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煙々羅 2
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅 1

黒猫堂怪奇絵巻1ラフテキストAの完成版、後半部。
なんでこのようなプロットを作ってしまったのか大変に謎である。
とにもかくにも、昔はこういった作品を書いていたらしい。
設定だけはわりと好きなのでもっとうまく書いてあげたい。
練習練習。

以下本文
―――――――

<黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅 2>


 一日の業務が終わり、職員のほとんどが退社したころには、外はすっかり暗くなっていた。警察の再度の事情聴取も終わり、帰宅の準備をしていた佐藤総司は、ふと斎場内に残っているのは自分くらいなものであることに気が付き、薄気味悪さを覚えた。
 元々、幽霊だの憑きものだのといった怪談話を信じるような性質ではない。だから、火葬場で働くことになったときもそれほど怖さを感じることはなかったように思う。けれども、ここのところ続いていた「事件」のせいか、佐藤は斎場内の息の詰まるような空気に知らず知らずのうちに怯えていた。昼間のように予約が続き、他の職員が動き回っている間は大丈夫なのであるが、こうして改めて独りで事務室にいるとその辺の壁や天井に何かいるのではないかとの不安に駆られる。
 無論、何もいるわけがない。考え過ぎなのだと自分に言い聞かせ、手早く机の上を片付けていく。しかし、机の上に視線をやっていると、後ろの方から誰かにじっと見つめられているような気がして、落ち着かない。振り返ってみるも、やはり誰もいない。
 先ほどからずっとこの調子で、あるはずのない視線に怯えるばかりでいつまでたっても事務所から出ることができない。一体何がどうしたというのだ。
 ふと、頭の中に昼間やってきた市役所の職員たちの顔がよみがえる。特に、女性の職員の隣にいたワイシャツの青年。彼は、佐藤が職員の失踪について知らないと答えたとき、妙な視線を向けなかっただろうか。

トントン

 不意に事務所の扉をたたく音がして、佐藤は思わず飛び上がった。こんな時間に誰だろうか。もうあらかたの職員は帰宅したはずだが。
「佐藤さんは聞きましたか、四号炉前ホールで小暮さんが消えたって話。あの後、小暮さんが時々視界の隅に入るって話があって」
 急に他の職員が話していた噂話を思い出してしまい佐藤は後ろを振り返るのが怖くなった。まさか、そんなはずはなかろう。それに、小暮がいるのであればそれは良かったではないか。長期入院から復帰したのだから。とはいえ、こんな夜遅くにやってくる必要はない。明日からの出勤で全然構わないのに。

「あれ、誰もいないのかと思いましたが、ちゃんといるじゃないですか」

 背後から聞こえてきた声が小暮のものではなかったため、佐藤は思わず大きく息を吐いた。振り返ると、事務所の入り口に例の青年が立っている。昼間とは違い、黒いロングコートを着込んでいて、薄暗い事務所の中では少々不気味に思えた。
「君は確か、秋山恭輔さん?」
「名前を覚えていてもらえて光栄です。お昼にお会いした方ですよね。確か、佐藤さん。今、お帰りでしたか」
「あ、ああ。ちょっと残業に手間取ってしまってね。ところで、君はこんな時間に何の用だい。もう斎場は終了しているし、職員も僕を残して誰もいないと思ったが」
「ええ。ですから失踪した少女を探すのも楽かと思いまして。ほら、昼間だと遺族の方々と顔をあわせないようにしないといけないですから、探す場所も限られてしまったでしょう。この時間なら流石に火葬の予約なんて入っていないですよね」
 秋山と名乗る青年はそう言って、一歩、佐藤の方へと歩み寄った。
「そ、そうだね。大体5時過ぎくらいには最後の火葬が終わるからね。もう7時も過ぎている。確かに今ここでは火葬は行われていないよ」
「そうでしたか。それはよかった。もしかして火葬が行われていたらどうしようかと思っていたんですよ。つまらない噂ですが、あるじゃないですか、火葬場は夜も人を焼いているという話」
 夜も人を焼いている。その言葉を聞いた途端、佐藤は背中に寒気を感じた。そんなはずがない。篠山斎場は午後5時の火葬を最後に一日の業務を終了する。それ以降は次の営業日まで火葬炉を動かすことはないのだ。
「そんなくだらない噂を真に受けないでほしいな。夜間までこんな場所に残って火葬をするだなんて、大体遺族の方も大変だろう。ここに来るまではまるで山道なんだから」
「僕たちも来てみて同じことを思いました。こりゃあ、夜に調査したいなんて頼んだのは飛んだ失敗だったなと。あ、所長さんには事前に許可を取ってありますんで大丈夫です。それに、もう少ししたら警察の方の他、数人職員の方が応援に来ていただけるそうでして。でも、佐藤さんがいて幸運でした。それまで独りで斎場の中を歩き回るなんて、何か出たら怖いじゃないですか。案内、お願いできますか?」
 この青年は何を言っているのだろうか。佐藤が先ほど帰る支度をしていたと言ったのを忘れているのだろうか。それを斎場の中を案内しろなどと、一体何のつもりなのだ。
「あんまり乗り気じゃないみたいですね」
「当たり前だ。こんな時間に急に訪れて斎場を案内しろだなんて、さっき私は帰宅するところだと言っただろう」
「ですから、そこは申し訳ないですが案内をお願いしたいと頼んでいるんです。それとも、ここに長居したくない理由でも」
「誰だって、夜の火葬場になんて長居したくはないさ」
「何かでるかもしれないから、ですか」
「そ、そういうことを言っているわけでは」
「例えば、消えた従業員の形をした煙のお化けとか」
 思わず、言葉が詰まる。そんなもの居るわけがないと突っぱねたいのだが、喉元まで上がっている言葉が出てこない。怖い。佐藤は目の前の青年に、自分が立っているこの斎場に、明確に恐怖を感じていた。煙のお化けなどばかばかしい。頭ではそう思っているにもかかわらず、真剣な顔で近付いてくる青年をみると否定しきれない。そんなもの、いるはずがないのに。
「ところで、佐藤さんは昼間夜宮さんが述べた所属部署名を聞き取れていませんでしたよね。僕は、巻目市役所環境管理部第四課変異性災害対策係というところに雇われている外部コンサルタントです。つまり、僕は市役所に雇われて変異性災害と呼ばれる特殊なケースについての処理をしているわけです」
「へんいせい、さいがい?」
 何を意味する言葉なのかは全く分からないが、そのような言葉と少女や職員の失踪は結びつかない。一体どうしてそのへんいせいさいがい対策係などという部署が出張ってくるのか。
「ええ、変異性災害。正確には、人間の精神的変異を起因とする物理的干渉能力を有する幻覚及びそれに類する精神体により惹起される災害一般と呼称されますが、長くて面倒なので変異性災害と呼ばれています。先ほどの様子だと、佐藤さんは幽霊や化け物といった非科学的な存在を信じない方のようにお見受けしますね。ですが、変異性災害とはまさにそういった存在、怪異が原因で起きる異常事態のことなのですよ」
「君が、何を言っているか、その、よく、わからないのだが」
 いつの間にか、青年は佐藤の前に立っていた。そして、佐藤を下から眺め見るように、ぐっと顔を近づけてにこやかにほほ笑んだ。
「早い話が、佐藤総司さん、および篠山斎場は憑かれているんですよ。煙々羅という化け物に」
 耳元で涼しげな鈴の音が鳴り響き、佐藤の意識は遠くなっていく。

*****

篠山斎場四号炉前ホール。昼間に訪れた時と違い、明かりのついていない炉前ホールには何かの燃えた匂いのような異臭が漂っているように思え、夜宮沙耶は眉をひそめた。
懐中電灯で周辺を照らしながら先に入ったはずの片岡長正の姿を探す。
「長正さん。あんまり先に行かないで下さいよ」
 長正の大きな体を見つけて駆け寄る。長正は明かりをホールの天井に向け何かを探しているようだった。
「ここってこんなに変な臭いしましたっけ」
「線香の香ですか」
「そうじゃなくって、なんていうんですか、肉の焼けるような」
 そこまで口に出して、自分がいるところが火葬炉の前であることに気が付き、夜宮は思わず額に手を当てた。この臭いはひょっとして……
「夜宮さんの思っているような臭いはしなかったと思いますよ。犬のように優れた嗅覚を持っているのであれば異なるかもしれませんが、昼間に来た時、このホールでそのような臭いはしませんでした。ですが、確かに今は厭な臭いが漂っていますね。けれども何処にも火元らしきものがない。火葬炉も動作している様子はありませんし、これは秋山さんの予想が当たったとみるのが適切かもしれませんね」

*****

「まず、事件を時系列に沿って整理しましょう。第1に2か月前に篠山斎場の職員、渡辺二郎が行方をくらまします。彼は、営業時間内に四号火葬炉前ホールに入ったことを目撃されて以降誰も目撃した人間がいないようです。しかし、あの斎場の様子では斎場内を歩いていれば他の職員と出くわすことの方が多いでしょう。故に、渡辺二郎は四号火葬炉前ホール内で姿を消したように見えます」
 テーブルに広げた各種資料を示しながら秋山は手もとのメモに事件の概要をまとめていく。
「もっとも、奇妙な点が数点。まず、渡辺二郎が辞職扱いになっていること、次に、彼はタイムカードに勤務時間を記入しています。ほら、長正に集めてもらったこのタイムカードをみると、きちんと5時に退社しているし、この筆跡は彼のそれ以前の出勤記録と同じ筆跡に見えますよね」
「それってつまり、渡辺二郎はきちんと退社したってこと」
「ええ。おそらく。あるいは第四火葬炉前ホールに入る前にタイムカードに記入を済ませた、またはホールから外に出たのだと考えられます。彼は別に第四火葬炉前ホールに入って姿を消したとは限らないんです」
「つまり、必ずしも超常的な方法によって姿を消したわけではないと」
「はい。僕は、渡辺二郎の失踪に変異性災害は関わっていないと思っています。そのことについては、後々検討しましょう。次に、渡辺二郎の失踪後、火葬場の噂が生きた人間よ焼いているというものに変容します、そして、一か月前、小暮義男が篠山斎場から姿を消します。それと、彼もまた長期入院扱いになっていますね」
「先ほど秋山さんが話してくれた推論、火葬場の噂によって煙の怪異が生まれたという話を前提にすると、噂が発生した時期と失踪の時期がずれますね」
 そうなのだ。秋山の推論ではまるで渡辺二郎の失踪が起きた後に変異性災害が発生したかのように聞こえる。しかし、どの事例も篠山斎場内で突如として人が消えるという事例である。夜宮としては初めだけ除外するのは違和感が残るのである。
「それでいいのです。ところで夜宮さんは変異性災害がどのようにして発生すると考えていますか」
 変異性災害、それは端的にいってしまえば「怪異」による災害である。怪異は人の精神を宿主として発生し、宿主となった人あるいはその人の周辺の場へとその生息域を広げる。その発生過程についてははっきりしないことも多いが、怪異はその素となるモチーフと宿主の思念が結合して生まれるとされている。
「つまり、モチーフと思念の二つがあって初めて怪異が生まれその干渉により変異性災害が発生する。加えて怪異は一般に宿主を中心に現実世界に干渉する性質を有している。これくらいは私だってわかるけれど、それがどうしたの」
「今回の怪異は火葬場に現れる怪異です。まず、それが失踪事件とどのように関わっているかに関わらず、火葬場に出現している以上、宿主は火葬場を訪れる人間であることに疑いがありません。第一の失踪から岬藍の失踪、全ての事件において火葬場にいた人間とは誰か」
 失踪事件は二カ月にわたって発生している。その間、好きで火葬場に入り浸るような常連客というのは想定しがたい。とすれば残るは
「宿主は職員の誰か」
「おそらく。先ほどのタイムカードから、全ての失踪事件時に斎場にいた職員は数人に絞り込まれます。彼等のうちの誰か、あるいは数人が宿主なのでしょう。では、彼等は一体何をもって怪異のモチーフを得たのでしょうか」
「何を持ってって……例の火葬場の噂なんじゃ」
「おかしいと思いませんか。火葬場で生きた人間を焼いている。そういった噂を火葬場で実際に働いている人間は気に留めるでしょうか。火葬場の実体を知らない人間がこのような噂に影響されることはあるとしても、職員として働いている人間が易々とこのような噂に影響を受けるとは到底思えない」
「でもそれじゃあ、話が矛盾……もしかして」
 火葬場で働いている人間は、火葬場で生きている人間が火葬されるという噂を信じることはない。それは、火葬場の運営形態をよく知っており、そのような事態が起きることがありえないと断言できるからだろう。しかし、仮に噂を信じてしまうような土壌があるとすれば。
「渡辺二郎の失踪の話を聞いたとき、僕には違和感があったのです。どうして誰も第四火葬炉前ホールの中の話をしないのか。渡辺二郎が第四火葬炉前ホールに入ったという証言は取れても、炉前ホール内に入った職員の話がない。
 ひょっとして、篠山斎場では、渡辺二郎が失踪する前から四号火葬炉を利用しない慣習があったのではないでしょうか。だから、渡辺二郎が四号火葬炉前ホールに入る姿を見た職員はいても、炉前ホールの中をみた職員がいない。つまり、彼は四号火葬炉前ホールに入り込み、営業時間終了時までホールの中にいた。そして、営業時間が終わった後に炉前ホールから出てきたのではないでしょうか。
 そして、彼は姿を消した。しかし、これだけでは職員があのような噂を信じる土壌があったとはいえそうにありません」
 秋山は一通り話し終えると、ゆっくりと長正の方に顔を向けた。長正は操作していたパソコンの画面を夜宮の方へ向ける。
「結城刑事に連絡が取れました。秋山さんの予想通り、篠山斎場の付近で深夜に不審車両の目撃証言が相次いでいます。いずれも白いバンだそうです。それと、依頼された件は当たりがありそうだとのことです」
 パソコンの画面に映っているのは、篠山斎場の付近の監視カメラに映った白いバンの写真である。ナンバープレートの所に覆いがかけられており車体を特定することができないように見えるが、画面に表示された写真はいずれも同じ車両であるように見える。撮影時刻はいずれも21時を超えている。
「つまり、秋山君は、あの斎場には営業終了後に確かに何者かの出入りがあって、それが篠山斎場が四号火葬炉を利用しない理由であると言いたいのね。渡辺二郎はそれを確かめるために四号火葬炉前ホールを調査し、姿をくらましたのではないか、と」
「そうです。そして、おそらく、渡辺二郎の失踪と、斎場に出入りする何者かの姿を汁職員が、例の噂を目撃し、心のうちに怪異のモチーフを生んだ。だから、一件目の失踪は変異性災害には関わらない。僕たちの領分は、早くても二件目の失踪からです。そして、今の二つの事実を知りうる立場にいた職員が宿主ということになります」

*****
「秋山君の予想が当たっていたということは、ここの炉では少なくても何か焼いていた、あるいは焼いていたと宿主が信じていたということよね……それって焼いていた何かが出てくるんじゃ」
 変異性災害は異界より媒介者たる宿主や場を通して現実世界に干渉する。干渉の仕方は怪異ごとに大きく異なるが、彼等は宿主の宿したモチーフと思念に従った形で現れるのが常である。
「流石に焼死体が現れる、なんてことはないと思いますよ。秋山さんは煙の怪異を目撃したと言っていましたから……それより気になりませんか」
「気になるって何が」
「誰かの視線です。部屋の何処かから覘きこまれているような、そんな視線を感じます。秋山さんを見つめていた怪異がホール内に潜んでいる、ということでしょうか」
「私は長正さんほど霊感がないので、視線など感じませんよ。怖いこと言わないでください」
「怖いことと言われてもですね。とにかく、計画通り異界を開きます」
 長正が明りを消して目を閉じ、両手で複雑な印を組む。彼の口元から流れ出る小さな祝詞が4号火葬炉前ホールをざわつかせる。やがて、真っ暗だったはずのホール内が薄ぼんやりと紫色の光を帯び始めた。
 変異性災害対策係が有する研究資料によると、変異性災害は原則として発生源となる宿主や巻きこまれた人間以外には感知されない。したがって変異性災害に巻き込まれない限り人は異界の姿を観ることはない。しかし、少数ながら例外は存在する。いわゆる霊感を持つ人々は条件さえそろえば能動的に変異性災害に関われるのである。
そして、そうした例外的な人員を集め、異界に隠れて姿を見せない怪異に対してある種の「きっかけ」を頼りに異界に侵攻、怪異を封じる。それが変異性災害対策係の行う主たる業務である。
長正の行う異界開きもまた怪異への対抗策の一つである。彼の祝詞は現世と重ね、異界を感知するための手順だ。霊感のない者や霊感の弱い者であっても、彼の力によれば一時的に異界を観ることができる。
「どうやらうまく開いたようですね。怪異に注意しながら失踪した人たちを探しましょう」
 長正は薄紫色に包まれたホールの中央で夜宮に対して笑顔を見せる。しかし、職務について初めて異界開きに立ち会った夜宮としては気が気ではない。この光景の中では怪異が明確な形を持って認識できるという知識がかえって彼女の不安を掻き立てた。

「あのぉ。そこにいるのはどなたですかぁ。とうさいじょうはぁ、もうしゅうりょうしていますぅ。あのぉ」

 そんな中でホールの入口に突然現れた喪服姿の男に対して、夜宮は反射的に携帯していた呪符を投げてしまった。投げた瞬間、視界に入る者が必ずしも怪異ではないということに気が付くがもう遅い。呪符は投てき時の彼女の意思に従い、まっすぐに男の方へと向かっていってしまう。そして
「いたああああい」
 男の顔面に呪符がめり込み、男の体中から黒い煙が吹きあがった。喪服姿の男はうめき声をあげながら顔面に両手を突っ込み、めり込んだ呪符を取り除こうとあがき始める。やがて男の手は顔面を深くえぐり、後頭部の皮を引き裂き顔の中心に大きな穴を開けてしまった。もう生きているとは到底思えない状態にも関わらず、男は崩壊した顔で大きなうめき声を上げる。彼の身体から立ち上る黒い煙はホールの天井を覆い尽くそうとじわじわとその量を増やしていた。
「ええっと、長正さん、あ、あれって」
「おそらく煙々羅でしょう。あの喪服は斎場の職員の方が着ていたものですから、職員のどなたかの、渡辺二郎の姿を模しているのでしょうか……顔は夜宮さんが潰してしまったのでどなたを模したのかはわかりませんね」
「えっと、えええっと、ごめんなさい?」
「謝るのは後にしましょう、これからどう動くかを考えましょう。身体が煙で出来ているにしては天井に広がる煙の量が多すぎますし、男の身体が本体ではないようですね。秋山さんの見立ての通り、『煙』そのものの怪異なのでしょう」
「そんな冷静に現状分析されても困ります。あれが怪異で、煙なんだとしたらこのままいくと私たちあの煙に巻かれてどうにかなってしまいますよ!!」
 煙は既にホールの天井全てを覆い尽くし、夜宮達に向かって徐々に高度を落としている。喪服の男は顔を完全に壊してしまったが、呪符をさがしているのか首のあたりを掻き毟り始めていた。
「落ち着いてください夜宮さん。ああいった手合いと争う時は落ち着きが肝心です。そうですね、ここは夜宮さんの呪符を何枚か男に投げてその隙に彼の後ろのドアから外へと逃げ出しましょう」
「でも、さっき投げた呪符はあの男の下に落ちているし、効果がないんじゃ」
「彼自身は呪符が体内に残っていると思っているようですから、注意を逸らすことはできるでしょう。ほら、早く」
 だから積極的な手伝いは厭だったんだ! 夜宮はどうにでもなれと手持ちの呪符を何枚か喪服の男に向かって投げつけた。



――四号火葬炉だけ妙に稼働率が低いですよね。少しはそちらも稼働するのはどうでしょうか。
 そのような言葉を発した彼が悪い。いつから4号火葬炉を利用しなくなったのか、正確な時期は覚えていないが、事務所の中で4号火葬炉を利用しない事は暗黙の了解になっていたし、その理由については誰もが互いに尋ねることをしなかった。別に何かを隠したかったからといった特別な意図があったわけじゃない。ただ、そこに触れるのは誰もが厭だった。
 彼は、炉の稼働率の資料を机において、熱心に話した。しかし、四号火葬炉は利用しない。その結論が変わるわけがない。それは誰もがわかっていたことだ。所長が利用する必要がないと述べたとき、その場の誰もがそうだろうと頷いた。けれども、彼は頷かなかった。
 私は何もしらない。私は彼の行方について何も知らないんだ。何度聞かれても同じだ。彼が、彼が悪いんであって、私は何もしていないし、何もしりやしない。なのにどうして、どうしてそのような顔で私をみるんだ

――知っていますか? あの火葬場、夜な夜な人間を焼いているのだとか
――ああ、その噂なら聞いたことがある。そのために専用の炉があってさ、特注品だから普段は利用しないんだって
 そのような事実などない。この火葬場は夕方で運営が終わるし、その後は誰も来ない。変わった炉など存在しないし、そこで人間を焼くなんてことするわけがないじゃないか。
――じゃあ、何故、何故4号炉は利用されないのでしょう
 だからそれは……
――それは?
 利用しない。所長が利用しないと決めたら利用しないんだ。それで何処か困っていることもないだろう。現に君が勤めてからいままで、4号炉を稼働しなければ火葬の予定が滞るような事態があったか。なかっただろう。だったら
――やっぱり、変ですよ。もしかして、四号炉って何か
――火葬場に止まっている白いバンは、生きている人間の死体を運んできたんだって。それで、火葬炉に入れて
――普段は煙が出ないのに、生きている人間を焼いているときだけ煙が出る。つまりその煙って
 違う。そんなことがあるはずがない。あるはずが……

「けれども、渡辺二郎さんは四号火葬炉を訪れた後に姿を消した」

 知らない。知らない。知らない。彼は家の都合で退職したんだ。4号火葬炉に入ったなんて話聞いたことがない。大体、勤務時間中に4号火葬炉を訪れたからなんだというんだ
――佐藤さん。やっぱり納得がいかないですよ。所長は四号火葬炉について何か隠しているんじゃないですか。
 あの日の渡辺は少し様子がおかしかっただけだ。おおかた、所長に直談判にでも行って、勢いで辞職したんだろう。4号火葬炉を訪れた後、たまたま誰も姿を見なかったからといって、それがなんだっていうんだ。なんだって 

*****

 煙が部屋中に充満していく。煙。私の身体はすでに半分もない。中に入ったモノをかきだすためにむしっているうちに、顔はなくなり、胸元もほとんどなくなってしまった。それでもそれは見つからず、私は必死に身体をむしっている。
 不思議と痛みはない。それに、私は自分が身体をむしっている様子を遠くから眺めているようにも思う。同時に私は部屋に煙が充満していく様子をぼろぼろになった身体からじっと眺めている。
 私は、煙なのだろうか。私の身体と、部屋に充満する煙は同じものなのだろうか。わからない。何もわからない。何も分からないことが怖い。恐怖を感じると、いつものように煙が私の周りにまとわりついてくる。煙の中からは助けを求める声が漏れ出て、私は何を助ければいいのか、そもそも救われたいのは私であるのではないかと混乱する。
 
 異界とは変異性災害の核となる怪異を中心に広がる、現世ととてもよく似た現世とは異なる場所だという。怪異の種類によって多様な異界が現れるが、異界の中では現世と同じに見えても全く違う構造の施設などに出くわすと異界に踏み入る者たちは述べる。
 しかし、篠山斎場に開かれた異界には特に現世と違うところがない。唯一違うところといえば
「長正さん! 煙がドアから出てきています!! まずいですよ、あれまずいですよ」
 四号火葬炉前ホールの出入り口は、呪符で隅々まで目張りをしたにも関わらず、夜宮の目の前には巨大な煙の怪異が立ち現われている。四号火葬炉前ホールで出くわしたときのような人の形は既にない。代わりに見えるのは二階まで吹き抜けのロビーに居座る三メートルはあろうかという巨大な入道雲だ。雲の表面には何十もの顔が浮かび上がり、悲痛な呻き声をあげている。
 自らの声に気を取られ、夜宮のあげた声には気付いていないのか、煙の怪異は何処かへ動き出すこともなく、その身体を震わせていた。後を追ってきた長正に対し、夜宮はジェスチャーで目の前の化け物の存在を示す。
「これは大きい」
「大きい、じゃないです。岬藍の姿も見当たらないですし、あれはもうどうにかできるサイズじゃ」
「そのことなんですが……もしかして、彼女もあの煙の中にいるのではないでしょうか」
「そんな、まさか」
「他に異界内に彼女がいるような場所がありませんでした。煙に連れ去られたのなら、煙の中に留まっているのはそれほど変なことでもないでしょう」
「変ですよ。最初に出くわした時には人の気配なんてしませんでしたよ」
「炉前ホールで出くわしたときは姿を現していなかっただけかもしれません。それに、今の煙々羅は実体があるようです」
 長正の言うとおり、煙々羅の身体がぶつかると斎場の壁や天井が軋んだ音をたてる。壁にぶつかった部分からは白い煙が吹き出ているため、完全な実体があるわけではなく、おそらく煙を中に貯め込んだ風船のようになっているのであろう。
「中を探ってみる価値はあると思います。私が煙々羅の身体に突入するので、夜宮さんは後方支援をお願いします。とにかく呪符を投げ続けるだけで構いません。あとは私がなんとかしてみますから」
 そう言うと、長正は身体をかがめ、一気に煙の化け物に突進していく。彼の身体が煙々羅に触れた瞬間、煙々羅の身体の一部が破裂し霧散したが、あっという間に長正の身体を包みこみ、もとの入道雲のような躯体へと姿を変える。
「ちょっと、もう少し躊躇って言うのがあってもいいじゃないっ」
 夜宮には何が何だかわからない。初めて怪異そのものを目撃しているのだ。もう少し説明をされなければ、状況が把握できない。しかたなく、長正に言われた通り手持ちの呪符を投げ続けるしかなかった。
 
 私の身体は大きく膨張し、私の意識が戻ってきたころには自分がどのような姿をしているかが把握できなくなっていた。身体の中では何人もの救いを求める声が響いている。けれども、それが何から救われたいのか、誰に対してかけられた声なのかわからない。私は、私が何者なのかも、身体の中に響く声が何であるかもわからないまま膨張だけを続けていく。身体の中で何かが動きまわっているような感触も、それが何を意味するか理解することができない。想像がつかない。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
事務所の中では、床に膝をつき焦点の定まらない目をした佐藤が、壊れたように怖いという言葉を連呼し続けていた。それはもはや意味を持つ言葉ではなく、ただただ彼の中から漏れ出てきている音に過ぎない。
秋山は、佐藤の前にじっと立ち続け、その時を待っていた。耳に付けたインカムからは、まだ必要な連絡が入ってこない。事務所の中にもうっすらと白い煙が立ち込め始め、何かが焦げたような臭いが鼻につくようになってきた。仕掛けるタイミングが早すぎたかと、内心では焦りを感じるが、決して目の前の佐藤に、そして周囲を取り巻く煙にそれを悟られるにはいかない。怪異はそこに付け込んでくるのだから。
――私は何もしらない。渡辺が消えたのだとしても、私のせいじゃない。私は、私は何も知らないし、渡辺が焼かれているはずなんてないんだ!!!
 秋山が不安をあおり、佐藤総司の精神を掌握した後に、佐藤の口から出てきた情報は一貫して「何も知らない」ことに尽きる。おそらく、彼は本当に職員の失踪の理由も、少女の失踪の理由も知らなかったのだ。そして、知らないからこそ、くだらない噂に怯えた。
火葬場で生きた人間を焼いている。誰がどう考えても根も葉もない都市伝説に過ぎない。確かに、広まっていた噂は篠山斎場を舞台としたものと思えたが、斎場の職員が真に受けるようなものではない。にもかかわらず、佐藤の中では噂と職員の失踪が結びついている。秋山は自分の推測が当たっていることを確信した。佐藤は職員失踪に関わる何かを目撃しているのだ。
それは、おそらく…
「聞こえるか? 恭輔。遅くなった。お前の言ったとおりだった」
 秋山が更に質問をしようとすると、耳につけた通信機に結城からの通信が入る。
「結城さん、遅いです。それで、渡辺さんは」
「大丈夫だ。今、保護した。ただ、もう一人の従業員と少女については知らないらしい」
「わかりました。そっちは僕たちが何とかできるはずです。渡辺さんとお話しできますか」
 秋山は通信機を耳から外し、その音が佐藤に聞こえるように前に差し出した。やがて、通信機から、結城とは違う男の声が聞こえてくる。
「もしもし、あの、篠山斎場の職員の渡辺二郎です。ええっと、刑事さん、これでいいんですか?」
 通信機から聞こえる渡辺の声を聞いて、佐藤の身体は硬直した。
「わ、わたなべ……わたなべわたなべ…どうして」
 先ほどまでと違い、佐藤の目がうっすらと正気を取り戻した。秋山はその機を逃さず、右足で大きく床を踏みならす。

「佐藤総司に憑きし怪異に告ぐ。我、汝が正体をみたり。汝、宿主佐藤総司に憑きし、煙の怪異なり。ここに、秋山恭輔の名の下、汝を煙々羅と命名す」
 秋山の声に反応して、周囲の煙は部屋の四隅へと引いていく。秋山は佐藤の襟首をつかみ彼の顔を引きつけ、じっと眼を覗きこんだ。
「佐藤総司。貴方に憑いた怪異は、貴方の不安につけいるモノだ。貴方は所長の不正行為に気がつき活動を始めた渡辺二郎が怖かった。いや、貴方達が避けていた4号火葬炉に絡む不正、それを暴こうとする渡辺二郎の行為が、『彼ら』の逆鱗に触れるのが怖かったのだろう。夜の斎場を白いバンに乗って訪れる正体不明の『彼ら』に、渡辺二郎が何かをされるのではないか。貴方の中に宿ったそうした不安は、彼の突然の失踪によって膨れ上がった。しかし、彼は貴方が思っているような目にあったわけではない。今聞こえた通り、彼は生きている」
「わたなべ、が、いきてい、る……それじゃあ、かれら、は……かれらはなにを」
「何もしちゃいないさ。ただ、彼らの仕事に気がついた渡辺二郎を連れ去り、監禁していただけだ。つまり、この火葬場で生きている人間を焼いたなんて事実はないんだよ」
「そ、そんな。それじゃあ、それじゃあこの臭いはなんだっていうんだ。あんただって気付いているだろう、この部屋にも煙が、あの煙が入ってきている。人を焼いた臭いだ。人を焼いた臭いがする。人だ、人だ人だ人だ、あの煙は人を焼いた煙に違いない」
「焼いてないのに煙が出るわけがないだろう。それは貴方に憑いた怪異が見せる幻覚だ」
 秋山は佐藤を掴んだ手を離し、ゆっくりと後ろを振り返る。事務所の応接用ソファにはいつの間にか喪服姿の男が座っている。秋山に向けられた男の顔を観て、背後で佐藤が悲鳴を上げた。
 男の両目はなく、本来目がある場所には深い穴があいている。何事かを話そうと口を開けるもそこから出るのは言葉ではなく真っ白な煙だ。男はゆるゆると立ち上がり、吐き出した煙を必死に口の中に戻そうと両手で宙を攫っている。
「あ、秋山さん、聞こえていますか。こちら夜宮です。長正さんが岬藍さんと、もう一名、斎場の職員の方を発見しました」
「わかりました。今から変異性災害を排除します」
 夜宮に返答し、秋山は目の前の煙の男に向かいあう。眼が存在せず、輪郭もぼやけているため、はっきりとはわからない。しかし、佐藤の様子を見る限り、おそらく渡辺二郎を模した形なのだろう。
「煙々羅。悪いが、現世にお前がいるべき場所はない。あるべき場所に還りたまえ。祓い師秋山恭輔の名において、宿主佐藤総司の身より汝を排除する」

8.
 午後九時三〇分。営業をとうに終え森林の中に姿を潜めているはずの篠山斎場は、いつもと違い少々騒がしくなっていた。
 環境管理部第四課変異性災害対策係から篠山斎場内で岬藍、小暮義男を発見したという知らせを聞いた、巻目市警察署と消防署の職員が斎場の敷地内で慌ただしく活動している。
 ぐったりした様子で斎場の入口に座りこんでいる秋山の姿を見つけ、結城は小さく右手を挙げた。
「おう、お疲れだったな」
「全くです。まさかあんなに往生際が悪いとは……」
「往生際?」
「ああ、こっちの話ですこっちの。とにかく、全員無事で発見されてよかったですね」
「まあな、ああ。だが佐藤とかいう従業員は泡を吹いていたらしいが」
「あれは……いつものことです。ちゃんと休めばすぐ回復しますよ。急に心の一部を剥がされてショックを受けただけですから」
「全く。お前たちのいうことは相変わらずさっぱりわからんな」
「結城さんはそれでいいんです。それで、結局どうだったのですか」
「ああ、全くどうやってそんなことに気がついたんだよ……お前のいった通りだ。どうやら、渡辺二郎は一般廃棄物の不正処分を目撃したらしい」
「ごみの不正処理ですか……火葬場でごみを焼くってのはまた」
「火葬場ってのはそれほど採算の取れる施設ではないらしい。それで、多少の金と引き換えに、業者に炉を利用させていたのだそうだ。篠山斎場付近で目撃されていた白いバンは廃棄物をここに運ぶために利用していた車両だった。ごみ処理業者を当たっていったらあっさり見つかった」

*****

 後日、結城から聞いた話によると、不正処分に関わっていたのは所長だけであり、他の人間はいつの間にか使われなくなった四号火葬炉で何かが起きていると疑うに過ぎなかったのだという。渡辺二郎はそうした斎場の様子に奮起したのか四号火葬炉の件を独自に調査した結果、ごみ処理業者と所長の関係に気がついたのだという。決定的証拠が足りないと感じた彼は夜の斎場に張り込んだ末、決定的な現場を押さえた。しかし、同時に業者に見つかってしまい捕えられたのだという。おそらく、所長は渡辺に起きたことを知っていたのだろう。だから、退職という形でごまかし、その後の身の振り方を検討していたのだろう。
 少女の失踪事件解決から二週間、篠山斎場は所長が変わっただけで、今まで通りの運営が続けられている。報告書の催促に訪れた夜宮は、煙々羅の宿主であった佐藤もどうにか回復し、業務に復帰すると話していた。いつものことではあるが、宿主となった以降の記憶は曖昧で、ただ妙な不安感に襲われ続けていたと述べているそうだ。
 もっとも、佐藤に関しては何も知らなかったのだろうから、記憶が残っていたとしても大した事情は聞くことができないのだろうと秋山は思う。
「不正の事情を知らず、ただ斎場にやってくる謎の業者の姿と同僚の失踪に怯えたすえに生まれた怪異……か」
 秋山は変異性災害対策係への報告書をまとめながら、問題の噂サイトを開いてみる。しかし、篠山斎場での一件が終わって以降、秋山が見つけた噂サイトはどれも閉鎖されていた。それらは忽然と姿を消してしまったのだ。まるで、実体の掴めない煙のように。

<黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅 了>

―――――――
今後の予定:黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
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