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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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とおりゃんせ4
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ2
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ3
―――――――


 当時、私は設立間もない比良坂民俗学研究所の主任分析官として、変異性災害対策に参加していた。変異性災害対策係と呼ばれる部署も設立して日が浅く、まだまだ予算もなかったころだ。
 比良坂民俗学研究所は、変異性災害対策係の性質上、専門的な知識や技術を有する必要があるし、できれば部外者が入ってこられない施設が欲しい、といった対策係全体の要望に応える形で作られた施設だ。もっとも、その建設費用の大半を、巻目市界隈の有名資産家、火群家の出資に頼っていた。つまり、私の実家が出資先というわけだ。
 出資の理由については、火群の家は祓い師を多く有する家系であり、変異性災害対策に理解を示してくれたからとも、新設部署に対しても影響力を持ちたかったからともいわれる。後者のような噂が立ったのは、設立当時の人員には火群の人間が相当名選ばれていたことも原因なのだろう。私、火群夏樹もまた、火群の人間として主任分析官の職に就いたのだ。
 もっとも、そんなやっかみの様な噂があったのはあくまで施設の外での話であり、比良坂と対策係の連携は上手く取れていたし、やりがいのある仕事だったと今でも思う。当時の対策係では、まだ弟の火群たまきが一番下で、同僚達と意見をぶつけ合いながらも手探りで変異性災害を解決していく姿は、姉としても頼もしかったし、長正や秋山と出会ったのもそのころだ。
 秋山恭輔が巻目市を訪れたのは、私が比良坂に務めて一年目の春である。当時大学1年生だった秋山は、日々の授業に忙しいとか何かしらの理由が重なっていて、夏ごろまで比良坂に顔を出すことはなかった。けれども、対策係の中では呪符の扱いに長けた優秀な祓い師として、比良坂の中でも早い段階から噂になっていたし、長正や弟から、秋山と弟の方針が良くぶつかるという話を聞かされていたので、どういう子なのか気になっていたものだ。
「比良坂には初めて顔を出すな。こちらが春先からウチの仕事を受けてくれている新しい祓い師、秋山恭輔君だ」
 当時の係長がそう言って、彼を紹介した時のことは覚えている。秋山といったら、自分の名前を述べる以外に特に自己紹介をすることもなく、私たちが扱っていた変異性災害の案件について意見を述べたのだから。

「しかも、その意見がたまきと真っ向からぶつかっちゃってね。いきなり目の前で大げんか」
 対策係にいたころの話をする夏樹は終始楽しそうな様子で、夜宮は少し気が緩んでいたのかもしれない。だから、あまり考えずにその質問をしてしまったのだ。夏樹の表情が曇ったのをみて初めて、夜宮は彼女に尋ねるべきではない質問をした事に気が付いた。

 どうして、火群夏樹は比良坂民俗学研究所を辞めたのか。と





*******

「一回。二回。三回。十回。十五回。三十回。
 名前もなく、誰かに祀られたわけでもない。ただ行き止まりに置かれていただけの石。それでも毎日欠かさず訪れていると不思議と愛着が湧いてくるものであるし、祈りを届けてくれるのではないかと期待が高まってくるものである。
 今日で九十五回。初めてこの石を見つけた時に比べ、随分と祠らしくなってきたような気がする。周囲の雑草を取って、毎日少しずつ磨いてきた。雑草の中に隠れていた石が祠に姿を変えた時、きっと私の願いはこの山に住む何かに届けられるだろう。
 そんな祈りを込めながら、いつもの手順で石を整え、目を閉じて胸の中で祈りの言葉を繰り返す。
 あと何回行えば私の祈りは天に届くだろうか。ふと心に湧きおこるそんな不安にも慣れたものだ。不安に思ったところで事態が好転することはなく、私はただ祈りが届くまでこの行為をやめないという形でしか、結果を待つことができない。このことを受け入れられた今では、胸を満たす不安をどこかへ捨てることができるようになったように思う。
 祈りを終えて、私はその石がある場所を後にした。行きは雲もなくよく晴れていた山道は、帰る頃になると先も見えない深い霧に包まれており、一歩先が石段なのか中空なのかの判別がつかない。けれども、私は、自分の記憶と感覚だけを頼りに、一歩、また一歩と慎重に山を下りていく。山を下りなければ、祈りはここで途切れてしまう。その場に留まるという選択肢はなかった」

 百度参りという民間信仰がある。社寺の入口から拝殿・本堂まで行って参拝し、社寺の入口まで戻るということを百度繰り返すことで、願望をかなえてもらおうとする個人単位で行われる信仰だ。要するに、何度も足繁く通っていることを理由に神仏に願いをかなえてもらおうという試みといえる。
「この百度参りという信仰、君は不思議には思わないかい?」
 神とは、人々に畏れられ崇められた存在であり、人智を超えるその力に畏敬の念を払う人々により祭り上げられる存在である。神の力というのは、人間の都合とは関係なく無差別に、ある意味では平等に我々の下に降ってくるものではなかったか。
「しかし、百度参りの根底に流れている発想はこのような“神”の姿とは違う。一日でも多く神のもとへ通い、祈りをささげたのであるから、自分も救われてしかるべきだ。毎日のように社寺へ通う人間たちの胸の内にはそのような思惑が渦巻いていると、僕は思う」
 それが悪いことか? いいや、悪くなんてない。そもそも、先に挙げた“神”の姿など、人々が信仰する神の一つの在り方に過ぎない。どれが正解であるとか、どれが正しいとか、そういった話をしたいわけではない。ただ、自らの願いをかなえるほどの力を持った存在が、ただ毎日のように祈りをささげに行くだけで力を貸してくれる。そう思える人の心が知りたい。ただそれだけだよ。
「そもそも、百度参りの結果、彼女を救うというその存在は、いったいどこからきた何なのだろうね」
 僕が知らないことを尋ねられても困る、か。君の方がよほどその存在に近いと思っていたのだけれども。
 窓際に見える山には薄らと靄がかかり始めている。間もなく時間だろうか。
「君はいつだって楽しそうだね。僕は気が気で仕方がないよ」 
 僕だって楽しそうな顔をしているだって? それは心外だ。僕はこれから起きるかもしれないことを憂いているというのに。

*******

「不審者ねぇ」
 岸則之は喫煙室の椅子に座ると、煙草をくわえて怪訝な表情を見せた。
「お気に召さない情報だったか」
 風見山病院に運び込まれたという行方不明者について、変異性災害の疑いがあると語る岸は、結城の話す不審者の情報が気にいらないのか、何度も何度も話を聞いては首を傾げていた。
 巻目警察署には、二か月前くらいから風見山地区周辺で不審者を見かけたとする通報が増えている。通報が風見山地区に限定されているとはいえ、その背丈や目撃場所、時間、性別等、その特徴が多岐に分かれており、署内ではこれらの不審者を同一人物とみる者はいないと言ってよい。だが、不審者の情報を丹念に洗っていくと、彼等は全身に黒い衣服を身に付けており、必ず目撃者の背後に現れるという特徴があった。
「まあ、言いたいことはわからなくはないが、それだけで目撃された不審者同士を関連付けるのは論理が飛躍しすぎている」
「君たちの部署でならこれくらいで関連性ありとしているんじゃないか」
「ああ、まあ俺たちはそれ以外にも尺度があるからな」
 岸のいう“尺度”とは“霊感”と呼ばれるもののことなのだろう。
 結城は以前ひょんなことから、秋山恭輔の実家、秋山家の人間と関わりをもった。その際に、秋山恭輔を含め、秋山家の人間の多くが、結城には見えない何かを感じ取り、更にはそれに干渉する術をもっていることを知った。しかし、彼らが有している霊感とは俗にいわれるそれと随分と毛色が異なるらしい。力の発露の仕方は人それぞれであり、変異性災害と呼ばれる怪奇現象を感じ取ることに特化した者がいる一方で、瞬間的に膂力を押し上げるといった使い方をする者もいる。結城に変異性災害と対峙する姿を見せようとしないため、彼の力が具体的にどのようなものであるかはわからないが、恭輔などは怪奇現象を感知するだけでなく、それを封じる力を有している。
 いずれにせよ、変異性災害に関わる者は、結城が有しない感覚を用いることで、独自の視点を獲得していることは間違いない。
「例えば、秋山とかがその情報をもって不審者同士を関連付けたら、俺だって検討しようと思うさ。だが、あんたは霊感をもたないだろう結城刑事」
「だから、今の話は信用ならないと?」
「いいや、そういうわけじゃない。ただ、俺はあんたが不審者たちを関連付けた本当の理由が知りたいのさ。情報交換と言うなら、役に立つ情報を教えてもらわないとな。だいたい、丹念に不審者情報を洗い直す意義がない。なんたって、外見上の特徴がまるで異なるんだからな。黒服だってだけで外見の一致とは言えないぜ?」
 確かに岸の言うとおりだ。痛いところを突かれてしまい、言葉に詰まる。それが返って岸に明らかにしていない情報があることを裏付けてしまうことに気が付いたときには既に遅い。岸は煙草を灰皿に落とすと、そそくさと喫煙室の出口へと向かった。
「待て」
「交換する気がないなら帰りますよ。それに、あんたが気にしていることなら、直接本人に聞けばいいじゃないか」
 こちらの目的はお見通しというわけか。
「わかった。話すよ」
「あ、そう。それじゃあまあ……もう一本」
 振り返った岸は意地の悪い笑みを浮かべていた。まるで、初めに情報交換をもちかけたことの仕返しに成功したとでも言わんばかりである。
「それもあんたらの尺度ってやつなのか」
 このまま言いなりで情報を提示するのも悔しい。そう思って尋ねた質問に,煙草をくわえた岸の目が丸くなった。
「ご名答。本当に霊感ないのか,あんた」
 その答えに,結城は彼に悔しさを感じていた自分がばからしくなった。

「黒地図?」
 食卓で娘の美奈から出た聞き覚えのない言葉に、結城は眉をひそめた。その日、結城は風見山地区で多発している不審者に気をつけるように、それとなく娘に注意した。というのも、高校生からの通報が数件出たからであり、この時、結城は多発する不審者情報に関連性があるなどとは考えていなかった。
 ところが、結城の話を聞いて、美奈が返した言葉は不審者とは全く関連しない、“黒地図”という言葉だったのだ。
「そう。その話、黒地図の噂でしょ」
 美奈曰く、“黒地図”とは少し前から風見山地区の小中学生を中心に流行っている噂なのだという。黒服の集団が、街の中に隠れた空間へ辿りつくための地図を作って回っている。そして、その集団は、必ず自分の背後に現れるという話らしい。
「お父さんの言ってる黒服の不審者って、黒地図の噂に出てくる黒服の集団と一緒だよね」
「んん……まあ、同じと言えば同じかもしれないが、集団ではないし、お父さんが言っているのは、実際にそう言った通報があると言う話だ。子供の噂話じゃない」
「でもさー。さっきの話の他にも、あの辺の学校って、最近不審者の情報多いじゃない? 友達の妹が通ってるから、よく聞くって言ってたよ? しかも、全部黒い服の人なんだって」
 不審者は全て黒い服。言われてみれば少し奇妙にも思える。けれども、それはそれとして、不審者の背格好や性別などはどれも異なるはずであるし、だからこそ巻目署内でも美奈の言うような捉え方はしてこなかったのだ。
「だから、その人たちは黒地図作ってるんだってさ。別に信じているわけじゃないけど、お父さん、もしかして恭輔君達の仕事に片足突っ込んでるんじゃないの?」
 恭輔君に危ないから避けろって怒られるよ。美奈はそう言って、食器を持って席を立った。
「美奈。その、黒地図の噂って、もっとよく知らないか?」
「知らないよ。友達から聞いただけだから。あ、でもさっちゃんとかは知ってるかな。放送のコンテストで扱ってみようかって話題にしてたから、私止めた方がいいって言ったんだよね」
「それまた何で」
「何でって、お父さん。この噂聞いて気味が悪くないの? 恭輔君達が扱う代物だったとしたら、何が起きるかわからないじゃない」

「なるほどねぇ。それで、気になって確かめてみたってわけですか」
「納得がいったか」
「ええ。それと,やっぱり娘さんのこと、気を付けてあげてくださいね。あなたの思っている通り、その子、霊感が芽生えているかもしれない」
 思わず岸の顔を睨みつけると、彼は笑ってウチは積極的な勧誘はしないですよと言う。
「ま、何かあれば対策係の相談窓口へ。さて、情報交換の続きといきましょう。秋山恭輔の件でしょう?」

*******
 <手記3>
 できる限りのことはしたつもりだ。けれども、私は未だこの部屋で一人こうしてノートに日記のようなものを綴っている。未だにあの噂の真実はつかめないし、原稿の締め切りを急かされたところで、何一つ手についていない。
 気が付けば、私は部屋の電話の前に座り、連絡が来ないかそれだけを待っている。これではいけないと、部屋を出れば、いつのまにかあの山に行き、神隠しの噂を求めてさまよっている。集まった情報をまとめても、決して何かが生まれるわけではない。そんなことはわかっているのだ。
 それでも、どうしても願いを捨てきれない。時の止まったようなあの土地ならば、帰ってくるのではないか。そんな気がしてならない。
 けれども、何か足りない。一つ、あるいは二つ。見落としているのではないか。


・黒い服の男を見た。男はどこからともなく出てきて、住宅街の中へ消えていった。
・夕方に一人で遊んでいると、黒服がやってきて、さらってしまうので、陽が傾いたら帰らなければならない。
・黒い服の女性が道端に立っているのを見た。何処かで見た覚えのある人だけれども、名前を思い出せなくて、気が付いたら一時間ほど経過していた。
――黒衣の人間の目撃証言についての報告書 一部抜粋

 夜宮が噂の調査のために七鳴神社を訪れて三日。神社の近所の子供たちが楽しそうな声をあげながら学校へと向かっていく中、夜宮たちは七鳴神社の武道場で朝から肉体労働に励んでいた。
 普段は長正の部屋にある大型のモニターと通信機器一切を武道場へ移動させること一時間。夜宮、秋山、長正の三人は、武道場の一角に設置したモニターの前に並び、その動作をチェックしていた。
 大型モニターに映し出されていたのは、比良坂民俗学研究所の分析室と、巻目市役所内の変異性災害対策係室の光景だ。分析室では岸が数日着替えていないのだろうよれた白衣に身を包み、寝ぼけ眼でコーヒーを飲んでいる。他方、対策係室のカメラ前に座っているのは、夜宮の先輩職員の加藤恵理だ。まだ出勤時間でもないというのに、いつもと変わらない様子で手元の資料を確認している。
「岸さん、夜宮さん。準備は整いましたか。整い次第始めたいのですが」
 加藤の凛とした声がスピーカー越しに武道場に響く。
「あー、いいよ。もう始めるの? 眠いんだけど」
「せめて会議中は寝ないで頂けますか」
「はいはい」
 モニター越しに岸と加藤のやり取りが交わされ、岸がコーヒーを後ろの机に置く。
「んじゃ、風見山地区における変異性災害の調査報告会と行きましょうか」
 カメラの方へと向き直った岸が会合の合図を告げた。

「っと、こんなところで全員手持ちの情報は公開済みかな」
 一通り情報交換を終えたのを確認して、岸が大きく伸びをした。対策係室の方は、他の職員もおおかた出勤した頃合いのようで、時折モニターの奥に職員の姿が見えるようになってきた。
 夜宮は、昨晩のうちに作っておいたおにぎりを頬張りながら、今まで交換した情報の一覧を眺める。
「結局、どこまでも続く謎の石段自体は見つかっていませんし、今回は岸さんが集めてきた記憶喪失事件が最有力ってことになるんでしょうか」
「どうだろうな。記憶喪失は風見山地区近辺に集中しているし、結城刑事が話していた黒い服の不審者達の目撃情報や短期失踪の話も風見山地区を中心としているとはいえ,全体の関連性は乏しい。あるとすれば、黒地図の噂が二つを繋いでいる可能性があるくらいか」
「岸さんは全て繋がっていると考えているんですか」
「可能性は捨てられないさ。ただ、記憶喪失は風見山地区の子供に限定されているが、不審者の目撃情報は子供以外からも聞こえてくる。短期失踪の事例に至っては、どうも年齢は関係ないらしい。どれもこれも、どうも散発的でまとまりがない」
 岸の意見に、モニターの向こうで加藤が同意を示した。夜宮は秋山の意見が気になって、彼の方をみてみるが、話し合いの時と変わらず、じっと手元の資料を眺めて考え込んだままだった。
「あの、長正さんはどう思いますか」
「岸さんと同意見です。ただ,もう十分な手がかりが揃っているようにも思うんですが……何かを見落としているのかも」
 見落とし? 見落としどころか皆目見通しが立っていないのが適切なのではないかと思っていた。長正には事件の大きな形が視えているということなのだろうか。夜宮は、またも自分だけが取り残されているような感覚に襲われて、妙な焦りを覚えた。けれども、此処で焦ったところで、妙案は出るわけがなく、ただ、昨日までと同じように情報収集を続ける以外に、できそうなことは思い浮かばない。
「そうだ。そういえば、前に比良坂にお邪魔したときに、石段の噂はネットワークスペースにも掲載されているって話をしてくれたと思うんですが、あれって?」
「ああ。あれなら火群係長の方が詳しいんじゃないか? なんか妙に興味を示していただろ、そっちに係長いないの」
「係長なら先日から調査のために出張です。ですが、そのスペースのことならデータとして報告書とセットになっています。少し待ってくださいね……表示します」
 モニターに表示されたのは、利用者が互いに情報を書きこみやりとりをする掲示板型のネットワークスペースの映像だ。広場上の疑似空間に色とりどりの新聞状のオブジェが浮いている。二足歩行の犬のぬいぐるみのようなキャラクターが、その中の一つを選出すると、画面は新聞の記事一覧に切り替わった。
「どうやら、都市伝説を中心に集めているスペースのようです。隣接するスペースではまとまりなく情報を掲載しているところを見ると、このスペースだけが独自のルールに基づいて掲載情報を限定,編集しているようですね」
 加藤の解説と並行して、画面は記事の具体的な中身に切り替わっていった。学校の怪談のようなものから、曰く付き物件のように典型的な都市伝説など、様々な話がやりとりされている。やがて、画面はいくつかの記事を表示して動きを止めた。

【石段の噂】
 ある町の山際には、不思議な石段がある。その石段は、何処まで行っても終わりがなく、一度迷い込んでしまうと上っても下っても石段ばかりが続くという。だから、そこに暮らす人々は石段の先が見えない時にはそこを上ろうとしないのだという。

【隠れ家の噂】
 街の中には普通に歩いていても、辿りつけない隠れ家がある。その隠れ家の住民は訪問者の大切なものを集めている。そこへ辿りつけば大切なものは守られる。失くしたものも見つけたものも全て隠れ家の住民が持っている。
 その場所は、住民と見つけた者にしかわからない。幸運にも迷い込んだ者は、その場所を忘れてはいけない。大切なものが守られるのだから。大切なものが取り戻せるのだから。
 いきはよいよい。かえりはこわい。

「報告書に記録されているのはこの二つの記事です。前者が夜宮さんの調査している案件で、後者については“迷い家”の可能性があるとして、火群係長が保存を指示したものです」
「現在、このスペースはどうなっているんですか?」
「現在は削除されているようです。他の似たようなスペースに記事をあげている可能性もあるので、移転先を検索していますが、今のところそれらしいものは見つかりません」
 手詰まりだ。
「とにかく、各自でもう少し情報を集める必要があるかもしれないですね。少なくても、風見山地区でなんらかの変異性災害が発生している可能性はある以上、無視はできないでしょう」
 今まで口をつぐんでいた秋山の一言で、会議は終了した。

*******

 黒服の不審者、黒地図、石段、記憶喪失……そして迷い家。
 秋山恭輔は考えていた。火群たまきはどうしてこのタイミングで夜宮に調査を指示したのか。
 火群たまきという人間は、意味のないことはしない。そもそも怪異と直接対峙できる火群の霊感は前線で祓い師として活動してこそ本領を発揮する。その火群が管理職のポストにいる理由は,数少ない設立当時からのメンバーだからだけではない。先読みの能力に優れ、怪異を祓うためにはどんなものでも利用するその姿勢が評価されているのだ。
 今回だって、調べ始めればこうして変異性災害の兆候が見つかる。それらを繋げる何かについても、火群は既に答えを持っているのかもしれない。
 必要なのは火群が持っていた答えではない。風見山の周りで起きている変異性災害の正体をつかむことだ。秋山は自分にそう言い聞かせる。

「くーろくろさん。くーろくろさん。どーこですか」

 子供たちが路地裏で遊んでいる声が聞こえる。どうやらかくれんぼをしているらしく、鬼役の子供が路地から顔を出すたびに子供たちが物陰に隠れている。七鳴神社へ続く石段に腰掛け、下の路地を眺めている秋山からは隠れている子供の位置は丸見えだ。けれども、路地から顔を覗かせた子供の位置からではわからないのだろう。きょろきょろと周囲を確認すると、再び路地の奥へと戻ってしまう。
 くろくろさんというのは、子供たちの間での符丁か何かだろうか。
「くろくろさん?」
 秋山は、その言葉をどこかで聞いたことがある。そう、確か夜宮が七鳴神社を初めて訪れた時、道を間違えて子供に教えてもらったとは言っていた。確か、その時、夜宮は秋山のいる石段を通り過ぎ、奥の石段を登ろうとしたのではなかったか。その先には、誰が建てたかもわからない石の祠らしきものだけだ。
「あれが、クロクロさんってわけか」
 クロクロさん。黒服、黒地図。秋山からは見えて、子供からは見えない場所。迷い家の噂……何かが引っかかる。繋がりを見落としている? 何の繋がりを?
「まさか……火群が迷い家の噂を記録していたのはそういうことなのか」

*******
――カラスさんがログインしました。
――カラスさんの他に、みている人が1人います。
 カラス:みてるひとー。入ってこようよー
――ななしさんがログインしました。
 ななし:カラスさんこんにちは
 カラス:こんにちは。いい加減名前つけない?
 ななし:名前がないのが名前
 カラス:そ。ところで、他の人まだかなー
 ななし:まだじゃないかな。皆それぞれに忙しいだろうからね。
 カラス:それじゃあ、投票できないじゃない。
 ななし:ああ、そのことか。それなら大丈夫。
 カラス:大丈夫って?
――ななしさんが 票 を共有したがっています。
 カラス:なにこれ
 ななし:他の参加者の人から票を預かった。これで票数は足りる。
 カラス:そんなことしてたの
――カラスさんが 票 を共有しました。
――ななしさんは 票 の共有を終了しました。
 ななし:あとは君の票を入れて集計するだけだね
 カラス:変わった機能つけたもんだねぇ。
 ななし:頻繁に河岸が変わると面倒だし、連絡取りにくいってさ
 カラス:それは同感。さてと……これは投票するまでもないかな。
 ななし:へぇ。結果は?
――カラスさんが 結果 を公表しました。
 ななし:大方の予想通りか
 カラス:少しやり方がまずかった。仕方がないよ。それで、誰が執行するの
 ななし:……集計した人でしょ
 カラス:うわっ。面倒だなあ
 ななし:そんな事言いつつ、カラスさんのことだから準備しているんでしょ?
――カラスさんが退室しました。
 ななし:行動が早いのはいいことだね。
 ななし:集計結果だけ表示しておこうかな。
 ななし:集計の結果、賛成多数で議案は可決。ことりは今回の件が終了次第、除籍。
 ななし:執行はカラスが行う。なお、ことりは除籍前に速やかに案件を完了させること
 ななし:このチャットルームはまもなく完全閉鎖。
 ななし:今後はことりの建てた方針を利用しない。
 ななし:以後の連絡方法は追って伝える事とする。以上。
――ななしさんが退室しました。
――現在ちゃっとるーむは利用できません。
――現在ちゃっとるーむは利用できません。
――指定されたちゃっとるーむは存在しません。

*******

 <手記4>
 神隠しの噂を調査し続けて何日が経ったのだろうか。以前のような悪夢にうなされることは減ったように思うが、その代わり、朝が来るたび身体が鉛のように重く、まるで何かにとり憑かれているような気分になる。
 いや、まさしく憑かれているのだろう。ありもしない神隠しの噂に叶うはずもない願いを寄せて、私は日常を放棄してあの山を歩き回っているのだから。
 しかし、ここまで来て調査を止めることはどうしてもできなかった。何度も街の人に話を聞き、自分の足で歩きまわり、ようやく見つけた手掛かりが手元にあるのだ。私の眼前に広がっているその地図こそが、神隠しの謎を暴くための、そして私の願いをかなえるための第一歩なのだ。
 私の背後で、彼女もそう言ってくれているような気がして、重たい身体が少し軽くなった。そうだ。彼女も私が答えに辿りつくことを願っているに違いない。

―――――――


次回 黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ5

・今後の予定
輪入道と暮らすほのぼのボヤ生活:1章「輪入道に出遭った話」
ドッペルゲンガーのパラドックス:狩人の矛盾【2:キャリー・デュケイン氏について】
黒猫堂怪奇絵巻4:迷い家(予定)
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プロフィール
HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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