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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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とおりゃんせ3
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ2
―――――――



 秋山と夜宮は七鳴神社の下に広がる古い住宅街を散策したが、一向に噂の石段らしきものは見つからないまま時間が過ぎていった。最後に住宅街のはずれで見つけた石段を登ると、そこには寂れた小さな祠が置かれていた。
「この祠、特に祀られている神の名前もなければ、管理されている気配もないですね。七鳴神社で管理しているんでしょうか」
「さあ、どうでしょう。僕は聞いたことがありません」
 秋山は以前長正から聞いた七鳴神社の系譜や敷地の話を思い出してみたが、このような祠の話を聞いたことはなかった。祠のように見えるだけで、実のところ、落ちてきた岩や石が組み合わさっただけなのではないか。そうした仮説を思い描いてみる。
 そう思って、祠の周りを見渡してみると雑草が生い茂っており、誰かの手が入っている様子はないし、辺りにも祠以外に特に施設らしい施設がない。しかしそれでは、なんで石段は整備されているか説明ができないのだ。
「七鳴神社じゃないなら、誰が建てたのでしょう。不思議ですね」
「市の図書館とかで調べてみればわかると思いますよ。それより、これで、この辺りは一通り歩きまわったはずですよね」
「はい。噂されるような石段はなかったですし、私はこれといって異変を感じませんでした。秋山君は何か気がつきましたか」
「いや、何もなかったですね。確かに風見山地区は迷路のように入り組んでいる路地裏が多いですが、これといって出口がわからなくなるような小道はないし、怪異の気配もない」
「石段の噂はあくまで単なる噂で、変異性災害と関係がなかったってことなんでしょうか」 
 秋山としては、夜宮の結論に簡単に同意できなかった。確かに、観測されない以上、変異性災害と関連なしとして片付けることは間違っていない。だが、火群たまきがそのような噂の調査に、わざわざ部下を寄越すだろうか。ましてや、夏樹のいる七鳴神社を拠点に活動するように指示をするなんて。
 火群は何かに気がついている。気がついているからこそ、夜宮に現場を見てくるように指示をしたのだ。秋山は火群が気づいている何かを見落としているだけなのだ。だが、何を見落としているというのだろうか。
「確かネットワーク上でもこの噂が広がっているって言っていましたよね」
「はい。プリントアウトした画面なら手元に」
 夜宮から受け取ったネットワークスペースの画面を印刷した用紙には、古今東西の噂について語り合うことを目的としたとあるスペースの様子が掲載されていた。その中の一つに風見山の石段の噂に関する記載がなされており、閲覧者たちのコメントが付けられている。
「噂の元となりそうな場所がわからない以上、こちらの噂から探ってみるのも一つかもしれないですね」
「秋山君は、この案件、変異性災害が絡んでいると思っているのですか」
 思っている。だが、何か根拠があるわけではない。夜宮よりも少し長く火群たまきという人間を知っている、ただそのことだけからくる直感に過ぎない。
「もしかしたら、何かあるかもしれない程度です。記憶を失くした子供の話も気になりますし、また明日以降聞きこみをしてみて判断するべきかと」
 やや間をおいたことを不思議に思ったのか、夜宮は秋山の顔をじっと見つめて何も答えない。
「どうかしましたか、夜宮さん」
「え、えっと、そろそろ暗くなりそうですし、一度七鳴神社に戻りましょう」
 秋山には何か思うところがあるように見えたのだが、夜宮は慌てて石段の方に駆けていってしまった。




*******

 風見山医院は風見山地区で最も大きな病院である。受付で事情を話し、入院病棟へと通してもらう。病室を訪れるまでの間に一応事情を聞き取ってみるも、その話は案の定要領を得ない。
 病室の前に来ると、病室の中の医師がこちらを手招きした。
「こっちだこっち」
 岸は案内してくれた看護師に礼を言って病室の中に入った。
「久しぶりだな、則之」
「そんなに頻繁に俺に会いたいか」
「いや、そんな面倒事はお断りだね」
 そんなお決まりのやり取りを交わしながら、医師はカルテを差し出した。
「ちょうど同じ症状の患者が来たもんでな。こういうのは“視る”方が早いんだろ」
「心遣い感謝するよ。発見されたのは……今日か。それで、記憶の混濁具合はどうなんだ」
「どうもこうも、自分の名前をようやく思いだせる程度だな。見ての通り、目の前でこうやって会話をしていてもおおよそ興味を示す気配もない」
 ベッドの上で上半身を起こしている件の患者は岸と医師の会話に気を止めることもなく、ただ窓の外をぼんやりと眺めていた。
「前の患者もこんな感じだったのか、確か小さな子供って言っていたよな」
 ベッドの少年はせいぜい高校生くらいであろう。小さな子供というにはやや大きすぎる。
「ああ、ウチで診たのはどの子も小学生になるかならないかってところだな。彼は、身分証からすると高校生のようだが、この年齢の患者は初めてだ。それに、今までの患者はここまで酷くはなかった。受診時には症状が治まっていたのかもしれないが」
「警察や身内に連絡はしたのか」
「したよ。もうしばらくすると警察が来る。視るなら今のうちだぞ。発見時の様子とかは後で教えてやる」
 全く手際が良い。持つべきものは友人だなと思いながら、岸は目の前の患者の観察を始めた。
 初めにカルテに書かれた名前を呼んでみるが、少年は反応を示すことがない。仕方がないのでベッドの反対側に回りこみ、彼の視界でもう一度名前を呼ぶ。今度はこちらに気が付いたのか、視線を向けるものの、言葉を発することはなく、ただぼんやりと岸の顔を見つめている。
「ここがどこかわかるか?」
「病院」
「君はどうしてここにいるのか経緯を覚えているか?」
「どうして……山にいて、疲れて座って……気がついたらここに寝てて」
「山? 風見山か?」
 窓の外の山を指差すと、少年はゆっくり頷く。
「君はどうして山にいたか覚えているか?」
「覚えているか。覚えて。覚えている」
「そうか。君が病院にきた理由が知りたいんだ。山に行った理由を教えてくれないか」
「山に行った。いや、僕は山にいた。山に行ったかどうかはわからない」
 少年の答えに、岸は思わず眉をひそめてしまう。山に行ったかどうかは覚えていないが、山にいたと言われても、それではまるで初めから山にいたかのようではないか。
「その他に、何か覚えている事はないか。あったら教えてほしい」
「覚えていること。よく、わからない。覚えて、いる、こと」
 少年の視線が岸を離れ再び窓の外を向く。その後、彼が岸の方に向き直ることはなく、名前を呼んでも、視界に入っても何ら反応を示さない。ふと少年の後ろを見ると、医師が首を横に振っていた。どうやらこうなってしまうとほとんど反応を示さなくなるらしい。
「他の患者もこんな感じ?」
「問診の時に少し宙をみることはあったな。反応が途中で途切れるのは彼が初めてだよ。それで、あと何か調べておきたいことはないのか」
「もう一つだけ。まだ、警察は来ないんだろ」
 岸は少年の手を取り、彼の手首に意識を集中させる。やがて、岸の手を視点に少年の身体全体へ薄い靄がかかっていく。だが、左腕を包み込むか否かといったところで、不意に靄は消えてしまう。何度か同じ作業を繰り返すが、左腕全体を包み込むことすらできなかった。
 岸にとって、霊感とは自分の感覚の延長線である。祓い師達のように自らの霊感を利用して、他者に干渉する呪術的な力を持たないが、自分の身体を起点にその周囲の陰気や陽気を感じ取る探知能力は決して弱い方ではないと自負している。だが、少年の身体から発せられる力は岸が全体像をつかみきる前に彼の霊感の感知範囲から外れ、霧散してしまう。少年の霊気は通常の人間が発しているそれよりも遥かに弱い。まるで今にも力を使い果たし、命を落としてしまうほどに。
「こりゃ、抜けてるな」
 カルテをみる限り、肉体的には異常がない。コミュニケーションをとることは困難だが、外見からは、それ以外にこれといった異変がない。ただ、本来宿っているはずの霊気が極端に薄い。岸が知る限り、これは典型的な変異性災害の兆候の一つだ。
 少年は、何かの怪異に襲われ、その精神を喰われたか、あるいは自らに宿った怪異を強制的に祓われたか。岸の知る限り変異性災害対策係はこの件について祓い師を派遣していない。とすれば、疑うべきは怪異に襲われた可能性だろう。
 夜宮の石段の噂の付随的な調査のつもりだったが、どうやら当たりを引いたのは岸の方だったらしい。
「どうやら俺たちの領分らしい。面倒事だよ」
 そう伝えると、医師はやれやれと肩を落として立ち上がる。彼としても、自分の病院にオカルトじみた事件が飛び込んでくることは快くは思っていないのだろう。岸が彼と同じ立場ならまっぴらごめんだ。
「それで、ウチでは何をやっておけばいい」
「肉体的には問題なさそうだが、おそらく心の方はガタガタだ。数日中にこちらから改めて連絡する。それまで、身体が心に引きずられないように助けてやってくれ」
「自殺防止ってことかい」
「それだけでもないが、おおよそそんな感じだな。それじゃあ、俺は一旦研究所に戻る。残りの資料については別途いつもの所に送ってくれ」
 荷物をまとめて席を立つ。まずは研究所に戻って報告をしなければならないな、と頭の中で今後の予定を立てながら、岸は病室のドアを開けた。しかし、今日はどこまでも当たりの日らしく、ドアの向こうにいた一番会いたくない相手としっかりと目を合わせてしまう。
 肩幅が広く、がっしりとした体型のその男は、頭一つほど小さい岸の顔を見てため息をついた。どうやら、向こうもこちらとは会いたくなかったらしい。いっそ、そのまま通り過ぎれればよいのだ。そう思って横を通り抜けようとした。しかし、目の前の男は岸を部屋から出すつもりがないらしく、あっという間に岸の動線を防いでしまう。
「見舞客を病室から出さないようにするってのはどうなんですかね、結城刑事」
「あんた、比良坂の研究員だったな。確か、岸といったか」
「数回会った程度なのに覚えていてくれてありがたいですね」
「比良坂の研究員がいるということは、この件は変異性災害対策係付けになるってことかい。一応こっちも仕事で来ているんだが」
「苦情は俺じゃなくて、対策係にお願いしますよ」
 もっとも、苦情を言ったところで、警察が変異性災害に対応できるわけもない。不運だと思って帰ってくれるとありがたいのだが、結城辰巳という刑事はなかなか手を引こうとしない。それは対策係の面々には比較的有名な話であるし、岸も知っている。もっとも、結城はこちらの仕事に対する理解がないわけではないので、まだましかもしれないが。
「苦情を言うつもりはないさ。ただ、ちょっと話を聞きたいと思ってね。情報交換と行こうじゃないか」
 前言撤回。面倒かもしれない。岸はがっくりと肩を落とした。

*******

「こんな夜までお疲れさま」
 顔を上げると、いつのまにか片岡夏樹が前に座っていた。夜宮が慌てて姿勢を正して礼を言うと、夏樹がくすくすと笑う
「そんなに緊張しなくても。私は別にあなたの上司でもないんだから」
 はい、お茶。と彼女が夜宮の前にマグカップを置いた。彼女自身もまた、カップに注いだコーヒーをゆっくりとすすっていた。
「でも、泊めていただいて、こんな夜中まで部屋を使わせてもらっているんです。本当にありがとうございます」
「今は私と長正しかいないし、二人で住むにはちょっと広いのよ。今日は沙耶さんに恭輔君まで泊ってくれているから、家の中に人の気配があって、私としては嬉しいくらい」
 風見山地区の調査から帰ってくると、すっかり陽が落ちてしまい、夜宮と秋山は七鳴神社に泊めてもらうことになった。夏樹はそのことを大層喜んで、晩ご飯を振る舞い、こうして遅くまで作業をしている夜宮のところに顔を出してくれている。
「その、他の家族の方は」
「長正の両親が一緒に住んでいるのだけれど、今は長期旅行中ね。神社巡りをするんだって意気込んで出かけて一週間くらいかしら」
「神社巡りって、実家も神社なのに?」
「不思議よね」
 心底不思議そうな表情をする夏樹がおかしくて、夜宮はつい笑ってしまう。
「やっと笑ってくれたわね。ずっと緊張しているみたいだったから、気になっていたの」
「それは、こちらの都合でこうしてお邪魔しているので……」
「沙耶さんが気にすることじゃないわ。そういうのは、たまきが気にすればいい話なの」
 夏樹の言葉に、ふと、夏樹を関わらせるつもりがないと言った時の秋山の表情を思い出す。彼には夏樹に事情を話したくない理由があったのだろうし、それに、火群係長とも何かがあるような雰囲気だった。
 夜宮にとって、火群は勤め先の上司である以上の関係がない。対策係室の机にもたれかかりながら記録に目を通す姿ばかりが記憶に残っている。彼自身も優れた霊感の持ち主であり、自ら怪異と対峙していた頃もあるというが、それ以上のことを聞いたことはない。そういえば、秋山は対策係室に顔を出さないので、二人が顔を合わせた場面を夜宮は見たことがない。元々、正式な職員でもないから部屋を訪れないのだと思っていたが、もしかすると何か火群との間で思うところがあるのだろうか。
「沙耶さん、もしかして恭輔君に、私を事件に関わらせたくないって言われたんじゃない?」
「どうしてそれを」
「そういう顔していたから。恭輔君は、たまきがウチを拠点に変異性災害を調査させようとしたのが気にいらなかったんじゃないかな」
「ええ……そんな感じです」
 少し黙っていた間に、夏樹は夜宮の表情を観察していたらしい。顔に出していたつもりはなかったが、そんなに顔に出ていたのだろうか。
「別に何か変わったことをしたわけじゃないわ。恭輔君とたまきは私が対策係にいたころからそりが合わないのよ。それに、彼は私に気を使ってくれているみたいだから、そんなことかなって当たりを付けただけ」
「そう、なんですか。火群係長と秋山君は何かあったんですか」
 あったといえばあったのかな。夏樹は困ったように微笑み、両手でマグカップを握った。
「もう昔のことよ。恭輔君の中にはたまきに対する不信感が残っているのかもしれないわね。たまきもたまきで、直接顔を合わせないからって、二人で話をしていないんでしょうね。全く困った弟よね」
「弟?」
「あれ、聞いてなかった? 私の結婚前の姓は火群。火群たまきの姉よ」

*******

 はいはいもしもし。岸君?
 どうだった、そっちの調査。うん、うん。んじゃやっぱり当たりかねぇ。え?
 絡まれた。誰に? 結城……ああ結城辰巳か。情報交換ったって、どうせ秋山恭輔のことだろう、教えてやって構わないよ。
 もう教えちゃった? なんだ事後報告か、いや、別にいいよ。
 ところで、交換だって言うくらいだから、何か聞けたかい。
 そりゃ興味深いね。岸君の方でも引き続き調査頼めるかな。あー、沙耶にはこっちから……いや、いいや、岸君の方から伝えておいてくれないかな。え? 職務怠慢? だらけているようにしか見えないって、誰よそんなこと言ってたの。
 まあ、とりあえず頼むよ。じゃ、またね。

 火群たまきは、受話器を置くと変異性災害対策係の机に突っ伏して、大きく伸びをした。加藤恵理(かとうえり)はあまりにだらけた上司の様子にため息を漏らす気にもならない。突っ伏した顔の横にお茶を置くと、火群はその体勢のままで加藤の顔に視線を向けた。
「ねえ、恵理ちゃん。俺、仕事してないように見えるかな」
「見えますね。係長、常にそのデスクでだらだらと記録読んでいるだけじゃないですか」
「あのさあ、対策係の仕事は別に怪異を祓うことだけじゃないぜ。数ある情報の中からそれらしき案件を抜き取るのだって、立派な仕事だと思うけどね」
「それは、私たちが主にやっている仕事です。係長までやる必要がないように思いますが」
 加藤にばっさりと切られたのが不満だったのか、火群は頬を膨らませてぶーぶーと小さく文句を言う。まるで子供のようであるが、目の前にいるのは30代を迎えようとしているいい大人である。こんなのが上司なのだと思うと、頭が痛い。
「そんな冷たい目で見なくたっていいじゃない。俺だってちゃんと仕事してるんだって。君たちの選りわけてくれた案件に目を通すのも俺、捜査結果の報告書を決済するのも俺、他部署との折衝するのも、人員割り当ても主に俺がやってるんだぜ」
「そんなに自慢されても困ります。管理職なのだから、そのような仕事をするのは誇るべきこととも思いません」
「そうですかそうですか。部下に理解されずとも俺は一人寂しく日々の業務をこなしますよ」
 対策係室の中でもっとも騒がしくもっとも怠けているように見える人間がそのような発現をしても、同情する気にはならない。むしろ、もう少し部下に気遣いでもすればいいのではないだろうか。
 そうしたマイナス評価も、背後に積まれた資料の一つを手にとって、火群が恵理に向き合うと、不思議と何処かへ行ってしまう。そこにあるのは、冷静に変異性災害を見極め、対策を練る指揮官の顔であり、子供のように文句を言っていた人間とはまるで別人なのである。こうした姿の火群を見ると、恵理も自然と背筋が伸びる。
「ところで、先ほどの電話は、比良坂の岸分析官ですか」
「まあね。沙耶に任せた案件に関して、別件で調べてもらっていたんだ」
 そのような話は夜宮沙耶も、恵理も、その他この部屋で仕事をしている誰も聞いた覚えがない。そもそも、石段の噂など、スクリーニングの際に危険性なしとされた噂である。誰も変異性災害の発生など疑わなかったし、追加調査をしようとは考えていなかった。いつのまに比良坂民俗学研究所に調査依頼などしたのだろうか。
 恵理の当惑した様子を見て、火群は勝ち誇ったように微笑む。
「こういうところが、俺の仕事ぶりなんだよ、恵理ちゃん」
「ん。それで何か進展があったんですか」
「素直に係長凄い! とか褒めてくれていいのに。残念ながら、この案件は変異性災害認定事案の可能性がある。ま、調べれていけば、変異性災害の徴表が出てくるよ」
 そう言うと、火群は恵理に数枚のメモ書きを押しつけて席を立つ。
「と、いうわけで、追加調査よろしく。比良坂からも報告書が届くと思うから、詳細はそれで確認して。俺はこれから数日出張なので。ではでは」
「出張なんて聞いていませんよ」
「さっき申請出したから、あとで係に聞いておいてよ。それじゃあね」
 反論の余地なし。火群たまきは事態を飲みこめていない恵理の肩を叩き、軽やかに横を通り過ぎて対策係室から出ていってしまった。
「なんなのよあれ」
 数分前に覚えた背筋の伸びる気持ちを一気に台無しにされたような気がして、思わずぼやきが口をついた。

 対策係室を出て、階段を上ると市役所内は半分以上電灯が消され、すっかり暗くなっていた。腕時計を見ると、もうすっかり陽の落ちた時間であり、市役所の通常業務はとうの昔に終業している。
「うちは働き者の部署だねえ」
 誰に対して聞かせるわけでもなく、そんな独り言を述べながら、火群たまきは市役所の通用口へと向う。誰もいない市役所の中に、火群の軽やかな足音だけが響く。
 風見山地区に広がる妙な噂に、子供の記憶喪失、怪異に襲われたと思われる少年。夜宮沙耶に任せた案件は間違いなく変異性災害だ。怪異の性質から考えれば、仮にこれ以上手掛かりが見つからずとも、いずれ夏樹が反応するだろう。
 一般的に、性質の似た怪異は、同じ人間に親和性を持つ。今回の怪異は、夏樹が過去に体験した怪異と似ている。風見山地区で影響を強める怪異は放置しておいてもいずれ夏樹に到達するだろう。そして、彼女の近くには片岡長正がいる。怪異が惹きつけられたとしても、彼女の精神が完全に喰われることはない。
「ああ、でも、それは秋山が許さないかな」
 姉が電話先で述べていたことを思い出して、火群は足をとめた。秋山恭輔が七鳴神社を訪れている。夜宮沙耶は秋山の担当であるし、彼に事情を話すだろう。勘の良い彼のことだ、話を聞けば、姉を囮に使おうという火群の意図に気がつくに違いない。気が付いてしまえば、彼は反発する。昔からそのような人間だ。
 もっとも、秋山が出てくるなら彼が解決するだろう。どの道、部下に処理を任せておけばよい。火群は火群で解決すべき案件があるのだから。

―――――――


次回 黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ4

・今後の予定
輪入道と暮らすほのぼのボヤ生活:1章「輪入道に出遭った話」
ドッペルゲンガーのパラドックス:狩人の矛盾【2:キャリー・デュケイン氏について】
黒猫堂怪奇絵巻4:迷い家(予定)
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プロフィール
HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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