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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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ネガイカナヘバ ラフテキスト
黒猫堂怪奇絵巻6 ネガイカナヘバのラフテキスト、冒頭部になります。
ネガイカナヘバ1は9月中に更新する予定です

******



 植物は大地に根を張り、その養分と水分を糧に成長していく。それが、植物たちの基本的な生き方だ。
 しかし。目の前に息づく一本の樹木。これは、そういった植物たちの生き方から離れてしまっている。この木が吸い上げているのは陰気。
 うつつに漂う多くの感情、それに引き寄せられる異界の力。男の目の前にそびえる木はそうしたモノを養分に、生命を繋いでいる。






 青々と茂るその奇怪な樹木を前に、男はぼんやりと立ちつくしていた。突然記憶を失くしてその場に放り投げられたかのように、呆けた表情。身体に力が入っている様子もない。
 ただ、その眼だけが、暗い光を放ち樹木に見入っていた。
「じいちゃん。私、お母さんと買い物に行ってくるね!」
 男の背後から聞こえた少女の声。その声に反応して、男の全身に力がめぐっていく。男は、はたと自分の居場所に気がついたように足元を確認し、そして、ちらと背後を確認した。
 男の背後には民家の縁側があった。縁側には白髪交じりの初老の男が腰かけており、民家の中、和室の障子を振りかえっている。障子の向こうには、半分だけ顔を出して、和室と縁側を覗きこんでいる少女がいた。
 少女は庭に立ちつくす男を見た。いや、男ではなく、男の背後にあった樹木を見ているのかもしれない。何か言いたそうに眉を潜め、そして、そのまま玄関へと走り去った。
 あの少女は、男を見ていたのだろうか。男は徐々にはっきりとしてきた意識の中で考えた。いや、男ではなく、背後の樹木を見ていたのだろう。

 つまり、彼女にはこの木が何であるかわかっていたのだ。

 男は改めてその木の全体を眺めた。あの時、木の中に満ちていた陰気はどこにもない。幹に入った大きなひび。それによって切断された陰気の回路。おそらく全ての陰気が吹き出てしまったのだろう。あるはずのない生命に満ちていたはずの樹木はただの抜け殻になってしまっている。
 そして。男の背後の民家もまた、酷く朽ちている。清潔に保たれていたはずの縁側は埃や泥、枯れ葉が積り、湿気と乾燥の連続でひび割れている場所もある。その先に続く和室には、土足で踏み入った者もいたのだろう。土で汚れ、畳が歪んでいた。
 民家には長らく人が暮らした気配がない。この家もまた、抜けがらなのだ。

 男の左手で、金属が反響する音が響く。重たい何かを引きずる音と共に、敷地の端にひっそりと建っていた蔵の扉が開く。
 蔵の中から顔を出したのは、つるりとした卵のような顔だ。目も鼻も、口も、本来あるべきものは何一つない。月あかりの下に踏み出して、ようやくそれが仮面だとわかる。
 その人物は、顔のない仮面をつけているのだ。
「よく、こんな場所を知っているね」
 仮面の奥から、その人物は声を上げた。声質からすれば、男。しかし、朽ち果てた民家の庭に立つ男は、蔵から出てきた仮面の者の顔を見たことがない。それでも、構わない。彼の素性について、男は必要な事を知っている。
「住宅地の中だと言うのに、ここまで朽ちていても見とがめられることがない。まるで、誰もがこの家を忘れているみたいだ」
 この家は抜けがらだ。誰もがこの家に注意を払わなくても、自然の成り行きだろう。男はそう思う。
「ところで、さっきから、その木を見ているようですが、何なのですか」
 仮面の男は問う。
 この木が何であったのか。そう、強いて言えば。
「とても、珍しい木だ。この木は世にも珍しい実をつける」
 初めてこの木の下を訪れた時には、驚いた。
 陰気を吸い上げる木、そこに生るのは、人の顔だ。勘定のない人の顔が生り、こちらに笑いかける。怪異の生る木、それが男の前にたたずむ抜けがらの正体だ。

 山谷にあり その花人の首のごとしものいわずしてたゞ嗤うことしきりなし
  しきりにわらへばそのまま落花するといふ
――鳥山石燕「今昔百鬼拾遺」

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HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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