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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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天に降る雨と月の空
天に降る雨と月の空という題名で,書きだしはこんな感じ。
「 それはまるで,空に浮かんだ月に向かって降り注ぐ雨のように見えた。
 天へと昇っていくそれらを眺めながら,僕はふとそんなことを考えた。」

そういう短編が書けないか。という話があったことを思い出して,ふと書いてみた。

題名と冒頭句から,ほんわかしたファンタジーを書こうと思ったんだけど,結果できあがったのはまとまりのない怪談もどきでした。
他の人が書いたらまた違う話になるのかなと思うのです。

以下本文



ーーーーーーーーーーーー
天に降る雨と月の空

 それはまるで,空に浮かんだ月に向かって降り注ぐ雨のように見えた。
 天へと昇っていくそれらを眺めながら,僕はふとそんなことを考えた。



「お兄さん,そんなにあれが気にいったのかい」
 その男は煙管を片手に酷くつまらなそうな顔をして,私に向かってそう言った。私は,男がどうしてそんなにつまらなそうな顔をしていたのか,今でもその理由がわからない。
「あんたが見たっていうそいつぁ,そうだねぇ,あんたの住んでいるところで言えば時間という奴さ」
 あんたの住んでいるところ。男の言い分では,此処は私の住んでいる場所とはまるで違う場所だ。私は,男と,私の周りを見回してもう一度,男の方へ向き直った。
「その顔は,此処とあんたの住んでいるところがどう違うのかわからないという顔だね。此処に来る奴ぁ,大概そういう顔をする。悪いことは言わないから,その顔のままで元の場所に戻るべきさぁねぇ」
 この男は初めて見た時からずっとこの調子だ。私が此処にいることを拒み,私の見たあれを拒み,ただ岩の上に座り煙管をふかしている。
 彼は,自分のことを語らない。私のいるこの場所のことも語らない。
「そういう顔をする奴は,言ってもわからないものなのかねぇ。まったく面倒だね」
 彼は煙管で手のひらを軽くたたいて,私に向き合った。
「お兄さん,約束するんだ。どんな話を聞いても此処に留まらない。此処のことは誰にも話さない。そんな顔をしなさんな。それがお兄さんのためさ。この池は,境目なんだから」
 さかいめ。その言葉を口にした男の顔に,私はどうしてか心を惹かれたのだ。

「お兄さん,あんたがこの前見たのは,こういうものだろう」
 男は竹竿を池に刺して,ひょいとそれを掬いあげた。それはどろりと水をまとい,真ん中がほのかに青く光っていた。私がみたものは,街の明かりのように明るく,それでいて,街の明かりよりも温まる,小さな太陽のような光であった。池の中から現れた青く濁った光とは似ても似つかぬものだと思った。
「そうかねぇ。あんたが見たのはこいつが次の居所を探して昇るところだったのじゃないかと,思うんだがねぇ。あんたは見たんだろう。この池から溢れる,あの,光を」
 そう,なのだろうか。私は男の問いに首を傾げるしかなかった。それに,竹竿からぬっとりと滑り落ち,池へと沈んでいった青い光の正体が気になった。
「だから言ったろう。こいつは時間だと。世上で傷つき擦り減った時間が,この池でその傷を癒しているのさ。この池は時間の保養所とでもいえばわかってもらえるかな」
 わからない。時間の保養所とは何だろうか。そもそも,時間とはあのように光物ではない,物ですらない。昨日があって今日がある。今日があって明日がある。昔,今,明日。時間というのは私たちの身体を連ねるそういうものだ。物ではない以上,傷つくこともなければ池に沈むこともないのではないか。
「ふふ,お兄さん面白い事をいう。この池の話を聞いて,それは違うなんていう答えを聞いたのはいつぶりだろうかね。まあ,刻を見て時間だと言われても,お兄さんたちの住んでいるところでは信じられないのかもしれないねぇ」
 刻。あの青い光は刻というのか。
「そうだ。こいつは刻。この池ではそう呼ぶ。ところで,お兄さん。お兄さんは生まれてからどれくらい経った。年齢,ああ,そういうことかね。そうかそんなに時間が経ったか。お兄さんの中の刻も,そろそろ傷ついて漏れ始めるころだ。そんなに不思議な顔をするんじゃないよ,お兄さん,生き物はどうして死んでしまうと思うんだい。ただ生きて,病にもならず,傷つきもせず,運よく生きのびたところで,必ず何処かで死ぬ」
 それは寿命というものだろう。人間も,動物も,植物も,全てのものには寿命があって,寿命が尽きた時,その命が尽きる。それと刻がどう関わる。
「寿命が尽きる,それはどういうことだろうね。人は生まれた時に刻を宿す。いいや,身に刻が宿るから人は生まれる。刻の光に包まれて人は育つ。人が育つと共に刻は傷つき,疲れ,廃れていく。刻はこの池を出たときは,それは大層輝いている。それがあんたに見せたみたいに青く淀んで,どろりとしてしまう。光が消えて刻の血が漏れ出し始めたら,廃れるときというわけさ。そんなに青い顔をすることはない。刻が血を流し始めてもすぐに死ぬわけじゃない。刻はゆっくりと血を流し,傷つき,光が消えて真っ暗になる。それまでは刻の宿る生き物は動いていられる。長く生きていたいというなら,傷を深くしないように刻を大切に生きればよい。おっと,その方法を教えろと言われても困る。お兄さんたちの住む場所に,住んだことがないからねぇ。
 そういうわけで,今ここに留まらなくとも,お兄さんの中の刻はいずれこの池に戻ってくる。だから,何も見なかったことにして,帰るのが良いのではないかな」
 男はそう言って,くるりと私に背を向けた。



 刻が漏れると人が死ぬ。私の身体ももうじき刻が漏れ始める。あの男の言葉は信じられないものだったが,私は男の言葉が耳から離れず,あの池をたびたび訪れた。男はいつも池のほとりにおり,私が来るたびに,あのつまらなそうな顔をして,私のことを追い払おうとした。
「そんなに刻に魅せられたっていうのかね,全く難儀なものだい。ここはお兄さんのところとは違う,それはわかっているんだろうに,どうして毎度覗きに来るんだか」
 男はそういって煙管をふかす。

 男の言うとおり,あの池は不思議な場所だった。
 時折池の上を人影が歩く。池の上をあの青い光が這いまわる。男が竹竿で光を掬いあげ,ぬめりをとってもどしてやると,光は池へと沈んでいく。池の上の人影は,光を掬いあげては抱えこんで何処かへ行く。そのたびに,男は面倒だ面倒だと煙管をふかすのだ。
「ああ,あの人影かい。お兄さんも刻に魅入られているようだから,ああはなってはいけないよ。戻って来られなくなる。何をしているのかだって。見てわからないのかい,あれは刻を拾っているんだよ」
 刻を拾う。それは男の言葉を信じるのであれば,それは時間を拾うということだ。時間を拾う,それはつまり。
「それ以上は考えてはいけないよ。昔,此処に迷い込んだ中にもいたのさ。刻を集めれば自分の寿命を伸ばせると思った者がね」
 その人は,どうなったのだ。
「集めた。そりゃあもうたくさん刻を集めていたよ。傷ついた刻は池にいなければ消えちまう。快復した刻はあるべきところへ昇っていく。あんたが見たあの光景のようにね。だから,そいつは刻を呑みこんだんだ。呑みこんでしまえば身体の外に逃げやしない。そう思ったんだろう。けれどもね,いくらため込んだって刻は自分の物にはなりはしない。いつのまにか耐えられなくなって,身体がね」
 ぽんっ。男は両手を叩いた。破裂した,ということだろうか。だが。私は池から上がり,森の奥へと入っていく人影を眺めた。あれは,両手に青い光を抱え込んではいないだろうか。
「呑みこむのがだめなら,両手に抱えて。それもだめさ,あの人影はもう人里には戻れない。傷ついた刻がなければ生きていけない。けれども,刻があっても里には戻れない。そうして昨日も明日も失くしてしまって,ただ黒い影に変わっていく。そうなりたくないなら,刻に手を出そうとは思わないことだ」
 男は釣竿を垂らす。青い光が池から釣りあげられる。男は光にまとわりつくぬめりをとる。すると,光が少し温かみを取り戻す。青い光の奥に暖かい色が宿ったように見えた。青い光があの暖かい色に入れ換わった,その時,刻は生き返るということだろうか。
「そんなに刻の事をしってどうしたいんだい。あんたはここにいる必要はない。お兄さんはお兄さんの生きる場所に変えるべきだと思うがね」
 
 しかし,私はあの光景がみたい。男が刻と呼ぶものが空へと昇っていくあの美しい光景をみたいのだ。男は私には役割はない,人里へ戻れと言って,池へと近づくことを良しとしない。私が池を訪れれば,男は私と語る。しかし,男は決して私に池の中の光に近付けさせようとはしなかったのだ。
 私はあの光景を見ていたかった。もう一度,いや何度でも。だから,あの池に留まる理由が欲しかったのだ。
「私が何でこんなに長くここにいるのかって。それは,私には役割があるからさ。あんたにはあんたの住む場所に役割があるのと同じようにね」
 そう。男には役割がある。だから,男は池にいる。私には役割がない。だから私は池にいられない。なら。

 その日は真っ暗な夜だった。いつもなら池の水面に映っていた月がその夜だけはどこにもなかった。
 私は決意を持って池へと向かった。真っ暗な夜で,右も左もよくわからない。けれども,あの池だけは,ぼうと青い光を放っていた。いつもに比べると,池の水面が明るい。池の水面に漂う刻の数が多いからだろうか。
 男は池のほとりにいつものように座っていた。私は,男に声をかけないように,男が私に気がつかないように,ゆっくりと男の後ろに近付いた。
 そして。



 僕がその不思議な池に迷い込んだのは,満月の夜だ。知人の実家に伝わる不思議な話の真偽を求め,山に分け入った時のことだ。
 すっかり暗くなってしまい,道もわからず,いよいよ遭難したものかと思ったのだ。しかし,突然,森が開けると,僕の目の前に池が現れたのだ。
 その池はしんと静まり返っており,近付いて覗きこんでみても,魚一匹泳いでいる気配がしない。あの光景を見たのは,水を掬ってみようかと思い,池に手を付けた時だった。
 池の中から暖かな光が湧きあがり,一つ,二つ,三つ。暖かい光が次々に池から飛び出して,天へと昇っていったのだ。まるで満月に向かって雨が降っているかのように。
 そして,僕は池のほとりに座りこむ一人の男と出会った。
 男は僕に語ってくれた。この池が傷ついた時間がその傷を癒す場所であること,池の中から現れた光は,刻と呼ばれる時間であること。そして,彼がこの池に来た経緯と,彼がこの池で体験したことについて。

 彼の話を最後まで聞き,僕は一つ疑問を持った。彼が出会ったという池の男,それはこの池に沈む刻を見守り,癒された刻をあるべき場所へと送り届ける導き手のようなものだったのだろう。だから,このような奇妙な場所に長らくいることができたのだ。
 そうだとすれば,件の男は今,いったいどこにいるのだろう。目の前の男が語った体験が本当ならば,僕がさっき見た池の光景は時間が新しい場所へと還っていく瞬間だ。なのに,池の男はどこにもいない。

「いるよ。私は今でもここにいるのさ」
 僕の疑問への回答は,目の前の男ではなく,彼の肩口から返ってきた。彼はその声に表情をゆがめ,ゆっくりと上着を脱いだ。
 彼の右肩にはもう一つ,白い髪をたらした男の顔が張り付いていた。その顔は僕を見て,つまらなそうな表情を見せた。
「この男は,私を斬った。けれども,私には役割がある。私の役割は途切れてはいけない。だからね,私はこの男の身体を貰い受けるのだ。新月が九十九回。満月が九十九回。それが,刻が傷をいやすのに必要な時間。私も人の身体に宿り,新月が九十九回,満月が九十九回過ぎればその傷が癒える。それまでの間,彼は私の代わりにこの池を見張っているというわけだよ。彼の望み通りにねぇ
 さて,君は彼から聞いたのだろう。ここがどういう場所なのか。君の中の刻はいずれこの池に戻ってくる。だから,何も見なかったことにして,帰るのが良いのではないかな」
 肩口の顔は,そう言って酷く歪んだ笑みを見せた。顔が一通り語ったと感じたのか,男は再び上着を着込み,僕に向かって帰るように目配せした。そうして,彼は森の中へと消えていった。
 まるで,彼が見たという池から離れられない黒い人影のように。


(天から降る雨と月の空 了)

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