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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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迷い家8(了)
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家1
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家2
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家3
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家4
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家5
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家6
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家7



(前回までのあらすじ)
 巻目市風見山地区で広がっていた子どもの短期失踪と短期記憶喪失。変異性災害対策係に協力する祓い師,秋山恭輔が風見山地区で姿を消したことを契機に,記憶喪失の子どもたちは,シバタミキトなる人物の奇妙な体験談を語るようになる。
 秋山恭輔の行方を追うと共に,風見山地区の怪奇現象の正体を追う,変異性災害対策係の職員,夜宮沙耶とその仲間たちは,調査の末に今回の事件が風見山の住人にだけ伝わる忌み地,“後ろ髪”の祠を中心に発生している可能性に辿りつく。
 他方,人為的な変異性災害の発生を目論む者の存在を嗅ぎつけた,対策係の係長火群たまきは独自の調査を開始,人為的な変異性災害に関わる人物の一人,迎田涼子の存在に行きつく。火群は調査の末,迎田涼子と相対するが,彼女の仕掛けた異界,“迷い家”に足止めをされてしまう。

 火群たまきが迎田涼子を追って現実に帰還し,夜宮沙耶と片岡長正が後ろ髪の祠へと辿りつこうとする同時期,秋山恭輔は,怪異“迷い家”の中でその宿主である柴田幹人から“迷い家”を祓い,その宿主と共に現実へと帰還するところであった。

 現実に帰還した秋山恭輔を待っていたのは,対策係の面々ではなく,ウサギの被りものを被った謎の人物の奇襲だった。謎の人物は,迷い家の宿主であった柴田幹人を再び怪異憑きにしようと行動に出る。これを防ぐために秋山恭輔は身を呈して柴田幹人を守ろうとしたが……

黒猫堂怪奇絵巻4 “迷い家”は今回で完結です。

 次回の黒猫堂怪奇絵巻は,黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う の予定です。
 次回は本編とは異なるインターバル的な位置づけとなり,迷い家の背後で動いていた迎田涼子達の活動と,迷い家の後日談が語られる内容になる予定です。

 それでは,黒猫堂怪奇絵巻迷い家8の始まりです。
―――――――



12
【6月10日 深夜】
――指定されたネットワークスペースは存在しません。
 スペースが消えたことを示す表示が画面に映り、僕は予定通り全ての処理が終わったことを確認した。
 携帯端末を閉じ、改めて病室のベッドに向き直る。ベッドの上に腰かけている少年は未だに僕が誰なのかわからないらしく、戸惑いの視線を向けている。
「僕は、その……いったい誰なんでしょうか」
「自分が誰だったか思い出せないのか。それじゃあ、このノートのことも、想い出せない?」
 僕は、少年のベッドサイドに立てかけられていたノートを一冊手にとって、彼の前に広げて見せた。ノートに書きこまれていたのは、秋山恭輔と名乗る人物が体験したという、山間部の洞窟での奇妙な体験談だ。
 もちろん、この部屋に秋山恭輔と名乗る人物はいない。
「はい。僕は、いったいどうしてこんな」
「不安を覚えることはないさ。君はちょっとした事故にあって、少し心が疲れてしまったんだ。心配しなくても、じきに治る」
「ごめんなさい……見舞いに来ていただいたのに、あなたのことを思い出せなくて」
「君が気にすることではないよ。僕だって、この結末はだいたい予想済みだったんだから。ただね、“迷い家”の変異が始まってからの、君の変わり様には僕たちは小さな期待を寄せていたんだよ。新しい怪異の発生だって。けれども、どうやら君の能力はあくまで“迷い家”の余波に過ぎなかったようだ。“迷い家”が消えた途端、君の中にあった他人の記憶を呑みこむ力は消えてしまっているのだからね」
 少年は、僕が何を言っているかわからないのだろう。初めに部屋に入った時と同じように呆けた表情で窓の外を眺めている。それでいい。力を持たないのなら、全て忘れてしまうのが幸せだ。僕もまだ君と友達でいたいからね。
 胸元で携帯端末が着信を知らせて震える。進行状況確認の連絡だろう。
「カラスです。新しい宿主は現れませんでした。ことり? 彼女なら先ほど処理が終わった旨の連絡が入りました。“迷い家”については、私が担当ではないので、担当に尋ねてください。それでは、僕は次の予定があるのでこの辺で失礼しますね」
 僕は連絡を終えて、最後にベッドに座る友達に微笑んだ。
「また学校で会える日を楽しみにしているよ。元気になったら美術室においで」

*******

【6月13日】

「これで全ての検査は終わりです。検査結果が出るまで、もう少しだけ待合室で待っていてくださいね」
 鷲家口ちせは患者を検査室から送りだすと、椅子に深々と座りこんだ。
「もう出てきていいわよ。沙耶ちゃん」
 検査室の奥のカーテンから、夜宮沙耶が顔を覗かせた。
「ほんと、あなたはいつも顔に不安を貼り付けてやってくるのね」
「すみません」
「いいのよ。その不安、少しくらいフブキに分けてあげたいくらい」
 ベッドに座るように指示をすると、夜宮はちょうど真ん中あたりにちょこんと座り、緊張した面持ちでちせを見つめる。
「それで、彼の容態は」
「今、他の技師達も検査結果の精査をしているところだけど、概ね問題ないわ。柴田幹人は、無事に怪異から救われたとみていいわね」
 その結果を聞き、夜宮の緊張が一気にほどけた。膝の上にのせていた両手をベッドについて、大きく息をつき、天井を仰いだ。
「本当に良かったです」
「そうね。幸いなことに精神的な欠落もほとんどない。怪異については記憶が残ってしまっているけれど、彼はそれも乗り越えて日常生活に戻って行けると思うわ」
「良かった。秋山君も喜ぶと思います」
「そうね。寧ろ、問題は彼の方だと思うんだけど、それでも彼は喜ぶんでしょうね」
 数日前、祓い師秋山恭輔は、変異性災害“迷い家”から柴田幹人という男性を一人救出し、その直後に現れた新たな変異性災害“後ろ髪”を退けた。秋山自身も数日間の間“迷い家”に閉じ込められおり、一時的に“後ろ髪”にとりこまれたこともあってか霊気の流れが乱れたらしい。意識を保てない状態で比良坂民俗学研究所に運ばれ、昨日ようやく目を覚ました。
 とはいえ、彼が受けたダメージは相当に大きく、彼の霊気の乱れが収まり、元に戻るまでには時間がかかるだろう。
 しかし,それでも怪異の宿主が無事であった,その事実を知れば安堵する。それが秋山恭輔なのだろう。
「それで、長正さんが出くわしたっていう、ウサギ男の行方は?」
「いいえ。全くわかりません。あの時、秋山君が“後ろ髪”を退けてすぐ、崖下に向かって飛び降りたきり,消息不明です」
 今回の変異性災害は何者かが意図的に惹き起した変異性災害によるものである。これが現在、変異性災害対策係内で強固に主張される見方だ。
 岸や夜宮から話を聞く限りでは、ちせもその見方で間違いないのだろうと思う。だが、裏付けたる変異性災害の背後者たちの行方は途絶えてしまい、調査には進展がない。
「仕方がないわね。とにかく、今は被害がさらに拡大する前に事件が解決したことを素直に喜ぶべきなんじゃない?」
 今回、風見山で起きていた一連の事件は、秋山恭輔により“迷い家”が祓われたことでひとまず収まった。記憶を失い他者の記憶を騙っていた子どもたちは元の生活に戻っているし、柴田幹人にも、これといった後遺症はない。
 自らを秋山恭輔と名乗った高校生は、秋山達が現実に戻ったと同時期に、山で発見されてから今までの記憶を全て失った。その原因は判然としないが、失踪前の本人の記憶は無事に戻りつつある。一週間もすれば自分を取り戻すことだろう。
 後ろで糸を引く者の正体は掴めずとも、この事件は解決したといっていいはずだ。
 そうはいっても、夜宮の中では、この事件とどう向き合えば良いのか結論が出ないのだろう。以前から思っていたが、彼女は個々の事件について悩みすぎる傾向がある。
「ほんっと、沙耶ちゃんのそういうところ、フブキと分けたらちょうどいいんだろうな」
「えっと、ちせさん、そういうところって……」
「まあまあ、気にしないで。それより、お昼は暇?」
「え、はい。秋山君の面会は昼過ぎからなので」
「そう! それはよかった。じゃあ、柴田幹人の検査結果を伝えたら、一緒にランチに行きましょう。お店も私が決めるし、今日は私が奢るので、逃げちゃだめだからね」
「え、そんな、いいんですか」
「いいの! たまには気分転換も必要でしょ」
 私たちが関わっている変異性災害とは、全てが全て割り切れるようなものではない。だからこそ、事件が片付いた時くらい、喜んだり気を抜いても罰は当たらないだろう。

*******

「おかあさん,しょうくんあそびにいってくるねー」
 真柴京子は元気に出かけていく息子の姿を見て,ほっと胸をなでおろした。何事もない平凡な日常とはどれだけ幸せな事であろうか。
 先日来続いていた子どもたちの異変は,母から聞いていた風見山の“忌み地”に関わるものであるかもしれない。そう聞いた時には,胸が締め付けられるような想いであった。
 京子の心の中には母の語る“後ろ髪”の恐ろしさが染み付いている。霊などいない,怪異などいないと笑って放置できるならよかったが,彼女自身にも,“後ろ髪”の呪いにより命を落としたであろう知り合いがいる。忌み地の話を聞いてしまった以上,そしてそれに関わる体験をしてしまった以上,馬鹿馬鹿しいと切って捨てられるほど,京子は強い心の持ち主ではなかった。
 そのためか,“後ろ髪”と呼ばれた忌み地の呪いは解けたと,変異性災害対策係の職員から連絡があったときは,全身の力が抜けてその場に崩れ落ちそうになった。息子とよく遊んでくれる子どもたちの異変も収まったと聞いて,京子は自分たちに振りかかろうとした災厄が去ったことに安堵し,そして,自分がどれほど忌み地を恐れていたのかを改めて感じることとなったのである。
 午前の内に家事を終わらせて,午後からは息子を連れて買い物に行こうか。
――ぞわり
 家の中に入ろうとした京子の背後に,奇妙な気配がして,京子はとっさに振り返った。しかし,そこにあるのは,見慣れた玄関の風景である。
「キョウコチャン。ドウシテトメテクレナカッタノ」
 その声は背後から聞こえた。小さな頃に聞いた,もう聞くことの叶わない声が京子を呼んでいた。
 まさか。京子の心は一瞬で恐怖に染められる。
「キョウコチャン。キョウコチャン。キョウコチャン」
 背後に迫る何かが,京子の後頭部に手をかけ,両肩を押さえる。そして,背後の何かは京子の首を無理やり回す。
 京子の眼前に広がるのは懐かしい顔と一面の黒。

「それは俺に言われたって困る。だいたい,秋山恭輔が秋山流以外の呪術を使えるなんて話,聞いてないぞ。あいつは黒猫堂とかいう店を開いた分家の倅だろう? 呪力で無理やり怪異を押しつぶすなんて手法,とるわけがないと思っていたからな」
 男は電話の相手方に文句をつきながら,真柴の表札を撫でた。
「ことりが何を目的にしていたのかまで俺は聞いていないから,計画の成否はわからないな。だが,土地に根付く怪異は易々と排除なんて出来ないもんだ。依頼通り“後ろ髪”は回収するさ」
 玄関扉から中を覗きこめば,黒い巨大な影が暴れる女性をうつぶせに押し倒しているところだった。影は決まった形をもたず,まるで雲のようだ。時折影の中から子どもの手のようなものが現れては,押し倒した女性の身体を掴み,自分たちの中へと引きこもうとしている。
 女性は玄関を覗く男の存在に気がついたのか,必死の形相で助けを求めようと口を開けた。だが,声を発する前に口の中に影が入りこみ,彼女は助けを求めるどころか,息をすることすらできず,もがき苦しむ羽目になった。
 彼女はこのまま影にとり憑かれ,立派な宿主となることだろう。男は彼女に向かって満足げに頷いた。
「“後ろ髪”が憑くべき人間は,土地の中に既にいたってわけさ。さて,お嬢さん,悪夢の始まりだ。ようこそ,怪異のいる現実へ」
(黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家 了)

――――――――――

次回 黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う1
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プロフィール
HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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