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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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煙々羅 1
黒猫堂怪奇絵巻1、前半部。
後半部は手直しが終わっていないので後日記事にしようかと。
長いので何か展示方法を考えよう。

以下本文
******

<黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅 1>

 怪異。それは人の心に潜み、現実世界への浸食の機会を窺う現世とは異なる理に従う存在と言われる。現れるきっかけは多種多様であり、その姿も千差万別であるが、唯一共通している点として宿主の心に巣食った後は、宿主を媒介に周囲の人間へとその影響を広げようとする傾向が指摘されている。
 一度憑いた怪異たちは、宿主の意思でその存在が排除される例は少ない。宿主の器が怪異に耐えられなくなり精神を病んでしまう、命を落とすなどの理由によりその存在基盤を失うか、他者へと影響力をひろげた結果ついには確固たる形をもって現実世界に立ち現われるかの二通りの道を通るのが通常だ。

 しかし、現世と異なる理を持つ怪異たちの浸食を許すことは、現世の理を揺らがせることに相違ない。すなわち、怪異とは我々を崩壊させる近くて遠い隣人である。
――西原当麻『怪異論』より


 その日は雲が見当たらなく透き通った青空が印象的で、外に出ると太陽の光で目が霞み、外の光景は何もかもがやけに明るく見えた。
 連日雨続きであったのにも関わらず、まるで狙ったかのように快晴になったものだから、出席した親戚たちは口々に姉は最後まで晴れ女であったと言う。僕もその意見には反対しないが、皆と共に明るくそのような話題をする気分ではなかった。
父や母は、残った者がいつまでも名残惜しいような表情をしていると、離れるに離れられなくなるので努めて明るく振る舞うのだと、僕や、姉の娘に言い聞かせた。姉の娘、藍はまだ小学校に上がるまえだから、父と母の話をよくわからずに聞いていたのだろう。うんうんと頷いてはいたが、こうして姉が消えていく様子を眺めている僕の手を何度も引っ張り、「ママはまだ帰ってこないの?」と尋ねてくる。
残念ながら、僕には彼女に応えられる言葉がない。二十歳をとうに過ぎて、まもなく社会に出ようとしているにも関わらず、家族が一人亡くなったことを自分の中でどう受け止めればいいか、それを考えるだけで精いっぱいだった。

「武兄ちゃん、もくもくでてる」
 藍が火葬場の煙突を指差して不思議そうに声を上げる。時計を確認するに、そろそろ姉の遺体の火葬が始まったころだろう。僕は、焼香を済ませた後、葬儀場に留まる気にならなかったから、藍を連れて外に出てきた。けれども、ああして煙になっていく姉を見ると、火葬前に藍を姉と対面させてやるべきだったのではないだろうかとも思う。
僕は、しゃがみこんで藍と目線の高さを合わせ、彼女の頭を優しくなでた。藍は何故僕がそのようなことをするのかもわからず目を丸くしてこちらを見つめている。
「武兄ちゃん、どうして泣いてるの?」
「え、ああ。どうしてだろうね」
「そんなに泣いてると、またママに怒られるよ」
 藍の言葉に僕は姉がよく僕に気を強く持つようにと言っていたことを思い出す。もうあのような言葉をくれる姉はいないのだ、せめて姉に心配をかけないようにしなければと思うが、一度流れ始めた涙を止めることは難しかった。恥ずかしいことに、目の前の少女に頭をなでられ「よしよし」と慰められる始末だ。これからの彼女の方が僕よりもずっと大変であるというのに。

「ママ、武兄ちゃん泣きやまないよ。早く下りてきて」

 藍は、空に向かって無邪気にそう言った。藍の視線の先には火葬場の煙突から排出された煙がゆらゆらと蠢いている。どうやら、彼女は姉がどうなったのか、彼女なりに理解しているらしい。
「藍は強いな。兄ちゃんも泣かないから、大丈夫」
僕は立ちあがって、藍の頭を撫でてやる。いつまでもこうしているわけにもいかないし、まずは藍と共に両親の所に戻ろう。そう思った時だった。

「あ、ママが手を振ってるよ! ママこっち!こっち!」

 藍が煙に向かって笑顔で両手を振り、駆け出していく。僕は突然の彼女の挙動に驚いてしまい、反応が一瞬遅れた。そして、その一瞬が僕から更に家族を奪い去った。煙突から吹き出た煙が地上に、藍に向かって急速に接近し、彼女を飲みこんでしまったのだ。
「藍、おい。藍!」
 煙が勢いよく僕の横を通り過ぎた後、辺りからは一切人の気配が消えていた。突然、全く突然のことだ。
僕の姉、岬タエの葬儀の日、彼女の娘である藍は煙に呑まれて僕の前から姿を消した。




しづが家のいぶせき蚊遣の煙むすぼゝれて、あやしきかたちをなせり。まことに羅の風にやぶれやすきがごとくなるすがたなれば、烟々羅とは名づけたらん。
―――鳥山石燕「今昔百鬼拾遺 雲」

 篠山斎場の職員、佐藤総司は事務所に通した三人組に眉をひそめた。

火葬中に遺族の子供が失踪した不可思議な事件から数日。巻目市郊外におかれた篠山斎場は警察の捜査を受けており、施設内はどこか落ち着かない雰囲気に包まれていた。失踪時からずっと職員や捜査官、家族が懸命に捜索を続けているが消えた子供の行方についての手がかりは未だない。亡くなった者の意向であると、終始明るく葬儀を執り行っていた遺族たちも、子供の失踪には動揺を隠せないようである。毎日娘の影を探して事務所を訪れる遺族たちの顔にも強い疲労が伺える。
 失踪時の奇妙な状況といい、唯一の目撃者が遺族であったことといい、斎場側にはこれといった疑惑の目を向けられているわけではない。とはいえ、五歳程度の子供が消えたと騒ぎになっているなかでは、仕事をするにも居心地が悪い。
 そうはいっても、火葬場というのは休業しにくい業種である。遺体を焼くという性質上、街中には建設が難しく、近隣住民から忌避されてしまうこの施設は、大量に設置することができない。そのため、一つの火葬場が休業すると火葬をすることが困難になってしまう。
 結局、居心地の悪さを感じながらも、篠山斎場は今日も休業することなく火葬を行い続けている。予約済みの遺族に対しては事件のことや警察関係者が訪れていることを悟られないようにと職員や葬儀社の人間にも通達が周り、斎場の中はいつもと違う緊張感が漂っている。
 そして現在、佐藤は、二〇分ほど前に斎場に到着した捜査協力者を名乗る三人組を事務所に招き、お茶の準備をしながら彼らの様子を眺めている。
三人組は、女性が一名、男性が二名。女性は黒いスーツに身を包んでおり、先ほどから事務所の中をちらちらと見まわしているが、笑顔を崩すことがない。両隣に座っている同僚たちに対して小さく何かを話している様子がうかがえるものの、何を話しているのかははっきりしない。
女性の右隣に座っている男性は筋骨隆々とした体つきであり、スーツに体を押し込めるのに苦労しているように見える。しきりに女性の言葉に頭を下げているところをみると、女性の部下といったところだろうか。
 三人組の中で最も得体が知れないのが女性の左隣に座った青年だ。他の二人と違い白いワイシャツにジーンズといったラフな格好で座る青年は背丈も低く小柄であり、高校生あるいは中学生とも思える風体である。事務所に入ってから今まで、佐藤はその顔をはっきりと確認できていない。それは、青年の前髪がやや目元を隠す程度まで伸びているからなのか、事務所に入ってからずっと手持ちの資料に目を向けているからなのかは定かではない。ただ、捜査協力者として呼ばれた人間としては他の二人に比べどこか場違いな印象を受けるのは確かである。
「お茶、どうぞ」
 佐藤は警戒心を崩さぬまま、三人に対してお茶を出し、彼らと向かい合ったソファに腰をかけた。
「すみません。忙しいのにお茶まで出していただいて」
 真っ先に声を上げたのは、やはり中央の女性である。大柄な男性は彼女の言葉に合わせて笑顔を見せつつ頭を下げ、青年はといえばこちらに視線を向けることすらせずに資料を読み続けている。
「いえ、今は1番炉と3番炉に遺族の方がいらっしゃいますし、現場を見て回ってもらうわけにもいきませんので」
「そうでしたか。この度は色々と災難でしたね」
「私たちよりも、ご家族の方が災難です。私たちこそ、場内で姿が消えたというのに一向に見つけることができなくて歯がゆい思いをしているところです」
 となるべく言葉を選びながら当たり障りのない会話を行うものの、女性はその後も天気や最近のニュースの話題ばかりで一向に本題に入ろうとしない。やがて一通り話を終え、しばしの沈黙が訪れると、途端に居心地が悪くなる。佐藤は未だ目の前の三名の素性を知らないことに思い至り、慌てて名前を訪ねようと顔を上げた。
ちょうどその時、青年が手持ちの資料を机に置き、冷め始めているお茶に手を伸ばした。隣の女性がその様子を見て、懐から名刺入れを取り出す。
「申し遅れました。私は巻目市市役所環境管理部第四課変異性災害対策係に勤めております夜宮沙耶と申します。この度は、こちら篠山葬儀社さまで発生した失踪事件の捜査について巻目市警察書からの協力依頼を受けて伺わせていただきました」
 市役所の環境管理部。警察のしかも失踪事件の協力を求められるような部署とは到底思えない。それに、彼女は何といったのだろう、変異……。こういった反応には慣れているのか、困惑する佐藤を見ても夜宮には動じる気配がなく、淡々と紹介を続けていく。
「そして、私の右隣に座っているのが、同じく対策係に勤めております片岡長正、左の方が私たちの部署の外部コンサルタントの秋山恭輔さんです。私たちは先ほども申しあげた通り、こちらで起きた失踪事件の捜査協力が目的ですが、協力に当たって、篠山葬儀社の社員の方にいくつかお尋ねしたいことがありまして。まず確認なのですが、こちらで起きた失踪事件は、この資料に掲載されている三件で間違いないでしょうか」
 三件? 佐藤はここに来て意表を突かれ、頭の中が真っ白になった。夜宮が提示したのは先ほどまで秋山と呼ばれる青年が目を通していた資料である。手にとって目を通すと初めの数ページは今回の子供失踪事件の資料であるが、それ以降は一カ月前の日付の資料に切り替わっている。
「あの、この後ろの方の資料はいったい……そもそも失踪事件が三件ってどういうことです」
「おや、確か、こちらの従業員が二名、行方不明になったと聞いたのですが。ええっと、佐藤さんでしたっけ。お聞きになっていませんか?」
「い、いえ……それは初耳です。あ、でも小暮さんと、渡辺さんは確かに最近出勤していないです。でも、小暮さんは長期入院だと聞いていましたし、渡辺さんは……辞職なさったと聞いているのですが」
「長期入院と辞職、ですか」
 不意に秋山の顔が佐藤の方を向く。秋山の佐藤を疑うような眼差しに思わず目をそらしてしまう。慌てて秋山の方に視線を戻すも、彼の目は明らかに佐藤を疑っている。何か返答をしなければと思うが、一向に言葉が出てこない。そんな佐藤の様子に秋山の口元が少し緩んだのを見て、佐藤の背筋に震えが走った。
「夜宮さん、どうやらこちらの方は今回の失踪事件しか事情を知らないらしい。それに、今回の失踪に関しても彼が直接現場の状況を見聞きしたわけではないらしいし、後は結城刑事に尋ねましょう。佐藤さん、警察の人が今どこにいるかわかりますか」
 そうだ。私は何も知らないのだから、動揺する理由なんてない……そうなのだ。


 篠山斎場は、葬儀場と火葬場が一つの敷地に設置されている。もっとも、葬儀場については巻目市内でもいくつか用意されているため、郊外に建てられた篠山斎場の葬儀場が利用される頻度は減っているのだという。主にここで行われるのは告別式と火葬なのだそうだ。
「しかし、こんなだだっ広いところで子供が消えるかねぇ」
 結城は篠山斎場の正面入り口を背にして、改めて斎場の外観を眺めてみる。
篠山斎場は計4基の火葬炉を持つ斎場である。正面入り口から見ると、建物の中央を左右に広がった屋根のある車寄せが分断するように見える斎場の建物は、右側がバスを通す通路、左側が一般車両を通す通路となっており、斎場を訪れる遺族の数等にあわせて入場門横の詰所にいる職員が誘導することとなっている。
左側に展開される一般車両の駐車スペースには、今も火葬に訪れた遺族が乗っていた車両や霊柩車が十数台止められている。事件当時、斎場では消えた少女の母親の火葬のみが執り行われていたというので、今よりももっと車両は少なく空いていたのであろう。右側のバスレーンはバスの動線と駐車スペースがあるにすぎず、方向転換のためのロータリーの中心には整えられた樹木が植えられている。
斎場の裏側に回れば、職員用の駐車スペースと職員出入り口の他、倉庫などがあるのは確かめたが、倉庫の鍵は常に施錠されているうえに、特に誰かが隠れられるような場所はない。
 結城の正面にそびえる斎場は、2階建ての建物であり、縁から中央に向かって緩やかにカーブを描き盛り上がっていく屋根が特徴的である。建物内の中央には背中合わせに4基の火葬炉が設置されておりそれらの排気を排出するための煙突が建物のほぼ中央に設置されていることを意識させない為のデザインなのだという。確かにこうして外で眺めていても、初めに説明を受けなければそれが煙突なのかどうかはっきりしない。
 斎場の周辺は多くの火葬場がそうであるように緑化されており、小さな林のようになっているが、むやみに林に入ることができないように2メートルほどの柵が斎場の敷地を囲んでいる。
 正面入り口は詰所職員が眺めているし、入り口を出たところで広がるのは斎場へ来る車が通る一本道だけである。
 結局、斎場の外側を一回りしてみたところで、子供が長時間隠れられる場所と思わしき点は少なく、結城の率直な感想としては子供が突然姿を消すというのは想定しがたい。
「確かに子供が消えたと言われてもしっくりこないですね。わざわざ斎場に子供を狙った誘拐犯が現れるとも思えませんし、その門野さんがなにがしらの不注意や、まあ場合によっては意図的に、姪を隠したと見るのが素直な見解なのではないですか。こんなところで突然人が消えるなんて、神隠しじゃあるまいし」
 結城の隣では、変異性災害対策係の夜宮が結城の意見に賛同しつつも周辺の様子をデジタルカメラで撮影し続けている。
「それに門野さん、姪が煙に巻きこまれて姿を消したって主張しているのですよね。そんな証言の信用性は皆無ですよ。あまりに馬鹿げていて言い訳にも聞こえません」
「自分たちの存在意義まで否定しているように思うがね、オカルト専門苦情係の夜宮さん」
「いい加減ちゃんと名前覚えてくださいよ、結城刑事。私たちは環境管理部第四課変異性災害対策係です。あんまり邪険に扱うと捜査協力しませんよ」
 得体のしれない市役所の一部署に、縄張りを踏み荒らされる警察の側としては皮肉の一つも言いたくなる。環境管理部第四課変異性災害対策係と呼ばれる奇妙な部署は2年前に突然設立された。彼らは外注のコンサルタントと手を組み、警察が手をこまねいている事件の一部を独自に解決してしまう。警察としては得体のしれない天敵のような存在だ。
もっとも、今回はこちら側から捜査協力を依頼しているのだから、皮肉は慎むべきだっただろうか。
「それで、煙に姪を攫われたなどと述べる叔父を問い詰めきれないのは何故ですか。居場所を探すなら彼に聞くのが一番早いでしょう。なんでもかんでも変異性災害の予兆と捉えてこちらに仕事が回ってくるのは私たちとしても不本意です」
「珍しくこちらから頼んでいるのだからそう言わないでくれ。さっきの皮肉は謝るから。仮に門野、その失踪した岬藍の叔父が何らかの理由を持って子供を攫ったあるいは隠したとしてもだな」
 結城は改めて自分の周辺を見回す。
「一体どうやって、彼女の姿を消したのかわからなければ探しようもないし、問い詰めようもないだろう」

「6歳の少女を駐車場から消す方法。例えば敷地外の林に放り投げたとか、かくれんぼをしていて、騒ぎを起こした後に姪を連れ出すなど、方法ならいくらでもありそうなものですけれど」

 正面入り口横の守衛詰所から戻ってきた秋山恭輔は、眠そうな目をこすりながら、結城と夜宮の会話に混ざりこんできた。捜査協力に訪れているというのに、いつものようにワイシャツとジーンズとラフな格好でやってくる秋山に、思わずため息が出る。
「もう少し服装に気を使ったらどうだ、恭輔。一応捜査協力者として」
「今回は僕の責任じゃありません。今日は朝市で野菜の安売りをすると聞いて、家から三キロも離れたスーパーに出かけました。一週間分の野菜を買いこんで、午後は早起きした分の睡眠をとろうと帰宅したところ、家の前に夜宮さんがいたわけです。夜宮さんは、ここは街外れで遠いから急げ急げと騒がしく、着替える余裕なんてありませんでした」
「ううむ……しかしだな、周りの見る目っていうものが」
「今後は気をつけようと思います。それで、さっきの話ですが、居なくなったのは六歳の子供でしょう? それこそあそこの林の中に放り込む、車に乗せてしまうなど方法はいくらでも考えつくでしょう。斎場の中に戻って何処かに隠れてしまった可能性だってある」
「林に入ったのではないかというのは我々も考えたよ。けれども、周辺の林、入り口の向かい側の林までも捜索したがそれらしき姿はない。車に乗せて連れ出すといった線も今回は難しいと考えている。不審車両も目撃されていないし、当時駐車されていた車両は葬儀社所有のものが十台、遺族の乗ってきた自家用車両六台だが、いずれも施錠されていたそうだ。門野は自動車の鍵を持っていなかったことは遺族が証言している。それに岬藍がいなくなった直後、一応車についても捜索したがどれも確かに施錠されていたし、中に彼女の姿はなかったらしい」
「斎場の中はどうです?」
「あのとおり、事件当日も職員が玄関に立っていたから出入りがあれば把握できた」
 結城は車寄せの奥、斎場の入り口付近に立つ、喪服の職員を示す。彼らは複数の遺体の遺族が鉢合わせすることのないように斎場の内外を通して見回りを行っているのだという。
「とすると……彼女は堂々と正面からここを出たのではないでしょうか」
 秋山は急に振り返りさきほどまで話を聞いていた入り口前の事務所を指す。秋山の唐突な意見に夜宮が思わず声を上げる。
「それはちょっと無理があるよ、秋山君。だって、あそこは守衛さんがいるわけでしょ。いくら子供でも出入りくらいはわかると思うけれど」
「いえ。そうでもないんです。一度守衛さんと話をしたのち、こっそり敷地の外に出て再度入場してみました。そうしたら、再入場する僕を見て守衛さんは驚いていましたよ。詰所受付の窓下八〇センチの部分は詰所内からは完全に死角です。そして、この車寄せ中央に柱を立てているおかげで、斎場入り口からもよく見えません」
「確かにあそこは詰所の中から見えないと思うけど、反対側にカメラが付いているのはどうするの。絶対映るよ、あそこ」
「僕もそう思ったのですが、あのカメラは実はダミーなのだそうです。実際のカメラは詰所の中にしか設置されていなくて、入場車両の運転手等の顔は記録されていますが、受付下の八〇センチ部分を撮影した映像はないそうです」
「そうすると、少女はこっそり正面入り口から斎場を抜けだして……林の中にでも踏みいったというの? でも、警察が林の中を探しても今のところ姿がないのよね?」
 夜宮の問いかけに秋山は両手をあげてお手上げだと意思を示した。
「それ以上はわからないですね。ですが、少なくてもこの斎場の外に消えた少女、岬藍が出ることが可能であったとは思います」
 確かに、秋山の言った方法は警察も考えなかったわけではない。しかし、林を捜索しても一向に姿が見当たらないのに加え、このような何もない場所で、6歳の子供がわざわざ一人で斎場の外へと歩いていく理由が結城には思い浮かばないのだ。それに……
「つまり、結城さんが今回僕たちを呼んだのは、厳密には、彼女が消えるはずのない場所で消えたから、というわけではないということです。おそらく、本題はこちらに送ってきた二件の従業員失踪との関係だったんでしょう」
 秋山の視線に結城は思わず目をそらしてしまう。今回の依頼は、表向き少女の失踪を解決してほしいというものだ。その他の従業員失踪は変異性災害対策係が欲するだろう情報という形で提供したに過ぎないのである。少なくても捜査協力依頼をした上司はそのように考えている。しかし、秋山はそれを踏まえた上で、結城が考えていたことまでを見透かしているらしい。
「相変わらず変なところで勘がいいな。とにかくだ、恭輔の言うとおり、岬藍が斎場の外へと出て行方不明になったという可能性も否定できない。それに、斎場の外へ出られるのであれば、門野武が第三者と共同して岬藍を誘拐したとも考えられる。だがな、姪が消えたと騒ぎたてることを動機として誘拐を行う人間は考え難いし、こんなところまで誘拐犯がやってくるとも思えない。それに、林に踏みいって迷ってしまったという結論も納得がいかないんだよ」
 理由は先の二名の従業員失踪の例だ。篠山斎場の所長は両人が退職および長期休業であって失踪の事実は知らないというが、彼らが最後に目撃されているのはどちらも篠山斎場内であり、勤務中あるいは勤務終了直後に姿を消したと考える方がしっくりくるように思えるのである。
「二か月に三人。こんな辺鄙な斎場で人間が姿を消す。それが全部たまたまだというのか」
「偶然だというつもりはまだありませんよ。僕たちもこれからもう少し斎場内を調べてみるつもりです。ただ、結城さんの勘みたいなものも参考にしたかっただけです」
 秋山はそう言うと軽く頭を下げて夜宮を連れ斎場へと戻っていく。結城はその様子を眺めながら、いつの間にか自分が思った以上に感情的になっていたように思えて、不意に苛立ちを覚えた。
「あいつ、わざわざああいう説明しやがったな……」


 一般に、火葬炉とは「台車式」と「ロストル式」の二種類に分けられる。これは遺体を火葬する際に、台車に乗せて炉に入れるか、炉内に作られた格子の上に遺体を載せるかの違いであり、どちらを選ぶかは火葬場のコンセプトに寄るのだという。もっとも、この国では拾骨という文化があるため、どちらかと言えば遺体の形に近い状態で骨を残す台車式の炉が好まれるという。
 拾骨という文化は意外に厄介らしく、遺体の骨が形を残す程度の高温処理に留まるために、火葬の際、未燃焼ガスや臭気成分が発生してしまうらしい。従来はこれを排気するために火葬場に高い煙突が設置されることが多く、遺体を焼いた煙が空へと流れていく光景が見られたという。
 もっとも、火葬場は周辺住民の拒否感が強い施設であり、火葬場を連想させる長い煙突は忌み嫌われ、並行して発展した火葬炉の無煙化技術も合わさり、現在の火葬場の煙突は短いことも多いのだという。
「そういえばこちらの火葬場も煙突が目立たないというか……ありましたか。外から見たときにはそれらしきものはなかったように思いますが」
 片岡長正は傍らで火葬炉の説明をする職員にそう尋ねた。彼は秋山達とは別行動で現在稼働していない4号炉を見学しつつ、職員から斎場の様子の説明を受けていた。
「いえ、うちの斎場にも煙突というか、排気口がありますよ。無煙化技術といっても、再燃焼炉と集塵装置を設置して、未燃焼ガスや臭気成分を完全に燃焼させるという方式ですので、排気は必要になりますから。ただ、煙突が目立たないように工夫がされています。外側から見ると斎場の屋根が中央に向けて盛り上がっているのに気が付きませんでしたか」
「言われてみれば……ああ、あの盛り上がった部分が排気口になっているんですね。それでそこから煙が出るわけではないと」
「ええ。無煙処理をしているので、排気口から煙が出るわけではありません。皆さんがこちらを訪れたのは四十分ほど前だと思いましたが、あの時間帯には1号炉が火葬を始めていました。煙らしきものは見えなかったですよね」
「そうですね……」
 とすると、煙に姪を攫われたという門野武の証言とはかみ合わなくなる。そもそも、煙が人間を攫うという話は荒唐無稽なのではあるが、火葬場から煙がでないうえに煙突も目立たない構造をしているのであれば、門野の証言にはどうして煙のモチーフがあらわれたのだろうか。
「その、もう一度確認したいんですが、この斎場では1号炉から4号炉、どの火葬炉を稼働しても排気口から煙がでるってことはないんですよね」
 長正の質問に職員の表情が一瞬曇ったように見えた。しかし、すぐに先ほどまでの表情に戻り、彼は煙が出ることはないと述べた。

*****

「つまり、ここじゃそもそも煙が見えるはずがないってこと?」
 結城刑事との話を終えた秋山と夜宮が職員に連れられて四号炉を訪れ、長正は、斎場について聞き及んだ話を二人に話した。
「それならどうして、彼は煙なんて見たと言ったの? 煙が出ていないのに煙が見えるわけはないわ。やっぱり変異性災害の兆候だったということ?」
「それが、一通り斎場を歩きまわってはいますが、今のところ、変異性災害の気配がないのです」
「ということは……今回は私たちのでる幕じゃない。ということじゃない」
 夜宮の反応は予想通りである。長正もまた、今回の事件に変異性災害対策係は関係ないのではないか。と思い始めていた。
「それはどうでしょう。どうやら、この四号炉は使われてないらしいし」
 しかし、二人の態度に反して、秋山は疑問を呈する。彼は炉の入り口などを調べながらゆっくりと疑問点をあげていく。
「案内してくれた職員の人がいうには、このホールに入ったのを最後に、例の消えた職員の姿を観た人がいないそうです。まあ、たまたま入れ違い等で姿をみなかった可能性もありますが、斎場の中にはあちこちに職員がいるのに、二人ともホールに入った後から目撃した者がいないというのは奇妙です。それに、この斎場、時々煙がでているという噂があるのだとか」
 秋山が手もとの携帯端末を二人に向かって掲げた。
「煙が出ないはずの斎場で煙が出るという噂、職員の失踪、それに事務所の佐藤さんでしたっけ、彼の妙な態度……結城さんの勘、意外に当たっているかもしれないと、僕は思います」
 一度、斎場を出て情報収集をするべきですね。そう述べた秋山恭輔と呼ばれる青年は、ホールを出る直前、確かに私を見たのである。ホールに初めから居て、誰も気がつくことのなかったこの私の姿を。
 

 私は、自分が誰であったかを思い出すことができない。そもそも、今、こうして立ち現われている私よりも前の私が存在していたのか、私は生まれたばかりなのかも判別がつかない。
 私はこの建物に捕らわれている。死者が出入りするこの建物に。
 建物の中であればどこへだっていける。私はあらゆるところに出没し、あらゆるところから抜け出せる。しかし、どうしても建物の外へは行くことができない。訪れる死者とそれに群れる人々を観ることしかできることがない。話しかけても誰かが応じることはなく、ただ独り、漂うのみである。
 外に出たい。自分が誰であったかを思い出したい。そのような心は日々強くなるばかりで、何の成果を生むこともない。徐々に身体は肥大していき、私はますます私が誰かわからなくなっていく。
 そもそも、私は「誰か」であったのだろうか。

*****

ことり;
「○○市の郊外にある火葬場の噂、知ってますか? 最近話題になってる」
名前を入力してください:
「火葬場の噂? ああ、ひょっとしてメレンゲの角が立ったような屋根の建物がって話か」
からす:
「それなら聞いたことあるよ。夜になると屋根から煙が出るって話だろ。昼間の内は煙なんて立たないのに」
ことり:
「そうそう、その話ですよ。あれ、実は不本意に火葬されてしまった人の怨念なんだそうですよ」
名前を入力してください:
「ありがちな噂だねー。大体あれって山とはいわないけど随分辺鄙なところにある建物だろ、誰が観に行くんだよ」
からす:
「近所の学生が肝試しに行った時に見かけたって話じゃなかった? まあ、この辺はありがちとか言わないで聞いてあげようよ。で、不本意に火葬ってどういうこと?」
ことり:
「あ、えっとですね、あの火葬場に運ばれる人の中には、生きたままの人がいるって話です」
からす:
「生きたまま? そりゃあ不本意に違いない。目が覚めたら身体を焼かれているなんて」
ことり:
「そうなんですよ。なにやら、火葬場の人が危ない人たちと関わっているとかで、借金が返せない人とか、後ろ暗い人たちが夜な夜な運ばれてきては火葬場で焼かれているんだとか」
名前を入力してください:
「それで、昼間とは違って夜に焼かれた分については怨念が煙となって出てくるか。面白いけど、ちょっとなあ」
ことり:
「肝試しに行った時に、火葬場に白い大きなバンが止まっていたって話もあるんですよ。嘘じゃないと思います」
名前を入力してください:
「うーん……」
…………………
…………………
…………………


「火葬場で生きた人間が焼かれて、その怨念が煙となって空に漂う。なんていうか、時代が一つ二つ逆行したような感じの噂ね」
 都市伝説を扱うというチャットルームのログを眺めながら、夜宮はため息をついた。現代の都市伝説というともっと電子的な媒体が活躍する噂が基本のようにも思うのだが、なんともアナログな噂に思える。しかし、メレンゲの角が立ったような屋根、という表現は、篠山斎場を観たことがある者なら容易にそれを想起してしまうものだ。チャットルームの人間も何人かは場所を特定して話しているのであろう。
「まあ、噂の古臭さは置いておいてください。斎場からこちらに来るまでの間に色々と検索してみたんですが、この噂が広まり始めたのは3カ月ほど前からのようです。初めに、地方の怪談話、都市伝説の類を掲載する掲示板やチャットルームのいくつかで、『煙の出ないはずの火葬場から夜な夜な煙が出る』という噂が立ちはじめます。この段階では、白いバンが居た、肝試しの学生が観たという要素はあるものの、生きた人間を焼いているといった話はありません」
 夜宮の向かいに座り、フィッシュバーガーを片手に秋山が噂の解説を加えていく。
「初期のころの噂は、最近の火葬場はドラマのように高い煙突から煙がたなびく光景ではないという雑談から始まります。どの噂も舞台となる火葬場の位置についてはふせていますが、建物の特徴を示す単語が要所に混ざり込んでいるため、初期の段階から篠山斎場が舞台であることが伺われます。そして、噂がある程度チャットルームや掲示板で有名になり始めたころから、噂に出てくる白いバンについて意味づけがなされていくようです」
「まるで、噂が広まるタイミングを待って、その要素を付加していっているみたいね」
「はい。もっとも、このような噂は伝播の過程で変容を遂げるのはよくあることなので、誰かが意図的に流しているとまでは言えないですね。ただ、必ず噂が初めに変化するのはこのチャットルームなので、その点は疑わしいですが」
「それで、白いバンに意味合いが付された結果、現在ではこの火葬場で生きた人間が焼かれているという噂が広まっているわけね……門野はこれを知っていて証言したってこと?」
「門野武の証言についてですが、僕は彼は本当に煙を観たのではないかと考えています。つまり、この煙の噂が原因で、篠山斎場には本当に煙の怪異が現れるようになり、消えた職員も少女も煙に連れ去られたのではないかと」
 20代半ばの青年が真面目な顔で煙に連れ去られて人が消えるなどと述べるのは正気の沙汰とは思えない。夜宮はつい周囲の座席の人たちが彼の言動を聞いていないか確認してしまった。この仕事を始めて半年ほど、大分この突飛な話の流れに慣れてきたとはいえ、どうしても周囲の目が気になってしまう。
「待って秋山君。それはあの斎場内に変異性災害の兆候があるということですよね。でも、長正さんはそのような兆候を感じなかったと言っていましたし、あなただって何もないような素振りをしていたじゃないですか」
 そして、核心に迫れば迫るほど自然と小声になってしまうのである。秋山は彼女のそういった様子を見て、いつものように少し微笑んでいる。自分より年下の人間にそういった態度を取られるのは悔しいのであるが、彼の方がこの仕事について長い以上、余裕があるのは仕方がない。なるべく、平常心を保って話を進めようと、呼吸を落ち着かせる。
「あの時、四号炉の炉前ホールでそれらしきモノをみたのでおそらく間違いはないでしょう」
「えっ」
こうしてほんの数秒も経たないうちに、夜宮の落ち着きを取り戻そうとする試みは終わってしまう。
「何でその時に言わなかったんですか」
「確かに見たのですが、その場で対処するには噂の内容も含め情報が足りなかったんです。それに、怪異の方も僕に気がついた素振りをみせたので、情報がないまま踏み入るのは危険かと」
「そんな……でも、情報といったところで、あの時よりも増えたのはこの噂の詳細のみじゃない」
「ええ。それともう一つ、過去の履歴を追っていくと、この噂はひと月半ほど前から生きた人間が焼かれているという形に変化したこともわかります」
 一月半。夜宮は手もとの資料を確認する。警察は初めの職員、渡辺二郎が失踪したのがおおよそ二か月前、二人目、小暮義男が失踪したのが一か月前とみている。ちょうど噂が変化したのは二つの失踪の中間ということになる。
「待って、それはさっきの秋山君の考えと矛盾するんじゃないかな。渡辺二郎の失踪は噂が形を変える前に起きているのよ」
「そうです。だから、僕はこの噂が今回の失踪事件の原因なのではないかと考えたのです」
「えっと、ごめんよくわからないんだけど……どういうこと」
「詳しくは長正に調べてもらっている件が明らかになってからにしましょう。といっても、実際に詳細を調べるのは結城さんですし、長正はそろそろ戻ってくるとは思うのですが」

―――――――
次回 黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅 2
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若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
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色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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