。その木はすでに死んでいるはずだ。周囲の人間の昏い感情を吸い上げる脈を絶ったのは、ほかのだれでもない私自身なのだ。
 なのに、なぜ。今になってあの顔がいる。
――どうしたの。やっぱり、後悔しているんじゃない。私たちを斬ったこと。
 母の身体から生えた実が、母の声で話しかける。
 気が付けばとっさに左手が母のほうへと延びていた。私の左手に掴まれた母の頭からはべたついた汁があふれていた。頭頂部から口のあたりまでにかけて何本ものひび割れが走り、母の顔からは甘ったるい匂いがあふれ出る。
母の顔からポタポタと落ちる汁は、テーブルに零れて染みこんでいく。染みた部分のテーブルが割れ、黒い芽が顔をのぞかせる。この芽はあの木のように成長して、怪異を増やしていくかもしれない。早く、なんとかしなければ。
けれども、左手がうまく動かない。母の頭から流れ出る汁がべたついて、頭から手が離れないのだ。
――やめて、痛いわ。とても痛い。
左手をはがそうと力を入れた途端、母の声が聞こえた。そして、卵を握りつぶすような感触とともに、私の顔には生暖かい液体がかかった。
思わずつぶった目を、おそるおそる開く。
私の前に座っていたはずの母は、頭をなくしてテーブルに突っ伏していた。彼女の頭の代わりに生えていた、あの実の残骸がテーブルに散らばっている。私の左肩から延びた手からは、あの実に生えていた髪の毛が何本も何本もはみ出していた。
私の手は、人間のそれではなく、獣のような毛におおわれ、巨大な爪が生えていた。まるで、虎の前足のような私の手は、怪異と化した母の頭を握りつぶしてしまったのだ。
私がそのことを理解したのは、母が机に置いた携帯端末が着信をうけて震える音を聞いたときだった。

私は力の限り叫んだ。私の喉から出る声は、人の声ではなく、獣のそれだった。

 何かに揺り起こされるような感触を覚え、香月フブキは飛び起きた。両手は強く布団を握っており、首筋を厭な汗が伝うのがわかる。
 悪夢を見た。夢の中身は鮮明に覚えている。なぜあのような夢をみたのか。久しく見ることはなかったはずなのに。
 呼吸を整えているうちに、フブキは寝ていた場所が自分の部屋ではないことに気が付いた。消毒薬の匂いがする。鷲家口ちせの研究室……いや、今日はちせには会っていない。じゃあ、ここは、どこ。

「大丈夫か?」

 聞き慣れた声とともに、誰かがフブキの肩に手をかけた。さっきのは悪夢だとわかっていても、もしかしたらあの顔かもしれないという不安がよぎる。フブキはそっと声の主の顔を伺った。
 すっかり見慣れた、けれどもしばらく見ることがなかった顔だ。最後に会ったのは……宿見家での虎騒動のときだろうか。あの時に比べると、表情に疲れが見える。
「見舞いに来て、大泣きして、眠ったかと思ったら、うなされるし飛び起きるし。何をしに来たんだ、フブキ」
 秋山恭輔は、フブキの肩をぽんと叩いて、隣のベッドに座った。
 フブキは、自分が秋山の病室の空きベッドで眠っていたことにようやく気が付いた。
 不意に顔が熱くなる。眠っていたどころか、悪夢でうなされたところまで、秋山に見られていたのだろうか。
「あっと、えっと、えっと」
 いつもみたいに強気で話せばいい。せっかく見舞いに来たのに、何しに来たとはどういう領分なのだと、言い放ってしまえばいい。そう思うのに、口はいうことを聞いてくれない。フブキの身体は言葉に詰まって俯く以外の選択肢をくれないようだった。
「フブキ、落ち着いて。今、ちせも来る。昼間に比べたら体の調子も戻ってきているし、少し話をしないか」
 フブキは、秋山の申し出に、小さく一回、うなずいた。

―――――――――
ネガイカナヘバは、キルロイから続く陽波高校七不思議編の解決編です。
年内に書き終わることを目標に。

次回 黒猫堂怪奇絵巻6 ネガイカナヘバ2
その他 短編  エンドロール
        ほか1篇くらい何かかければいいなと思います
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プロフィール
HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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