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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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とおりゃんせ2
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
―――――――


 風見の路地裏には、忘れ去られた神社があるという。誰が、いつ、何を祀って建てたものなのか、巻目市の記録を紐解いてもその詳細を知ることはできない。
 記録にもなく、記憶にもない。そのような神社は現実には存在しないのではないか。そうした当たり前の感想を抱くも、どういうわけか忘れられた神社の噂は僕たちの間に広まりつつある。
 幽霊が出る、恋が成就する、はたまた見つければ願いがかなうなど、その神社に付加価値が付いていればそうした噂が広がるのもわからなくはない。けれども、僕は件の神社にそのような曰くがあるという噂は聞いたことがない。だから、忘れられた神社の噂が流れている理由が、僕にはよくわからない。

 とはいえ、僕の目の前にはその神社へと繋がるという石段が広がっている。どこをどのように通って此処に辿りついたのか、さっきからずっと考えているのだけれど、さっぱり思い出せそうにない。
 僕はいつの間にか石段の途中に立っていて、後ろを見ても前を見ても、僕の視界を埋めるのは見通しのきかない霧ばかりだ。風見山は山霧が出るような場所ではなかったように思うのだけれど、おかげで自分の居場所を知る手掛かりがない。
 とにもかくにも、上るか下りる。僕には二つの選択肢しかない。山を登って来たのだから、元の道へ戻るならば石段を下るのが正解だろう。そう思って、僕はひたすらに石段を下っている。

 下っても、下っても、石段は終わりを告げない。下っても、下っても、周囲の景色は変わらない。
 やがて、僕は疲れ切って石段に座り込んでしまった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。どうしたら帰れるのだろう。

 いや、そもそも。僕はどこに還るのだろう? 僕の意識はもう霧の中に溶け始めているというのに。



*******

 巻目市役所環境管理部第4課変異性災害対策係は、日々、町中の噂を集めている。麻薬の密売の話であったり、学校の他愛もない怪談であったり、商店街のラーメン屋の裏メニューの話まで、噂と呼ばれるものは何でも集めてくるのが対策係の特徴だ。
 元々、変異性災害のきっかけを探るために行われていた業務だが、噂の中には他の部署で役に立つものもある。そうした情報を他部署へと渡しているうちに、情報屋としての認識度が高まってきている。そうした認識ができることで以前に比べると情報の集まりが良くなり、一年ほど前くらいから能動的な活動ができるようになったのだという。
 先輩職員からそんな話を聞かされでも、夜宮にはよくわからない。どちらかといえば、取捨選別することなく大量の情報が入り乱れるため、対策を取るべき事案を見逃しているのではないか。そうした疑惑が胸の内に沸くほどである。
 そんな悩みを口にすると、「祓い師たちも嗅ぎつけてくるから大丈夫」と変異性災害対策係係長火群たまき(ほむら‐‐)は答える。
「ま、沙耶もそういう疑問を感じるようになったことはうちの職員としての自覚が出てきたってことなのかな。そんなに不安なら、試しにちょっとこの案件調べてみないか?」
 そう言って、係長が夜宮に差し出した資料は、『出口のない石段の噂の件について』という奇妙な題が付されたものだった。
「明日にでも現地に行ってみてくれ。資料の中に七鳴神社という神社があるから、そこを拠点に活動するのがいいだろう。こちらから連絡を入れておく。任せたからな」

*******

「なるほど……それで慌てて資料に目を通すだけ通して、うちを訪れたのですね」
「はい。まさか、長正さんの実家だとは思いませんでしたし、夏樹さんが対策室で働いていたことがあるなんて、本当に何にも知らなくてびっくりしました」
 夏樹の用意した昼食をごちそうになり、夜宮は長正の境内の清掃作業を手伝いながら、彼に七鳴神社を訪れた経緯を説明していた。
「全く、あの係長も相変わらずですね。もう少し部下に詳細を教えてもいいと思うんだけどなあ」
 本殿の階段に腰掛け、夜宮が持ってきた資料に目を通していた秋山が、夜宮の話を聞いた感想をぼやいた。
「係長も忙しい方ですから。街中に散らばる全ての変異性災害に目を向けられるわけでもないでしょうし、個々の事件の詳細を知らなかったり、事務連絡が多少粗くなったりしてしまうことは責められません」
「ああ、そういう話ではなくて……」
「いいんですよ、秋山さん。それで、問題なのは出口のない石段の噂でしたっけ」
 秋山の言葉を遮って、長正が話を先に進める。夜宮には、長正のそんな様子に秋山が少し視線をそらしたのが気になった。
 夜宮が彼らと知り合ったのは半年ほど前である。彼女が後天的に霊感を得ることになったある事件、その解決のために対策係から派遣されてきたのが秋山恭輔と片岡長正だ。以来、縁あって対策係に就職した夜宮は、その後も二人と仕事を共にする機会が多い。けれども、仕事以外の場面で彼らがどのような生活をしているのか、二人がどのような付き合いをしてきたのか、詳しいことをほとんど知らない。だから、時折二人の間に流れるちょっとした“間”が意味するものがわからない。尋ねるつもりはないといえば嘘になる。
 けれども、夜宮はなかなか二人の間に一歩踏み込むことができない。
「ええ、そうです。最近になって急に流れ始めた噂のようなのですが」
 だから、今回も深い事情を尋ねることなく、仕事の話に移行してしまう。
「『風見山の住宅街には出口のないどこまでも続く石段がある』、『一度石段に入ってしまうと上っても下っても出口はない』ね。昔から伝わる怪談というならありそうな話ですけれど、最近になって流れ始めるなんて不思議な感じがしますね。それに、僕はこんな噂を聞いたことがない」
「私も聞いたことがありませんね。どのあたりで話題になっていたものなのでしょうか」
「どうやら、付近の中高生の間で囁かれている噂のようです。まだ噂の出所は特定できていませんが、ネットワーク上にもいくつか類似の話が流れているようです」

*******

「ああ、石段の噂か。前に検索かけてくれって火群さんから連絡きてたよ。どこにやったかな」
 比良坂民俗学研究所の分析官岸則之は、夜宮の話を聞いて、デスクの横に積み上げた調査資料の山を探り始めた。
「前に調査依頼が来ていたということは、係長は変異性災害の疑いを持っていたということですか」
「いや、そんな感じじゃなかったな。市役所の分別室だと検索にも限界があるから、時々こっちに調査の依頼が回ってくるんだよ。あそこ、端末も少ないし、こっちと違って専門的な機材は置けないだろ。あの部屋は変異性災害を認定する以前の情報を集めるために割り当ててもらってるところだからな」
「そうなんですか」
 自分の働いている部署について、半年以上経った今でも知らないことが多いものだ。気落ちしても仕方がないことなのだが、頭でわかっていても、周りの職員との経験の差にどうしても気落ちしてしまう。
「そうなんだよっと。あったあった。風見山の石段の噂。で、夜宮ちゃんは何が知りたいのよ?」
「ええっと、とりあえず調査結果の概略を教えてもらえますか」
「概略ね。まず、噂の内容についてはさっき見せてもらった資料の通り。どこまで行っても出口がない石段が存在しているって話だな。過去の情報まで検索をかけてみたが、風見山にそういった怪談の類はなかった。対策係に情報が流れてくるようになったのも、ここ三カ月程度だ。そもそも風見山なんて古い町並みは残っているが、単なる住宅街だ。マスコミに取り上げられるわけでもないし、観光名所があるわけでもない。おそらく、山に住んでいる人間の間で何かの拍子で広まった噂に過ぎないんだろう」
 岸の話を聞いていると、今のところ変異性災害の気配は感じられない。夜宮には、火群がどうしてこんな噂の調査を依頼したのか、今一つ趣旨が掴めない。
「それで、風見山周辺に変異性災害が発生した徴表はあったのでしょうか」
「それは現在調査中。夜宮ちゃんが現地を観に行っている間に、色々情報を集めてみるけど、そっちでもわかる範囲で調べてきてくれないか。それと、噂自体はネットワーク上でも話題になっていたみたいだから、該当スペースのアドレスをそっちの端末にも送っておくよ」
「ネットワークですか……」
「あ、そうだ。もう一つ、直接この噂とは関係ないかもしれないんだが、風見山の周辺で妙なことが起きているらしい」

*******

「子供の記憶喪失?」
 それまであまり力をいれずに話を聞いていた秋山が、岸の話を途端、急に眉をひそめた。
「え、ええ。岸さんの話だと、風見山地区の子供の記憶が欠落している事例がいくつかあるということです。一日の内の数時間の記憶が飛んでしまっていて、何をやっていたのかわからなくなった子供が数人いるとの報告が、3か月ほど前から何件かみられたようです」
「その子達の精神的変異の検査結果は」
「それが、変異性災害の兆候がなかったので、特にそうした検査は行われてないようです。岸さんが一応検査を行ってみると言っていましたが、検査結果がでるには多少時間がかかると思います」
「なるほど……それだけの情報じゃ、石段の噂との関連性はわからないし、変異性災害の兆候ありとは言えませんね」
 口ではそう述べているが、秋山は何か思うことがあるらしい。先ほどまでとは異なる様子で、手元の資料を何度もめくり、確認を始めた。
 そして、十数分後。夜宮は何が何だかわからないまま、「まずは石段を探してみよう」という秋山と共に七鳴神社を後にしていた。秋山は長正の同行の申し出を断り、どこか逃げるように七鳴神社の石段を下りていく。
「秋山君?」
「なんですか」
「何か、わかったのですか」
「今の段階では何も。現地を探してみるのが早いかと思いまして」
「調査に協力してもらえるということですか」 
「そういうことですね。この石段を降りたところはちょうど件の住宅街の入り口です。まずは街中にそれらしい石段があるかどうかを確かめましょう」
「それなら、長正さんや夏樹さんに尋ねて当たりをつけてからでもよかったんじゃないでしょうか」
 先を下りていた秋山は、夜宮の言葉を聞いて突然立ち止まる。やや駆け足で下りていた夜宮は危うく秋山にぶつかりそうになって慌ててその足をとめた。
「僕は、今回の調査に長正や夏樹さんを関わらせるつもりはありません」
「関わらせるつもりがないって……確かに夏樹さんは対策係を辞めた方ですし、長正さんも非番ですけれど、係長が七鳴神社を拠点としたのは、この辺りの地理に詳しい人と協力して調査をしてほしいという意図だと思います。実際に住んでいる人が近くにいるんですから、まずそこを尋ねてみるのが早いんじゃないですか」
 まるで秋山が主導権を握っているかのような言いぶりに、夜宮はつい反論を口にしてしまう。すると、秋山が小さくため息をつき、夜宮の方を振り返った。
「地理に詳しい、ね。火群はそんなことで七鳴神社を拠点に選ぶような男じゃないですよ」
「どういう意味ですか」
「そのままの意味です。それに、地理に詳しい人間なら、住宅街にだってたくさんいる。別に長正や夏樹さんに頼らなければならない理由はないはずです」
「それはそうですが」
「なら、そうしましょう。それほど心配することはないですよ。今のところ、特に怪異の強い干渉は観測されていないのですから」
 そう言って、秋山は再び石段を下りていく。
 秋山と火群との間には、何かあったのだろうか。夜宮は不意に胸につかえた疑問を押さえこみながら、まずは秋山の後を追いかけることにした。

*******

<手記2>

 結局、一日探しまわっても噂の出所も、噂になっている場所もはっきりしなかった。有給を一日使ったうえで成果がでない。探しているのは幻のような話であるが故に、普段の取材よりも余計に疲労がたまったように思う。
 そんな私を、家は以前のように優しく迎えてはくれない。玄関の扉を開けても、その先に広がるのは明かりの存在しない廊下だ。リビングを覘いても人の気配はしない。わかっていたことだとしても、どうしても確認せずにはいられなかった。

 そして、独りきりの家の中で、私は今日もこうして神隠しの噂を探っている。疲労の限界で眠ってしまいたい。けれども、眠ってしまっては全てが終わってしまうような気がする。一日も早く蹴りをつけなければ、あの町のように私たちの時間は止まってはくれないのだ。そう思うと、焦りばかりが募っていくのである。

 私は早く見つけなければならないのだ。あの階段を。

―――――――
 ちょっと短めに話を切ってみた。次くらいで事件を動かしていく予定。
「とおりゃんせ」は「虎の衣を駆る」よりも短めにまとめる予定なのだけれど、書き終わるまでの時間がかかりそうな予感
暇を見つけてなるべく早く続きを書きたい。

次回 黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ3


・今後の予定
輪入道と暮らすほのぼのボヤ生活:1章「輪入道に出遭った話」
ドッペルゲンガーのパラドックス:狩人の矛盾【2:キャリー・デュケイン氏について】
黒猫堂怪奇絵巻4:薄闇は隣で嗤う(予定)
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プロフィール
HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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