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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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迷い家4
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家1
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家2
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家3

―――――――

7 
 幽霊や怪異は存在しない。人間の知識の向上によって霊的な存在は技術的に解明されている。そのような価値観を有する者に対して、私たちが干渉するのは簡単ではない。
 例えば、鬼火を自由に操る者や、霊的な力を自在に顕現できる者にとっては簡単な事なのかもしれない。相手を目の前に現にそれを見せつければよいのだから。
 しかし、私のように力なき者、与えられた術式の検討を重ね、どうにかこちらの領域に足を置いている者にとって、他者への干渉は高い壁だ。
 私の属する集団の中で、いくつもの事例を目にしてきたことで、私の内でもようやく干渉の手順が組み上がってきたところだ。
 現実に怪異と言う名の毒をほんの少し混ぜる。私が用いるそれはとても単純な方法。
 例えば、仕事場に漠然とした不安を抱えているものに、洒落にもならない都市伝説を教えてみる。それだけでは、人が怪異の側へと転がり落ちることはないだろう。だが、例えば、都市伝説の一端を、火葬場で生きた人間を焼いているように見える外形を整えてやれば、心に蒔かれた怪異の種は簡単に発芽する。
 その先にあるのは、現代にあって現代ではない。現実と異界の境界線、私たちが最も容易に干渉できる“場”だ。
 しかし、それでもなお、私は力を持つ者に及ばないというのだろうか。







 そんなことを考えるだけで、携帯端末を持つ手に自然と力が入っていた。
 目の前で頭を抱える男の境界は十分すぎるほど揺らいでいる。あと必要なのは時間だけだ。彼が異界へ踏み込んだ先の準備も万端だ。
 「う、うっ」
 男は自ら手放した過去を思い出しているのだろうか。現状は全て自分が招いた結果であるというのに。苛立ちを抱えていても仕方がない。時間を早送りしなければ、私のここまでの活動は否定されてしまう。
 私は目を閉じて、全身の力を抜く。再び目を開くと、男の影は消え、近所の喫茶店の喧騒が身体を包んだ。
 携帯端末に映っている情報を再度確認する。何者かが自宅に侵入し、自宅の端末を操作した。それを見て、私の端末内を監視していた別の者が端末を爆発させたのだろう。部屋の中には金属片が飛び散っている。部屋の四隅に忍ばせておいたカメラは発見されなかったらしく、一連の流れとそれ以降の様子をこうして携帯端末に送ってきている。
 それにしても、侵入者はどのようにしてあの部屋に入ったのか。無理やり侵入すれば端末に一報が入るようシステムは整えてあった。防犯システムが稼働しないのは鍵を利用して部屋に入るときだけだ。
「鍵……まさか」
 私は数週間前顔を合わせたある者のことを思い出した。私が所属するその集団は、ネットワークスペースを通してのみ連絡をするのが常であり、構成員同士が互いの素性に感知しないと聞いていた。
 本来、私たちが顔を合わせる構成員は集団への勧誘を行う男一人だ。それが、今回、他の構成員が接触を申し出てきたのだ。
 カラス。会議上でそう名乗る人物は、私の計画を効率的に実現するために小さな実験を行おうと持ちかけた。あの時、私は彼の前に荷物を置いて席を離れはしなかっただろうか。
 私の右手は無意識のうちに端末を操作し、件のネットワークスペースを開いている。非表示になっているログファイルをこじ開けてその内容を目で追いかける。
 考えられる限り最悪の展開だった。
 名無しから現在の自分の立場が危ういものであるとは聞かされていたが、カラスはどうやらその足を加速させたらしい。
――ことりの処分が決定した。なお、処分方針はカラスに任せることとする。
 画面に表示された最後通告。そして、その執行者たる人物の名前を確認し、私は現状を正しく理解した。同時に携帯端末にメールが届く。カラスと名乗る者からだった。
――近くに変異性災害対策係の人間がいる。お前は素性を知られている。素性を知られた者は排除する。既に決議は終わっている。
 メールの最後に添付されている画像は私が今いる喫茶店の内部だ。窓際の席、ちょうど私の目の前に座っている男が撮影されている。画像の説明欄にあったのは男の素性だ。
 火群たまき、変異性災害対策係係長。写真の中の男が手に持っているのは、私が書きためてきた研究ノートだった。
 私は目の前の席に顔を向けた。そこにあったのは端末に表示された男と同じ顔だった。火群たまきは、私の顔をじっと見つめている。私にはその表情から彼の考えを読むことはできなかった。彼は私のことを、この迎田涼子のことをどこまで知っているだろうか。
 席を立った時の私は相当慌てていたように見えただろう。近くにいたはずのカラスなどは腹を抱えて笑い転げているかもしれない。

*******

 ことりの計画を加速させる。そう言ってカラスが持ち込んだのは、“黒地図”と名付けられた呪物である。否、“黒地図”自体には呪術的な力はない。
 重要なのはそこに描かれた“道”だ。カラスの話を聞いた時に、私が躊躇を覚えたのはこのためだった。私が何重にも準備をして隠してきた“道”を、カラスは隠しもせずにばら撒くことを提案したのだから。
 しかし、皮肉な事に今この時、私はカラスの提案を頼らざるを得なかった。カラスは自分の提案で私が失敗すればよいと思っていたのであろう。そうして忍ばせた滅びの一手が私の切り札になったことを知った時、奴はどのような表情を見せるであろうか。
「これが……この通りに歩けば願いがかなうと言うんだな」
 柴田幹人と名乗るその男は、黒地図を手にして独り言のようにそうつぶやいた。両目に怪異の光を宿したこの男には、目の前に立つ私の姿など見えていない。自ら調べても判明しなかった“道”の欠落部分。“黒地図”にはそれが記されていたのだから。
 柴田は黒地図をかばんに突っ込むと、いそいそと身支度を始める。彼はもう待っていられないのだろう。一刻も早くこの地図を辿り、彼の望みを叶える“場”へと辿りつきたくて堪らないだろう。
 私は、落ち着かない様子で部屋をうろつく柴田幹人をよそに、窓から部屋の外の様子を窺った。
 火群たまき。やはり、彼は私の素性に気がついたらしい。喫茶店からずっと私を尾行し、今はこうして柴田幹人の部屋を監視している。外出しようとした柴田を食い止め、計画を台無しにする可能性もある。
 此処まで来てあのような男に計画を食い止められてしまえば、それこそカラスの思惑通りの結末だろう。私はコートに忍ばせていた黒いチョークを確認した。火群たまきを柴田から遠ざけるための最大限の手は打ったつもりだ。だが、それでもあの男は追ってくる。私にはそうした確信があった。
 柴田幹人が外出する準備を終えて、玄関の方へと歩み出そうとしていた。私は、柴田の前に立って彼の自宅から外に出た。玄関先で近くの電柱の陰に立つ火群たまきの姿を認めた。私は火群の方に向けて、黒のチョークのひとかけらを落とす。かけらが地面に落ちた瞬間、私と火群の間の時間が止まる。
 火群は私が仕掛けたことに気がついていないだろう。私はゆっくり火群との距離を詰める。そして、彼の足もとに小さく文字を書き込んだ。その途端、チョークの効果は切れ、私は先ほどまでと同じように柴田幹人の自宅の前に立っている。火群の方に注意を向ければ、私の指示通りに、彼は身を翻し、路地裏へと姿を消していった。
 私は家から出てきた柴田幹人が風見山に向かって歩を進めたことを見届け、火群が消えた路地裏へと向かう。彼は黒のチョークによって私に一時的に行動を支配され、路地裏へと迷い込んだ。彼が迷い込んだ先にあるのは、私が風見山に作りだしたものと同じ、黒地図の先の“異界”だ。
 火群たまきとて人間だ。過去に縋られ、過去に囚われる。私の力では、彼を倒すことはできないかもしれないが、必要な時間を稼ぐくらいなら十分に可能だろう。


――とおりゃんせ とおりゃんせ
 どこからか、歌が聞こえる。子供の頃に聞いた歌だ。
――ここは どこの 細道じゃ 天神様の細道じゃ
 霧に包まれた道の先には何があると言うのだろうか。行く先も皆目わからないのに、私の中では期待が膨らんでいる。
――ちっと通して 下しゃんせ
 やがて、目の前に見えてきたのは岩肌に空いた巨大な穴、洞窟だ。洞窟の隣の小道は、そこだけ霧が晴れており、遥か遠くに大きな屋敷が目に入る。
――御用のないもの 通しゃせぬ
 歌は洞窟の中から聞こえてくる。私は特に洞窟に用があるわけではないはずだ。けれども、歌声を聴くと、洞窟の中を覗かずにはいられない気持ちになった。否、覗くだけではない、洞窟の中へと踏み込みたい。
 私は、この洞窟の底に、何かを忘れているように思えてならないのだ。

*******
 
 孝子の手から零れた液体は、僕たちの身体を支える岩盤に垂れ、そして岩盤はその液体を呑んだ。
 呑む。その表現は誤っているかもしれない。岩盤は生き物ではないのだから。
 けれども、あの光景を表現するには、やはり“呑む”という言葉が一番適切だと思う。岩盤は、孝子の手から流れるそれを、孝子の血を呑んだのだ。
 些細なことの積み重なりに違いない。孝子の他に付近の座敷牢に入っていた者達が、その処遇の改善を求めて暴れた。普段なら軽々と鎮圧できるはずの男衆がタイミング悪く居合わせなかった。暴徒となった者たちが、偶然、孝子のいる座敷牢を見つけ、その前には僕がいた。暴徒たちは孝子の処遇を見て、また牢の前に座る僕を見て怒った。自分たちより遥かによい処遇を受けている孝子に。そして、孝子に取り入り処遇を改善しているであろう僕に。
 全くの言いがかりだ。孝子の処遇と彼等の処遇の間の違いには理由があったかもしれない。そうだとしても、孝子の選んだことではないし、僕は彼女と語らうことを命じられたにすぎず、僕が彼女に処遇の改善を求めたことは一度もない。これは誓って言えることだ。
 僕はこの洞窟からの出口を探したくて仕方なかったが、同時にこの洞窟の中にいれば孝子に会える。そう思うと何故だか此処を出る気にならなかったのだから。
 もっとも、暴徒たちには聞き入れられるはずもない。僕は殴られ、岩盤に叩きつけられ、蹴られて、血を吐いた。それを止めようと座敷牢の中から応戦したのが孝子である。孝子は、暴徒たちに傷つけられ、血を流した。そして、その血が岩盤に呑まれ、洞窟は地響きを上げた。
 暴徒たちが怯えて立ちすくむ中で、孝子が述べた言葉を今でも僕は覚えている。
「血の味を知ってしまった。鬼が目覚めるわ」
 そこから先、洞窟の中で起きたことを正しく説明することはできない。ただ、僕は見た。座敷牢の床が唸りをあげ孝子に襲いかかったことを。孝子が喰われ、そこに巨大な鬼が現れたことを。座敷牢を破った鬼は全てを喰らい、奪っていったことを。

――6月6日付 秋山恭輔メモノート一部抜粋

*******

【6月8日】

 病室の窓ごしに確認した青年は、今までの子供たちとは異なり淡々と自分が体験したという出来事を書き記したという。夜宮は手渡されたノートの内容に、言葉を失った。
 その青年は、岸が風見山医院にて変異性災害の兆候を感じ取った者だ。青年は失踪当時、自らの名前すら言葉にできないほどに記憶が欠けていたという。
 それが、現在では彼は自らを秋山恭輔であると名乗り、風見山に迷い込んだ先で、霧の中の石段を抜け、洞窟と屋敷のある謎の場所に出たという話をする。彼は、洞窟の底にある座敷牢で、孝子なる鬼を封じる女性に出会ったのだと述べる。
「他の子供たちが語るシバタミキトの記憶と概ね一致するな。おそらくシバタミキトは彼の話す暴徒の一員なのだろう。それにしても、まさか秋山恭輔と名乗るとはね」
 共に病院へ様子を伺いに来た岸が、自称秋山恭輔のノートを読み終わりため息をついた。
「彼だけは他の子供達とは違う記憶を保有している。でも、彼の記憶は今回の失踪者達の記憶と繋がっている。奇妙ですね」
「まあなあ。それにあの青年は間違いなく怪異憑きだ、これは手掛かりになるかもな」
「間違いなくって、岸さん、何の根拠があって」
 自称秋山恭輔を怪異憑きと断言した岸に驚き、夜宮は思わずその理由を問いただした。
「ああ。あいつの霊気を視たんだよ。この前会った時に比べるとしっかりと身体全体に霊気が通っているが、どうにもあれは複数の人間のそれが混ざっている」
「複数の人間?」
「ああ。出がけに何人かの子どもたちを視てきたが、妙な記憶は持っていても、他人の霊気が混ざっていることはなかった。俺たちが目にした現象の中で、彼だけが特異点だ」
 まあ、それがわかったところで、俺はその先の想像がつかないがな。と岸はノートを机に放り投げて天井を仰いだ。そこから先の推測は、夜宮に任せると言う意思表示だろう。
 プンティング事件の資料に目をつけたことで、岸は夜宮の感覚に信頼を寄せたらしい。病院で合流して以降、この事件の解決は夜宮にかかっているといってきかない。
 しかし、当の夜宮も、目の前の怪異をどのように扱えば良いのかわからない。確かに、プンティング事件を見たことで、夜宮の中でも今回の怪異が持つある種の特性のイメージは出来ている。しかし、それだけでは青年の秋山恭輔を語る物語と一連の事件が繋がらない。
 彼が話し始めたのは秋山恭輔が失踪した直後、子どもたちが話し始めたのも秋山恭輔が失踪した直後、そして、子どもたちが語るシバタミキトの視点と、青年が語る秋山恭輔の視点は同じ物語、同じ体験に基づいている。そうだとすれば、シバタミキトも秋山恭輔も、同じく風見山地区で異界に迷い込んだことになる。
 だが、どうやって。夜宮達も風見山地区を捜索したが、異界の影が見られる場所はない。
「そうだ……黒地図、あれって確か」
 黒地図は、町の隠れた空間を探しだすための子供の遊びだと言っていなかったか。隠れた空間、それが子供たちや秋山が迷い込んだ異界のことを指すのだとすれば、話は繋がらないだろうか。
「おいおい、それは飛躍しすぎだ。子どもたちは黒地図なんて持っていなかっただろ?」
「例えば、初めに黒地図があったわけじゃなくて、誰かが異界へのルートを地図に記したんだとしたら。そういう噂なんだとしたら、話は違ってくるかも」
 子供たちは失踪した時のことを覚えていないと思っていた。しかし、本当はそうではないのではないか。異界に辿りつくまでの道筋は子どもたちの精神に刻まれたのではないか。
「一人目はともかくとして、二人目以降、事件が広がれば広がるほど、異界から戻ってきた子供達が周りの子供を引きこんでいった。夜宮ちゃんの考えはそういうことか」
「そうです。だから、異界入りするのは風見山地区に住む子供達に限定されていた。そして、何度も異界入りが繰り返されるうちに、異界に入るプロセスが別の噂へと変質した。あるいは変質させられた。それが黒地図の噂なんじゃないですか。秋山恭輔を名乗る彼は、黒地図によって風見山の異界に辿りついた」
 そして、秋山は黒地図あるいは、黒地図になる前のプロセスを発見し、これといった対策なしに異界に入り込んでしまったのだとしたら。
「夜宮ちゃんの仮説は一応筋が通る。だが、一つ問題だ。なんで、秋山が異界に入った途端、記憶の上書きが発生したんだ」
「それは……異界の性質が変わったんじゃないでしょうか」
 今回の事件が、夏樹の関わったプンティング事件と同質なのであれば、初めの事件は呼び水に過ぎない。呼び水によって生まれた怪異は、全く別物である可能性は十分ありうる。
 秋山がきっかけなのか、シバタミキトなる人物がきっかけなのかはわからないが、ともかく異界の中に今までとは異なる要素が混入したために異界が、あるいは怪異が変異した。
「なら、次に俺たちがすべきことは、その異界へ侵入するプロセスの発見ってわけか」
 それなら既に心当たりがある。
 夜宮は、事件調査の初日に出遭った少年のことを思い出していた。少年は神社への道を訪ねた時にくろくろ様のところ?と言っていた。だが、この数日の調査においては、風見山地区にくろくろ様などと言う伝承は見つからなかった。ただ一つ、聞きこみの中で、失踪した子供の親が帰って来てからというもの変わった遊びをしているという話をしていたことを思い出したのだ。今まで、子どもの遊びなんてどうでもいいことだろうと思って忘れていた。
 くろくろ様遊び。それはちょうど短期失踪が発生し始めたころに風見山地区で始まった遊びだ。それが、新たな怪異への呼び水だったのだとしたら。

*******

――とおりゃんせ とおりゃんせ
 そんなわらべ歌が聞こえたと、男は語った。男が語る孝子と鬼の話はこれでもう3度目だろうか。
 秋山恭輔は腰かけた石に両手をおいて、振り返って洞窟の口を見た。男は洞窟の方に顔を向け、両脚を地面に投げ出している。壊れたスピーカーのように同じ言葉を再生し続ける男を無視して、洞窟を眺める。
 男は語る。孝子と名乗る女性のことを。男は語る。鬼と名乗る謎の存在のことを。男は語る。孝子と自分との邂逅、そして洞窟の終わりを。
「悪趣味もいいところだ」
 彼の言葉に思わず毒づいてしまう。秋山も背後にそびえる洞窟の中を一通り見てきた。だから、彼が語る言葉の意味を知っている。彼と同じ体験を、秋山もまた“見せられた”からだ。
 そして、それ以上に、秋山は洞窟の中のことを知っている。全てではないが、大まかには一致した記憶が、秋山の脳裏には刻まれていた。もっとも、その記憶はこんな洞窟で起きたことではないし、彼女は孝子などという名前ではない。鬼を封じていた女性については、よく知っている。
 霧で包まれた長い石段の先に広がっていた、洞窟と屋敷のある広場。ここは、迷い込んだ人間全ての記憶を集め、歪め、一つの物語を作りだす異界だ。短期失踪者たちの記憶が欠落していたことも併せて考えるなら、おそらく、此処から抜け出た人物は此処にいる間の記憶と異界を構成するための記憶を奪われるのだろう。
「大人の異界入り、あの男と、僕か」
 初めのころは記憶が少ない子供達によって形作られた曖昧模糊としたものだったのだろう。それが、秋山や秋山の後ろで浮言を垂れ流し続けるあの男が異界に踏み入ったことで一気に強固な形を持った。初めは単なる石段が続くだけであったのに、突然景色が開けたのは、異界が秋山やあの男の記憶を基に新しい形を作りだしたからなのかもしれない。その証拠といっていいものなのかは疑わしいが、現在、この“場”には秋山が上って来たはずの石段は存在しない。
 それは、つまり、出口がないということだ。秋山もまた、あの男のように精神が崩壊するまで異界に浸食され続けるか、あるいはこの異界を祓い現実に戻るしか選択肢はない。
「とはいえ、どうしたものだろう」
 もはやこの異界は色んな人間の記憶を吸ってごった返している。大部分は秋山の記憶と、おそらく後ろの男の記憶によって出来あがっているのだとは思うが、断定はできない。それに、他人の記憶によって形作られるこの異界自体は何を目的としているのか、そこがわからなければ、秋山には祓うための手がかりがなかった。
「屋敷の方にも行ってみるべきかな」
 虎穴に入らずんば虎子を得ず。秋山は霧の晴れた先にある、見慣れた屋敷に向かって歩を進めることとした。

―――――――


次回 黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家5
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プロフィール
HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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