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現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。
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ネガイカナヘバ7
2016.05.03 Tuesday
黒猫堂怪奇絵巻6話目 ネガイカナヘバ掲載7回目です。
とおりゃんせと迷い家作ってた時から思っていたのだけれど、
一話の分量が長くなっているので、
やっぱり紙媒体でのほうが読みやすいのかなあという印象があります。
なにより、更新前の校正作業をするのに、本人が印刷して読んでるので長くなると紙のほうが便利なんですよね
ネガイカナヘバ1
ネガイカナヘバ2
ネガイカナヘバ3
ネガイカナヘバ4
ネガイカナヘバ5
ネガイカナヘバ6
今までの黒猫堂怪奇絵巻
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う
黒猫堂怪奇絵巻5 キルロイ
―――――――――
とおりゃんせと迷い家作ってた時から思っていたのだけれど、
一話の分量が長くなっているので、
やっぱり紙媒体でのほうが読みやすいのかなあという印象があります。
なにより、更新前の校正作業をするのに、本人が印刷して読んでるので長くなると紙のほうが便利なんですよね
ネガイカナヘバ1
ネガイカナヘバ2
ネガイカナヘバ3
ネガイカナヘバ4
ネガイカナヘバ5
ネガイカナヘバ6
今までの黒猫堂怪奇絵巻
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う
黒猫堂怪奇絵巻5 キルロイ
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香月フブキとの連絡がとれない。比良坂民俗学研究所内では、研究員と変異性災害対策係の職員がバタバタと走り回っていた。
何が起きているのか、誰も正確には把握しきれていない。香月との連絡が取れなくなり、結城刑事の娘、結城美奈が怪異と接触していたことが判明した。香月が調査をしていた案件に関しては、未だに全容が把握できていない。わかっているのは、二月正という人間が過去に書いた七不思議を利用して、何者かが怪異を生もうとしている。それだけなのだ。
岸の研究室の扉が乱暴に開かれ、緑のジャケットを羽織った男がお供を連れてやってきた。
火群たまき。変異性災害対策係の係長だ。彼の後ろに控えている女性は、彼の不在時に事務仕事を一手に引き受けている、加藤。
「やあ、岸さん。それに秋山。探したよ」
普段は昼行燈のようにだらけた雰囲気を見せている火群の声に、幾分か怒気が含まれている。岸則之は、白衣の下でそっと自分の脇腹を押さえた。
「それで、状況は」
「状況って、どの、何についての状況ですか」
壁一面のモニターに目を向けたまま、秋山が問い返す。せめて、相手の顔を見てから質問してくれ。岸は心の中で懇願するが、秋山と火群の折り合いが悪いのは、昔からだ。治るわけがない。
「全部だよ」
「全部。僕は他の祓い師が扱っている案件について詳細はわかりませんし、岸さんだって町に現れるすべての怪異を認知しているわけではないと思います」
かちん。火群がライターの蓋を閉じる音が響いた。
「2時間前から香月フブキの連絡がつかない。また、陽波高校の周辺で、他人の記憶を奪う怪異が現れたとの話も聞いている。それに、私立陽波高校において急激な呪力の収束現象が確認できている。調査に入った先発隊は、フブキと同じように連絡がつかなくなった。20分前だ。それと」
火群が目配せをすると、加藤が一冊の書籍を取り出した。
「『陽波高校七不思議』。この本の著者について、調べていたらしいな。二月正、本名如月真。現在陽波高校に勤めている美術講師、如月一の姉だということがわかった。
以上の件に関して、現状わかっていることと現状を聞かせろ。秋山恭輔」
「二月正の姉妹?」
「弟だ」
秋山はモニターの前から動こうとせず、それ以上何も答えようとしない。火群が右足を強く地面に打ち付けた。
「秋山」
「待って。如月一についてはどこまで調べましたか。彼の姉の消息は」
「如月真は行方不明だそうだ。如月一から巻目署に捜索願が出ている」
「いつ?」
「5年前だ。如月真もまた陽波高校に教員として勤めていたらしい」
「如月一が勤め始めたのは」
「2年前だ。今年で3年目になる。ずっと美術専任講師として勤務していたらしいが、去年の後半から担任を持つようになった」
「なるほど。だから」
秋山はモニターから目を離し、火群たまきに向きなおった。
「それで、状況は」
「フブキのことです。おそらくは、陽波高校内の異界に踏み込んだのだと思います。ただ、フブキの見立てと現実はずれているはずです。怪異を生むために記憶を奪う怪異が潜んでいるだけで、陽波高校内にはまだ怪異が発生していない」
「人為的に怪異を作りだす者たち、か」
火群が何度かライターを開けたり閉めたりする。
「加藤。先発隊との連絡を取り続けろ。それと並行して長正と連絡をとれ。それと、もう一人か二人、使える術者を手配しろ。秋山と私は先に陽波高校に向かう。岸、鷲家口に連絡して、10分後に地下駐車場に下りてくるように伝えてくれ。それが終わり次第、モニターに写っているポイントの監視カメラの確認に入れ。怪しい人影は取り逃がすな。ネットワークの監視も忘れるなよ」
火群が開いていたライターを閉じる。
「ちょっとまってくれ、何が何だかわからない」
岸はいきなりの指示に最大限の抵抗を示した。さっきのやり取りで火群と秋山は何を見つけたというのだ。研究室の戸口で立ち止まった火群は、先ほどまでの怒気はどこへ行ったのか、意地の悪い笑みを浮かべている。
「それは行く行く秋山が説明するさ。全員、通信回線は常に開いておけ、これより、私立陽波高校の敷地一帯を変異性災害発生地区として指定する。排除対象は陽波高校内にこれから発生する怪異だ」
*****
あの家は呪われている。あそこの子の話を聞いた? 幽霊が見えるって。幽霊じゃないわ、怪物よ。怪物だなんて失礼な。あら、あなたのことなの。あそこの夫仕事していないんでしょう。出勤しているところなんてみたことないわ。裕福なのかしら。良家の出だなんてお高く留まって。あらあらひがみ根性だ。そういうあなたこそ最近はどうなの。喧嘩の声が絶えないわ。盗み聞きってのは良い趣味じゃない。聞こえてくるのよ。そのせいで夜も眠れない。それじゃあ私たちのせいであなたが眠れないと言っているみたい。そうよ。夜まであんなに声を出して。そういう奥さんの家だってうるさいじゃないですか。えっ。それは誤解。最近、壁が薄くなったんですかね。いろんな家の音が聞こえる。最近というか、あの子が来てからよね。そうだ、あの子が来てからだ。知ってる? あの家の主人、変な樹を植えているの。前々から噂になってたじゃない。あれ、柿かしら。柿にしては気味の悪い実がなるの私見たんだから。実がなるなら、おすそ分けくらいあってもいいのにね。無理よ、だってあの実は人の顔が付いているのよ。呪われているんだわ。
身体に纏わりついていた暗闇が解けると、再び紅い日差しに包まれた。
砂利を敷いた地面、木目の床に、事務室のカウンター。利用者用の靴箱が並んでいるが、使用されているのは一人だけだ。事務室の奥を覗き込むと、奥の事務机に黒い人のような影が座っている。輪郭がぼやけ、ひたすらに何かを呟いているが、こちらに気が付く素振りはない。
先ほどまでは確かに美術室にいたはずだ。それが、あの声に名前を知られて暗闇に囚われた。暗闇の中で聞こえた声を思い出して、フブキは思わず頭を振った。
もう過去のことだ。乱されてはいけない。
とにもかくにも現状確認だ。フブキが立っているのは美術室ではなく、武道館の玄関だ。
そして、紅い日差しや事務室の人影からして、ここは異界だ。
美術室にいたモノは、どうしてフブキをここに送りこんだのか。フブキは土足で玄関に上がり、奥の扉を開いた。
静寂の中で、風を斬る音だけが大きく響く。
「おや、誰かと思えば上月君じゃないか」
広い武道場の中央に立っていたのは、胴着を着込み、竹刀を構えた大森優香だった。
「大森先輩。どうしてここに」
「どうして? それは私の台詞だよ。上月桜君。君はどうしてここにいるんだい。君のことだから、ここへは来ないものだと思っていた」
ここへは来ない。大森のその言葉は、まるで自分で選択して異界を移動できるかのように聞こえた。
「ここがどういうところなのか、よくわからないようだね。まあいい。私は、ここで君と出会えたことに感謝するよ」
「大森先輩。先輩こそ、ここが何処か、何に巻き込まれているか、わかっているんですか」
「君が持っている知識の上でどうなのかはさておき、私は自分がどういう状態なのかよく理解しているよ。私は、望みをかなえたいんだ」
大森は竹刀を構えなおし、フブキに向き合った。
「上月桜。私は君と真剣な試合をしたかった。どんなに誘っても、君の本気は見られなかったから、それはとても悔しい思いをしたよ。でも、ここでなら遠慮をすることはないよ。試合をしようじゃないか。どんな方法を使ってもよい。どんな武器を使ってもよい。君の本気を、あの時の君の姿を私に見せてくれ。先輩としてのお願いだ」
本気。それは、入学時に鬼憑きを伸したときのことを言っているのか。大森が竹刀を握る力を強める。
彼女の竹刀の切っ先に重たい空気がまとわりつく。切っ先の空気は紫色に変色し、竹刀を包み込み剣のような形に変化していく。
大森の脚も同様の靄に包まれており、靄から昆虫の節足のようなものが何本も現れ、忙しく地面を掻いていた。
やはり、大森優香は怪異に憑かれている。だが、この異界に渦巻いている気配と大森の纏う気配はよく似ているが違う。
フブキの思考を遮るように、大森が一歩前へ踏み込んでくる。彼女の足元の節足が激しく動き、一歩での移動距離を大幅に伸ばす。たった一歩の踏み込みで、大森の身体は3メートル先のフブキの前に現れた。
振り下ろされる竹刀に、フブキはとっさに左へと飛びのいた。だが、大森はその動きすら呼んでいたとでもいうように、竹刀で自分の右側を薙ぐ。
竹刀に纏っていた刃状の空気が竹刀を離れてフブキに向かい飛んでくる。咄嗟に出した右ひじとぶつかり、激しい金属音を鳴らして刃は消えた。
フブキは、刃から受けた衝撃でバランスを崩し、予定よりも数歩後ろで膝をついた。右腕を垂らすと、コートの中に入れていた金属板が床に落ちる。空気に当たっただけなのに、金属板は二つに割れていた。
「あの靄、本当に斬れるの」
「備えがいいね。桜君。でもよかった。いきなり右腕が切断されるような、そんな人ではないと信じていたよ。さあ、続きをしよう。私に、君の本気を見せてくれ」
どうやら、一度伸さないと正気には戻らないらしい。
背中の水蛟に手をかける。だが、思いなおして、コートの中から小刀を取り出した。水蛟を振るわずとも彼女を押さえることはできるはずだ。
「大森先輩。よくわからないけれど、一度伸びてもらいますよ」
息を整え、呪力を巡らせる。身体の隅々に廻った呪力を膂力へ。小刀はちせのコレクションの一つだ。彼女は小刀を魔を祓う呪物と言う。祓うというくらいだから、斬るのではないかもしれない。ならば、小刀は身を守るための道具だ。
基本的には体術で大森を伸す。
大森の竹刀に再び刃がまとわりつく。彼女の脚が前に出る。節足が激しく動き始める。フブキは地面をけって上に飛び上がった。脚部の怪異の恩威を受けて、大森がフブキの下を駆け抜ける。
彼女の刃は空を切ったが、油断はできない。着地と同時に振り返り、小刀で前面を防御する。案の定、大森は180度転回しており、刃はフブキの前に迫っていた。
再び金属音が響く。だが、小刀は折れない。小刀は刃に隠れていた竹刀とぶつかっている。なるほど魔を祓う小刀だ。竹刀も切れていればよかったが、どうやら大森に憑いた怪異は竹刀それ自体も強化しているらしい。小刀とぶつかった程度では傷つかなかった。
刃が途切れた隙を狙い、フブキは小刀で竹刀を押し返す。大森が竹刀を仰け反らせたと同時に、右脚で胴着を蹴りつける。
「うそでしょ」
フブキの脚は胴着には当たらず、胴着から噴き出た紫色の手に捕まれる。触られている感触はなく、手も煙のように不安定だ。しかし、右脚は宙に浮いたまま動かない。頭上で大森の口元が緩むのが見えた。
呪力を右脚に集中させて、力任せに振り下ろす。その勢いを利用して、大森と反対側に走る。背を向けることになるが、ほかに出きることがなかった。
壁際まで走り、最後に右側に飛びのく。フブキが走っていた場所を紫の刃が駆け抜けた。武道館の壁がめきめきと音を立てて凹んだ。
「この前よりも自然体のようだが、それでも君は本気でぶつかってくれないんだね」
大森は、フブキに何を夢見ているのだろうか。入学時の様子を本気というのなら、十分な能力は見せたはずだ。
しかし、体術だけでは彼女を追いこめないことも確かだ。怪異は自動的に彼女を守る。彼女自身に打撃を与えるなら、怪異ごと彼女を攻撃できる必要がある。
「こういうの、好きじゃないんだけどな」
コートに右手を入れて、ちせのお気に入りのメリケンサックをはめる。
大森は準備の時間を与えてくれるつもりはないらしく、既に目の前まで迫ってきていた。だが、先ほどまでと違い脚は遅い。足に憑いていた怪異は彼女の両腕に移動していた。
小刀を右手に持ちかえて、左手にもメリケンサックをはめる。そのまま横に飛びのく。
大森の掛け声とともに竹刀が床をたたいた。どんと重い音が響き、床に穴が開く。腕に纏わりつけば腕力を上げるというわけだ。
「だが、両立はしない。そう思ったかい」
大森の両腕の怪異が薄くなり、離れた靄が足元へと移動していく。
「私も、こいつを使い慣れていないんだ。私の攻撃を避けられる部員はいないからね。うかつに全力は出せない」
君のおかげで、調節がうまくいきそうだよ。そう話す大森の両目は靄に包まれている。
もう、彼女は目の前の現実が見えていない。
*****
夜中の住宅街は人がいなくて、寒い。
と思っていた自分が間違っていたのだろうか。佐久間と沖田を連れて陽波高校を目指して歩く秋の胸の中にはそんな疑問が渦巻いていた。
学校に近づくにつれて、道を歩く人が増えていく。学生、サラリーマン、主婦。まるで朝の出勤風景だ。
「何が起きているんだ」
「さあね、この人達が正気じゃないことは確かだけれど」
佐久間は先ほどから道行く人の前に立っては声をかけ手を振っているが反応はない。
「いやあ、あの子、頑張るねえ」
ゴミ箱の片付けのために出てきたコンビニ店員が、佐久間の様子を見て感心したような声を上げる。
「あの、こういう風景、普通なんですか?」
「え? 普通かどうかって言われると、異常でしょう」
秋にしてみれば、平然とゴミ箱を片付けている店員もまた同じだ。
「2,3か月まえくらいからじゃないかな。ああいうのが出るようになったの」
「そんなに前から夜中にこんなに人がいたんですか」
怯えた声を上げたのは隣で座る沖田だ。店員は彼女の声を聴いて、いやいやと首を振った。
「ここまで多いのは初めてだよ。最初はたまに店の外でみかけるくらいだったんだ。ぼーっとしていてね。何を聞いても、話かけても反応しない。朝のシフトの人に聞いてみたら、通勤時にウチに寄ってくれるお客さんだっていうから、無下にもできなくてねぇ。特に害はないから、気にはしてないんだよ」
「気持ち悪くないんですか」
「そりゃあ、気味が悪いよねぇ。でも、どうにもならないからさ。それに、定期的に彼らを保護してくれる人達がいたんだよ。ほら、緑色のジャケットを来た人達、みたことない? 何だったかなあ、市役所の人なんだけど。」
店員の言っている緑色のジャケットの市の職員というのは、おおよそ見当がついた。眼前の通勤風景を見かけるようになったあたりで、慌ただしく動いていた。確か、環境管理課と書いてあったように思う。
彼らは目の前の人々のように虚ろではなく、店員のように意識を持った人間だった。通勤している人々に何かをしては列から離れた人を車へ連れていっていた。
「しかし、今日はみんなでどこに行く気なんだろうかねぇ。丘の上にはオフィス街なんてなかったと思うけれど。あの先、高校だけでしょ? あるの」
坂道の先にあるのは、陽波高校だ。この行列は陽波高校を目指している。
「沖田先輩。僕たち、妙なことに首を突っ込んだんじゃないですかね」
「春香もあの中にいるのかな」
「さて。でも今からあんまり不安になっても先に進めない。僕たちにはわからないことしかないんですから、行列がある分、人気があっていいじゃないですか」
自分に言い聞かせるように言った言葉に、沖田がぷっと吹きだした。なんだか恥ずかしくなって、秋は店内で何か買ってくることにした。
*****
「戦力に数えてくれたのは嬉しいんだけど、この気まずいのなんとかならないかなあ」
沈黙が続く車の中で、鷲家口ちせは音をあげた。急に召集を受けて最低限の荷物だけをもって駐車場に下りてみれば、秋山恭輔と火群たまきが同じ車で現場に向かうという。
元々二人とも折り合いが悪いのは、比良坂の中でも有名だ。原因は、過去のある案件での方針の違いにあったらしいが、ちせは詳しいことを知らない。だが、車の中は、そういった経緯を含めてもなお有り余る緊張感が満ちていた。
「火群さんが不機嫌なのは、フブキがいなくなったからですか」
いきなりそこから話を始めるのか。ちせは、後部座席から秋山と火群の二人を見つめ、突然研究室を訪問された岸のことを思った。こんな調子の会話と共に、指示が下りていたのだとしたら、いくら鈍感な岸でも胃が痛かっただろう。
「それはどういう意味だい」
「言葉通りの意味です。フブキは、あなたが直接手を下せない案件の処理をさせるために見つけてきた優秀な駒だ。突然連絡がつかなくなり、陽波高校周辺の事態は進行している」
「こうなったのは、私の責任だ、という話かな」
火群が回答をはぐらかしたのに合わせて、秋山の周りの空気が少し揺らいだようにみえた。
「今回の件についての、私の判断は結果としてみれば問題があったかもしれない。だが、秋山。君だって、結城刑事の娘の話や、フブキの話を聞いていながら、全体像を把握できたのはついさっきだっただろう」
「僕はそういうことを」
「言っただろう。君は誤解をしているようだが、秋山恭輔、君も、香月フブキも、また他の祓い師、研究員も諸々私の優秀な駒だ。君と出会ったころとは違う。変異性災害対策係は、私の作り上げた私の部隊だ。一人でも駒を奪われるのは我慢ならない。当然だろう」
火群の言葉に、秋山は口を閉じた。再び訪れる重苦しい雰囲気に、ちせは息を詰まらせた。フブキの様子は心配だが、二人がまともに連携をとれるのか同じくらい不安だった。
「そうだ、全体像の話は行く行く秋山君がしてくれるんですよね」
何か話してもらっていないと、目的地に付く前に、ちせの心が参ってしまう。
「ああ、そうだった。秋山、今から通信回線を開く」
今から? ちせは首を傾げた。さっきのやりとりは車内だけのことというわけだ。
「もしかして、二人とも私のことからかっています?」
「そんなことはありませんよ。火群さんは僕をからかっているんです」
「そういうつもりはないんだけれどね。初めに誤解を解いておいたほうがいいと思ってさ。あと、フブキにみすみす水蛟を持ちらされた誰かには少し自覚を持ってほしいと思ってさ」
耳が痛い。
「勝手にしてください。それで、回線開いていいですか。言い残した嫌味はありませんか」
「夏樹のことは、お前が気に病むことじゃない。あれは、夏樹自身の問題だ」
「そんなこと、わかっていますよ。回線を開きます」
片岡夏樹、火群たまきの姉であり、片岡長正の妻。二人の確執は彼女を中心として起きていると聞いたことがある。だが、二人の会話にどういう意味があるのか、事情を知らないちせにはわからない。ちせにわかるのは、噂されているほど、二人の仲は悪くないのではということと、案件が収まったあとに始末書が待っていることだけだ。
「こちら火群。少々車の調子が悪くてね。回線がうまくつながらなかった。全員、回線は繋がっているか」
ちせの想いとは別に、通信機から各所の職員の声が響いてくる。どうやら、二人だけの会話の時間は終わったらしい。
「これから、秋山が今回の案件の全容を話す。今回は、風見山のケースと同様に不明確な点が多く、秋山の話にも仮定がまざると思われる。だが、陽波高校を中心とした呪力の収束現象は現在も続いている。このままでは、今晩中に何らかの怪異、それもかなり大型のものが出現するおそれがある。事実を精査している時間はほとんど残っていない。秋山の話を元に、各自の判断で事態の収束に努めてくれ」
*****
大森の全身を覆う紫の靄は、彼女の動きに合わせて周囲の空気を掴み、引っ張る。それが、彼女の動きを加速させ、彼女に力を上乗せしている。
膂力を引き上げるわけではないため、大森の身体能力には変化がない。ただ、それらは少しだけ彼女を加速させ、彼女の打撃の威力を高めている。フブキの打撃に対しては、大森の身体を後ろに引っ張り、当たり所をずらしていく。
結果として、大森の攻撃は鋭く、フブキの攻撃は弱くなる。
打ち込み続けた感触からすれば、靄の動きは大森の意思とは関係なく、半ば自動的に行われている。大森の動きに合わせて靄が勝手に動きを調整しているゆえに、やりにくい相手だ。
靄の正体を探ろうと、攻撃の合間に観察すれば、靄は無数の顔と手でできている。似たようなものをフブキは見たことがある。彼女が水蛟を振るった初めての怪異、脳裏にその姿がちらついた。
目の前の靄があれと同じだというならば、全ては大森を靄から引きずり出してからだ。
怪異の正体が掴めれば、祓ったも同然だと言う秋山や火群の言葉を思い出す。
「どこが祓ったも」
同然なのだ。顔の横すれすれを貫いた大森の竹刀を避けて、バックステップで距離を取る。もう何度繰り返されたかわからない。フブキが決定打に欠ける間に、大森は、フブキの動きに追いつき始めている。
「桜君。いい加減、君も刀を手に取ったらどうだ。背中のそれが君の本来の武器なんだろう」
大森に背後に回り込む。足に巡らせた呪力で身体を回転させ、左手のメリケンサックで刀を受ける。靄は刀だけを横にずらすことはできない。フブキの読み通り、彼女の拳は刀身に接触し、靄をいくらか祓い、その奥の竹刀を弾き飛ばした。
大森の体勢が崩れたのをみて、フブキは彼女の胴体にめがけて更に拳を突き出す。入った。
「だからさ、私は君の本気が見たいんだよ」
懇願、あるいは怒りで震えた声。前髪が大森の顔を隠していて、表情はわからない。咄嗟に右手を抜こうとするも、靄が絡みつき、腕を抜くことができなかった。
「君は、本来こういう戦い方をしない。誰の真似かは知らないが、私は知っているんだ」
前髪が揺れ、大森の顔が一瞬だけ見える。甘く腐った匂いが届く。
これは、気のせいだ。この匂いは、人面樹の匂いだ。
「おまえはわたしを斬ったじゃないか」
彼女の口から漏れ出たしゃがれ声に、フブキは悲鳴をあげた。
*****
「いまの説明じゃ全くよくわからないよ。つまり、私たちは事の本質を見誤ったの」
「見誤ったわけではありません。僕たちは、香月フブキは、事件を早く察知しすぎたんです。外縁を異常の発露だと見てしまったために、異界に取りこまれた」
秋山は、今回の件を仕掛けたのは、迷い家を作った者たちだと話す。
「迷い家は、子供を材料に、怪異の適合者、つまり宿主を引き寄せるために作られた。今回は、陽波高校を中心に、風見山よりも広範囲に異界を作り、人を招き入れているんです」
「それも、怪異を呼ぶためってこと」
「いいえ、おそらくは怪異を封じるためだと思います」
ちせにはそこがわからない。迷い家と同じロジックであれば、人を取りこむのは、怪異の宿主を見つけるためだ。それにこれから怪異を封じるというのなら、フブキはやはり怪異を察知したことになる。
「そこが、読み間違える原因だったってことだろう。おそらく、陽波でははるか昔に変異性災害が発生していたんだ。そうだろう? 秋山」
ハンドルを握る火群の指摘に、秋山が頷く。
「あの高校では、昔から生徒を依代にした何かが拡大してきた。影響を与えた人間は多いが、一人一人への影響は酷く小さい。そういったモノなのだと思います。
彼らは、それに目を付けた。おそらく、陽波高校の異界化は、長年にわたって広がった怪異の影響を一か所に集めるために行われている」
「それじゃあ、彼らの狙いは、小さな怪異を集めて一つの大きな力に変化させるってこと?」
ちせの問いに、秋山は少しの間、沈黙し、そして首を振った。
「彼ら、というと正確ではないと思います。迷い家を作ろうとした者たちは、ちせさんの読み通り、怪異の力を強めようとした。でも、それに手を貸した、今、あの場を支配している者は違う。おそらくは学外に散らばった怪異の影響もまとめて異界の中に封じるつもりです」
意図が真逆の人間が状況を動かしている。だから、状況がちぐはぐなんですよ。
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