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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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キルロイ6
黒猫堂怪奇絵巻5話目「キルロイ」の掲載6回目です。

前回までの「キルロイ」
キルロイ1
キルロイ2
キルロイ3
キルロイ4
キルロイ5

今までの黒猫堂怪奇絵巻
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う

―――――――


 夕暮れ時に現れる影の道は見つけても通ってはいけない。学校から出られなくなる
――私立陽波高校七不思議



******

 一学期の中間試験まで一週間余り。ギリギリまで活動を行っている部活動でも活動禁止期間となる。試験前の一週間で必死に知識を暗記しようとして、学生が図書室に群がるのもこの時期からだ。
 不思議な事に、図書室には人が集まるが、放課後の教室には人が少ない。どの学年の教室も、雑談する生徒や、その場で自習をしている生徒がちらほら見えるも、大抵の席は空いている。
 秋マコトは入学当時から教室に残って勉強する少数派だ。わざわざ図書室に行っても、席取りが面倒で、結局席についたころには勉強した気になって、そこで終わってしまうのだから意味がない。そう思っている。
 それでも今日だけは、図書室に勉強に行くべきだったと内心後悔している。
「な、こいつならまだ調査ができるんじゃないかって思うんだ」
 秋の前に座っているのは、隣のクラスの佐久間ミツルだ。佐久間は両手に10枚程度の紙を持っているが、試験のためのプリントなどではない。そこに書かれているのは得体のしれない七不思議の噂だ。
「その話は、これ以上取材しないって方向性なんじゃないのか」
「誰もそんなことは言ってないだろ」
 それは言わなくても皆内心思っているからではないだろうか。一夜桜の噂を確かめに行ったのは、夜桜見物といったイベントとして成立したから皆が乗ったに過ぎない。現に、咲いていない桜を確かめるのよりも、その後、ファミレスに集まってグダグダと話している時の方が、部員の表情は明るかったように思う。
「例の窓も割れた。桜は咲いていない。他の噂を調べたところで無意味だろ」
「そう言うなって。それに、別に他の噂の真偽を確かめてみようって話をしにきたわけでもないし」
「そうか。それじゃあ、佐久間も試験勉強したらどうだ?」
「はぁ。ちょっとは話聞いてくれよ、秋」
 話をしたくてたまらない様子の佐久間を無視して、秋は授業のノートを開く。
「おお、流石だなあ」
「なんだ。いきなり」
「いや、秋は綺麗にノートをまとめるなと思ってさ」
 ノートを綺麗にまとめることには意味がない。佐久間にとって秋のノートが綺麗に見えるのだとすれば、それは、ノートに書き留める際に頭の中で順序を整理しているからだろう。授業は聴き手に教えるための時間だ。取材で話を聞くときに比べれば、断然スピードが遅い。聞きながら、順序を整理するだけの猶予がある。
「お前は考えないでノートとるからだろ」
「はあ、そういうもんかね。あ、授業のノートは汚いかもしれないけど、こっちは綺麗にまとめたつもりだぞ」
 ノートの上に、無造作に紙が置かれる。全く、目の前の友人はどうしてもその無意味な取材の話をしたいようだ。諦めてペンを置き、彼がまとめた資料を手に取る。
 陽波高校の七不思議について。と簡単な題字を付けたその資料は、自信ありげに持ってきただけあって体裁が整えられている。見た目だけなら、大学に通っている姉のレポートに近い。
 内容はといえば、これまで取材した二つの七不思議の調査結果が簡単にまとめられている。後半は、未調査の七不思議三つについての覚書のようだ
「七不思議の由来について?」
 小題が気になって秋は思わず手を止めた。七不思議の内容は『旧校舎へ繋がる地図』の噂だ。私立陽波高校は今年で開校40年だ。秋たちが通う校舎は15年ほど前に新築された新校舎であり、旧校舎が建っていたのは現在の校舎のある場所、つまり現在旧校舎は取り壊されていて存在していない。
 それが、校内を決まった手順で歩くと、旧校舎へと行けるらしい。タイムスリップというわけだ。
 佐久間はその噂について、主に由来に関していくつか疑問を持ったようである。
「1つめ、この噂は『影の道』の噂と同じではないのか」
「おいおい、口に出すなってば」
「この話がしたくて教室に来たんだろ? 口に出した方が整理される」
 本音は、佐久間へのちょっとした嫌がらせだ。
 佐久間が『影の道』の噂と呼んでいるのは、前の頁にまとめていた、影の道を通ると校舎から出られなくなるという噂のことだ。二つとも、部長が七不思議の取材を持ちかけた時からホワイトボードに書かれていた。
――そういえば、桜の話をした時、この二つの噂を聞いただろうか
 いや、あの時は桜のことをピンポイントで尋ねていたから、そんな話にはならなかった。
 それよりも、確かに佐久間の言うとおり、この二つの噂は似ている。校舎の中を一定のルートで歩きまわると七不思議に出くわす。二つとも、そういった噂だ。
「2つめ、『影の道』の噂と同じであるならば、どうして二つの噂になっているのか」
 なるほど。
「それは、着目した点が違ったからじゃないのか」
「着目した点?」
 佐久間が首を傾げる。それは、秋の発言の意図がわからないからなのか、秋が佐久間の話に興味を示していることに対する彼なりの反応なのか。
「影の道の噂は、校舎から出られなくなるところが肝の噂だ。こっちは行き先が旧校舎だってところが肝だろ。注目する点を変えたので別の噂になってしまっただけで、二つとも同じ噂なのかもしれない」
「うんうん、それは思いつかなかった」
 心なしか佐久間が楽しそうで、秋はちょっと悔しくなった。いつの間にか佐久間のペースに呑まれている。
「3つめ、『影の道』の噂があるのに、どうして『地図』の噂が出てきたのか」
 今までよりちょっと大きな声でレポートを読み上げる。教室から出ようとしていた女子が秋の声に驚いてこちらを振り返った。
「悪い。驚かせた。なんでもない。」
「いやいや、なんでもあるでしょ。変な人でしょ。大声で読み上げは駄目だって」
 慌てる佐久間を見て、事情を察してくれたのか、彼女は苦笑いをして教室を出ていった。今、この教室に居るのは佐久間と秋の二人だけだ。
「おいおい、秋。変な人扱いされるぞ」
「それは佐久間、お前だろう」
「いやいや、あーもう……それでどう思うよ」
 変な人扱いされてしまうことは諦めたらしい。
「どうって、そもそも本当に二つの噂は『影の道』の方が先なのか?」
 部長がこの話を持って来たとき、七不思議は既に5つあった。七不思議なんて出どころもはっきりとしない噂だ。先後関係がわかるとは思えなかった。
「先だよ。俺、入学した頃、『影の道』の話は聞いたことがあるんだ。でも、その時に旧校舎の話は聞かなかった」
「そんなのたまたまかもしれないだろ。だいたい、七不思議なんて、僕はこの前の取材の時初めて聞いたくらいだ。校内で常日頃噂されているわけじゃない」
 そう。ここのところ、よく噂を耳にするが、これはおそらく秋たちのせいだ。新聞部が一夜桜のことを聞いて回った結果、多くの生徒の中で七不思議の話が広まった。
 秋がこの取材に乗り気にならないのはそのせいもある。おそらく、ここから先に聞ける話は、当初部長が見つけてきた話と違う。新聞部が騒いだことで、暇な生徒の中に七不思議は生まれる。秋はそう思う。
「俺だって、それだけを根拠にしてるわけじゃない。あるんだよ、地図の噂の方には出所らしきものが。一夜桜の時に上月が気にしていただろ。噂の出所。ただ噂を取材してみて、真偽を確かめるなんてのよりも、面白い切り口だなって思ってさ。おれなりに探したんだ」
 佐久間にせかされて、秋は最後の頁をめくる。そこには、真っ黒な紙が一枚貼られているだけだ。
「これが出所?」
「いや、出所じゃない。ただ、出所に繋がる手掛かりさ」
 佐久間はそれを『黒地図』と呼んだ。もっとも、その黒い紙はコピー機から吐き出されたそれであって、実物ではないらしい。どうせ、書くのが面倒になってきてインパクトがあるとでも考えて付け足したのだろう。
 佐久間の話す『黒地図』とは、陽波高校のうわさではない。今、風見山地区界隈の小中学校で噂になっている怪談なのだという。
「そいつも、ウチの七不思議と一緒で、地図に沿って道順を歩けば、隠された場所にいけるんだとか」
「なるほど。それで、それがどうしたんだ」
「まだわかんないの。黒地図の噂が出てきたのは今年の初め頃」
 佐久間が言いたいことはある程度予想が付いた。しかし、それは飛躍しすぎなのではないだろうか。小中学校の噂話と高校の噂話に関連なんてあるようには思えない。
「それは調べてみないとわかんないだろ。もしかしたら、誰か弟や妹がいる奴が黒地図の話を聞いて、ウチの七不思議と組み合わせて違う話を作ったのかもしれない。噂を作った本人を探しあてられるわけだ。ただ七不思議を調べましたってより面白そうじゃないか」
 確かに、多少マシな特集にはなると思う。けれども、情熱をかけようと言う気にはならない。
「そんなつれない顔をするなって。いや、まあ、秋が乗らないだろうっては思ってたんだけどさ。意見が聞けて良かった良かった」
「それで、どうするんだ」
「ん? まあ、仮定がたったなら次は実験して実証だろ」
「実験ってもしかして」
「ちょうど部活動も休みだしなー。試験勉強ったって、この一週間の授業は試験範囲にならない。ならやることは一つだろ」
 どうやら、この友人は小中学校の噂を調べて回るつもりらしい。全く、呆れた奴だ。
「で、コピー代は払えよ?」
「さっすが秋! よくわかってる」
 秋は、授業のノートをまとめて机に載せた。

*******

 ほぅ。その声の主が鳥なのか、はたまた校内に迷い込んだ動物なのか。ただ、その妙な鳴き声だけが耳から離れない。
 ほぅ。けれども、今はその声を発しているものの正体がわかっている。
 これは、人の声だ。
 ほぅ。
 何かが欠けている胸の中に、水のようなものが溢れてくる。何も考えなくていい。ここにあった喪失は、あふれる水が塞いでくれる。
 ほぅ。
 これは、僕の声だ。喪失感を拭い去る、魔法の、声。

 横を通り過ぎた一瞬、そいつの顔が見えた。倉橋守ではなかったが、見覚えがある。体調不良で数日間欠席していた生徒の一人だ。
 香月フブキは壁を走り突撃してきたその人影を避けて、廊下に転がった。壁を走っていた人影はフブキの後方で廊下に降り立つ。フブキに背を向け、息を切らしている。
――今なら
 背中に伸ばした手が空を切って、フブキは自分が“水蛟”を持っていないことを思い出した。つい水蛟に頼ろうとしたのは、きっと昼間に竹刀を握ったからだ。
 フブキの一瞬の遅れは、人影に体勢を立て直すのに十分な時間を与えた。
 猫背ぎみの方から垂れ下がる腕は床につくまでに伸びている。ひと際細い手首の先には不自然に巨大な掌。爪は鍵爪のように伸びている。
 通り過ぎるまでは人間の顔であったのに、下半分は巨大な嘴に覆われており、眼は白く濁っている。
 先ほど横を横切った時よりも、それの変容は進んでいた。
 もはや、人の姿を忘れ始めている。校外で出くわした鬼憑き達と同様の変容だった。但し、今回はそのスピートが早い。
 ほぅ
 “鬼”に変じてしまった生徒は、あの奇妙な鳴き声で鳴き、大きく伸びた両腕で廊下の壁を掴み、腕の力で自分の身体を弾き飛ばす。フブキはとっさに床に倒れ込み、“鬼”の攻撃をかわす。そして、そのまま“鬼”に背を向け、廊下を走った。
 廊下の突き当たりの階段を駆け上がる。
 背後の“鬼”の気配が大きくなっていた。廊下は直線的だ。あの腕を使った移動はフブキの足よりも早いだろう。隙があるとすれば、急停止や旋回が利かないことくらいだろう。
 しかし、“水蛟”を持たない今のフブキは、あの“鬼”の身体の下をすり抜けて何度も攻撃をかわそうとは思わない。遅かれ早かれ自分が疲れて押し負けるのが目に見えている。
 “鬼”が上階に上がりきる前に、フブキは近くの教室の扉を開けて中に隠れた。
 息を潜め、自身の霊感を押さえて扉の横にしゃがみこむ。
 ほぅ ほぅ 
 ほぅ
 “鬼”の叫び声が遠のき、聞こえなくなると、フブキは身体の力を抜いてその場に座り込んだ。
 飛んで火に入る夏の虫とは今の自分のようなことを言うのだろう。
 倉橋守をマークし続けて、フブキは遂に夜の校舎内に侵入する決心をした。決心してみれば実行はたやすい。校舎端の窓のロックを緩めておけば、簡単に校舎内に侵入できた。
 あとは、屋上に入り込み、屋上へ昇っていく“鬼”の気配の正体を確かめる。それだけのはずであったが、蓋を開けてみればこうだ。
 校内には倉橋守とは違う“鬼”憑きが潜んでいた。そいつはフブキの姿を見ると、壁を走り、天井を張って追いかけてくる。“鬼”憑きが走ると平衡感覚が奪われて、ノイズのような感覚が全身を走り抜けた。
 フブキの“霊感”に何かが反応している。そのせいで、“霊感”を肉体強化に向けられるだけの集中力を保てない。“水蛟”さえあれば、あんなノイズごと“鬼”憑きを斬ることくらい容易いはずなのに。
 そうやって、“水蛟”に寄りかかっている自分に気がついて、フブキは少し自己嫌悪に陥る。
 呪物に呑まれているのではないか。気が付けば、右手は左腕を強く握りしめていた。
「違う。そうじゃない。落ち付け、私」
 香月フブキは呪物に呑まれてなんかいない。私は、“水蛟”に呑まれているわけじゃない。

*******

 左腕が鈍い。怪我はない。筋肉痛のようなけだるさがあるが、筋肉の張りはない。ただ、自分の腕ではないように鈍い。
 肩の付け根から先がまるで自分ではないような、そんな感覚に、フブキは恐ろしさを覚えて飛び起きた。
「検査は終わり。お疲れ様」
 鷲家口ちせがフブキに背を向けながら、そう言った。フブキは左腕を確認する。そこには確かに自分の腕があった。華奢で細い腕。剣を振るうならもう少し筋肉があった方が良いかもしれないと言ったのは誰だったか。
 拳を握りしめてみる。感覚はある。だが、何処か鈍い。
 おそるおそる掌を開いていくと、左腕全体がぶれる。白い毛におおわれた獣の腕が重なって見えて、フブキは思わず息を呑んだ。
「落ちついて。まだ力が抜けきっていないだけ。だいぶ薄くなってきているから、もう数回、禊を続ければ完全に影響が抜けると思うから」
 ちせはそう言って、フブキの左手を握った。暖かい。けれど。
「水蛟はまだ使えない?」
「それは駄目。この前も言ったけど、係長命令」
「だから、それちせと秋山が」
「あなたも自覚したでしょ。今の状態は危ないって」
 今日のちせは冷たい。それがなぜか、フブキもわかっている。今回の件で自分がどんな状態か自覚はしている。それでも、“水蛟”が必要だ。
「水蛟がないなら、せめて何か違う呪物はない?」
「珍しく弱気ね」
「現実をちゃんと認識しているの。陽波では何かが進んでいる。それも、いずれ大事になるような何かが」
「だが、全体像はまだわからないんだろう。それなら、現状維持をしながら調査をするしかない。お前、学生が刀もって学校に殴りこむ気なのか?」
 そう言って検査室に入ってきたのは岸だった。ベッドに座るフブキを見て、一瞬顔を逸らしたが、フブキが制服を着ているのを確認したのか、溜息をついた。どうやらこの前のが相当効いているらしい。
「それで、あの生徒の検査結果は」
「今までと同じだ。彼に怪異憑きの兆候はない。多少呆けているが、あれはお前の攻撃が届いた証拠だろう。結論として、彼は宿主ではない」
「そんな。それじゃあ、私が見たのは何だったの」
 校内で見た姿は人間から完全に逸脱した形をしていた。それが、怪異に侵されていなかったと言われても、もはやフブキには何が何だかわからない。
「俺にもわからないな。ちょっと気になることがあってこっちでも調べてみた」
 岸が差し出したのは、宿見家で起きたあの事件の資料だ。
「あの屋敷にあった呪物を処理する件もあって、事件の全体を整理し直しているんだ」
「私は今、この話をしているんじゃない」
「わかっている。陽波の変異性災害についてだろう。俺だってその話をしているんだ」
 全く、お前たちみたいな“霊感”の強い奴らは順序を追うということを知らない。愚痴を言いながら資料を開く。そこにあるのは事件当時宿見の屋敷にいた使用人の検査結果だ。
「このデータ、見覚えがないか」
 フブキは虎の事件に関して、その後の報告書作成等に関わっていない。データをみたことなどないはずだ。
「あーじゃあ、これが陽波の周りに出現した“怪異憑きではなかった”人たちの検査結果だ」
 二つの検査結果を見比べる。そこに書かれている各データが何を示しているのか、細かいことはフブキにはよくわからないが、それらの数値はほぼ同じなことはわかる。
「その二つのデータ、よく似ているだろ。あの時、現場にいたんだから覚えていると思うが、宿見家の使用人たちは宿見香代の“虎”の影響を受けて、自らの身体を虎へと変化させていた」
 そう。あの夜、宿見の屋敷内には“虎”になり損ねた使用人たちが溢れていた。彼らが人の姿を逸脱したのは、宿見香代の“虎”が呪物を通して周囲の人間を呑みこんでいったからだ。
 そして、使用人たちと“鬼”憑きの検査結果は良く似ている。それはつまり
「“鬼”憑きは宿主ではなくて、宿主の影響を受けている……?」
 けれども。その結論は妙だ。
「香月。陽波高校の調査をしていて、妙なことはなかったか。なんでもいい」
「そんな……あの高校内には何かがいる。でも、他人を呑みこめるほどの怪異の気配はしない。宿見香代みたいな宿主が近くにいるならわかる」
 はずだ。
「常に怪異が前面に現れているわけではないのかもしれない。今まで“鬼”憑きに変異した奴らだけを狙って怪異が現れていた可能性もある。
 とにかく、このデータから言えることは、“鬼”憑き達は宿見の使用人と同じように、何かの怪異に呑まれていた可能性が高いということだ。今、俺がアドバイスできるのはそこまでだ。何か掴んだら持ってこい。分析するのは比良坂の仕事だ」
 つまり、手掛かりをつかむまでは、フブキの仕事。気が付けば右手が左腕を強く握りしめていた。

********

 ガタンッ
 建てつけの悪い扉を無理やりに開いて、“鬼”は教室の中に踏み込んだ。
 教壇の前を巨大な影が通り過ぎる。フブキは部屋の片隅で息を潜める。ないよりはましと思い鷲家口ちせの研究室から持ってきた魔除けの数珠を左手で握りしめた。
 呪物としてはあまりに心もとない。ほんの少し霊気を浄化する程度の物だ。それでも、何かの役に立つかもしれない。

 ほぅ

 だが、フブキの願いは叶いそうにない。
 鳴き声が聞こえたか否か、フブキの前にあった机が無造作に宙に放り投げられる。
 教壇の上に広がった肉の塊は、4本の腕を振り上げる。腕の先には顔が張りつきあの鳴き声を響かせている。廊下で逃れた時よりも変容が進み、人の原型がなくなりつつある。

 ほぅ ほぅ ほぅ

 フブキは隠れていた机を全て取り除かれて初めて、手の中の数珠が、“鬼”憑きに自分の姿を晒している可能性に気が付いた。フブキの周りの気配だけが澄んでいる。“鬼”憑きはそれを嗅ぎつけてフブキの位置を探ったのだ。
 ほぅ
 “鬼”憑きの腕がフブキの真横を抜けていく。顔の貼りついた拳を紙一重で避け、数珠を持った右手で“鬼”憑きの腕を殴りつける。“鬼”憑きの腕から青白い光が噴き出すが、他の腕がすぐさまフブキに伸びてくる。
 “霊感”を研ぎ澄ませ、身体を加速させる。腕を避けては数珠で殴りつけ、教壇に乗っている“鬼”憑きの本体――青白い肉に包まれているが、その形は辛うじて人間だ――へと突撃する。
 あと二歩、いや、全力で踏み切れば一歩。
 数珠を叩きつけ、“鬼”の肉がはじけた瞬間に、呑まれてしまった生徒の身体を引きずりだす。“鬼”が身体から離れた瞬間を狙って、生徒を気絶させる。そうすれば、外に漏れ出した“鬼”は宿主との接続が切れて弱るはずだ。
 
 しかし、フブキの目論見は目の前に現れた大量の顔に阻まれる。顔。表情を失くした顔、顔、顔。あの時と同じ。
 香月フブキは怪異を目の前に、叫び声をあげ、意識を失った。

*******

 その地図は小学生の間で広がっている。
 正確には、広がっているのは地図の噂と地図を作る人間の噂だけだ。
 小学生は地図を持っていない。

 どこかで聞いたような話だと思う。
 七不思議を調べていたから、そのような気がするだけなのか。初めはそう思った。
 けれども、その前から何処かで似たような話を聞いたことがある。
 そんな気がしてならなかった

 山道を長々と歩きまわった末に見つけた一件の茶屋。特に観光地というわけでもないのに、よくもまあこんなところで『茶屋』なんてものをやるものだ。道楽だろうか。
 道楽にしても、『茶屋』はないだろう。せめてやるなら喫茶店だ。
 そんなことを脈絡なく考えながら、佐久間は団子を頬張った。
 うまい。学校をさぼって山の中を歩き回った末に食べる団子はいつにもましてうまい。
 店内を見渡しても客はいない。平日の昼間だからだろうか。
 いや、昼なら昼で近所の主婦が店に来てもいいと思った。現に、佐久間の自宅の近くにある喫茶店は、昼でも主婦が何組も陣取っている。
 高校生の佐久間が平日の昼間に喫茶店にいる理由は推して知るべしだ。そのたびに秋に対してケーキを買っていっているのだから、後ろめたく思う必要はない。
 ああ、そうだ。ここの団子も買っていってやろうか。
 ついでだから、放課後の教室で真面目に勉強しているところに届けてやりたい。できるだけ大声で。この前の仕返しだ。
 いや、スイーツ好きだなんて話になれば、意外だなんだと寧ろ話題になりそうだ。ちょっと癪だ。まあ、こうして試験前にサボっていられるのも秋のおかげなのだ。帰りにそっと差し入れをしてやろう。
 佐久間はテーブルの上のノートのコピーをめくりながら、そんなことを考えていた。
 
 不意に、暖簾の奥で暇そうにしていた店員が店の外に走り出ていく。どうやら客がきたようだ。店の中に入ってきたのは、予想に反して男だった。全身から疲れがにじみ出ていて、まるで何かに憑かれているような青白い表情をしている。
 まさか、噂に聞く地図を探している人影の正体だったりして。
 佐久間はふとそんな想像を巡らせた。
 小学生たちの噂の舞台は遡っていけばここ、風見山に辿りつく。オカルト好きの放送部の友人を捕まえて、その友人の兄弟を捕まえて。噂の出所を追いかけた結果、辿りついたのは時代を逆行したような『茶屋』だ。
 そこで見かけた青白い顔の男が、実は地図を探して歩き回る噂の人影の正体だった。いかにも怪談にありそうな話だ。
 まあ、ただ。小学生が好む話ではないし、昔話のような気はするが。

「ああ。そうか。沖田先輩から聞いた話だ」

 近隣の小学校に広がっているという地図の噂、それは沖田先輩が通っていた中学校に伝わる、図書室の学生の噂と似ているのだ。誰が言いふらしたのかはしたないが、怖くもなければ面白くもない。そもそもにして噂として広まることが不思議な類型だ。
 佐久間が追いかけている怪談は、つまるところ、古典の中に出てくる不思議な話を目にしている噂というわけだ。そう思うと、妙にすとんと収まるところがある。
 ジーパンのポケットが震えている。佐久間は携帯を取り出し、メールを確認した。
「なんだ、これ」
 メールに添付されていたのは佐久間のいる此処、風見山地区の地図だ。
 地図の噂を辿り、茶屋に立ち寄り、青白い男を眺めていると、見知らぬアドレスから地図が送られてくる。まるで、何かの怪談みたいだ。けれども、不思議と怖くはない。
 ちょうど秋のまとめノートにも飽きてきたところだ。思いきって、この地図を辿ってみよう。佐久間は不意にそう思った。何もなければそれでよし、何か見つかればラッキーだ。
 
 そして、この日を境に佐久間ミツルは姿を消した。

―――――――

次回 黒猫堂怪奇絵巻5 キルロイ7

今後の予定
黒猫堂怪奇絵巻6 ネガイカナヘバ
短編:エンドロール
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プロフィール
HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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