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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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薄闇は隣で嗤う1
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家

―――――――
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う


 怪談は市井の人々にとっての娯楽である。
 季節の移り変わりや,場所の移り変わりとともに怪談は発生し,語られ,そして消費されていく。
 もっとも,怪談が娯楽として昇華する以前において,怪談とは体験である。未知なるもの,異なるものと遭遇することで生まれる,日常から外れた体験。それが怪談の原型だ。
 純粋に創作された物も多いだろう。しかし,私は創作物も体験だと考えている。現実に遭遇したわけではないが,創作者たちは自らの頭の中で怪談という非日常を体験しているのだ。

 そして,私がここに集めようとした“怪談”とは,娯楽としてのそれではなく,体験としての怪談である。
――西原当麻「現代怪奇譚蒐集」








*******

「お客さん,珍しいね。そんな本を欲しがるなんて」
 カウンターに置いた商品を眺めて,アルバイトらしき青年は声をあげた。人の買おうとした本について店員に対してとやかく言うのはどうかと思い,私は彼に対して返答をしなかった。
「いまどき西原当麻の著作に目を向ける人がいるとはね。しかも,巻目市の地図まで買うなんて,お姉さん,研究者か何か?」
 “研究者”という言葉に反応して青年の方に目を向けると,彼は私の買おうとしている本を開いて目を輝かせていた。
「あの,会計してほしいんですけれど」
「ああ,ごめん。西原当麻の著作なんて珍しいからさ。しかも,この巻目市の古本屋にそれが並んでいるなんて,なんという縁だろうかと思ってね。お姉さんだって,びっくりしてるんじゃないの。西原当麻の故郷であるこの街に彼の本が売っていること」
「別に」
「あれ? そう? そうかー。まあ,いいや。はい,全部合わせて2万5千円ね」
 青年は私から代金を受け取って,レジスターに無造作にそれを突っ込んだ。そして,おつりと一緒に四角い紙片を返す。
「これ,なんですか」
「ああ。それは招待状。巻目市の怪異研究者向けのね。知り合いが置いていったんだ。見かけたら渡してくれないかってさ」
 青年は,怪異研究という部分を強調し,私にほほ笑んだ。

 それが,私,迎田涼子が変異性災害と呼ばれる特異な現象を実際に体験する契機となった出来事だ。
 あの出来事から数年。
 私は変異性災害により身体を燃やされ,気がつけば見覚えのあるこの古本屋の前に立っていた。通りを歩く人と時折ぶつかりそうになるが,私は彼等の身体をすり抜けてしまう。
 私は死に,そして,精神だけがこの古本屋の前にいるということなのだろうか。
 でも,どうしてこの古本屋なのだろう。人は死ぬ前に走馬灯のように人生を思い出すと聞いたことがあるが,この古本屋は私にとってそれほど大きな場所だったのだろうか。こんなどこにでもあるような古本屋が?
「あれ,お姉さん,久しぶりだね」
 店内から顔を出したのは,あの時の青年だった。彼は私を見て驚いたように目を丸くし……そして,私の様子に気がついてため息をついた。
「西原当麻の著作は本物ってこういう意味だったのか」
 彼は入口の立て札を「閉店」に換えて,私を店内に招き入れた。
 店の奥,従業員休憩用の部屋で,私は青年と向かい合うようにして座った。死んだはずの私が,まるで生きているかのように振る舞っていて,なんだか滑稽だ。
 彼は私に対してお茶を出してくれたが,当然私にはそれを飲むことはできない。
 私の戸惑う様子を見て,彼はちゃぶ台に手をついて頭を下げた。
「ごめん。本当にごめん。こんなことになるなら,君に本を売らなければよかった」

2 
「おかしいな。この辺りにあるはずなんだけど,西原当麻,西原当麻っと。うーん」
 渡したメモ用紙を片手に書庫を探しまわる図書館司書の後ろ姿が,本日何度目かの光景と重なって,夜宮沙耶は,早々にここに期待することを諦めた。
「なかったらいいんですよ」
「そう言うわけにもいかないですよ。ウチの検索システムでは確かに蔵書として存在しているんですし,それに誰も借りだしていないなら何処かにあるはずですけどねぇ」
「じゃあ,私ももう一度開架を探してみますので,しばらくしたらまた戻ってきますね」
「え,ああ。申し訳ないね。1時間くらいしたら,カウンターの所に来てくれないかな」
「わかりました。こちらこそ,お手数かけてすみません」
 書庫を出ると,張りつくような暑さが舞い戻り,夜宮は額に手をやった。
 巻目市立市民図書館,四階建ての本館の他に,東には郷土資料をまとめた郷土資料館,西には過去の新聞記事等雑多な資料を保管している別館,そして,本館の北側,三つの建物に囲まれた中庭の先に置かれた修復等の理由により開架から引き揚げられた書籍を保管している書庫棟。4棟に分かれて,各種の本や資料を保管するこの図書館は,市内の大学図書館よりも蔵書量が多い。
 ここはまさに本の城だ。
 しかし,その本の城でさえ,夜宮が目的とする資料は見つからない。西館へと続く渡り廊下の途中で歩みを止め,夜宮は再度,背後の書庫に目をやった。
 先日の風見山地区における“迷い家”事件において,真柴翔が語った“山籠りの巫女”という言葉。それは,西原当麻という作家の著作の一つに付けられた題名らしい。
 夜宮は郷土資料館の一角に座り,職場で打ち出してきたリストに目を通す。
 西原当麻という人物は,一口に言えば怪談作家である。しかし,その著作名だけを見ても約半分は物語というより研究論文と言うべき代物だ。特に,夜宮の目を引いたのは,怪異論と題された連作だ。ネットワークスペースの中で細々と公開されている書評を見る限り,変異性災害のメカニズムに関する在野研究のように思えたからである。
 真柴翔に憑いた何者かが,そのような人物の作品名を呟いたことにはどのような意味があるというのだろうか。“山籠りの巫女”という作品が見つからないとしても,せめて怪異論の一冊でも手に入ればいいのだが。

*******

 比良坂記念病院。
 比良坂民俗学研究所に併設された形で建設されたこの病院は,通常の診療の他に,変異性災害による被害を受けた人々の呪術的な治療を行っている。
 変異性災害対策係の仕事を請け負うにあたり,定期的な健康診断や,事件関係者の様子を観に訪れることは何度もあったが,実際に患者として入院したのは初めてである。
「そんなに不服そうな顔しても,退院は早くならないよ」
 上半身を起こしてベッドに寝ている秋山恭輔の横で,見舞いに来たと称する鷲家口ちせは柳田國男の『山の人生』を読みふけっていた。
「入院生活が不服というわけではないです。皆さん,僕の見舞いという名目でここにさぼりに来ているように見えるのが不服なだけです」
「酷いなあ。私だって同じ変異性災害に対処する同僚として,秋山君の回復の経過が気になって見舞いに来ているんじゃない」
「ちせさんはこれを機会に好きな本を読みに来ているようにしか見えません」
「酷い。本当にひどい。この本だって,秋山君が暇だったら困るかなあと思って買ってきたのに」
 サイドボードに積まれたのは,柳田國男を初めとする民俗学者の論考の文庫版だ。とても見舞いに持ってくるような本の選択ではないし,残念ながらそのほとんどについて秋山は目を通したことがある。
「ん,これは」
「どれ? あーこれ。さっき古本屋に行った時に,見たことない著者だなって思って買って来てみたんだけど,秋山君知っているの」
「名前だけですけどね。これ,ウチの研究室の先輩ですよ」
 西原当麻『囲まれる境界』。パラパラと頁をめくってみると,どうやら彼が亡くなる直前に書かれた小説のようである。
「先輩って,この作者さんと面識あるの!」
「ないですよ。巻末の解説を読む限り,僕が大学に入るよりも随分と前に亡くなっています。『父を忍んで』西原数馬。どうやらこの巻末解説は,西原さんのご子息が書かれたものみたいですね」
「流石の秋山君も死人と会うことはないか。それでも知ってるってことは,結構有名な人なの」
「いいえ。有名ではないと思いますよ。彼の研究は巻目市のみに固執するものでしたし。ただ,その内容が少し印象的だったので,覚えているんです」
 巻目市における都市伝説発生の分布。その題名に反しないありきたりな内容の論文だ。ただ,西原当麻が集めたその都市伝説は,今でいえば変異性災害に該当したもの,すなわち現実に発生した怪異を集めたものの可能性があった。
「つまり,この作者は“霊感”持ちだったってこと?」
「ええ。本人が自覚的であったかはわかりませんが,彼には怪異が観測できたのではないかと思うんです。だから,都市伝説を集める時も,作り話と怪異の取捨選択ができたのではないかと」
 仮に秋山の感想が正しかったとしたら,西原当麻は論文を書く際に,どうして本物の怪異だけを選択したのだろうか。秋山の胸に不意にそんな疑問が湧いた。
 先日の“迷い家”事件の際,柴田幹人を襲った正体不明の怪異に対し,力任せに対抗した反動なのだろう。秋山をめぐる霊気は未だに乱れており,“霊感”がいつになく鈍っている。身体は重く,他人の霊気を感じ取ろうにもノイズのような気味の悪い感触に阻まれてしまう。
 医院に配属されている呪術技師達の見立てでは,秋山の症状は急激な呪力の放出により,“霊感”が傷ついたことが原因であり,暫く休息をとれば元通り回復するらしい。
 そのため,霊感が回復するまでの間,秋山は事実上変異性災害対策係の活動には参加しようがなく,また入院中にやるべきこともない。あの事件について気になることは,夜宮やちせ達に一通り伝えていることであるし,入院期間の時間つぶしを兼ねて西原当麻の研究の目的について考えてみるのもいいかもしれない。
「この本,全部見舞いの品なんですよね」
「え? あ,うん。そうだよ。そうそう」
「それじゃあ,退院するまでの間,貸しておいてください。少し読んでみることにします。ということで,その『山の人生』から読み始めるので貸してください」
「それは駄目! 今,私が読んでる所なんだか……」
 ちせは自分の反応を冷やかに見つめる秋山の視線に気が付き硬直した。
「ちせさん。やっぱり,読みたい本を買ってきてさぼりに来ていたんじゃないですか」

―――――――

次回 黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う2


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プロフィール
HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
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趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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