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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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薄闇は隣で嗤う3(了)
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う1
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う2

―――――――


 薄闇は常に光を窺っている。光の届かなくなるその境界線に潜み,気がつかれないように少しずつ,しかし着実に光を浸食する。









*******

「つまり,西原当麻の書籍には怪異を呼びよせる性質があるということですか」
 私は古本屋の青年にそう問いかけた。
「そう言っていいかは難しい。けれども,君がこんな状況になったのは,西原当麻の書籍を所持していたからだ」
 彼が話した西原当麻についての話は,私自身がこうなる前から調べていたことと合致する。しかし,私が今まで行ってきたことも全て西原当麻の書籍の影響によるものであるという説明を,私は認められなかった。
 私は自分の意思であの場に立ち,自分の決断でこのような結果を引きうける羽目になったのだ。しかし,目の前の男はその決断すらも,西原当麻と名乗る者の本があった結果に過ぎないという。
「だから,僕は君に謝らなければならない。あの時,君にあの本を売ったことが,結果として君の現在に繋がったのだから」
 そうではない。そうではないと主張したい。私は,私の意思で此処まで来て,私の意思により誤ったのだ。そうでなければ,私はあの時,ここで彼と話したあの時に,死んでいたようではないか。
 頭を上げてくれないだろうか。私は,迎田涼子はこの結末を自己の選択として受け入れる。そのために,もう一度あなたの顔をみせて欲しい。

「いや,これは本当に西原当麻の本のせいであり,僕のせいなんだ。君がこんな結末を迎えたのは,あの時,君に本物の西原当麻の本を売り,僕が名刺を渡したからだよ」

 青年はゆっくりと頭を上げた。彼の顔には一切の凹凸がない仮面が付けられている。青年の手には一冊の文庫。それは,私があの時,ここで購入した西原当麻の書籍だった。
「あいにく時間は巻き戻せない。僕ができることは,君の,迎田涼子という魂の残滓を,西原当麻という物語に封じることだけだ」
 あの本は駄目だ。私は直感的に身体をのけぞらせた。だが,私の身体は言う事を聞かなかった。青年の持つ本に開いた真っ黒な渦に力が吸われていく。私の,迎田涼子の形は再び失われ始めていた。
「西原当麻の本は本物の呪物だよ。とはいえ,呪物であるのは彼自身が製本した物だけだし,その力も特徴的だからね,知名度はとても低い。
 何が特徴的なのか? という顔をしているね。覚えているかい。さっきの君の問いに,僕が難しいと答えたことを。
 西原当麻の本は,怪異を生みだす媒介になるのでも,引き寄せる呪物になるのでもない。この本は,書かれた怪異と同じ怪異を綴じこんでしまうのさ。通常の呪物とは随分毛色が違うだろう。
 もっとも,彼の本に宿る力はそれだけだ。この本は書かれた怪異と同じ怪異を呼びよせているわけではない。西原当麻の本と同じ怪異を呼び起こすのは,彼の本をこよなく愛する僕たち愛好家というわけさ」
 青年が話し終えて文庫を閉じる頃には,古本屋の中に迎田涼子の気配はなかった。青年は文庫の表紙を愛おしく指でなぞり,恋人へのプレゼントを隠すかのようにそっとポケットへとしまいこむ。
 呼び鈴の音を聞きつけ,彼は仮面を外した。そして,何事もなかったように店先へと顔を出す。
「ああ,壱眼さん。いらっしゃいませ。今日はどういった本を探しているのですか?」

*******

 ボリッ ガリッ ゴリッ
 気味の悪い音が鳴り響く光景を背に,イナバはのんびりと読書にふけっていた。現在の雇い主が持ってくる仕事の中でもっとも気が楽な仕事である。考えごとをしていようが,読書をしていようが,階下をうろつくそれは勝手気ままに仕事をこなしてくれる。
 イナバはそれの位置を把握して,経過を報告するだけで良いのだから,こんなに楽な仕事はないだろう。
 だから,のっぺらぼうが,視界に入った時,イナバはほんの少しその男を恨んだ。
「やあ,イナバくん。仕事の方は順調なのかい」
「俺に聞かなくても下を見ればわかる。いや,ここに降りてきた時から結果はわかっているだろう,ムジナ」
 彼はムジナと名乗る青年だ。彼等はイナバ同様に人前に素顔をさらそうとしない。イナバがウサギの被りものをしているのと同様に,ムジナはのっぺらぼうの仮面を被りその顔を隠している。
「僕はそれほど霊感が優れる方ではない。それに,こういうのは実際に観察していた人間から聴く方が的確な事も多いだろう」
「なら,自分の目で見る方が何倍も的確だ。あと30分はやっているだろうから,眺めていけばいい」
 ムジナは欄干ごしに下を覗きこみ,仮面の奥で息を呑んだ。
「そんなにビビるな。あれは回収した時からこの様子だ。定期的に人間を欲してはああやって喰らっている。あれでもう四人目だ」
 階下では,髪を振り乱した女が一心不乱に男の背骨をのけ反らせ,その霊気を啜っていることだろう。男は悲鳴をあげなくなった時に息絶えた。あの女が現在啜っているのは男の死体に残った彼の魂なのだろう。
「おかしいな。“後ろ髪”はそこまで強烈な飢えを感じるような怪異ではなかったと思うが」
「さてね。一般的な傾向や特徴については特定できても,最終的な能力は宿主の抱く想いに依存する。それが怪異って奴だろう」
「なるほど。とはいえ,想定していた“後ろ髪”に比べるとやや落ち着きがない」
 目の前の男は,さきほど小さな悲鳴を上げた者と,本当に同一人物なのだろうか。ムジナはコートのポケットから文庫本を取りだすと,何のためらいもなく階段を下り,食事中の“後ろ髪”へと近づいた。
 “後ろ髪”もムジナの気配に気がついたのか,宿主である真柴京子の顔をムジナの方へと向けた。
「信仰が続いていたわけでも,有名な噂話であったわけでもないのに,こうして無事に顕現できたキミは強い怪異なのだろう。だが,記憶の連鎖の中で力が変質しているようだね。
 僕たちが求めていたのは,見境なく人を襲う“後ろ髪”ではない。この本に書かれているように,森の中で餌がかかるのを待つ,そこに暮らす人々の目に見えない不安としての“後ろ髪”を,僕たちは求めていたんだ」
 ムジナは“後ろ髪”に向かって手に持った文庫本を放り投げた。“後ろ髪”は宿主の体中から出した黒い髪束で文庫本を包み,喰らってしまう。
 イナバは文庫本が“後ろ髪”に喰らわれる瞬間,女性の悲鳴を聞いたような気がした。イナバのごく近くで活動していた知人の声によく似ていたように思う。
 文庫本を喰らった“後ろ髪”は,まるで酒を飲まされたかのようにその場でふらつき,膝をつき,やがて真柴京子の中へと戻っていった。
「今,僕が君に与えたのは,本来君が手に入れる予定だった“理性”だ。名を迎田涼子という。これで君も落ち着くだろう。さあ,目覚めるんだ“後ろ髪”。」
 ムジナは今確かに迎田涼子の名を呼んだ。それはつまり,彼が放りこんだ文庫本は,彼らが処分を決定した迎田涼子の何かであるということだろう。だが,ムジナはいったい迎田涼子の何を与えたのだろうか。
「うぅ……あぁ……あ,ここは,あ……お前が,お前が私を呼んだ者か」
 真柴京子の身体に意識が宿り,ムジナに向かって鋭い眼光を飛ばした。そこにいたのは,先ほどまでの乱心していた“後ろ髪”でも,宿主たる真柴京子でもない。イナバにわかったのはそのことだけである。
 真柴京子に宿った“何か”は,足元に転がっている男の死体に目をくれることもなくムジナの下へと歩み寄り,彼の首元を掴んだ。
「何が望みだ。私は神などではないぞ」
「心得ていますよ。あなたは忌み地に憑きし怪異に過ぎない。だから,名を知っていれば簡単に縛りつけることができる。そうでしょう,風見山の“後ろ髪”」
 ムジナの囁くような声に,真柴京子は全身を硬直させた。その隙に,ムジナは彼女の右手に小さな印を描く。
 そして,真柴京子の手を首から離し,再びイナバの下へと戻って来たのであった。
「乱心を抑えるための生贄の提供,感謝するよ。だが,それももういらない。“後ろ髪”は理性を獲得し,そしてあの女性の身体に封印された。あとの面倒は君に任せる。時が来るまでの間,“後ろ髪”に人間としての振る舞いと生活を教えてやってくれ」
「それは,お前たちの総意に基づく新しい仕事ってわけかい」
 ムジナは何も言わず,イナバに向かって頷いた。イナバは階下に立つ真柴京子――後ろ髪――の姿を見る。彼女には,先刻までの乱心した様子も見せず,また,一児の母として不安を抱えていた宿主の面影もない。それどころか,やや若返り,別の人間へと姿を変えようとしているように見えた。
――あんな怪しい奴らに手を貸したその時が,運の尽き
 先日,自分が口にした言葉は,誰に向けられたものなのだろうか。イナバの運は,今,この時に尽きかけているのではないか。眼前で進行する怪異にイナバの胸に不安が湧きあがった。
「今まで通り報酬を受け取れるのであれば構わないが,一つだけ聞きたい。」
 その不安は,暴力ではなく,問いとしてムジナに向かって吐き出される。
「お前たちは,西原当麻の本がどういうものであるか,それが何を惹き起すものか,考えたことがあるのか」
 ムジナはイナバの問いに,腕組みをし,しばし考え込んだ。そして,答える。
「僕は彼が何を目的としていたのか,その見当をつけているつもりだ。西原当麻の本は安易に手を出してよい物ではないからね」
「それは,お前個人の見解ということでいいのか」
「もちろん。西原当麻は危険であるというのはムジナ,僕自身の見解だ。そして,危険だと知りながら,今も活動を続けている。これは僕自身の選択の結果だよ」
 さて,君はどうだろう。イナバ。君は自分自身の選択で,今ここに身を置いているのかい?

******

 その後,あの実験はどうなったのか。なんて,君は本当に好奇心が強いね。
 君にも関係があることかもしれないって。とんでもない。世の中で起きる全てのことが何かに関わりをもつのだとしても,君とあの実験の間にはほとんど関わりはないよ。僕が保障しよう。
 それでも聞きたいって?
 まったく,君はいつもそうだね。まあいいよ。あの実験は前に君に話した通り,望まない結果に終わってしまった。敷居を踏んであちら側を覗きこもうとしたけれども,あちらとこちらのバランスを上手く保てなくなって,終わってしまったんだ。
 彼女が終わってしまった以上,実験は中止さ。そうだろう? 実験をした本人が消えてしまったのだから,その実験は誰のためにもならない。
 結果はどうしたのかって? 敷居を踏んだ以上,こちらに流れ込んできたものがあるはずだ? 君も随分と鋭くなったような気がするね。
 確かに彼女が消えても,彼女が踏んだ敷居が元通りになるまでには時間がかかった。その間にあちら側から来客が来ていたっておかしくはない。
 ひょっとすると,僕たちの近くに何食わぬ顔をして暮らしているかもしれないね。

 そんなに怯えた顔をしなくてもいいだろう。前から話しているけれども,君は僕なんかよりずっと,あちら側に近い。来客が来たところで怯える理由もないと思うけれどね。

 おや,話の続きはまた後にしよう。また扉を叩く者が現れたみたいだ。最近は盛況だね。やり口を変えたのかい? それとも,噂が十分に浸透してきたのかな。
 ん? 僕はどうするのかって? いつもの通りだよ。いつもの通り,君の彼への問いかけを隣で観察しているよ。

 それが,僕たちのやり方だからね。

<黒猫堂怪奇絵巻4-5 薄闇は隣で嗤う 了>
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HN:
若草八雲
年齢:
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性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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