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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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薄闇は隣で嗤う2
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う

―――――――

 これは,あくまで僕が他人から聞いた話に過ぎないし,今話しても後の祭りなのかもしれない。けれども,ここにこうしてお姉さんが現れた以上,話さなければならないね。
 僕自身も,こうして君と話を出来ているし,多少の“霊感”がある。だから,人には見えないモノを見ることはできる。
 だから,西原当麻の本がウチに入ってきたときに,この本はもしかすると呪物の類かもしれない。そう思ったんだ。けれども,呪物は普通,そこにこめられた念を発するのに,西原当麻の本は他人の念を吸いこんでいく,そんな気配がしていて,呪物とは言いきれなかった。
 そんなこんなで僕なりに調べてみたけれど,西原当麻は巻目市に暮らしていた怪談作家だったというくらいしかわからなくてね。その後,ウチにくる常連さんのなかに,何人かあの本に興味を持った人がいて,それで,お姉さんに渡したあの招待状を置いていってくれって頼まれていたんだ。
 僕があの本が本物かもしれないという話を聞いたのは,君にあの本を売った後だ。
 ウチの本を時折物色しにくる骨董品屋の店主がいてね。彼にふと西原当麻の著作の話をしてみたんだ。そうしたら,急に目の色が変わって,もしその本をまた手に入れたら見せて欲しい,あの本は本物の呪物の可能性があるって言われてさ。
 それで,ずっと不安になっていたんだ。君があの本に触れたことで何かに巻き込まれるんじゃないかって。
 まさか,こんな形で不安が的中するとは思わなかったよ。






*******

 今の雇い主達はやり口が回りくどい。
 それは,怪異が人の心の中に巣食うものであって,異界と現実の境界線を崩し,現実を怪異により浸食するには,入念な準備か,あるいは強大な力が必要だからである。
 そのことについては,自分も術者のはしくれである以上,十分に理解しているつもりだ。
 とはいえ,回りくどい作戦に延々と付き合わされた上に,最後の最後で全てを無に帰すように暴力に訴える。そのためだけに自分が呼ばれることに,イナバは苛立ちを募らせる。暴力が厭なのではない。最後は暴力で片をつけるのであれば,初めから暴力に徹するのが筋だろうと思うからだ。
 ただ,これも十分に自覚していることだが,イナバの苛立ちはターゲットへの暴力によってある程度発散されてしまう。だから,結局だらだらと彼らの活動の手伝いをする羽目になっている。
 それにしても。それにしてもだ。
 イナバは壁際に身体を叩きつけられて転がっている男を見てため息をついた。呪術を操り怪異を呼び込もうとする者である以上,あくまで呪術や怪異を利用して事を進めるべきではないのだろうか。
「たす,けてくれ。私は,君たちの言うとおりに,していたはずだ」
「さあな。これは総意によって決められたことだから覆らないらしい。俺は雇われている身だから,判断する権限がない。まあ,暇つぶしに話くらいは聞いてやれるが」
 男の前にしゃがみこみ,彼の背広から財布を抜き取る。彼の話は聞きながしながら,財布の中の身分証を確認した。宿見博美,呪物蒐集家宿見重蔵の孫だ。
 イナバは自分に仕事を依頼する者たちが,目の前の男に何を依頼したのか知らない。今回,イナバが依頼されたのは事後処理に過ぎないからだ。
「あんたはよくやったんじゃないか。だが,頑張ったとしても報われないのが世の中だ。頑張っていた奴を何人も処理している俺が言うんだから間違いない」
「そんな,それじゃあ,私は何のために,君たちに従ったんだ」
「知らないさ。あんな怪しい奴らに手を貸したその時が,運の尽きってことじゃないの」
 それはつまり,イナバにとっても運の尽きだということだ。抜け時がわからず今に至っているのだから,異論はないが,腹立たしい。
「話は聞いたんだから,俺の仕事に協力してくれ。この世との別れを惜しんで,来世に期待しな」
 暴力により終わらせるといえども筋は通したい。そんな気持ちから,イナバは仕事の仕上げに呪術を用いることにしている。
 呪いの力が肉体の膂力を限界まで引き上げ,男の頭を粉々にする。飛び散るはずの血しぶき等は,イナバの放つ呪力に弾かれて,全て男の背後に散る。宿見博美の命が尽きると,彼の身体は灰へと姿を変えた。
 死体に残った霊気を奪い,後に膂力へ変換する。この仕事をするにあたり,もみ消し屋イナバが数年かけて身につけた呪術だ。

*******

「高橋さんが資料室に来るなんて珍しいですね,合コンの面子探しですか」
「違いますよ,ちょっと気になったことがあって」
「高橋さん,合コン以外に気になることあるの」
 資料課の係員に茶化されながら,高橋巡査は情報端末の画面と睨めっこをしていた。
 一月ほど前に出くわした,街に虎が現れた事件。その事件の際に見かけた少女のことが気になっていた。先輩の警察官は,変異性災害対策係が出てきた以上どうしようもないと言ったが,高橋はそんな部署のことを聞いた覚えがない。
 調べてみれば,確かに巻目市市役所には同係が存在しており,その係と職務が競合する場合はあると,先輩の警察官たちは言う。
 実際に競合した事件に遭遇した者は少なく,中には変異性災害対策係という名を知らないものも多かった。結局,日々の仕事に追われて彼女の姿は記憶から薄れつつあった。
 しかし,つい先日のことだ。巡回中に彼女が高校に向かう姿を見つけ,高橋は虎の事件を思い出したのである。
 彼女は確かに高校に通っており,その姿は,虎の事件の際と何ら変わりはない。あのような子どもが危険な仕事に首を突っ込んでいる。その事実が高橋には信じられなかった。
「コウヅキ,コウヅキ。これか」
 端末に表示されたのは少年事件の記録一覧だ。その中に,香月フブキと名乗る女児の補導記録が残されていた。記録は5年前,交番勤務の警察官が,深夜交番の裏手にある公園を駆けまわる小学生を補導したという内容である。
「木刀のようなものを所持……?」
 彼女は警察官に補導された際に,木刀と思わしき棒を振り回し公園を走りまわっていたらしい。補導後の彼女がどのような処理をされたのか等詳しい記録については閲覧不能となっているため,これ以上この記録から香月フブキのことを知ることはできなかった。
 小学生の女の子が木刀をもって深夜の公園を走り回るとはどういうことだろうか。そして,そのような少女が構成員として活動している変異性災害対策係という部署の正体も一向に掴める気がしない。
 香月フブキという少女と変異性災害対策係に関する謎は膨らむばかりであった。

*******

 比良坂民俗学研究所は,変異性災害の研究を行う機関として作られた。比良坂の研究員たちは,変異性災害対策係が持ちこんでくる変異性災害案件について,情報の収集,分析といった技術的なサポートを行い,時には協力者として共に現地に赴くことを職務としている。
 そしてもう一つ。研究員に任された面倒な仕事が,事件の後処理である。
 変異性災害に巻き込まれた被害者,怪異を宿してしまった宿主達の後々に渡る経過観察や呪的治療,あるいは,事件の際に発見され回収した呪物の処理。併設して作られた比良坂記念医院との間を行き来し,研究員たちは事態の収拾に奔走するというわけだ。

 岸則之は,分厚く綴じられたファイルを閉じ,20分弱にわたる呪物処理の経過説明を終えた。これでこの事件の後処理も終了となる。
 壱眼古物という名前の骨董品屋。呪物に封じられた想いを読みとる力をもつ,“魔女の眼”を有する店主,壱眼が切り盛りするこの店は,比良坂とは違い,個人で経営されている呪物取扱店舗だ。岸のように仕事の関係で巻目市にやってきた者にとってはなじみが薄いが,昔から巻目市近辺に住んでいる同業者たちの間では有名な店なのだという。
 もっとも,店先に並んでいるものは単なる骨董品で,呪物については店の裏におかれた蔵に保管されているらしい。
 岸がこの店を訪れたのは,市内の呪物蒐集家,故宿見重蔵の蔵から回収された各種呪物の処分について,経過報告を届けるためであった。
 人間が突如“虎”に変じる怪事件。その解決の際に発見された宿見家の蔵からは,決して流通させるべきではない呪物が大量に発見された。
 秋山らの報告によれば,それらは宿見重蔵氏が濫用を続けたため,更に力を強めた呪物だという。
「今回の報告で,おおよそ全ての呪物を処分し終えたということでいいのかね」
「ええ。宿見家にあった全ての呪物は無事消却処分を終えましたし,残留呪力についてもあと一週間もすれば完全に中和が終わるとのことです。こうしてリストを見ると,祓い師達の装備開発に役立ちそうな物とか,珍しい品も結構あったみたいですけれどね」
 研究者として,宿見家に保管されていた呪物を全て消却してしまうのは惜しいと思う。宿見重蔵は全世界を渡り歩き,古今東西の“変じる”ための呪物を集めたコレクターだ。相対的に危険性の低い呪物をいくつか研究するだけでも,変異性災害や呪術の理解に貢献できそうなものである。
 だが,目の前の店主は頑としてそのような運用を許さなかった。そして,変異性災害対策係の火群たまき係長もその方針を支持している。下請け機関である比良坂はこれに従わざるを得ない。
「研究者として重蔵のコレクションに興味を惹かれる気持ちはわかるがの。老いぼれの我がままに付き合ってもらっていて申し訳ない」
「まあ,“虎”じゃなくても,およそ怪物に変化したくはないですし,流出して街中で捕物騒ぎを起こすのも気が引けますからね」
「ところで,恭輔の容態はどうなのかね」
「ああ。秋山恭輔なら目を覚ましましたよ。 “霊感”に乱れがあるので,しばらく入院措置ですね」
 風見山での“迷い家”事件については,夜宮沙耶による報告書があげられている。迷い家の宿主と思われる男,柴田幹人に憑いた謎の怪異に対し,秋山恭輔は,彼が通常使用する呪術とは別系統の呪術を用いた。その結果,怪異は宿主から祓われたが,代償として秋山は意識を失った。
 秋山が使用した呪術の系統については報告書だけでは判然としないが,身体に強い負荷がかかる呪術というのは,普段の彼の印象とは大きくかけ離れているように思えた。
「君は,恭輔の用いる呪術についてどう見ている」
「秋山流退魔術の系譜を組んだって奴ですか」
 秋山恭輔が生まれた秋山家は代々祓い師を生んできた“霊感”持ちの家系である。秋山流退魔術とは,かつて秋山本家が祓い師のために編み出した技術であり,少ない呪力で怪異に相対する技術だと聞く。
「確か,名付け,定義,遊離の三段階を経て,宿主の精神と怪異を分け,怪異が巣食う原因となる想いを解消,あるいは強制的に切断することで怪異を宿主から分離させ,よりどころのなくなった怪異を滅する技術でしたか」
 怪異は人の心の中に棲む。彼らは現実に様々な影響を与えるが,元を辿れば心の病のようなものともいえる。故に,怪異を排除するのに最も簡単な方法はその宿主ごと処分をする方法だ。
 それに比べると,秋山流は手順が多く,また名付けと定義により怪異の力を固定化するという手法は,相手の正体が掴めないと失敗に終わる可能性も高く,難易度が高い。
「君は,秋山流退魔術は良いものだと思っているかね」
「良いものか,ですか。難しい質問ですね。祓い師ではないのでなんとも言えないですが,少なくても火群や香月みたいな術者には不要な技術でしょうね。宿主への負担を考えれば有効な手段かもしれませんが」
 火群たまきや香月フブキは,優れた“霊感”をもち,また内に宿す霊気を攻撃的な呪術に変換するタイプの術者である。彼等は,自身の呪術で怪異の力をねじ伏せる。
「なるほどな。確かに,岸さんの言うとおり,秋山流は宿主への負担も最小限に抑える。だが,そのような術に慣れることは,強力な呪術を行使する機会を減らすことに繋がる」
 確かに,秋山恭輔が呪術により直接的な戦闘を行った記録はほとんどない。つまり,秋山恭輔は使い慣れていない強力な呪術を行使したために自己の“霊感”を乱す羽目になったということだ。だが,一方で,今回の件が示すのは,秋山恭輔は火群や香月同様に自己の力で怪異をねじ伏せることが可能ということになる。
「秋山恭輔を秋山流に縛りつけておく理由,か」
 彼自身は,宿主への負担を抑えるために使っていると語るかもしれない。もちろんそれはその通りだろう。だが,秋山流に拘らずとも,宿主への負担を抑えながら怪異を祓うことは出来る。現に柴田幹人は謎の怪異を祓った後も後遺症なく日常へ復帰する見込みだ。
「ちなみに,壱眼さんは秋山が秋山流に拘る理由を知っているんですか」
「いいや,私もきちんと聞いたことはないよ。まあ,恭輔の家は本家とは違うが祖父の代から秋山流を崩さなかったから,その名残ではないかと思っているがの」
 とにかく,無理を強いた身体をゆっくり休めるように伝えてくれないか。壱眼はそう言付けて,この話を終えた。



『住民の精神的変異に関する観察経過報告』
 依頼を受けた対象地区における住民の精神的変異についての調査結果を報告する。
 住民の精神観測の結果,同地区における精神的変異は見られなかった。現在も継続して観測しているが,変異性災害の発生を窺わせる事情は見られない。
 今回,精神的変異の起因となった事項からすると,今後,特別の経過観察を行う必要性はないと考える。

比良坂民俗学研究所


「比良坂民俗学研究所から,件の案件についての経過報告が届きました」
 加藤恵理から受け取った報告書の中身を一読し,火群たまきはほっと胸をなでおろした。
「この報告によれば,係長の使った呪術による二次的な災害が発生するおそれはないと思います。ですが,今回の件についてはやはり少しやり過ぎだったのではないかと」
「まあ,結果良ければすべてよしということでさ」
「係長が追いかけていた人物については結局見つからなかったのでしょう」
 火群はあの時,人為的な変異性災害の発生を目論む一派の一人である,迎田涼子を探すため,広範囲にわたる索敵を行った。
 火群家の術者に伝わる幻の焔を用いる呪術は,その破壊力の高さばかりが注目されがちであるが,もっとも特徴的な点は別にある。
 焔の共鳴。一度火群の焔を撃ちこまれた相手は,その影響から抜けだすまで,術者が作りだした他の焔と共鳴し再び燃え広がろうとする性質だ。先日火群が行ったように,大量に焔を撒き散らせば,その範囲内にいる相手に共鳴しその位置を特定することもできるというわけだ。
「このような追跡調査が必要なほど広範囲な呪術を使っておいて,追跡者が見つからなかったとなれば,私が怒らなくても,上の方々が良い顔をしないんじゃないですか」
「だからこその追跡調査だろう,恵理ちゃん。私だって,火群家の呪術が他人に与える影響についてきちんとわきまえているさ。今回の件は索敵を行う必要があった。放っておけないだろう,こいつらをさ」
 火群は机に置いてあったファイルを恵理につき返す。それは,秋山恭輔がまとめた人為的な変異性災害の可能性についての報告と,火群による追跡調査の結果をまとめたものだ。
 人為的な変異性災害。それは“迷い家”の一件で,確定的になった。巻目市内には,変異性災害を意図的に発生させようとする集団が確かに存在する。彼女たちの目的はわからないが,迎田涼子のように日常に溶け込み,異界の境界線を揺るがす機会を虎視眈々と窺っているのだ。
「係長の主張はよくわかっているつもりです。係長が見つけた迎田涼子以下,この件に関わる者たちは早々に捕える必要がある,その点については私だけではなく,このことを知っている職員が全員思っていることです。ただ,私が言いたいのは」
「やり方を間違えると,こちらが変異性災害になるってことだろう。安心してくれていい。十分気をつけているさ」
 口ではそういうものの,火群には方法を考えてゆっくりと勧めていい状況とも思えなかった。
 あの時,火群が見たものについては,恵理も含め,変異性災害対策係の誰にも話していない。実のところ,彼の放った焔は迎田涼子に到達しなかったわけではない。火群はかすかな反応を頼りに迎田涼子の居場所を突き止めたのだ。
 しかし,そこにあったのは,路地裏で炎に焼かれ灰と化す寸前の人間だった。迎田涼子は全身をくまなく焼かれ,その肉体ごと空へ還ってしまった。火群の放った幻の焔ではそこまでのことは出来ない。確かに火群の操る焔はその強さによっては,人間の肉体をも焼き払える代物ではあるが,焔の共鳴では,身体の芯から灰化するような火力を作りだすことはできないのだ。せいぜい,共鳴反応の過剰適合により精神に大きな欠損が生じる程度で止まるはずである。
 それにも関わらず,迎田涼子は灰と化した。
 火群は,迎田涼子であったはずの灰が夜の空へと散っていくのを眺めながら,彼女の背後にいた何者かの存在を感じていた。
 彼等は人知れず闇に隠れて変異性災害を作りだしている。今回,火群により迎田涼子を発見され,その活動の一端を掴まれたのは彼等にとってアクシデントだったに違いない。故に,迎田涼子の情報端末を破壊し,終には彼女自身をも消滅させたとは考えられないだろうか。
 そして,それだけの行動にでる人物たちであるならば,変異性災害対策係として,攻勢に出なければ,街を巻き込んだ大事へと発展していくのではないか。火群の胸の中にはそうした不安が渦巻いていた。

*******

「ほえぇ。君が噂の夜宮沙耶さんか」
 コーヒーを片手に名刺を眺め,男は目を丸くした。
 巻目大学文学研究棟,A-5研究室。夜宮は市立図書館で出会った目の前の男,相良に連れられて,ここにやってきた。
 結局,市立図書館は空振りに終わり,本来存在するはずの西原当麻の著書が見つからずじまいであった。見知った書店もおよそ回りつくし,手詰まりとなってしまった夜宮は,図書館の休憩スペースで行く当てもなく,ぼんやりとお茶を飲んでいた。
 そんな時,彼女の前を通りがかった相良が,隣の椅子に放り投げた西原当麻の著作リストに興味を示したのだ。
「あれ? これ西原当麻の著作リストだよね。君,西原当麻の著作に興味があるの?」
 彼の何の気もない問いから,夜宮は相良に事情を説明することになり,一通り説明を聞いた相良の「ウチの研究室には蔵書がある」という一言から,大学を訪れることになった。
 話を聞けば,相良は巻目大学文学研究科の准教授であり,文化人類学を研究しているらしく,それどころか,相良は秋山恭輔の所属する研究室の教員だという。
「いや,ゼミ内でも話題になってたんだよ。最近,恭ちゃんに女ができたって」
「女!? 私は,そういう……」
「知ってる,知ってる。実は僕もちょっとは“視える”方でね。恭ちゃんがそういう家系だってことも承知してるし,変異性災害対策係がどういう部署なのかも一般市民の方よりは知っているつもりだよ。
 けれども,ゼミ生は必ずしもそういうわけじゃないでしょ? ただでさえ恭ちゃんの私生活って謎に包まれているのに,最近女の人と歩いているところを見かけるって言うんだから,噂が立たないわけがない。夜宮さん,恭ちゃんの家にご飯作りに行くんだって?」
「へ? はい。仕事の関係で立ち寄ることが多いので」
 夜宮は秋山恭輔の担当であり,また彼の現在暮らしている幽霊屋敷における変異性災害の経過観察も任されている。その流れで秋山に食事をふるまうこともある。
「恭ちゃん,ゼミの飲み会で,夜宮さんの食事の話をしててね。あ,恭ちゃんお酒弱いのとか,知らないかな。彼,弱いから飲まないようにしているんだけど,ちょっと楽しかったから飲ませてみたら色々話しちゃって」
 色々話しちゃって,ではない。
 相良の楽しそうな様子に対して,夜宮はどう反応すればよいのか。一方で,彼が語る夜宮の知らない秋山恭輔の姿にも興味が湧く。もっとも,相良の口からそれを聞くのはどこかアンフェアなように思えたし,このままでは当初の目的が全く果たせないままである。
「あ,あの。それで,西原当麻さんの著書の話なのですが」
「おっと,ごめんごめん。噂になってた人と図書館でばったり会うなんて,ちょっと楽しくなってしまってね。えーっとどこの棚だったかな」
 先ほどまでの様子と一転して,相良は真面目な表情で研究室の本棚を探し始める。
「ところで,夜宮さんは西原当麻のことをどれくらい知っているんだい?」
「名前を知ったのはつい最近で,怪談作家だったというくらいしか……」
「ふーん。じゃあ,彼の研究資料は所謂“本物の怪異”を収録した物ではないかっていう噂話とかも知らないんだ?」
 本物の怪異。夜宮たちの言うところの変異性災害であろう。
「あ,夜宮さん気配が変わったね。さすが変異性災害対策係の人だってところなのかな。あくまで噂だよ? たまたま僕たちの同期に西原当麻の研究資料を掘り出した奴がいてさ。その時に,ちょっと話題になったんだよね。
 あ,彼の研究資料を全部検討したいって言われてもちょっと無理だから。彼の研究資料,前はもっと沢山あったんだけど,研究室の入れ替えのごたごたとかでかなりの程度紛失しているんだ。ウチにあるのは同期が興味本位で保管庫から持ち出していたもののいくつかを,僕がこっそり持ったままにしているものだからね。
 おっ。これだ,これだ。『巻目市における都市伝説発生の分布』と『山籠りの巫女』ね」
「山籠りの巫女! ちょうどそれを探していたんです」
「おお,そりゃ好都合。ちょっと目を通してみて,まあ全部読むんなら,借りていってもいいよ。今のゼミ生は特に彼に興味があるわけではないからねぇ」

*******

山籠りの巫女
 これは,近隣の山にて古くから伝わる話である。
 かつて,この地方の山には鬼がいた。鬼は姿をもたず,山林に踏み入る者に憑き,内側からその肉体を喰らうという。鬼に憑かれた者は,一様に山林を厭うようになる。
 鬼憑きたちは一様に渇きを訴え,徐々に身体が重くなっていく。そして,やがて水風船のように破裂してなくなってしまうのだという。
 山の麓では長らくこの奇病が畏れられていた。それが一時を境に,ぱたりと奇病の噂が消えた。奇病のことを知る者たちは,その真偽を確かめに村へと訪れた。
 村人曰く,村を訪れた術者の一行が,鬼を封じるために山に入り封印を施した。術者たちはその封印が壊され,再び奇病が蔓延することのないように,山に住み着き,村と定期的に交流を図っていると。
 村を訪れた者たちのなかには,この話を疑い,山に踏み入る者がいた。彼等は山に踏み入り3日の後,村へと戻り,山の奥に突然巨大な屋敷が現れ,修験者たちに村へ戻るように強迫されると語る。
 ある時,村人の一人が,山へ分け入り山菜取りをしていたところ,件の屋敷に迷い込んだ。
 屋敷の裏手から迷い込んでしまった村人は,屋敷の中には誰ひとりと住人が見当たらないことを不思議に思った。庭先と繋がる部屋を覗きこむと,部屋の奥にぽっかりと大きな穴が開いている。これはどうしたことだろうと,穴を覗きこむと,その先は地中深くへと続いており,女の美しい歌声が聞こえてくる。
 村人が歌声に誘われるように穴の中へと入っていくと,穴の一番奥には座敷牢に囚われ歌を歌う娘がいた。娘曰く,山に潜む鬼を封じるために,ここでこうして歌い続けなければならないのだと。
 村人は娘の話を聞き,義憤に駆られ,娘をそこから連れ出した。
 村人と娘は修験者達に見つからないように必死に山を駆け下り,村に辿りついて事情を説明したのだという。
 
 私が訪ね聞いた巫女の話は,ここで唐突に終わってしまう。その後,娘はどうなったのか,修験者たちはどうなったのか,山の鬼はどうなったのか,それを知る者は誰もいない。だが,私の感覚からすれば,この話は酷く中途半端である。物語として未完成にもほどがあるこの話に,現在まで結末が付与されていない,私はその意味を考察してみたいと思ったのだ。

――西原当麻『山籠りの巫女』 序章 山籠りの巫女について

―――――――

次回 黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う3(了)


 薄闇は隣で嗤うは次回で終了します。
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1986/09/15
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色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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