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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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狩人の矛盾【4:パーティー・ナイト】前編
ドッペルゲンガーのパラドックスの続き。

こちらは黒猫堂に比べると一つの記事の文章を少なめにしようと思っていたので,今回の章はいくつかの記事に分けることに。

 前回まで
 狩人の矛盾【1:マック・デュケイン氏について】
 狩人の矛盾【2:カフェテリアの一幕】
 狩人の矛盾【3:騎士団という人々】

――――――――――
【4:パーティー・ナイト】

 “居住地”の天蓋は12時間で一回りする。明度の高いデイ・サイクルと明度の低いナイト・サイクルが交互に繰り返され,通常デイ・サイクル1回,ナイト・サイクル2回の組み合わせが一日とされる。
 『一日に夜が二回来ることは,“居住地”以前にはありえなかったことである』,紙媒体の古典にはそう記されている。そうした古典の一番上には,“居住地”では日単位では時間を数えない。古臭い風習なんて置いていけと張り紙がされているのが普通だ。



*******

 “居住地”間を運行する弾丸輸送車は,その衝撃で人を殺す。
――弾丸列車導入に関するララ・バジルコ氏(グリーン商会初代会長)の発言

 身体が宙に浮いて,迫ってくるのは大型のコンテナ。弾丸輸送車のデイグリーン地下鉄駅到着を知らせる衝撃で,車内で固定されていなかった物品が勢いをつけて前方へとはじけ飛んでくる。おなじみの光景であり,これが起きないように輸送車は厳重に荷物を固定する。
 密航者として載せてもらっているアキ・ミキヤとカズヤ・シンドウは物ではないため固定具がない。故に,毎度のように二人で貨物車のコンテナに叩きつけられるのだった。
「御二人さん,グリーン商会の弾丸列車の乗り心地はいかがだったかな」
 弾丸列車の権利者である,大男,ロン・バジルコが床に転がるカズヤを覗きこんで真っ白な歯を見せて笑う。カズヤはと言えば,全身を戦士の“アバター”に包み,両腕で猫のお化けを抱え込んで転がっている。猫の方は完全に目を回しているらしく,ロンが耳元で一度大声を出すまでピクリともしなかった。
「バジルコさん。今度から固定具つけてくれたりしないんですか」
 ロンの大声に未だ耳が痛くてたまらないアキ・ミキヤは猫のアバターの姿を解き,真っ蒼な顔でホームのベンチに座り込んだ。
「コイツは貨物列車だからな,荷の積み下ろしはここのスタッフと,他のエリアのスタッフにまかせっきりで,本来は中に人間が乗っている必要はない」
「それはそうですけど……でも僕たちがいることで積荷の整備状況とかを細かく聞けるし,移動中のメンテナンスもできるんですから」
「引き換えに座席をと言われても無理だ。どうしても座席が欲しいなら移送用の弾丸列車で帰ってくればいい」
「あれはデイレッドまでしか行かないから時間短縮にならないじゃないですか」
 カズヤとアキがエリア7への往来に弾丸列車を利用する理由は二つ。一つは貨物車であるグリーン商会のそれはエリア7の入管ゲートを通ることがないこと,そしてもう一つはエリア7から,エリア5の中央付近に位置するこの街,デイグリーンに帰るまで1サイクル以内という驚異のスピードで帰ってこられることだ。普通に移動していたらどんなに早くても4サイクルはかかる。どこかでアクシデントに見舞われれば,6サイクルを超えかねない。
 もっとも,弾丸列車の驚異のスピードは,通常の人間は乗れないという欠点と抱き合わせだ。移動先の駅に着弾した時の衝撃で,人間はペシャンコになってしまうらしい。現に,グリーン商会はこの乗り物で食糧のようなものを送ることはない。
 カズヤたちは,着弾時に合わせてアキの銃撃で速度を殺し,アキを抱えたカズヤがアバターでその衝撃を受け止めているからなんとか生きていられる。生身なら今頃ミンチになっているかもしれない。“はみだし者”たちの鎧,アバターがなければおよそ実現不可能な旅路である。
「まあ,なんにせよ,今回もよく帰ってきた。それで,成果はでたのかい」
 ぼちぼちだ。デュケイン姉弟の一人をコアごと粉砕して,姉はどこかへ逃がしてしまったけれど。

*******

 エリア5は,階層都市化が進んでいない。地面にくっついて広がっている“居住地”だ。デイレッドやデイグリーンのように都市には高層建築が多いとはいえ,天を覆うのは上層階層のプレートではなく,エリア5を包む天蓋に広がる自然光。
 アキはこの街で生まれたから,天蓋の見える光景を目にすると安心をおぼえる。エリア7の空はプレートが天蓋を再現しているといえども,やっぱり低い。

 地下鉄駅の出入り口には無計画に作られた工場街と流通街。下に下りるにつれて面積の小さくなる3階建の工場,3階のでっぱりに絡みついてぶら下がる工場勤務者向けの飲食店。
 足元には地下鉄駅の天井に張りつく市場があり,アキが歩く平均台のような道路の横にはところどころに店が出ている。
 デイグリーンはエリア5の中央部に位置する。けれども公社の関心は常に近所のオベリスクにある。だから,デイグリーンでは己がルール。各々が好きかってに街を作っていった結果がこれだ。
 地下鉄駅は初めに作られたものだから,周囲の建物は集まってきた住人達によって特に勝手に作られた。ジャングルジムのような,迷路のような通路であっても,ハーフピリオドもいれば道順はわかる。住むために作られた街であって,迷路のために作ったわけではないのだから。迷子気質のカズヤでさえ,100サイクルも経てば一人でうろつけるようになる。
 地下鉄駅前迷路を抜ければあっという間に普通の街並みだ。四角い建物が立ち並び,道路の真ん中では出店が物を売り歩く。天蓋の明度が下がる頃合いだから,仕事帰りの人たちが出店で串焼きなどを頬張っていたりする。
 アキたちが務めるJ・Jのオフィスは地下鉄駅前通りのすぐ近く,サンドイッチ専門店ビルの隣に構えてある。サンドイッチの店だけで3階まで全てを埋めていて,外壁も真っ白。喉の渇きそうなビルを通り過ぎて,レンガ造りを装った5階建ての建物にアキは入る。ここの3階がJ・Jのオフィス。ちなみに4階以降は実はビルではなく,二階分の外壁に囲まれた植物園だ。ビルの持ち主が酔狂で作ったらしく,J・Jがそれを気にいって,植物園内に家を立てた。アキもカズヤもその家を間借りしているから,帰る家は森の中だ。

 どうせオフィスになんていないのだろうから,直接植物園に向かってみれば,案の定,池の隣のJ・Jハウスから陽気な音楽が流れている。
 ビルの中にいるのに,ログハウスに住む。アキはJ・Jのこういう何処かずれたところが気にいって,彼のオフィスに出入りしている。
「やあ,ウチの可愛い狩人君たち,お帰りなさい」
 玄関に入ると,エプロンをつけて両手にピザを持ったブロンドの女性が回転していた。彼女こそ,アキとカズヤの雇い主,J・Jである。
「おい,そのピザどこのピザだ」
 帰宅の挨拶もそっちのけ。カズヤが部屋の隅に荷物を投げてJ・Jに尋ねる。
「一応カズヤ君にも配慮して,えっと何処でしたっけブラウン」
 キッチンから顔を出した褐色の男,ブラウン・ブラウン秘書がにっこり笑顔でドミオンピザと答える。彼の手には大きなボールか抱えられている。付け合わせのサラダだろうか。
「そう,ドミオン。テン・スーじゃなくてよかったでしょう」
「ああ安心だ。あそこのフルーツピザほど不味いものはないからな」
 椅子に座ったカズヤは目の前のピザの箱を開け,身体を硬直させた。アキも覗きこんでみると,漂ってくるのは果物の香りとチーズの香り。まがうことなきフルーツピザだ。
「カズヤ。テン・スーのフルーツピザは今やデイグリーン内で大ヒットです。このたびドミオンでも同じピザを販売することになったそうですよ」
 食卓に大きなサラダとミートローフを並べるブラウンの説明に,カズヤは頭を抱えてしまった。こんな物,どうしてみんな旨いって言うんだ。
 アキは思う。フルーツピザはそこそこ美味しい。

「それで,二人目のマック・デュケインは構造材ごとエリア7の塵に消えたというわけね」
 ピザ・パーティーは順調に進んでいる。アキの仕留めたマックの構造材を皆で喜び,カズヤの報告に頭を悩ませる。J・Jは二体目のマックの構造材を手にできなかった罰ゲームとしてカズヤにフルーツピザを食べさせて,カズヤはあまりの不味さにソファに転がりしばらく動けない。
 カズヤが見失ったというキャリー・デュケインについては,J・J達も直前まで情報を知らなかったという。
「情報屋のボギーがマックの家を家探しして初めてキャリーのことがわかったそうです。自警団が探った時には気にも留めなかったとか」
「実の姉なのにですか?」
 ブラウンも同じことが気にかかったらしい。アキを見て頷く。
「そうです。そもそもキャリーが実の姉であるということを,マックは周りに話したことがないそうですよ」
 マックを雇っていたジョンですら,姉がいたという話を聞いて驚いた。
「仲のいい姉弟だったんですよね?」
「ええ。ボギーの聞いた話ではそうらしいですね。少なくてもキャリーはマックを愛していた」
 どちらにせよ,今では二人ともこの世に存在しない。いるのは,キャリーと同じ顔をしたドッペルゲンガーだけなのだ。
「ウチとしては,引き続きデュケイン姉弟の顔をしたドッペルゲンガーの捜索を続ける予定です。エリア7での目撃情報があるまでは別件で働いてもらいますが,自警団とも連携して情報収集をするということで,一応謝礼を頂いていますので」
 最後にしれっとしめるのはJ・Jの役割だ。謝礼をもらってしまっているから,引くに引けない。おおよそそんなことだろう。
「それで,J・J。そんなにすぐに別件があるの」
 アキの質問へJ・Jがエプロンの中から依頼書を取りだした。地下鉄前通り付近でドッペルゲンガーが目撃されているらしい。夜になると裏路地を飛びまわるので,自警団からナイトホッパーと呼ばれているとか。
「これってつまり」
「今すぐ出勤ってことね」
 J・Jの依頼はいつも唐突だ。もうピザの食べ過ぎでお腹が重いというのに。カズヤはまだソファに転がっているし,つまるところ,この仕事はアキが引き受けるということだ。

*******

 ピザ・パーティーの余韻を残したまま,気が付けばアキは地下鉄駅前通りの裏路地で大騒ぎの中にいる。
 路地裏の主役はナイトホッパーと呼ばれているドッペルゲンガーだ。ようやく学校に通い始める子どもくらいの大きさで,強いて言えばカメレオンに似ている。濃い緑色の硬い身体で,背中にはいくつもとげが生えている。四肢は虫のような節があり,両手両足を器用に使って,路地裏を飛び回るというわけだ。
 自警団の方も手を焼いているらしく,ナイトホッパーが路地を曲がるたびに自警団の発砲音と逃がしたことを嘆く声が聞こえていた。
 確かに速い。カズヤが見たというキャリー・デュケインのように銃弾を確認してから身体を反らすようなものではないけれど,上下左右に飛びまわられるのは,その後を追いながら銃弾を当てることを考えると少々迷惑だ。
 だから,アキの参加した今夜は少し作戦を立てたというわけだ。
 アキが潜むのは裏路地の行き止まりだ。建物に囲まれてちょっとした空き地が出来てしまっている。アキ以外にも自警団員が3人。じっと裏路地の入口に銃口を向けて息を潜めている。
 アキの“アバター”は猫と狙撃手の属性を合わせ持つ。銀色コートの黒猫には,夜目が利き,しなやかに俊敏に動けるという特性の他に,銃の扱いに長けるという付加価値がついているというわけだ。
 いつも使っている衝撃弾を打ち出す銃ではなく,自警団の使うドッペルゲンガー用の強力な狙撃銃を構え,茂みに潜みじっと待つ。
 やがて自警団のがやがやとした声が響き,目の前の路地から広場に向かって緑の塊が回転しながら飛んでくる。
 同時に銃声が計7発。四方八方からナイトホッパーの身体に銃弾が飛び交う。
 奴の動きが早いのは,あくまで四肢を使って路地裏を飛び回るからであり,空中で身をそらせるのは苦手に違いない。自警団とアキの読みは見事に当たり,ナイトホッパーは傷を負って広場に転がった。
 飛びあがられてはまた姿を見失うかもしれない。アキはすかさず茂みから姿を現して,アバターの銃を引き抜き発砲する。ナイトホッパーの方も逃げる算段をしていたようで,着弾直前に横にジャンプ。衝撃弾はその四肢の一部を奪うことしかできなかった。
 だが,四肢を失ってしまっては,ナイトホッパーはその機動力を見せつけられない。地べたを転がり,周りの自警団を威嚇するしか奴に出来ることはないはずだ。
 勝ちを確信した自警団が,狙撃銃を構えながらナイトホッパーに近付き,銃撃を加える。しかし,その次にうずくまったのはナイトホッパーではなく,周りの自警団だった。
 あろうことかナイトホッパーはその場で身体を回転させて銃弾を弾いたのだ。
 自警団が倒れると,回転を止め,アキに向かって威嚇の声をあげる。そして,背中に生えていた刺を発射。アキはそれを避けて後退したが,地面に突き刺さった刺は鈍い爆発音と共に周りの土をえぐり取った。
 爆発に気を取られているうちに,ナイトホッパーは路地裏から逃げるため,ビルの壁を登り始めている。四肢の損傷のため飛びまわることができないとはいえ,素早い対応だ。
 アキは狙撃銃を捨てて,“猫”のコートの内側から,銃器を取りだす。大きさは拳銃より少し大きい程度で,およそ狙撃には向いていない。しかし,“猫”の持つこの銃は,ドッペルゲンガーを狩るのに十分な威力を持っている。
 狙いを定めて引き金を引けば,銃弾の代わりに圧縮された空気の弾が撃ち込まれる。ナイトホッパーに当たった途端,奴の身体に激しい衝撃が加わり,まるでこん棒でうちつけられたかのように身体が歪む。“猫”の操る衝撃弾。これがアキの主たる武器である。
 ナイトホッパーの殻が潰れる音が聞こえると,奴は壁を離れ,広場に落ちてきた。背中を大きく潰されたナイトホッパーのぐるぐる巻きの瞳には先ほどまでの生気はない。アキが二発目を撃ちこむ前に,身体を灰にし,ひとかけらの構造材を残して姿を消した。
「こちらA隊,ナイトホッパーを一体仕留めた」
 広場に追い付いた自警団が小さな勝利の報告と,負傷者の報告を入れていく。
 やれやれ。アキが仕留めたのはたった一体のナイトホッパーに過ぎない。
 何を隠そうナイトホッパーと呼ばれる面倒なドッペルゲンガーは,この街にまだ5体も飛びまわっているのだ。
「さっきと同じ方法で相手を追い込めばいい。そうだ。次の地点にこちらの協力者を派遣する」
 報告をしている自警団員が横眼で合図したのに頷き,アキは勢いを付けてビルの上へと飛び上がった。次の路地裏まで,アキも夜の街を走り回らなければならないらしい。

――――――――――――

次回 【パーティー・ナイト】後篇
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プロフィール
HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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