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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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キルロイ4
連作短編,黒猫堂怪奇絵巻の5話目に当たります「キルロイ」の掲載四回目です。

前回までの「キルロイ」
キルロイ1
キルロイ2
キルロイ3

今までの黒猫堂怪奇絵巻
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う

―――――――


「そう。それが君の答えということか」
 私は,彼女の髪を一度だけ撫でた。彼女は床に膝をつき,まっすぐ前を見つめたまま,ただそこにいた。
「大丈夫。君がもう一度答えを見つけるまで,君の答えはここにある。これは小休止に過ぎない。だから,不安を覚える必要はないんだ」
 彼女に私の言葉は届いていないだろう。けれども,私は彼女に伝えなければならない。それが,彼女が私の下に来たことへの誠実な対応だからだ。


 やがて,彼女は両手を床につき,その姿勢を立て直す。スカートについてしまったホコリを一通りはらい,先ほど入ってきた入り口から静かに部屋を出ていった。
 私は,彼女が膝をついた場所に残った,彼女の形を眺めた。傷ついている。実際の彼女と違い,背中を丸め,両手で耳をふさぎ,うずくまってしまった彼女の形。しかし,彼女自身がこの形に思い悩む必要はない。彼女はゆっくりと休めばいい。
 部屋を出ていった彼女自身に代わり,床にうずくまった彼女の形に,私は小さな呪文を囁いた。彼女の形を解放する,小さな呪文。
 気が付けば,部屋に留まっていた形の気配は消え,いつものように人気のない静かな部屋だけが私を受け止めてくれていた。
「今日は,このくらいかな」
 私の背後で,彼が声を上げた。彼は,私をずっと見ている。私が此処でしていることを。此処に来る多くの子たちの形と,その行方をただずっと見ているのだ。
「もうこんな時間だからね。これ以上は来ないだろう」
「おっと,本当だ。それじゃあ,また明日,様子を見にくるよ」
 彼がそう言って,部屋を出ようとしたときだ。入口の扉が開いて,新しい客がやってきた。彼は「おや」と小さく呟き,再び部屋の隅へと戻っていった。部屋の隅に戻ってしまうと,彼はまるで部屋の一部のようになってしまい,風景に溶け込んでしまう。目の前の来客には,部屋の中に私一人がいるようにしか映らないだろう。
 来客は,此処まで急いで駆けてきたのか,肩が激しく上下していた。私は,来客の姿をみて,いつもの通りこう尋ねる。
「君の望みは何だい」
 そして,来客は。

*******

 あれは,人の首だ。その顔に見覚えはない。ただ,その表情には見覚えがある。私を見るわけでもない。誰を見るわけでもない。何処にも向いていない目と,貼りついたような笑み。
 笑みが貼りついた人の首が,私の目の前で,右へ,左へ,振り子のように揺れている。一つ,二つ。首が揺れるたびに首の後ろに新しい首が現れる。声を上げて笑っているような表情なのに,私の耳に笑い声は届かない。届くのは,葉っぱのこすれる音と,窓を叩く風の音だけだ。
 薄気味が悪くてしゃがみこんだ私に向かって,首の大群が迫ってくる。声すら届かない笑いを私にぶつけてくるのだ。厭だ。もう,耐えられない。

「よし,検査終わり。おーい,寝てんな。そこは君のベッドじゃないぞ」
 目を開けると,アッシュグレイに髪を染めた,みなれた顔がこちらを覗きこんでいる。香月フブキは,その光景に小さな悲鳴をあげた。
「おいおい。そんなに私が美人だったかな」
 目を覚ました患者にいう一言目がそれか。フブキは自分の主治医,鷲家口ちせの反応になんだかやる気を失くした。
 比良坂民俗学研究所。その名前とは裏腹に,怪異と名のつく奇妙な現象を扱う研究機関であり,フブキが現在寝ているのは検査室のベッドの上だ。
「その髪色微妙だと思うんだけど」
「美容室の人には似合いますよって言われたの」
「そうやって言えば,髪を染めるんじゃないかって思われただけでしょ」
「それひどい。それはひどいよ,フブキ」
 フブキの言葉に,ちせは,染めたばかりの髪の先をいじりながら,ぷぅと頬を膨らませた。その表情が可愛いものだから,フブキは思わず彼女から目を逸らした。自分で美人というだけあって,目鼻立ちは整っているし,こうして検査室でフブキに見せる姿は同性であっても可愛いと思う。正直,少し羨ましい。
「だいたい,その髪,なんで急に長くなってるわけ。この前までボブだったでしょ。髪の伸びる怪異でも憑けたの? 祓ってあげようか?」
「エクステンションよ。髪を伸ばすために怪異憑きになるわけないでしょ。全く笑えない冗談ね」
 そのまま,同僚の岸則之の冗談が良くないなどという話に発展し始めたので,フブキはちせを無視してベッドから降りた。
 ベッドの横に嵌められた大きなガラスには,薄らと自分の顔が映っていた。ちょっと顔色が悪いような気がする。このところあまり眠れていなかったからだろうか。
「……だから,あいつはモテないのよ。私のことをとやかく言う前にやることがあるだろって,そう思わない? っと,フブキ?」
 自分の話を聞いてもらえていないことに気が付いたのか,ちせの岸に対する文句が止まった。
 岸則之はフブキにとっては,ちせの同僚で,口の悪い研究員だ。フブキの担当した事件について,回収した呪物の状態が悪いとか,怪異憑きへの対応が悪いとか,まるで現場をわかっていない文句を言う。ちせは,あの男のどこがいいというのだろうか。だいたい,同僚以上になりたいのなら,あの膨れた顔とかを,岸の前でも見せればいいのに。
「それで,検査の結果はどうなの」
「ん。今データを見ているところ,そうね。呪的干渉も落ち着いてきたみたいだし,良い調子かな」
「それじゃあ,そろそろ水蛟返して欲しいんだけど」
「駄目。今回は完全に影響が抜けるまで水蛟を使わせないっていう話は,係長からも強く言われているでしょう」
 水蛟。それは,幼いときよりフブキと共にあった一振りの刀。
 刃がついていない為,そのままでは斬ることができない。けれども,水蛟と波長の合う人間がそれを持つ時,水蛟はこの世の物ではないモノたち,怪異までをも斬り伏せる力を持つ。香月の家では神刀として崇められ,周囲の家には妖刀として畏れられた。
 フブキにとっては,水蛟は自分の一部であり,仕事の道具であり,そして単なる呪物だ。
 ところが,現在は,フブキの所属する変異性災害対策係の係長,火群たまきの意向によってフブキは水蛟を取り上げられていた。
「たまきの命令って,どうせちせと秋山が言ったんでしょ。籠手なしで水蛟を使ったから危ないとか」
 先日,フブキは巻目市内に現れた虎の怪異を退治した。それは,虎の衣の形をした呪物であり,過剰適合者の身体を乗っ取り虎へと姿を変える怪異だ。
 フブキが日頃,怪異退治の仕事をしているとはいえ,猛獣退治も軽々できるわけではない。呪符に頼りきりの貧弱な同僚,秋山恭輔に比べれば,フブキの方があのような猛獣を退治するのには向いているけれど。それでも,虎の情報を聞いて,全力でかかるべきだと思ったから,フブキは,秋山達の言いつけを守らずに素手で水蛟を使い,虎を退治した。
 ところが,虎の衣をめぐる事件が解決した後,ちせと秋山は,水蛟の影響が抜け切るまではフブキに水蛟を使わせないという方針を立て,火群に伝えたのである。
「私たちだって,あなたの体調を思ってやっていることなんだから,そんなにむくれないの。だいたい,水蛟がなくても対処できているんでしょ,今の案件」
 対処できていると言われれば,対処できているような気はする。けれども。
「あれ? なにその顔。フブキもそういう顔するんだ」
 どういう顔をしたというのだろうか。自分では自分の顔なんて見えないものだから,ちせの一言が気になった。ガラスに映った自分を見ればよくわかるだろうか。そう思ってガラスの方を振り返ったけれど,そこに見えたのはいつもの自分,そして,ガラスの向こう側に立っている岸則之と秋山恭輔の姿だった。

*******

「こんなことなら,至急なんて言葉信じるんじゃなかったぞ」
 比良坂民俗学研究所研究員,岸則之は野菜ジュースのストローを咥えてがっくりと肩を落としていた。検査室に入る前には,資料を片手にあれやこれやと仮説を語っていたというのに,ほんの十数分検査室にいただけでこれだ。
 秋山恭輔は岸の変化の早さに思わず苦笑いをした。
「なんだよ,笑うなよ秋山。お前だって,理不尽だと思っただろさっきのは」
「いや,あれは,僕たちが悪かったとしか……それに,岸さんに対するあいつの態度は,岸さんの普段の行いもあるんじゃないですか」
「おいおい,俺には誰も味方がいないわけか。俺は何もしてないぞ。ただ,あいつの持ちこんだ資料の分析を持ってきただけじゃないか。それが,なんで殴られたうえに延々と文句を言われなきゃいけないんだ。だいたいにして,どうして最後はちせの」
 岸の愚痴は,廊下の端から響く扉の音によって中断された。勢いよく吸い込んだ野菜ジュースにむせたらしく,岸の激しいせき込みが廊下の壁に響いた。
「なんだ,岸。また私の文句でも言ってたの」
 制服に着替え,扉の奥から出てきた香月フブキが,ベンチに横になる岸を睨みつける。岸は彼女に向かって二度三度首を横に振った。フブキが秋山の方にも視線をやったので,秋山はゆっくり一度だけ頷いた。
「まったく。人を何だと思ってるのよこのヘッポコ研究者」
「ヘッポコはないんじゃないかなあ。彼もここの研究員の中では優秀な方なんだから」
 フブキの後ろをついてきた鷲家口ちせが彼女の肩を小さく叩いた。岸はちせのその姿に救いの女神でも見たのか,瞳を潤ませてちせの顔を見た。
 その様子が気にいらなかったのか,フブキの岸への視線が一層厳しいものになる。
「優秀ならちゃんとデータ拾ってきなさいよ。ヘンタイ研究者!」
「変態……まあ,それは否定できないかな」
 今度はちせも同意をしたものだから,岸はベンチにがっくりと突っ伏してしまった。暫くは元に戻らないかもしれない。
「君が急ぎの調査だって言ったから,資料を持ってきてくれたんだろう,フブキ。そんなに辛く当たらなくてもいいんじゃないか」
「秋山はわかんないのよ。こんなクズデータのために乙女心を傷つけたのよこのヘンタイは!」
「あーまあ,それはタイミングが悪かったというかなんというか」
 秋山はフブキの言葉に,思わず自分の右頬に手を当てた。 
「クズデータってのはないだろ。それはちゃんと指示通りの案件について調査した結果だ」
 ベンチに突っ伏したまま,岸が小さく反論する。
「そんなわけないでしょ。じゃあ,なんでこんな結果が出るのよ」
 フブキは声を荒げ,どうしたことか,手にした資料を岸ではなく秋山の方に向けた。秋山はフブキの差し出した資料を手に取り,何枚かめくる。
「調査対象者への簡易診断の結果,精神的変異及び肉体的変異の兆候は見られず。若干の精神の失調が見られるが,変異性災害による精神干渉の結果であるかどうかは不明。結論として,調査対象者は変異性災害の宿主である可能性は低い」
「そうよ,その結果よ。岸,私が渡した報告書,ちゃんと読んだの? あの状況下にあって,宿主じゃないなんてこと,あるわけないじゃない」
 どうやら,フブキは秋山が読みあげた調査結果に納得がいかなかったらしい。先ほど,岸が必要以上に殴られ罵られた原因は,どうやら不用意に検査中のフブキの姿を見てしまったことだけではないようだ。
「おいおい,俺のことなんだと思ってるんだ。仕事の手は抜かない。読んだ。読んだうえで,調査対象者に直接面接する機会もあってあの調査結果だ。確かに君が彼らと争ったという当時の状況や,その後に祓ったという怪異の存在を見れば,彼らが宿主であるという可能性はある」
「ほら! あるっていった!」
「話を最後まで聞け。それでも,彼らには宿主特有の精神的変異がないんだ。怪異憑きとしてお前や秋山みたいな祓い師によって怪異を祓われた形跡すらない」
「でも,あんただって認めているじゃない。多少の精神の失調が見られるって,あれはどういうことなの」
「原因はわからない。記憶の欠落でもあれば別だが,あれは単に脱力症状が数日続いただけだ。それをもって変異性災害の兆候ありとは言い切れないし,少なくても,宿主だって言える証拠ではない。祓い師なんだからお前だってそれくらいわかるだろう」
 気が付けば,岸はベンチから起きあがり,まっすぐにフブキを見つめている。仕事に限って言えば,彼は優秀な分析官だ。秋山も岸の分析には何度も助けられている。その彼が言うのだから,フブキの見つけた調査対象者については,やはり宿主ではないのだろう。
「あーもう。じゃあ何なのよあれは」
 一通り文句をぶつけてみて,自分でも冷静に考えたのだろう。フブキは背筋を伸ばして秋山の手から資料を奪い,階段に向かって廊下を歩いていく。
「いいわよ,また見つけたら調査頼むから。あ,今度ああいうことしたら斬るからね」
 ベンチから立ちあがった岸に向かってそう声をかけて,フブキは階段を駆けあがっていった。
「あれは,相当怒っているわね,検査室覗いたこと」
 岸の後ろでちせがそう呟いたのを聞いて,秋山は暫くフブキに近付くのを控えようと思った。

*******

 鬼。
 三か月ほど前に火群たまきから依頼された変異性災害案件における怪異群を,香月フブキはそう呼称している。怪異ではなく,怪異群と呼称して報告書を作るのは,今回の案件においてフブキが出くわした怪異が一体ではなかったからだ。
 初めに鬼に出会ったのは,変異性災害の疑いありとの報告が上がっていたとあるマンションの一室だ。そこに暮らしていた独身の男が,夜な夜な奇妙な鳴き声で鳴くようになり,周辺住民から市役所に相談が来ていたのがそもそもの発端だ。
 奇妙な鳴き声で鳴く男などという変態は,警察にでも任せればいいのにと思いながらも,香月は依頼の通りそのマンションへと出向いた。
 そして,ホウ。ホウ。と鳥のような猿のような鳴き声を立てる人影が,マンションの3階から1階へと飛び降りてくるところに出くわしたのだ。
 変異性災害を見慣れているとはいえ,深夜に突然妙な鳴き声を上げた人間が落ちてきたのだ。流石のフブキも驚いた。それに,窓が開いた時から彼女の嗅覚は“怪異”がそこに満ちていることに気が付いた。故に,ためらうことなく男を斬った。
 男は地面に倒れ込み,鳴き声を立てることはなくなったが,代わりにマンションの周りに鳴き声が広がった。しかし,その時はそれだけだったのだ。追って駆けつけた比良坂の研究班により男は比良坂病院に搬送され,男の居た部屋の中も捜索されたが,これといって変異性災害の原因となるものは見つからなかった。ただ,彼の部屋に立てかけられていた満開の桜の写真が,フブキには妙に印象的だったくらいである。
 検査の結果,男には強い精神的変異はなく,これといった“処置”をする必要もなく,彼は元の生活に戻った。フブキはその後,何度か男の住むマンションの近くを通ってみているが,あの奇妙な鳴き声を聞くことはない。
 しかし,その後,フブキの下には,件の男と同じ症状を示す人間についての案件が複数転がりこんだ。どれもこれも同じように,正体不明の怪異は水蛟により祓われる。彼らは変異性災害から解放されるとその症状を改善し,あっという間に元の生活に戻っていく。そして,どの人間の部屋からも1枚の桜の写真が置かれていた。
 何度も見ているうちに,フブキはその桜の写真がとても古いものであることに気が付いた。それは,桜の背景に写っている校舎が,市内有数の進学校,私立陽波高校の校舎であることに気が付いたことがきっかけだった。フブキは陽波高校に通っているわけではないが,小さな時から何度も近くを通ったことがある。
 あの校舎にある桜の木は一本,そして,その木も狂い桜と呼ばれており,何年も満開どころか花すらつけていない。そういう話を以前に聞いたことがあった。だから,満開の花を咲かせている桜が写るその写真は相応に古いものだろう。フブキはそう考えたのだ。
 ところが,調べてみると,フブキが祓った人間たちは陽波高校の卒業生や元教職員といった陽波に関わる人間ではなかった。縁もゆかりもない人間が,陽波高校の桜の写真を持っている。そして,その誰もが奇妙な鳴き声で鳴く症状を見せる,正体不明の怪異に憑かれている。
 フブキは,一連の事件の中心に私立陽波高校があると踏んだ。そうと決まれば彼女の動きは速かった。火群に一連の事件の報告と自身の仮説を提出し,調査のための潜入を申し出る。火群の方も柔軟に対処をしてくれたおかげで,フブキは4月から私立陽波高校の転校生として陽波高校に入り込んだのである。陽波高校内に潜んでいるであろう変異性災害の宿主を炙りだすために。

「ふむふむ……そうか,事情は一通りわかったよ」
 ところが。何の因果か,転校初日の朝っぱらから,フブキは職員室で校長に向かって頭を下げている。
「本当にごめんなさい。私もとっさのことで」
「いいや,いいんだよ。話を聞く限り,絡んできたのは上級生の方なのだからねぇ。運動部の男子がいきなり絡んでくるのは女の子としては驚くことだろうし,ましてやコウヅキ君は転校初日だからね。ただねぇ,いや,まあねぇ」
 校長とフブキの横に立つクラス担任が眉をひそめて互いに見つめ合っている,その理由は簡単だ。フブキに絡んできた柔道部の上級生二人に対して,フブキが一瞬で彼らを伸してしまったという事実に,どう向き合ってよいのか今一つわからないに違いない。似たような経験なら何回もあった。
 フブキは“霊感”持ちだ。いわゆる幽霊や,怪物といった異界の存在,怪異を認識できるその力は, “視る”こと以外にも転用できる。怪異が現実に干渉できるのと同じだ。そして,フブキは水蛟と日々を過ごすうちに,自己の“霊感”を身体能力の底上げという内向きの作用に使うようになった。些細なケンカであっても,うっかりすると身体に“霊感”を巡らせて動いてしまう。その辺の高校生が敵うはずがない。
 それに,今朝の高校生はあの妙な人間たちと同じ,厭な匂いがした。絡まれた時,右か左か忘れたが,どちらかの高校生は小さく,ホウと鳴いたのだ。そして,何処を見るわけでもない焦点のぼやけた瞳がフブキを見つめ,彼らの瞳孔が開いた瞬間には,身体が彼らをなぎ払っていた。
 地面に伏せって気を失った彼らの身体からは,怪異の姿こそ見えなかったが,今までフブキが見かけた件の男たちと同じ症状の人間だった。大事にはなってしまったが,高校に潜入したことは間違いなかった。そう思うからこそ,なんとかここは許してもらいたい。
「本当にすみませんでした。上級生の方も,何か私に落ち度があって,それで腹にすえかねることがあったのかもしれませんし,目が覚めたら私,謝りに行きます」
「ああ,そうだねぇ。うん,そうしてもらおうか」
 校長としてはこれ以上この件に関わりたくない。具体策を何ら告げることなく,お茶を濁すということはそのような意思表示なのだろう。担任がフブキの顔を見つめ,校長室の外へと彼女を連れ出した。
「まあ,そういうことだから,初日で色々あったけど,普段通りの君を見せればいい。これから長く接する仲間たちだ,無理にかしこまったところであまり意味はないからな。それじゃあクラスに行こうか,上月桜君」
 担任は,フブキのこの学校での名前を呼んだ。フブキは,校長室での態度と違い,朝の一件を何とも思っていなさそうな目の前の担任に,少し驚いた。
「あの,先生」
「なんだい」
「先生の名前は?」
「ああ,僕か。僕は如月一。二月のキサラギに,数字の1でイチ。まあ,生徒はみんなハジメ先生と呼んでいるんだけれどね。美術担当だから,ホームルーム以外にも選択授業の時に顔を合わせることもあるだろう。よろしくな,上月君」

―――――――

次回 黒猫堂怪奇絵巻5 キルロイ5
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プロフィール
HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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