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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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ネガイカナヘバ5
黒猫堂怪奇絵巻6話目 ネガイカナヘバ掲載5回目です。
半年近く更新してなかったので書いている本人が話を忘れてた……

ネガイカナヘバ1
ネガイカナヘバ2
ネガイカナヘバ3
ネガイカナヘバ4

今までの黒猫堂怪奇絵巻
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う
黒猫堂怪奇絵巻5 キルロイ


―――――――――




 陽波高校七不思議。何度も目を通したおかげで、内容はほとんど覚えている。
 内容を覚えていてもなお、自分はこうしてここに存在している。そのことが、ここに書かれた七不思議が事実ではないことを指し示している。
 上月桜に貸し出されたため、七不思議のあった棚はぽっかりと空白になっている。借りた相手も所在もわかっているというのに、その空白は、まるで初めからあの本がなかったのだと主張するかのようだ。
 実はあの本にはない七不思議が存在しているとしたら。初めて七不思議の本を読み終えた時、彼はそう言った。彼にとっては単なる思い付きだったのかもしれない。それでも、私にはその言葉が救いに思えた。
 違う七不思議が隠れている。だとしたら、それは何であるのか。
 子供じみた妄想だとわかっていても、その検討を止めることができなかった。気が付けば、元々の七不思議とは大きく異なる七不思議が手元に並べられている。
 ただ、どんなに噂が集まってきても、自分自身が当事者になることはない。観測することができないことに、私は不満を隠せなかった。
 もしかしたら、彼は私のそうした性質を見抜いていたのかもしれない。
 だから、初めに言ったのだ。
 この七不思議には私に見えていない部分があるのだと。

 私は、右手の携帯電話を廊下の突き当たりに向けて掲げた。
 画面の中の壁にだけ、小さな落書きがされているのがみえる。落書きの文字は掠れて読めないが、今まで見てきた落書きと同じものだということと、その落書きが階段を上るように指示していることはわかる。
 落書きの指示に沿って、階段を上る。携帯を掲げる、次は廊下を歩いて二つ目の教室の前に立つ。携帯を掲げる。画面には何も映らない。
 何度画面を操作しても、目の前のドアには何も表示されない。ここからさきには、進めないということなのか。私は、七不思議の体験者にはなれないということなのか。
 口の中に血の味が広がる。握りしめていた左手が痛む。爪が掌に食い込んでいる。

 あら。そんなところで何をしているの?

 左右から突然聞こえた声。聞き覚えがあるが、顔を確認することはできなかった。私は、携帯電話を教室の扉に向けて、突っ立っているのだ。
 何していると答えればいいというのだろうか。
 右の声がいう。
 ありもしない七不思議を探していたの?
 違う。そうじゃない。
 じゃあ、何を探しているの?
 左の声が問う。私はその答えを持っていない。けれども。
 私の顔は自然に左の声の主に向けられていた。
きっと、私はとてもひどい顔をしていたに違いない。
 声の主は、私の顔を見て、目を見開いた。そして、彼女は何も言わず、私を抱きとめた。

*****
 夏が近づいてきている。
 新校舎になって一六年近く経過しているため、校舎にもがたが出始めている。何より、新校舎を建てた当時、巻目市はそれほど暑くなかったのか、この校舎は冷房設備が少ない。
 この時期になると、校舎内の熱気を避けるために、生徒たちは特別教室や職員室に顔を出す頻度が増える。例年、暑くなるのが中間テストの終了後であることが、教師たちにとっては少し悔しいところである。
 とはいえ、涼しさを確保するために生徒たちも考える。ただ涼みに来るのではなく、一応授業の復習や自習の結果を片手に「質問」を掲げてやってくるのだ。
「にしても、今日は多いなあ」
 隣の席に座る村上(ムラカミ)は、数学の教師だ。休憩時間、昼休み、放課後と途切れなくやってくる生徒たちへの対応にだいぶん疲れが出たのだろう。生徒が途切れた途端に、机の上に突っ伏した。
「難しい単元に入ったんですか」
「そういうわけでもないんだけどねぇ。生徒が増えたんじゃないかな」
 村上は私の方を向いて、弱弱しく笑った。彼の目線が私の顔から離れて、机に積み上げられたレポートの山を捉える。
「あ、如月先生。今年もそのレポートやっているんですか」
 さっきまでの様子から打って変わって、起き上がり、レポートの山の一番上を覗き込む。
「ええ。まあちょうど中間テストも終わったところですし、気分転換もかねて」
「また教頭に怒られますよ。指導要綱上はないんでしょ。これ」
 村上が覗き込んだレポートは、私が二年生向けに出している課題だ。一つの絵を提示して、その背景を踏まえたうえで、絵に関する紹介文を書く。
 確かに、高校では通常行われない授業だろう。私がこの学校に勤めて3年。教頭は毎年厭な顔をする。
「それに、毎年なんでこう暗い感じの絵を選ぶのさ。もっと華やかな絵なら教頭も文句を言わないんじゃないかな」
「岸本先生、覚えている華やかな絵ってありますか」
「えっと……ゲルニカ?」
「それは十分暗い絵ですよ」
 華やかな絵というテーマでゲルニカと答えたのは彼が始めてだ。私は思わず苦笑いをした。
「そんなものなんですよ。高校の授業までは、美術に関しては、絵を覚えろといわれる。美術品について詳しくなるためには、いい作品を多く見ることが必要なので、間違ってはいないんですけれどね。それでも、背景なく絵と絵の名前を覚えるのは難しい」
「だから、背景も含めて考えさせるって話ですか」
「ええ。それに、美術に詳しいのでなければ、華やかな絵よりも暗い絵のほうが印象に残るんです。あと、美術に詳しくなくても解説書が探しやすいっていうのもコツですね」
 私は机の上に立てていた本の中から一冊の文庫を取り上げる。今回の題材にした絵については、この文庫の中に詳細な説明が書かれている。著者のバイアスはあるかもしれないが、説明文を読めば、どんな絵なのかは理解できるし、興味を持てればその先は調べられるだろう。
「なるほどなあ。数学の授業はそういう考え方はしないから、面白い」
 岸本と私が話しているのを聞きつけたのか、通りかかった国語教師の林道(リンドウ)が話題に入ってきた。
「岸本先生と如月先生が美術の話をしているのは珍しいですね」 
「そうですか?」
「岸本先生は美術には疎いですからね」
「そこ指摘します?」
「おや、今年もそのレポートの季節だったんですね」
 林道も私の出した課題のレポートの山を覗き込んだ。もはや、私の奇妙な課題は学校の風物詩になりつつあるらしい。
「如月先生のその課題、教頭は嫌がりますが、私はいいと思いますよ。先生の美術に関する話を聞いていると、お姉さんを思い出しますね」
 林道が姉のことを持ちだしたので、岸本が目を丸くした。
「林道先生、如月先生のお姉さんのこと知っているんですか?」
「ええ。如月先生のお姉さんは私の教え子ですから」
「ええええっ、じゃあ如月先生もここのOB?」
「私は家庭の事情で都内の高校に通っていたので違いますよ。陽波の生徒だったのは私の姉だけです。それに、姉は美術にはてんで疎い」
「ですが、その分、文学に強い興味を持っていた。本を楽しむために文学史を重視する生徒は珍しくてね。記憶に残っていますよ。確か、自分でも小説を書いていたんではなかったかな」
 文芸部の……ペンネームは何と言ったかな。

*****
 二月正。一六年前、陽波高校旧校舎の七不思議をまとめた人物。
 本の語り口は落ち着いている。学生が書いた小説というのであれば、一人称で、あるいは三人称であっても視界の狭い、小さな話であるか、はたまたあまりに風呂敷を広げすぎてまとまるものもまとまらない、そんな物語なのだろうという勝手な印象があったが故に混乱した。
語り口からイメージされるのは、周囲で起きていることを良く観察し、つぶさに書き記そうとする文学青年だ。一六年たった今は三〇代。どんな仕事に就いているのか、どのような暮らしをしているのか想像はつかないが、一六年もたって自分の小説を蘇らせようとする動機はどこにあるのだろうか。
 会議にて、二月正の動機についてはっきりと述べたのにも関わらず、夜宮沙耶のなかで、二月正の人物像はとても曖昧だ。
 夜宮の考え通り、彼(彼女?)の目的が七不思議の再現だとして、どうしてオリジナルを蘇らせることをしないのか。
 ウサギ男たちの手を借りるために、一部改変をせざるを得なかった。そうであれば、改変までして蘇らせようとする理由が分からない。
 考えが何度目かの堂々巡りに至っていることに気が付いて、夜宮は陽波高校七不思議を閉じて、椅子から立ち上がった。

 夜宮の仮説を裏付けるため、比良坂の研究員と香月フブキはそれぞれに陽波高校の調査を再開している。しばらくの間、会議室は作戦会議場とされ、フブキが収集した資料はすべて会議室に集められている。
 机の上や急遽運び込まれた棚の中の資料の周りを、夜宮はゆっくりと歩き回る。
二ヶ月少々の調査で、香月フブキはよく資料を収集した。学校の歴史に、学生の資料、追跡記録、鬼憑きの記録に、七不思議の噂に関する資料、近郊の怪談、それに怪異の発生報告。
 岸が言う通り、今回のフブキの調査では軸がぶれている。無造作に集めた資料を読み解こうとする結果、話の内容がまとまっていかない。そのような状態になっているからこそ、資料は多いが、全体像が見えてこない。
 岸の指摘はもっともだ。だが、情報を整理した結果、香月の集めた資料は陽波高校七不思議の再現実験の徴表として捉えられたのだから、彼女の行動の意味はあった。
「でも、どうしてこの段階まで見えてこなかったのだろう」
 夜宮の見立てでは、香月フブキは直感型だ。
秋山よりも鋭い霊感を持って、怪異を嗅ぎ分けるのに優れている。
 それはつまり、怪異が発生していない段階での調査は苦手ということを示す。
 香月フブキは今回の案件と相性が悪い。だから調査に時間がかかっている。
会議に参加した面々は、香月自身を含めてそう理解していた。
 彼女が倉橋守から手に入れた携帯端末のアプリケーション。それが、全容を繋ぐ線になる。そう言ってしまえばそこまでだが、違和感が残る。
「どこか、都合がよすぎるような」
この段階まで全体が見えないことがおかしいというのではない。この段階になって急に全体像が明確になったことが不自然なのだ。
 何か、見落としていることはないだろうか。

*****
 黒地図の噂。
 初めて聞いたのは、佐久間ミツルが失踪する直前だ。七不思議について新聞部が聞きまわった影響か、校内で奇妙な噂が囁かれる頻度が上がってきていた。
 ほとんどは結果として新聞部が流布してしまった七不思議を改変し、新しい怪談話を考案したものに過ぎない。しかし、黒地図の話は少々事情が異なった。秘密の場所に到達するための地図を書く奇妙な集団の噂。これは陽波高校から離れた、風見山地区を舞台とする話なのだ。
 そして、佐久間はおそらくこの噂と七不思議のひとつ、旧校舎へ続く地図の噂が酷く似ていることを気にして、風見山に踏み入った。
戻ってきた彼には風見山での記憶はない。それがまるで佐久間が本当の怪談に巻き込まれた証拠のように思えた。同時に、自分たちもまた本物の一部に触れているのではないかという疑念が生まれていた。
七不思議、風見山、佐久間の失踪。ノートの上に書き散らかしたキーワードは繋がりを見せない。けれども、全てを切り離して考えられない。空白を埋めるキーワードが本物の怪談であるというのは、あまりに安易な結論すぎないか
「どうも、お手洗い借りちゃって悪いね」
秋マコトは、無意味な図形を書き記したノートを閉じ、部屋に戻ってきた友人のほうを振り返った。まるでサラリーマンのような口ぶりで入ってきた佐久間は、秋のベッドにどしりと座りこむ。
「なあ、もう遅いぞ。いい加減帰らないと親に不安がられるんじゃないのか」
「なに、女の子じゃない。それほど心配されないさ。それに、秋のところにいるっていうのは伝えているから問題ないさ、遅くなったら止めてくれ」
 時計に目をやりながら釘を刺してみるも、対して効果はない。どうやら、この友人を家に帰すのはあきらめるしかないらしい。
「けれど、佐久間。昨日で追試は終わったんだろ。もう勉強を教える必要はないじゃないか。それに、君が休んでいる間の学校の様子だって、さっきほとんど話し終えた、あと何か足りないことがあるかい」
 放課後、唐突に教室に現れて、佐久間は秋の家になだれ込んだ。
このところ、追試験の勉強のためという名目でよく家まで来ていたものだから、習慣づいているのかもしれない。ちょうど、追試も今日で終わったことだし、少しくらいは雑談に付き合ってやるか。
そんな風に思っていたのも束の間、佐久間は延々と自分がいない間の学校の様子、秋の生活、新聞部の他の部員の雰囲気について尋ね続けた。
おかげで、秋は彼が学校に姿を見せなかった二週間分の記憶を数時間かけてほとんど再現したような状態だった。さすがに秋も疲れてきた。
それに、佐久間から視線を外し、机においたノートを見る。頭の中で渦巻いている疑念を整理したい。馬鹿げた考えだと、切って捨てる根拠がほしい。
そのために一人で考える時間がほしかった。
「悪い悪い。ついうっかり話を聞きすぎたかな。秋、お前本当に記憶力がいいんだもの。面白くてさ」
 佐久間はそういって制服のジャケットの内ポケットに手を突っ込んだ。
 中から取り出したのは最近めっきり見かけなくなったMDプレイヤーだ。
「なんだよ。お前まさかさっきまでの話を録音していたのか?」
「いやいや。録音するならマイク繋ぐだろ。これは、他の奴から聞いた話の録音だよ」
 ちょっとスピーカー貸してくれよ。今度は、こいつを聞いてみようぜ。何、早回しで要点だけを聞くからそんなに長くはかからない。たぶん。
 佐久間はそう言って、部屋の隅に置いてあるスピーカーとMDプレイヤーをつなげ始める。
「聞いてみようって、なんのつもりだよ。追試の間もちょこちょこと勉強放り出していたのは、他の奴のところに話を聞きに行っていたのか?」
「ご名答。あとは、写真部の上月だけだな。話聞いてないの。最近帰るの早いし、妙なもの見て回っているから声かけにくくてなあ」
「妙なもの?」
「あとで話すよ。それより、まあ聞いてくれよ。他の部員の話。一通り話を聞いたら、感想を教えてほしいんだ。ああっとその前に質問をしておいたほうがいいな。」
 スピーカーの接続を終えた佐久間が秋に向きなおった。さきほどまでのへらへらした表情は消え、いつになく真剣な眼差しで見つめるものだから、秋は耐え切れなくて視線を逸らした。
「秋、お前、七不思議に遭遇した記憶はないか?」
 笑った。続けて出てきた佐久間の質問があまりに予想外で、秋は思わず声を上げて笑った。
 笑っているうちに、秋は自分たちが本物に巻き込まれているなどという妄想をしていたことまでバカらしくなってきて、肩が軽くなったような気がした。
 ところが、一通り笑ったあとの佐久間の表情は、先ほどと変わらず厳しいままだ。
「佐久間?」
「やっぱりな。初めに聞いておいて正解だった。俺の考えが間違ってなければ、お前、見ているんだよ。七不思議」
 佐久間の話の意図が分からない。首を傾げる秋を置いて、佐久間はMDプレイヤーを再生する。スピーカーから流れ始めるのは、佐久間と新聞部の部長、桃山との会話だ。
「まあいいから、よく聞けよ。自分の記憶と照らし合わせながらな」

*****
違和感が残りますね。
 秋山恭輔は、検査室から出てきて一言そう言った。入院着を脱ぎ、久方ぶりの私服に袖を通した秋山は、ほんの少し嬉しそうに見えた。
「違和感。見立てが違うとかそういう感想じゃないんだ」
 的外れあるいは同意見という反応が返ってくると思っていたので、鷲家口ちせは秋山の回答に意外な印象を受けた。
「今まで聞いた話からすると、夜宮さんの考え方は、おかしくないと思います。僕も同じ情報で分析をしてほしいといわれた、同じ答えを出す」
「それじゃあ、違和感があるって話にならないじゃない。秋山君と沙耶ちゃんは同意見なんでしょ」
「ええ。だからきっと今頃、夜宮さんも同じ違和感を持っていると思います。あとひと月かふた月は、状況が動かないというなら、まだ納得がいくのですが」
「状況が変わるのが早すぎるということ? でも、変異性災害が発生するときは大概がそういうものじゃない」
 怪異が現れ、周囲に物理的な干渉を行う。異変が始まれば常識の埒外の現象が起きうるのが変異性災害だ。状況が大きく変わることは当然のことだ。
「僕が気にしているのは、『迷い家』が解決し落ち着いたこの段階で、香月の周囲の人間を核として状況が変わり始めていることです」
 夜宮の見立て通り、人為的な変異性災害の作出であり、そこに迷い家に関わっていた何者かが関わっているならば、今この段階で状況が動いたのは、彼らが迷い家事件の結果を元に、陽波での実験を進めるつもりだからかもしれない。
 秋山の語る考えは、夜宮が語るそれとおおよそ一致する。
「でも、そう考えたとしても引っかかるんです。彼らは、何故、香月の周りの人間に変化を促したのか。大森優香は偶然、香月の関係者だったのだとしても、倉橋守のように香月に接触させる必要はない。もし僕が相手なら、倉橋守と香月は距離を置くようにする。
何の目的で怪異を生み出しているとしても、祓い師に気が付かれるのはデメリットだ。けれど今回の話の流れだと、香月にヒントを与えている」 
「それじゃあ、彼らはフブキを何かに利用しようとして?」
「それはそれで不自然。香月が潜入する前から、鬼憑きという形で異変は起きていた。潜入直後に、急に計画が進むというのなら、祓い師の姿をみて慌てたという説明も付く。でも、潜入してから時間がたったこの時期にあえて動く理由は見当たらない。香月にヒントを与えながら、事態を進める意味がない」
 検査結果は良好。秋山恭輔は霊感を取り戻している。呪符の扱いも今までの通り。迷い家事件の際に受けたダメージから完全に回復したといってよいだろう。
「それで、秋山君はその違和感にどう対処すべきだというの」
「それを聞かれると困ります。今の話を聞いただけでは、どうしたらいいのか判断が付かない。ただ、もう少し情報を集めてもいいかと思います。相手のペースに乗って動き出すのはよくないんじゃないか。そう思うんです」
 それで、香月は今どこに?
 ちせが秋山の質問に答えるよりも早く、秋山の携帯が震えた。

******
 録音を聞き終わると22時を回っていた。
 途中でコンビニに行くと言って、席を立っていた佐久間はいつの間にか部屋に戻ってきており、買ってきた焼鳥を頬張っていた。
「それで、感想は?」
 MDプレイヤーは予定の項目の再生を終え、停止した。最後に流れていたのは、結城美奈と佐久間の会話の抜粋だ。
「感想はって言われても、これを一回聞いたからって全部の内容を把握できるわけじゃない」
「把握できるわけじゃない?」
 佐久間は敢えて聞き直す。わかっている。そのように答えたことが、秋がこの録音を聞いて感じた違和感を佐久間に伝えてしまっているのだ。
 でも、秋は録音を聞いて、なお、何がおかしいかわからないと言うことはできなかった。
「俺たちは、陽波高校七不思議を調べ始めてから二か月くらい経っている。そのいつの段階からはわからない。いや、結城の話を信じるなら、おそらく初めからだ。初めから、俺たちは本物の七不思議に遭遇し続けているんじゃないか?」
 佐久間の口から、考えたくない結論が出る。秋は、どうしたらいいのかわからなくなり、黙り込んだ。
 すると、だめ押しとばかりに、彼は秋の前にデジタルカメラを置いた。
「これは、上月が転校してきた直後、結城曰く、上月と結城が『心霊写真』を取ってしまったカメラだ。さっきの話でようやく思い出した結城が、部室から探し出してきた。メモリーは消えてしまったらしいが、買い替えることなくカメラは残っていたらしい。ちなみに、このカメラ、今も普通に使える。結城が写真部の会計係に聞いた話と違ってな」
「まさか、君、写真部の人間にもいろいろ尋ねたのかい」
「必要な範囲で、いろんな人の話を聞いたよ。勉強はお前が教えてくれるから追試に落ちる心配はないからね」
 おもわず額を押さえた。この男は追試で追い回される中でこっそり部活動をしていたというわけだ。
「小谷ってやつにも、他の生徒にも聞いたが、ガラスが内側に割れたというのは覚えている。だが、その直前にデジカメが異常を起こしたというのは、誰も覚えていない。当の本人である小谷も含めてだ。結城に至っては知り合いに相談したことすら忘れていた
デジカメの異常を覚えていたのは、写真部の顧問で当日の授業担当、橋本勇夫(ハシモト‐イサオ)だけ。だが、橋本は不思議なことに窓が割れたことを覚えていない。いや、正確に言えば、彼はカメラが壊れた人窓が割れた日は別だと言っていた。記憶が食い違っている。
 不思議だと思わないか? あれだけ七不思議のことを調べ回っていたはずなのに、俺たちは身近で起きている異変に全く気が付いていないんだ」
 それだけじゃない。部員たちに佐久間のいない間の話を聞いただけでもわかる。秋を含め、新聞部の部員たちは、それぞれに少しずつ記憶を失っている。佐久間が覚えていること、桃山先輩や起きた先輩が覚えていること、結城が覚えていること、そして秋が覚えていることがそれぞれ少しずつ違う。
「俺だって昨日のことすら完璧には覚えていない。いやそれどころか今日のことだって正しく覚えていないことはある。仮にそうだとしても、七不思議に関わること、怪談に関わることばかり、全員で記憶が抜けているってのは、ちょっとおかしいとは思わないか?」
 顔のない男が記憶を奪う。秋は自然と七不思議の一つを思い出していた。それに、さっきの録音を聞いてわかったことがもう一つある。
「佐久間、僕はどうしても思い出せないんだが、いつからうちの部に下級生が入ったんだ?」
 紀本カナエ。録音の中に何度も出てくる後輩の顔がどうしても思い出せない。それに、MDプレイヤーには、紀本カナエとの会話が録音されていなかった。
 厭な感じがした。まるで足元から何かが揺らいでしまうかのような気味の悪い感覚。
 秋は佐久間を見た。
「そこなんだよ。一番の問題は。俺は、紀本のことを覚えているんだが、どうも、ウチの学校に紀本カナエという生徒はいないらしい。職員室で名簿を見せてもらった。でもな、厄介なのはそれだけじゃない。紀本のことを知っているのは新聞部の部員、七不思議を取材していた俺たちだけなのさ。ただし、後輩なのか、先輩なのか、どういう人間だったのか誰もがよくわからない」
 佐久間の言葉に、秋は自分が悪い夢を見ている気分になった。
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プロフィール
HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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