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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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灰色ウサギと私
USBメモリから発掘したテキスト。いつ書いたのだろう。
唐突に終わるので、何かの物語を書こうと思わずに作った文章のような気がする。

あと、相変わらず一文が長い。

以下本文
*******

 夕方の交差点は車が大量に行き来していて、見ているだけでも疲れてしまう。徐々に暗くなる街の中で、ひっきりなしにやってくる車の明かりが目立つようになってくる。
「はぁ……なんか疲れた」
 私は会社の屋上で煙草をくわえて、向かいのビルのディスプレイで流れている流行の歌のPVを眺めていた。
 禁煙して一ヶ月。時折こうして煙草をくわえてみるものの、なんとなく火をつけることが憚られて、結局火のない煙草を馬鹿みたいにくわえてしまっている。
「流行の歌ってのはなんていうか滑稽だよねぇ」
 気がつくと、柵の上で灰色ウサギの奴が器用にタップダンスを踊っていた。私はいつものように見ない振りをする。けれども、ウサギの奴は柵を伝って私の手に乗り、ととと、と上って私の右肩にちょこんと座った。シルクハットを脱いで、前足でそれをくるくるっと回しながら左右に揺れてリズムを取る。
「ねぇねぇ、そう無視しないでよ」
「ああ、うるさいな。今は疲れているの」
「んもー。ね、あれは今流行の歌手の***だよね。新曲?」
「そうよ。新曲。『星の降る夜に祈りを捧げて』、片想いの切ない心を歌った曲よ」
 私は仕方なく灰色ウサギに返答をする。ウサギはタイトルを何回か繰り返した後、くしゅんっと小さなくしゃみをした。ウサギのやつがくしゃみをするときは、皮肉めいたことを思いついたときだ。すぐに捻くれたたとえ話が飛び出てくるに違いない。
「片想いの切ない心か。きっとあのビルの前を歩く若者達が、共感するぅー私たちの気持ちを代弁してくれるーとか盛り上がって、初週は沢山売れるんだろうね」
「はいはい。何が言いたいのよ」
「んー? 君は、小説と詩、どっちが芸術としての価値が高いと思う?」
 灰色ウサギの問いが、今までの話と噛み合わなくて、私は眉をひそめた。小説と詩の芸術性の優劣なんて考えたことがない。どっちもそれぞれ芸術性があったりなかったりするだろうし、そう易々と対比できるものでもあるまい。
「ふふんっ。まったく別次元だって答えたいのだろうけれど、それはそれ。仮に無理やり比較するならば、どっちに価値をおきたいかって考えてみてよ」
「それなら、詩、かな」
「なんで?」
「それは、小説みたいにまどろっこしく自分の描きたいことを伝えないで、そのときに作者が伝えたい表現をぎゅっと詰め込んだのが『詩』だからじゃない? たった数行で表現が出来ることこそ、表現者の技術だって、大学の後輩が主張していた気がするよ」
「ははぁん。確かにその後輩が言うみたいに、詩は少ない表現に一杯の感情を詰め込んだものかもしれない。芸術性の優劣というのがそういった要素で決められるのならば、それは楽でいいよね。んじゃ、詩ってのは長く知られ続けるべきなのだと思う?」
「そうなんじゃない。共感できて、情景を思い浮かべられて、そういった綺麗な表現が残り続けるのはいいことじゃない。ああ、そういう意味じゃ歌もそんなものなのかな」
 私は灰色ウサギがなぜ詩と小説の区別の話をしたかがちょっとだけわかった気がした。
「共感が出来る綺麗な表現ねぇ。ふふんっ。耳障りは良いけれど、詩や歌に対するそういう評価ってのはとても滑稽だよねぇ」
「どうして? 素晴らしい作品はずっと残り続ける、いいことじゃない」
「まあね。でも、君や人々の間で残り続けている詩や歌は本当に『残っているのだろうか』と考えたことはない?」
「本当に残っているか……?」
「そう。詩や歌は作り手のそれまでの経験や感情がぎゅっと凝縮されて出来上がるもの。だから、良い歌、良い詩には、一言一言に大きな輝きが満ちている。そのこと自体は素敵なことだと思うよ。けれども僕らが歌や詩を楽しむとき、作者の凝縮されたそれらをきちんと理解できているのかな」
「きちんと理解……そういえば、詩とかは韻を踏んでいるから綺麗とか、なんとなく雰囲気がつかめて綺麗とは思うけれど、あんまり製作された背景なんて考えないかもね」
 ましてや歌なんてのは消費物だ。目の前で流れている歌なんてのは早ければ半年、遅くたって1年か2年もすれば忘却の彼方だし、歌っている歌手がどんな思いで作詞作曲したのかというインタビュー記事を読みながら曲を聴く人がいったいどれだけいるものだろうか。
「ふーん。作り手の経験や感情を掴みきれない歌や詩は、果たして芸術性がある素晴らしい作品なのかなぁ」
「え……?」
「だって、君は詩がステキなのは少ない表現に作り手が凝縮されているからだって言ったのに、その作り手が何を考えているかは知ろうとしないんでしょ? つまり、作り手について学ぶ気がない。けれど、その状態で歌・詩がステキだー共感したーと喜んでそれを求めている。その構図ってのはとっても滑稽だと思わない? 君たちはいったい何に共感して、何をステキと思っているんだい?」
 ううむ。灰色ウサギの言葉は屁理屈のような気もするが、こうやって尋ねられてしまうと、私には反論できる言葉がない。
「共感する対象が不在の空虚な詩、流行の歌ってのはその最たるものだとは思わない? そして、対象を探そうともせずにただ良い歌だと喜んで聞いている人たちは、非常に滑稽じゃないか」
「はあ……まあねぇ」
 灰色ウサギは肩から降りると再び柵のほうへと歩いていき、柵の上で私をみる。
「ま、もっとも僕らはどんなに言葉を紡いでみても、相手のことがわからない。言葉以外でも繋がっているはずの僕と君ですらわからないんだから、どんなに頑張ったって表現物にこめられた思いを正しく理解なんて出来ないんだ。結局はおおよその人が理解するのと同じように理解することが、ある程度正しい受け止め方なんだよ」
「だったら、滑稽なんていわないでよ」
「滑稽なのは滑稽だもの。それに、君がそうやって暗い顔して交差点なんか眺めているから、暇なのかと思ってさ」
 灰色ウサギはシルクハットを片手に仰々しく一礼をして、くるりと一回バック転をすると煙のように何処かに消えてしまった。

「せんぱーい。そんなところで何やってるんですかー?」
 後輩が屋上の扉を開いて駆け寄ってきた。灰色ウサギと話しているうちに、空はすっかり暗くなってしまった。交差点は車のライトとネオンによって昼とは違う輝きを放ち始めている。ディスプレイで流れていた音楽番組は一周して、再び『星の降る夜に祈りを捧げて』のPVを流している。後輩は柵のところまで駆け寄ってきて、PVの流れているディスプレイをみて「わぁ」と声をあげた。
「『星の降る夜に祈りを捧げて』良い曲ですよね、こうやって街中で流れているのを観るとまた違うなー」
 後輩は純粋に目を輝かせているに違いないのだが、私はさっきの灰色ウサギとの会話がひっかかり、後輩の方をみることができない。果たして後輩はこの歌のことをきちんと知っているだろうか。私が出会ったあの歌手の何を知っているのだろうか。いや、私だって何を知っているかと聞かれれば、ほとんど答えられなんてしないのだ。彼女の曲作りをバックアップしたり、プロデュースしたといえど、私は、彼女の人生も、『星の降る夜に祈りを捧げて』にこめられた想いも正しく受け止められている気がしない。
 ディスプレイの中では彼女が力いっぱい自分の想いを紡いでいる。ディスプレイの境界面が、交差点の明かりが、腕を乗せている柵が、全てが彼女と私の間の距離を示している気がする。
「そうね。良い曲だ。良い曲だよ、あれは」
 私はそういってくわえていたタバコを手に取り携帯灰皿に突っ込んだ。
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プロフィール
HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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