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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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ネガイカナヘバ 2
黒猫堂怪奇絵巻6話目 ネガイカナヘバ掲載2回目です。

ネガイカナヘバ1

今までの黒猫堂怪奇絵巻
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う
黒猫堂怪奇絵巻5 キルロイ

―――――――――

 ちせが持ってきたコーンスープを飲んだら、少し落ち着いた。
 フブキが落ち着くまでの間、病室に来た鷲家口ちせは、秋山が巻き込まれた一連の事件について、その概略をフブキに聞かせた。もっとも、巻き込まれた当人は目の前にいるし、ちせは直接的には関与した事件ではない。秋山が話せばいいのにと内心思っていたが、全体を聞いているうちに、そういうわけにもいかない事情もつかめてきた。



 秋山恭輔は、風見山地区で起きる子供の失踪と記憶喪失の原因を怪異だと推測した。その怪異――彼は「迷い家」と呼んだ――は、異界に呼び込んだ子供たちの記憶を奪う代わりに、彼らに異界への地図を与えた。子供たちは、異界への行き方を遊びとして伝え、その遊びに加わった者たちが少しずつ異界に迷い込み、怪異の干渉を受けていく。どうやらそういった構図であったらしい。
 秋山は、迷い家の仕組みに気が付き、自らもまた迷い家の中に踏み込み、何日もの間、行方不明になっていたというわけだ。その間の事件の推移については、秋山は詳しくは知らない。彼が知っているのは迷い家の中の出来事だけなのだ。

「でも、それって変」
 一通り聞いて、フブキの口から出たのはそんな言葉だった。
 宿見の虎騒動も、そもそもの原因は人ではなく呪物だった。しかし、呪物があるだけで、怪異は生まれない。怪異が現実への干渉を始めるためには、宿主となる人間が必要。それが大前提なのだ。
 秋山が祓った「迷い家」は、迷い家に最後に入り込んだ人間を宿主に力を発揮していたのだとフブキは思う。しかし、そうだとしたら、はじめの一人はどこの誰なのだ。なぜ、迷い家の支配から逃れられたのだろうか。
「おそらく、あのウサギの被り物の男なら詳細を知っているのだろうね」
 フブキの疑問に、秋山はそう答えた。ウサギの被り物の男。迷い家を祓い、異界から出てきた秋山と宿主に襲い掛かり、宿主に新たな怪異を憑かせようとした謎の男。そいつは、助けに入った片岡長正の追撃からも逃れ、風見山の中に消えてしまったらしい。
「迷い家の核にあったのは、あの山にあった古い祠だ。祠、と呼べるほどでもなかったけれど、あれは誰かの想いをため込んだ呪物だったのだろうと思う。けれども、僕にはあの祠が抱えた想いは子供とは共鳴するように思えなかった。」
 それは、つまり。誰かが意図的に祠の怪異を呼び起こしたということだ。でも、何のために。それに……
「仮に、それが誰か、そのウサギ男とかがだよ? 意図的に怪異を作ったんだとして、なんで、それを佐久間君がかぎつけるの」
 テスト期間中、姿を消していた陽波高校の生徒、佐久間ミツルは、迷い家の中に迷い込んでいた。自力で迷い家から脱出はしたものの、秋山が怪異を祓うまでの間、記憶を失い此処、比良坂総合医院に入院していた。同級生であるフブキがそれを知ったのは昨日。
 同時にフブキは秋山が変異性災害に巻き込まれ、姿を消していたことを知った。
「佐久間っていう子は、“霊感”があるの?」
 ちせの問いに、フブキは首を振る。フブキの知る限り佐久間に霊感はない。それに、彼が調べていたのは陽波高校七不思議だ。風見山地区の怪異に巻き込まれる理由がない。
「あっ」
 もしかして。フブキは秋たちが佐久間を探していた時のことを思い出した。あの時、紀本が教えた七不思議は、“地図”の噂だ。佐久間は同じ地図の噂を聞きつけて、風見山にまで足を運んだのか。でも、どうして風見山の噂を探りにいかなければいけなかったのだ。
「うーん……」
 よくわからない。たまたま秋山が巻き込まれた事件の中に佐久間も巻き込まれた。それだけのことで、“鬼”憑きとは関係のないことにも思える。けれども、どこかで何かがひっかかる。
「だいぶ、いつものフブキに戻ったみたいね」
 自分の中の引っ掛かりに、頭を抱えていると、ちせの表情が心なしか和らいだ。どうやら、とても心配されていたらしい。
「えっと」
「元気になってなにより。昼間なんか、病室に駆け込んできたかと思ったら秋山君を見て大声で泣いたんだから、まるで彼、死んだみたいでびっくりした」
 それは、突然の知らせに少し驚いただけだ。ただの同業とはいえ、こんな事態に巻き込まれれば心配だってする。
「あれはちょっと驚いたな。疲れて眠かったのだけど、ああも泣かれると眠れないし」
「それは言いすぎ。私はそんなに泣いてないし、だいたい心配して駆けつけたのにそんなしなくたって」
 フブキの反論に、ちせと秋山が顔を見合わせて笑う。二人はフブキの様子を心配していたのだとわかっていても、その光景にちょっとだけ嫉妬した。
「もう、いいよ。そのウサギ男のことは、秋山が調べればいい話だし、佐久間君のことは私が調べる」
「あら、拗ねちゃったの? フブキ」
「そんなわけないでしょ! なんで拗ねなきゃいけないの」
「二人とも、ここ病院だから、もう少し静かにしよう」
「だって、私、拗ねてるわけじゃないし」
 反論しようとして、秋山のほうを向いたら、不意に視線が合ってしまってフブキは戸惑った。秋山は、フブキをさらに諌めるわけでもなく、ただじっと彼女のことを見る。
 怒っている……? 違う。秋山がこういう目をするときは、目に見えない何かを探っている時だ。同業者だから、同じ“霊感”持ちだからわかる。秋山は、フブキの中の何かを探ろうと、彼女を見つめている。
「フブキ、左腕の調子は大丈夫なのか」
 やがて、秋山はあきらめたように首を振って、フブキに尋ねた。
 唐突に先ほどの悪夢の原因について尋ねられたものだから、フブキは思わず自分の左腕を抱いた。
「大丈夫よ。見ればわかるでしょ」
「いつもなら。ただ、今はあいにく酷いノイズがかかっていて、よくわからないんだ」
 病室に駆け込んでひとしきり泣いてしまった後に、ちせから聞かされたとおりだ。秋山は迷い家とその後に現れた正体不明の怪異との交戦で、“霊感”に異常を来したのだ。今の秋山は呪符を使った干渉をおこなうことはおろか、怪異を感知することもできない。
 ましてや、フブキの“霊感”の乱れを正確に感じることはできないのだろう。
「だったら、自分の治療を最優先にするべきだと思うけど。大丈夫よ。私は大丈夫。言いつけ通り、水蛟も使っていないしね。それじゃあ、もう遅いし、帰るね」
 このまま話を続けていたら、さっきの悪夢のことも話してしまうような気がして、フブキはちせと秋山から逃げるようにして、病室を出た。
******

 水蛟は代々守り隠し続けている刀であり、決して触ってはいけない。
 その刀を初めて見つけたとき、いつもは温和な祖父が語調を強めてそう言った。
 当時も今もあの時の祖父は私のことを思って、強い語調で注意をしたのだと思っている。
 しかし、結果として、“水蛟”を隠し続け、目の前の異変に立ち向かうことを避けた祖父は寿命を縮め、祖父の命を縮めた原因は、“水蛟”によって取り払われた。
 
 それでもなお、祖父の言葉は正しかったのかもしれない。
 フブキは研究室のガラスケースに収められている“水蛟”を前にそう思った。

陽波高校の中で出会った“鬼”憑きの学生。今までよりも早く人ならざる形に変貌したその学生の姿に、“水蛟”を持たないフブキは怯えた。そして、“鬼”憑きが見せた大量の顔に、祖父の家に現れた怪異の記憶がフラッシュバックし、正常な判断ができなくなった。
 気が付けば、フブキの左腕は真っ白な虎の腕に変貌し、学生を飲み込んだ鬼を引き裂き、学生に爪を立てようとしていた。
 虎の腕。宿見家に伝わる呪物“虎の衣”により生まれた怪異の形がフブキの中に残っている。鞘を使わず直接“水蛟”を用いた代償だ。そんなことは、秋山やちせに指摘されるまでもなくわかっている。
 “水蛟”は怪異を斬り伏せるだけの刀ではない。刀を振るった者と、斬り伏せた者を繋げる。“水蛟”を使えば使うほど、術者は人から乖離していく。取り込んだ怪異に押しつぶされて、やがては斬られる側に回る。
だからこそ、香月家は忌むべき呪物として封印し続けた。
“水蛟”のそうした性質に気が付いたのは、祖父の家に生えた怪異――変異性災害対策係は後にこれを人面樹と名付けた――を斬った時だ。
人面樹が抱えていた感情が無数の顔としてフブキに入り込み、フブキは自分を一度失った。フブキには秋山とちせにより“水蛟”の汚染を浄化されるまでの記憶がない。
気が付いたときには、市内に現れる怪異を斬り伏せる謎の少女として有名になっており、家族には精神を病んだといわれ距離を置かれていた。

 変異性災害対策係に入ってからは、秋山が作った鞘を身に付け“水蛟”を振るうことで、怪異からの汚染を防いでいた。けれども、鞘越しの“水蛟”では本来の力は出せない。
 それがいつしか不満になり、虎騒動の際に鞘なしで“水蛟”を使ったのかもしれない。
「やっぱり、呑まれていたのかな」
 身体が怪異に変化して、フブキは初めて“水蛟”の力に恐怖した。
 こうして、ガラス越しに“水蛟”を見ても、手に取ろうという勇気が出ない。ほんの少し前までは、これがないことに苛立ちを感じたというのに。
「香月。いつまで、そうやって眺めている気だ。俺の貴重な非番がなくなっていく」
 部屋に入ってきた白衣の男、岸則之の抗議の声。フブキは無視を決め込んだ。
 非番だからと言って岸が自宅以外の場所に出かけたという話を聞いたことがない。それどころか、非番ですら家に帰らず、こうして比良坂民俗学研究所内にこもっているのが通常なのだ。フブキが多少長くここにいたとしても、彼の非番の予定が崩れるとは思えない。
「香月ー? 話、聞いているか?」
「ねえ。“水蛟”って、呪物、なんだよね」
 岸の非番の件については徹底して無視。その態度が伝わったらしく、岸は肩をすくめてみせた。コーヒーの入った紙コップを片手に、彼もガラスケースに近寄ってくる。
「こいつが呪物じゃなかったらなんなのだ」
 そう。これは紛れもなく、呪物だ。
「私が“水蛟”を使っているときって、“水蛟”によって変異性災害が惹き起こされているんだよね」
「ん? 定義によるが……変異性災害は現実世界に悪影響を与えると、こちらが勝手に判断して線引きした定義ともいえるから」
「そういう難しい話をしているんじゃなくて」
「まあ、適合している香月自身が一番よく分かっていると思うが、“水蛟”と香月の間では、精神的干渉、物理的干渉が起きている。そして、お前が“水蛟”を振るうことで、“水蛟”の力は外部に対しても干渉する。その意味では、怪異と同様だな」
「それってさ。私が“水蛟”を振るおうと思うから起きることだよね」
「香月は過剰適合者じゃないからな」
 過剰適合。宿見の者に唆され、“虎の衣”を用いて街中で虎に変じた男、秋葉直人は過剰適合者だった。秋葉が望んで“虎の衣”を使うのではなく、“虎の衣”が秋葉に自らを使わせる。そんな関係だったのだ。
「呪物はそれ単体では必ずしも害悪を惹き起こさない。あくまで、適合する者がいてこその物。あまりに力が強い呪物は、多くの人間を惹きつけるから、実際には呪物を見つけ次第対処するべきというだけだ」
「そっか……それじゃあさ」
 フブキは、病院から研究所まで歩く途中にふと思いついたことを、岸に尋ねてみた。秋山の「迷い家」の話を聞いていて、ふとその可能性に思い至ったのだ。
 案の定、岸は、フブキの問いに頷いた。
「そういうことは現実にはありうる。というか、お前たちだってたまにそういう事案に出くわしているだろ。個別的な対処においては宿主を中心にした怪異にしか見えないだろうが、その、原因とかを見直してみたときには、そういう事案も多いはずだ」
「そう……なのかな。それならさ、陽波の七不思議も、そういうことなのかな」
 桜の木の写真。七不思議。地図の噂。佐久間が巻き込まれた風見山の怪異。
怪異の宿主ではない“鬼”憑き達。
陽波高校で起きていることは、秋山達が風見山で体験したことに似ているような気がする。変異性災害の中心である初めの一人、宿主の姿が見えないまま、怪異の影響だけが広がっている。多くの噂や状況が、怪異の正体を覆い隠している。
見方を変えれば、怪異や宿主を中心に考えるから、全体像を見えなくなっている。
「香月? いったいどうした。話が見えないぞ」
 フブキ自身もまだ見えていないのだ。断片的に尋ねられている岸に見えるはずがない。
「今後の調査の方向を考えてただけ。何の準備もなく深夜の学校探索を続けても、また“鬼”憑きと戦う羽目になるだけでしょ。全体像を整理してみたほうがいいかなって思って」
 岸がぎょっとしたような顔をしたので、脇腹に蹴りを入れてやった。
 香月フブキだって、闇雲に“水蛟”を振り回す子供ではない。
一人の祓い師として、考えるべきことは考えるのだ。

―――――――――

次回 黒猫堂怪奇絵巻6 ネガイカナヘバ3
その他 短編  エンドロール
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37
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非公開
誕生日:
1986/09/15
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趣味:
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自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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