忍者ブログ
作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

迷い家6
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家1
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家2
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家3
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家4
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家5

―――――――
10

【6月9日】

 夜宮は、巻目市役所環境管理部第四課変異性災害対策係の応接室にて、一人の少年と向き合っていた。
 真柴翔。彼は、夜宮が今回の事件の調査に入った際に、七鳴神社の場所を教えてくれた少年だ。夜宮はその時に彼が言っていた“くろくろ様”という言葉が気になった。
 “くろくろ様”という言葉を再び聞いたのは秋山を探して風見山地区で聞きこみを続けていた時だ。どうも尋ねてみると風見山地区の子どもの中で流行っている遊びらしいが、何故“くろくろ様”という名前なのかは誰に聞いてもわからない。夜宮が尋ねたなかで手掛かりを持っていそうなのは、“くろくろ様”を場所と関連付けて話していた、真柴翔だけだった。



 真柴翔の母親は、聞き慣れない部署に呼ばれたことが不安なのか、終始落ち着きがない。初めに対応した加藤恵理が事情を説明し、彼女を部屋の外に連れ出してもらった。
「翔君。私のこと覚えてる?」
 真柴翔はソファの座り心地が気に入ったのか、ソファに自分の体重をかけてその反発を楽しんでいた。夜宮の問いかけに、彼女の顔をじっと見つめる。そして
「うん。覚えてるよ! くろくろ様の近くにいた人!」
「そっか。あのときは神社の場所を教えてくれてありがとう」
「うん!」
 真柴翔の顔がぱあっと明るくなった。人にお礼を言われて嬉しい。そんな感情がストレートに現れるのはさすが子どもだなあと、夜宮は彼のことが少々羨ましくなった。
「今日は、翔君にくろくろ様のことを聞きたいんだ」
「んーいいよ? でも、しょうくんじゃなくても知ってるよ」
「そうなの? 翔君のお友達とかにもお話を聞いているんだけど、みんなくろくろ様遊びをしているよって話してくれるけれど、くろくろ様が何かは教えてくれないの」
「くろくろ様はくろくろ様だもん」
「えーっと、そうじゃなくって。翔君はくろくろ様が何処にあるか知ってるよね」
「うん。お姉ちゃんにもおしえたよ。くろくろ様、あの階段の上にあるの」
「そう。みんなに聞いてもそうやって答えてくれる子がいないの」
 真柴翔はきょとんとした顔をして、ソファの上でぐるぐると身体を回転させた。
「翔君?」
「それはその通りだろう。ところで、そもそも君は“くろくろ様”をどういったものと考えているのかね」
 夜宮に向き直った真柴翔の言葉に、夜宮は絶句した。そこにいたのは先ほどまでの無邪気な子供ではない。身体はまぎれもなく真柴翔ではあるが、全く別の誰かだった。真柴翔の中でも、他の子と同じように他人の記憶が混線している。
「声を上げることは控えてほしい。彼の母親が入っては話をしにくい。夜宮沙耶、君だって、“くろくろ様”の情報が欲しくて彼をここに呼んだのだろう」
 ただ一つ、他の子供達と違う点があるとすれば、真柴翔の中にいるそれは、こちらと明確に意思疎通が取れるということだろう。これは、いったいどういうことだ。
「翔君……いや、あなたは、誰」
「誰だっていいではないか。私はこの子に危害を加える意図はないし、君たちと争うつもりもない。それでも知りたいというのであれば、そうだな、君の友人のあの祓い師の青年に聞いてみてもいいかもしれないな」
「友人? まさか、あなた秋山恭輔のこと」
「彼もこの子に尋ねたよ。“くろくろ様”とは何かとね。もっとも、彼が尋ねた時、私はこうして話せる状態ではなかったし、この子の理解の範疇では、“くろくろ様”とは、遊びであり、件の祠のことにすぎないがね。いや、彼は真柴と言ったか。彼の母はかつての風見山を知っているかもしれないな。ならば、真柴翔の中では、大人の間で忌避すべき対象であることくらいまでは知っているのかもしれない。故に私はこの子どもの身体を利用できているのだろうな」
 一人で完結する謎の声に、尋ねたいことは多かったが、大人の間では忌避すべきものという言葉が特に引っかかった。風見山地区でくろくろ様のことを尋ねて反応を示した大人はいなかったはずだ。
「今の住人たちに聞いてもわかるまい。もしかすると、あの地の過去を知る大人に聞いてもピンとは来ないかもしれないな。くろくろ様という名は、祠を発見した子供たちが勝手に呼び始めた名前だ。地元の人間はあの祠を“後ろ髪”と呼ぶ」
「後ろ髪? そんな話聞いたことがないですし、比良坂にも七鳴神社にもそのような伝承はなかった」
「民間伝承を全て研究機関や神社が把握していると思う方が間違いだ、夜宮くん。あの祠は古くからあるものでね。ある女性がこめた想いのために、あらぬ力をもってしまった。君たちのいう変異性災害の源たる力をね」
「そんな、それじゃあ今回の事件は」
「あれは直接の引き金ではないだろう。あれが主たる原因ならば、私はこうして会話できないだろうからね。この現象を引き起こす要因として“後ろ髪”が利用されたのだ」
 予想もしない情報ばかりで夜宮の頭は混乱した。真柴翔の口が語ることが本当なのだとしたら、風見山では何が起きているのだ。
「そのように混乱することはない。今、君が考えていることは事態を収拾させてからゆっくり考えても構わないことが多い。シンプルに“くろくろ様”について考えよう。“くろくろ様”は祠のことを指す子供たちの呼び名だ。そしてもう一つ」
「くろくろ様遊びのこと、ですか」
「そう。では、くろくろ様遊びとは何なのか。何故、風見山の子供たちの間で急に流行りだしたのか。くろくろ様遊びをしている子供たちとは何者なのか」
「子供たちとは何者なのか……まさか」
 夜宮は傍らに置いていた事件のファイルをめくる。風見山で聞き取りをした家の地図と、岸が集めてきた短期失踪者である子供たちのリストを確認する。そして、夜宮はそのリストの一致する個所を見つけた。くろくろ様遊びを行っていた風見山の子供たち、その何人かは、現在、シバタミキトと名乗る者の物語を語っている。
「子供の遊びというのは雰囲気でルールが決まり、自然発生的に遊びが始まる。しかし、その起点となる者たちは必ずいる。口火を切ったのはだれか。そのことを子供たちはもう知らないだろう。それでも、今の状況から推測するのが怪異と向き合う者たちの条件であり、特権なのではないかね」
「あなたは何者なのですか。貴方もまたシバタミキトと同じように彼の精神に混ざり込んだ記憶なのですか」
「それは事態が収拾した後に秋山恭輔に尋ねればよい。しかし、そんなに気になるのならば、一つだけ手掛かりを与えよう。“山籠りの巫女”だ。事件を解決したならば、調べてみるとよい。そろそろ私が表にでることも困難になってきたようだ。これ以上事態を進行させたくないのなら急ぐことだよ、夜宮君」
 唐突に声が途切れると、真柴翔の身体がカクンとソファに倒れ込んだ。近づいてゆり起してやると、元の無邪気な真柴翔に戻っていた。
「ぼく、ねてたの……? お姉ちゃん」
「いいの。いきなり知らないところに来たから疲れているのかもしれないね。もう少しだけお話聞かせてくれるかな」
 夜宮は真柴翔の隣に座り、彼の頭をなでた。彼の中にいた何者か、彼が語る話に真実が含まれているとすれば、真柴翔は彼なりに知っているはずだ。くろくろ様が忌避すべき何かであることを。そして仮に真実が含まれているのだとしたら……事態を進行させたくなければ急げ、その言葉が夜宮の耳元で響いていた。

*******

 私は毎日のように仕事に明け暮れていた。別段、金を稼げるような仕事ではない。私は、全国的には名も知られていないような地方の出版社に勤めるライターに過ぎない。しかし、それでも毎日ネタを探し、取材を続け、仕事を続けなければ、生きていけない。
 私は家族を顧みなかったわけではない。生きていくためだった。
 だが、何度あの時をやり直そうとも、私は孝子には会えないのだ。孝子は部屋の中にいて、私は部屋の前まで来ているのに、孝子に声をかけられずに仕事部屋に戻ってしまう。何度やっても何度やっても、その結末が変わらない。
 そして、気がつけば、私の傍から孝子はいなくなっているのだ。孝子と暮らすために、孝子と生きるために仕事に打ち込んでいたというのに、肝心の孝子がいないのだ。
 私は、孝子を取り戻したい。あの時、私が部屋に入っていれば、孝子は。
「それでもあなたは戻らなかった。孝子さんがあなたにとってどんなに大切な人だったのか、僕は知らない。僕が知っているのは、彼女を語るあなたの姿と、あなたが彼女の下を訪れなかったということだけです」
 わかっている。君に話したところで意味などないんだ。わかっている。
「僕があなたに伝えられることは一つだけです。あなたが孝子さんの下を訪れなかったのは過去の事実で、変えることはできない。このまやかしの中でいくら試そうとも、あなたの望む展開にはならない」
 わかっている。私だって、私がここで観ているものが幻だということくらい、わかっている。いや、初めからわかっていた。私は幻だとしても、あの時をやり直したい。そう思ってこの場所を探していたんだ。
 だが、それもダメだった。私は何度やり直しても孝子の部屋に辿りつけない。君は何度だってあの場に辿りつけているのにな。
 もしかすると、君があの場に辿りつけるのは、あの場が君にとっても重要なものだからかもしれないな。何故そう思うんだという顔をしているね。
 君が何者なのか、そんなことは知らないが、私だって此処に来るために様々な調査をした。ここはゴミ箱だよ。あの道を通ってやってきた人間は、ここに忘れられない過去を捨てていく。いや、過去を忘れられない私のような人間を捨てるための場所というべきなのかな。君もそうなんだろう。君の中にも忘れられない、君を縛り付ける過去がある。君はあの座敷牢に辿りつけても満たされないんじゃないか。君には座敷牢の向こうにいる人と接しているだけでは満たされない何かがあったんだ。
「どうでしょう。そうだとしても、僕はここに居続ける気はありません。どんなに繰り返しても、過去は過去ですから」
 そうだな。至極まっとうな意見だよ。
 でもね、青年。人間はまっとうな意見だけでは生きてはいられないんだ。失った過去を取り戻さないと、明日に踏み出すことができない人間もいるんだよ。

 私みたいにね。

*******

 男は語った。孝子と名乗る女性と生きるために自分が懸命に仕事に打ち込んだことを。そのせいで共に生きるはずの孝子を失うことになったことを。
 男が秋山にそれを語るたびに、洞窟の奥底から得体のしれない声が響く。男が過去を取り戻したいと願望を語った頃には、洞窟の方に向けた耳を押さえていなければ声にかき消されて男の話が聞けないほどだった。
 男の想いにこの場所が反応しているのかもしれない。
「失った過去を取り戻しても、明日につながらないなら意味がないのではないですか。あなたは、永遠にその時にしがみつくつもりですか」
 秋山は男の様子をうかがいながら、懐に忍ばせた呪符に手をかけた。男は現在を諦め、異界に留まることを選択している。そして、この異界もまた、男を此処に留めておきたいのであろう、秋山の言葉を遮るように洞窟からうなり声が響く。
「孝子が消えてから、私はあの日にしがみついたままだ。孝子を取り戻すこと、それしか頭にない。だが、現実ではその願いは叶わない。あの日をやり直さなくてどうするというんだ。そうさ、わかっているよ。ここでもそれが叶わないことくらい。わかっている。それでも、私には此処が必要なんだ」
 まもなくこの男は現実を諦めてしまうだろう。秋山は、男を立ち直らせるきっかけを探れるほど彼のことを知らない。彼を踏みとどまらせる言葉や経験も持っていない。
 だが。秋山は男の襟首を掴み、自分の下へと引き寄せた。
「あなたが本当にここで過去にしがみついて生きていたいと思っているのなら、本当はその気持ちを尊重するべきなのかもしれません。だから、これは僕のわがままです」
「わがまま?」
「僕は知っている。あなたがどう思おうとも、この異界はあなたに未来を与えない。僕はあなたを置き去りに異界から出るのは嫌なんです。僕は、あなたをここから連れ出さなければ、絶対に後悔する。現実に戻っても明日に踏み出せないんですよ」
 目の前の男を救いたい。男の願いを聞いたからでも、自分が祓い師だからでもない。これはきっと、祖父の呪物に引きこまれた少女を救いだすことができなかった、その埋め合わせだ。男は迷惑がるだろう、それでも、秋山は譲りたくなかった。
「なるほど、わがままか……」
 男は襟首をつかんでいた秋山の手を振り払うと、再び石に腰をかけた。さっきまでとは異なり、男は微笑んでいた。
「わがままなら仕方がないな。一体どうやって私を連れ出すんだい」
「あの、本当に、いいんですか」
「いいもなにもないさ。青年。君が貫きたい願いがあるんだろう、わがままを通したいって言うんだろう。それなら、私に同意を求めてはいけない」
 男は出会って初めて、秋山の目をまっすぐに見つめた。秋山は男に向かって一度だけ頷く。そして、懐から取り出した呪符を数枚放つ。呪符は男と秋山を取り囲むようにして空中に浮かんだ。
「祓い師秋山恭輔の名の下に、汝が身に憑きし怪異を祓おう。怪異の名は“迷い家”」
 名前。それは怪異の形を定めるための呪文だ。
「怪異“迷い家”。人を取り込み、過去を盗み、まやかしの願いで人の心を留めるモノよ。ここは牢獄だ。汝が宿主との繋がりを作るための幻に過ぎない。我、今ここで、汝が作りし幻と宿主の関係を断とう」
 定義。これによって名によって形作られた怪異の理を定め、怪異を宿主から引き離す。
 秋山の声に反応し、宙を舞う呪符は青白く発光する。やがて、呪符の光は互いにまとまり大きな柱となり、男と秋山を周囲の風景を分かつ。
 見渡す限り青白い光の壁に囲まれると、秋山は男の前にその左手を掲げる。宿主と怪異の関係は、秋山の呪符によって一時的に絶たれている。“迷い家”が男に対して働きかけを行えない、このタイミングこそが怪異を祓う重要な場面だ。
「“迷い家”に憑かれし宿主よ。汝が心に残る過去への強い想いが“迷い家”を呼び寄せた。“迷い家”は汝の心と繋がり、その力を強めようとしている。故に、祓い師秋山恭輔の名の下に、“迷い家”と汝を切り離そう。“迷い家”に喰われし汝の想い、今ここで絶ち切らん」
 男の額に手をかざし、秋山は祝詞を唱える。周囲を囲む光が徐々に秋山達に近付き、眼前の男を呑みこんでいく。やがて、男の姿が消え、一本の光の筋となり、そして、秋山恭輔ただ一人が残された。
「“迷い家”よ。今、宿主と汝の繋がりは途絶えた。我、汝に命ずる。汝、現との境界から退き、汝のあるべき場所へと還り給え」
 最後の言葉が響き渡ると、足元の地面が消滅し、世界は白で塗りつぶされる。
 秋山恭輔の手によって、風見山地区に潜む怪異“迷い家”は祓われた。

*******

――息子を救ってください。
――誰だっていい。私の祈りが聞こえたならば、私の息子を返してください。
 これで百回。霊験も権威もない、路傍の石に捧げた百度の祈りが終わった。
 私の中の直感に従い、息子の次郎が消えたこの場所で、私は祈り続けたのだ。けれども、百度の祈りを終えてもなお、次郎が帰ってくる気配はない。
「もう帰ってくることはない。知っている」
 私は眼下に広がる山の風景を前に途方に暮れて座りこんだ。無駄な事をしていることはわかっていた。私の奇行に呆れ果て、夫は家を出ていき、親族すら寄りつかない。近所では息子を失い気が狂ったと言われている。
「次郎。あなたはどこに行ってしまったの」
 あの日、子どもたちだけで山を探検し、息子は石段の先が気になると、一人ここまで登ってきた。息子はここで何を見たというのだろう。
 私は、息子が落ちた崖を覗きこんだ。これも百度目だ。百度覗きこんだが、一度たりとも息子が落ちた理由はわからない。
 この崖を滑り落ち、地面に叩きつけられて、息子は命を落とした。
「祈っても、死者は戻ってこない」
 私は今まで自分がやったことを肯定できなかった。百度祈った路傍の石は今や立派な祠に見える。それでも、これははただの石だ。私は二度と、此処を訪れないだろう。
 できれば、最後に息子に会いたかった。

――お母さん

 石段を降りようとした私の後ろで息子の声がした。振り返った先に見えたのは、黒い何か。そう、ただ黒く黒いそれは私の頭を捕えて、無理やり私と身体を引き剥がし……
―――――――


次回 黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家7
PR
comments
yourname ()
title ()
website ()
message

pass ()
| 44 | 43 | 42 | 41 | 40 | 39 | 38 | 37 | 36 | 35 | 34 |
| prev | top | next |
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
バーコード
ブログ内検索
P R
最新CM
[03/01 御拗小太郎]
[01/25 NONAME]
最新TB
Design by Lenny
忍者ブログ [PR]