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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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迷い家7
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家1
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家2
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家3
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家4
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家5
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家6


―――――――
11

【6月10日 夜】

 夜宮沙耶は風見山を駆けていた。
「ええ。そうです。おそらく、そこに秋山君が入りこんだ異界があるはずです」
 ヘッドセットは、比良坂民俗学研究所の研究室と通信を繋げている。研究室では岸則之がこちらの現在地をモニターしているはずだ。
「だが、例の子どもの言うとおりなら、その異界には道順を踏まないと辿りつけない。君は道を知っているのか」
「私に案があります」
 風見山地区の古い住宅街を抜け、七鳴神社への参道に続く分かれ道が目に入る。七鳴神社へ向かう道とは反対側、山の斜面に沿って作られた石段こそが、夜宮の目的地だ。
 分かれ道では、夜宮の姿を見かけたのか、大柄の男が手を振っていた。片岡長正。七鳴神社の神主であり、変異性災害対策係の一員、そして強制的に異界を開く術を持つ祓い師だ。篠山斎場での事件、あの時、彼は接点なしに異界を開く技術を見せた。今回も異界の入口さえわかれば、彼の力を借りて干渉できるはずだ。
「長正さん、こんな遅くにありがとうございます」
 息を切らせながら、夜宮は長正に頭を下げた。
「気になさらないでください。夜宮さんの話を聞いて、目があると思ったのは私ですから。それより、急ぎましょう。どうも厭な予感がします」
「厭な予感?」
「ええ。山全体に何処か不安定な霊気が漂っているように思うのです。秋山さんが入りこんだ異界に何か変化があったのかもしれません」
 そう答える長正の視線は、彼の頭上、七鳴神社の方へと向けられている。
 もしや、夏樹の身にも異変が起きたのか。夜宮の胸中に不安がよぎった。それを察したのか、長正が夜宮の肩に手をかけて首を横に振った。
「大丈夫です。それより、今は件の異界を探しましょう」
「はい」
 目指すのは石段の先、“後ろ髪”、あるいは“くろくろ様”と呼ばれる祠だ。



*******

 真柴翔の母親は、彼が“くろくろ様”と呼ぶものの正体を忌み地に潜む魔物であると語った。“くろくろ様”と呼ばれるその祠の周りに近付けば、子どもは姿を消し、大人には不幸な死が訪れる。風見山地区の人々だけが知っている言い伝えなのだという。七鳴神社や外の人たちが知らないのは、事情を知って祠の浄化に乗り出した者が、新たな犠牲者となるのを防ぐために、住人たちが配慮をしてきたためである。彼女は母、真柴翔の祖母からそう聞いた。
 憑いていた何者かが消えた後、真柴翔は、夜宮に対して、くろくろ様遊びと呼ばれる遊びがあること、石段を上っていって消えてしまった友達がいたことを話した。
 夜宮は彼の母親に彼の話を出来る限り伝えることにした。すると母親は、彼が語る“じろちゃん”なる者は存在しないと、“後ろ髪”の話を始めた。真柴翔が会ったという友人の名、じろちゃんとは、“後ろ髪”に襲われ亡くなったといわれる子どもであり、風見山地区では長らく忌み名とされている。従って、風見山地区に、その名をもつ子はいない。
 夜宮から話を聞く前から、既に真柴翔から話を聞いていた母親は、彼が忌み地に魅入られたのではないかと不安を覚えていたという。
 しかし、彼女はたまたま古くから風見山に暮らす一家であったに過ぎず、近所には、風見山地区へ移住したばかりの者も多い。そのような者達に忌み地のことを伝えても、取り合ってくれないと思った。だから、彼女は、自分の子供だけは忌み地に近寄らないようにと、真柴翔に母親に語った話を誰にもしないことや、“くろくろ様遊び”には参加しないことを強く言いつけたのだ。
 もっとも、真柴翔曰く、“くろくろ様遊び”や“くろくろ様”について尋ねて答えてしまった人間は、夜宮沙耶の他に二人いる。真柴翔に憑いた何者かの言を信じるならば、そのうちの一人は秋山恭輔だろう。そして、もう一人。その人物も“くろくろ様遊び”の痕跡をたどり、“後ろ髪”の地に辿りついている恐れがあった。
 夜宮は、真柴親子から聞いたその話を基に、一つの仮説を立てた。くろくろ様遊びと石段の噂、子どもの記憶喪失を結びつけた秋山恭輔は、風見山地区に散らばるくろくろ様遊びの痕跡を探し、追いかけた。彼は怪異の発生元をつきとめ、準備もないまま異界入りした。故に、現在まで彼の行方が掴めないのだと。
 そして、その怪異の発生元は、真柴翔が“くろくろ様”と呼んでいたモノ、つまり“後ろ髪”の祠なのではないかと。
 
*******

 一面の白。何もない白い空間に投げ出され、秋山恭輔は漂流していた。下に落ちているのか、上に流されているのか、身体感覚が消失していく中で、走馬灯のように彼の眼前に広がったのは、彼の記憶でも、先に“迷い家”を後にした男の記憶でもない。それは、失った子を取り戻そうと狂気に呑まれていく母親の記憶だった。
 あれが“迷い家”の元凶たる想いだとでもいうのだろうか。そうだとしても、最期に彼女を襲ったものはいったい“何”だ。

 心に湧いた疑問と同時に、秋山の身体は強く引きずられた。突然足元が重くなり、白い世界が引き裂かれる。初めに侵入したのは木々の匂い。そして、月明かりに照らされた、石の祠。その前に佇む一人の男。
「どうやら君のわがままが通ったようだね」
 男に声をかけられて、秋山恭輔は現実へと帰還した。彼の両脚はしっかりと地面を踏みしめており、視界に広がるのは、風見山の外れ、異界入りするときに彼が上った石段の先、名もなき石祠の姿だ。
「ここは現実だろう。不思議だね。もう何年も見ていない光景みたいだ」
 秋山に声をかけた男は、彼の横に立ち、背後に広がっているであろう巻目市の風景を眺めていた。
「君には礼を言うよ。戻ってきてわかったような気がするんだ。私が生きているのはここであって、どんなに足掻いてもここしかありえないんだろうってね」
 男の言葉に、秋山は安堵した。彼は怪異と離れ、無事に現実に戻ってきた。おそらく風見山の子どもに現れていた異変も“迷い家”によるものだろう。男から切り離され、“迷い家”が消えた今、風見山を包んでいた怪異の影もなくなっていることだろう。
「もうすっかり暗くなった。帰ろうか、私たちの現実へ」
 暗くて表情はよく見えなかったが、秋山に投げかけた男の言葉には確かに生きる力が感じられた。

「いいや、現実に帰るのはまだ早いよ」

「何を言っているんだ。まさか、ここはまだあのまやかしの続きだと?」
 男は秋山に尋ねた。秋山は男を黙って見つめるしかできなかった。今の言葉は秋山のものではない。秋山に不安げに尋ねている男のものでもない。ならば、いったい誰の。
 秋山が声の主の居所を確かめる間もなく、彼の身体は突然強い衝撃を受けて後方へと突き飛ばされた。
「あのままならば良い夢だったろうに。ここからは悪夢の時間さ」
 不意打ちを受けて地面に転がる秋山の身体を、何者かがひょいと持ち上げ、そして、石段の下へと放り投げる。
 秋山は下方へと落ちていく中で、彼を放り投げた何者かの姿を見た。
 それは、ウサギだ。頭はウサギで身体は人間、およそ山には似つかわしくない紺色のスーツに身を包んでいる。
 ウサギ人間は落ちていく秋山へ右手を向け、人差し指と親指を立て、秋山を銃で撃つような仕草を取った。
「バイバイ祓い師。永遠に夢を見続けな」

********

 ウサギの被りものをした人物は、地面にうずくまるくたびれたジャケットの男の隣で立っていた。片岡長正は、その男とウサギ人間との間に自分の身体を滑り込ませ、ウサギ人間の頭部をめがけて拳を繰り出す。長正の拳がウサギの頭部に命中する前に、ウサギの右腕がこれを食い止める。
「おいおい。応援が来るなんて話、聞いてないぞ」
 被りものから聞こえてくるのは男の声だ。その声には抗議の意が込められていた。
「私も、あなたのような妙な被り物の男のことは聞いていませんが」
「お互い様だな」
 ウサギ男は長正の腕を振り払うと、数歩退き、長正と距離を取ろうとする。長正はそれを許さない。ウサギ男が体勢を立て直す前に連続して数度拳や蹴りを放つ。
 だが、ウサギ男はジャケットに両手を突っ込み、長正の攻撃を器用に避ける。そして、長正の隙を狙い、蹴りを狙う。長正もまたウサギ男の蹴りを防ぎ、次なる攻撃に移行する。
 ウサギ男と長正の間では何手にも渡る組手が繰り広げられていた。
「祓い師のせいで夢の時間が途中で終わっちまって忙しいんだよ。邪魔すんじゃねぇよ」
「邪魔というのはあの男のことですか。あなたからはもう少し話を聞かないとなりませんね」
「祓い師の仲間に話すことなんてないんだよ。ほら、そこをどけよ」
 ほんの一瞬、距離を取ることに成功したウサギ男の回し蹴りが、長正の左腕に直撃した。長正が膝をついたのを見て、ウサギ男はうずくまる男の方へ近づいていく。
「さて、想い出せ。何を言われて“迷い家”を抜けてきたかは知らないが、この現実にあんたの望む者はいない。孝子を手にするためにはもはや“迷い家”しか道はない。それでもなおこの現実に留まるっていうのか」
 ウサギ男の問いかけに、うずくまっていた男が顔を上げる。
「さあ、答えろ。一回だけならやり直せるぞ」
「孝子……いや、孝子はもういない。いないんだ。それでいい」
 男の声にウサギ男があからさまに肩を落とす。
「はぁ。ったく面倒な。まあいいや。あんたの心残り、“後ろ髪”の祠はしかと聞き届けた。喜べ、悪夢が始まるぞ」
 回し蹴りのダメージから立ち直り、体勢を立て直した長正が見たのは、月明かりに照らされ両手を広げて笑っているウサギ男と、彼の前で座り込んでいる男の姿だ。座りこんだ男は自分の背後を振り返り、その身を固めていた。
 男の後ろには何もない。何もないはずなのに、黒い靄のような何かが広がっている。
「たか……こ?」
 男の呟いた名前に反応し、靄の中から何本もの腕が姿を見せた。腕は男の全身を取り押さえ、男を靄の中へと引きずり込もうとする。
 長正は悟った。あれこそが夜宮が言っていた“後ろ髪”なのだと。そして、あの男は“後ろ髪”に引きずられ、死を迎えるのだと。
 思わず身体が動いた。だが、長正の突進は、男の前にいたウサギ男によって食い止められる。渾身の力でウサギ男を殴りつけ、退けようとしたが、ウサギ男にことごとくその攻撃を受け流される。
 このままでは、“後ろ髪”と呼ばれる怪異に男が殺されてしまう。男はなす術なく“後ろ髪”にその魂を奪われてしまう。

「秋山君、秋山君、目を開けて」
 誰かの声に呼び掛けられて、目を開けると、夜宮沙耶の泣きそうな顔が飛び込んできた。
「良かった。大丈夫ですか、秋山君」
「ここは……」
 確か“迷い家”から抜け出して、そこであの男と再会して。ここは風見山の石段か。秋山はウサギに身体を放り投げられて……
「あのウサギ」
「今、長正さんが行っています。私たちもすぐに」
 月明かりの下で辛うじて見えたのは、迷い家から救い出した男と、彼に向って伸びている黒い靄だ。秋山は思い出す。迷い家が消えて、現実に戻るその瞬間に見た走馬灯の景色を。あの女性が最後に見たのは何だった。黒い何か。それは、彼女と彼女の身体を引き剥がそうとしていた。
 気がつけば秋山は駆けだしていた。何も考えず、無意識のうちに印を結び、そのまま、男と黒い靄の間に割って入る。
 秋山の目の前に飛び込んできたのは背後の男に向かって無数に伸びる女性の腕。
「我は求める。理を曲げる異界の者の姿が朽ちることを。我、我が内に潜む呪をもって、今ここで、異形を滅ぼさん」
 秋山が呪を唱え終るのと、彼の身体中に女性の腕が絡みつくのはほぼ同時だった。女性の腕は、男の代わりに、秋山を包み込み、そして。

―――――――


次回 黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家8(了)

黒猫堂怪奇絵巻4,迷い家は次回で終了します。
今後の黒猫堂怪奇絵巻は,4.5 薄闇は隣で嗤う 5 キルロイ の予定です。
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プロフィール
HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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