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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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人形迷路1
黒猫堂怪奇絵巻7話目 人形迷路1話目です
ラフテキストから約半年、放置気味だったブログを整理する意味も込めて。
年内に半分くらい作ろうと思っています。

元々、黒猫堂全体で考えていた構成だと、7話目、人形迷路からが起承転結の承。
話を広げていく段階を予定しています。
まずは本編、導入部です

今までの黒猫堂怪奇絵巻
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う
黒猫堂怪奇絵巻5 キルロイ
黒猫堂怪奇絵巻6 ネガイカナヘバ1
―――――――――

黒猫堂怪奇絵巻7


 地下通路の奥から外に向かって吹きつける強い風。ホームに向かって地下鉄が近づいてくる合図だ。今走れば間に合うかもしれない。そういった思惑を持った人々が一斉に階段を駆け下りていく。
 人の流れに押される形で、階段を駆け下りていくと、ホームの中は人がごった返していた。腕時計を確かめてみるが、混雑するような時間ではない。どこかでイベントがあったか。
 ホームに到着した車両にも人が詰め込まれている。幸い、ほとんどの乗客は三駅先の乗換駅を目指しているため、ホームに人は増えない。ホーム上の人々が車両に流れこむ。
 結局、階段を下りる前の期待は裏切られ、ほとんどの人々がホームに取り残された。
 何があったのか、と近くの客に尋ねると、事故だという。ホームの転落防止柵を乗り越えて、客がホームに落ちたのだそうだ。片方の線路にずっと車両が止まっているのはそういう理由で、今、折り返し運転をしているため、混雑が解消されないのだという。
 人の流れに乗ってホームに降りたのは失敗だった。なんとか上に戻れないだろうかと思い、身をよじった時、それが見えた。
 人間の足首ほどの大きさしかない人形のような影。それが、ぴょんぴょんと車両を待つ人々の間を駆け抜けていった。
*****


 巻目市は秋冬が長く、夏は短い。それでも、7月に入ると市内にも夏の足音が聞こえてくる。街中では、半袖の通行人がちらほらと見え始める時期だ。
 対して、ショーウインドウに写るのは、長袖の濃い緑色のジャケットだ。腰までかかるこの長さは初夏に道を歩くには少し不釣り合いかもしれない。
 支給されている制服を、係の長が身に付けないというのもいかがなものかと思い、身につけているが、部下のほとんどは身につけていない。うまく着こなしているのは、夜宮沙耶くらいだろうか。
 巻目市役所環境管理部第四課係長、火群たまきは、今月の一冊が並ぶ本屋のショーウインドウの前で、制服について考えながら人を待っていた。
 時折、自動ドアから店内を覗き込むが、待ち人は店に入って20分以上、文庫本や漫画などを漁っていた。待ち人はようやく買うものを決めたのか、レジに並び、本で膨らんだビニール袋を大事そうに抱えて出てきた。
 その顔は、入る前のしかめ面に比べると、どこかにやけている。
「や。その様子だと、良いもの買えたみたいだね」
 自動ドアが開いたと同時に声をかけると、待ち人の青年、秋マコトは露骨に厭な顔をした。どうも火群が声をかけると、誰しも似たような反応をする。
 秋マコト。巻目市内の私立高校、私立陽波高校在籍の高校生。1か月ほど前に変異性災害対策係として関わった陽波高校の異界化事件の際に、異界の中で見つけ出した稀有な人材だ。
「火群さん、あんまり付きまとうと警察か市役所に相談しますよ」
「それはやめてくれよ。課長から怒られてしまう。普段はウチの係なんて蚊帳の外でも、対面は気にする人だからねぇ」
「もう諦めてください。僕は高校生ですし、正直、もうああいうの関わりたくないですよ」

 人間の精神的変異を起因とする物理的干渉能力を有する幻覚及びそれに類する精神体により惹起される災害一般と定義されるもののうち、特に行政庁が有害と指定したもの。
 変異性災害対策法案に盛り込まれた、変異性災害の定義だ。この定義では何のことかわからないが、変異性災害とは、要するに魑魅魍魎、妖怪、都市伝説、呪いに魔術、そうしたオカルト、超常的な現象を引き起こす対象およびその対象により惹起される現象そのもの、一括りにすれば『怪異』のことを指す。
 巻目市役所環境管理部第4課変異性災害対策係は、市内および市の周辺で発生する怪異に対応するために変異性災害対策法に基づき設置された部署である。
 怪異というイレギュラーな案件を扱う関係上、人員の選出も極めてイレギュラーな方式で行われており、市役所の一部門であるが、採用されている人間は全て中途採用だ。
何を隠そう、まず怪異が認知できないと始まらない。変異性災害を捉える感覚、霊感を持つことがこの部署に配属される大前提だ。
 もっとも、霊感を持たない人間が大多数であるがゆえに気が付かれないだけで、案外と霊感を持つ者は多い。人員確保のために問題になるのは、むしろ次のステップだ。
 霊感を自在に操ることができる素養、そして、怪異に立ち向かうだけの冷静さと精神力。こればかりは、そう多くの人間に備わるものではない。
 だからこそ、変異性災害対策係は常に人員不足であり、怪異への対処の際に必須の存在である祓い師すら不足を補うために外部職員を雇う始末である。
「というわけだからさ、いいと思うんだよ、彼」
 春先に発生した陽波高校異界化事件、陽波高校に現れた怪異ウツシミへの対処の中で出会った、香月フブキの同級生である秋マコトは、異界の中にいても自我を保ち、火群の後ろをついて歩くことができた稀有な人材だ。
 元々は霊感を持っていなかったようではあるが、事件の後、比良坂民俗学研究所にて身体検査をした結果、後天性の霊感を獲得したことが判明した。
 つまり、秋マコトは、怪異を認知できる人間になったということだ。
「ダメです。香月と同級生ということは、2年生ですよね。いくら特例の多い部署でも、18歳未満の人は採用できません」
 火群のプレゼンをぴしゃりと却下したのは火群のスケジュール等の管理も行ってくれている頼れる部下である、加藤恵理だ。
「加藤ちゃん、そう固いこと言っていたら、人員不足はなくならないよ。ほら、香月だって今まだ17歳だ」
「彼女は祓い師としての素質を買って特別に迎え入れているのではなかったですか」
 加藤の向かいに座る夜宮沙耶が首を傾げながらファイルを探し始める。
「それそれ、秋君も特別に」
「いいえ。秋マコトさんに特例は通じません。香月フブキさんは、祓い師としての能力の高さを買われているという点もありますが、彼女は変異性災害認定の呪物、霊刀水蛟の適合者です。彼女の場合、彼女と水蛟のセットで比良坂民俗学研究所が管理するという条件で、変異性災害の認定を留保している、その経過観察も含めて、当係預かりにした案件です。
 単純に、異界化や怪異への適性が高いことを理由に、高校生を部下に雇い入れることは不可能です。夜宮さんも、係長の甘言に騙されないように」
 甘言ときた。誰も覚えていない、もちろん、香月フブキも、火群でさえも覚えていない香月フブキの祓い師としての登録の経緯を、加藤はきっちりと把握している。彼女が一日の大半を費やして更新し続けているデータベースの精密さが物をいう瞬間だ。
だが、頭が固いのはもう少しどうにかしてほしいところである。

「秋君に回す事件の種類に関しては、こちらでも慎重に配慮する。この前の獏のようなことはないようにするからさ」
 獏、その名前を聞いた瞬間、秋の表情が一層曇り、早足に変わった。突然異界に放りこまれた彼としては、異界化の主犯の名前や異界の話は避けたいところだと思っていたが、夢喰いの獏もトラウマの対象だったらしい。
 秋は火群の話を聞く様子を見せずに、まっすぐバス停に向かってしまう。
 バス停では、10人前後の人が並んでおり、三00メートルほど先の曲がり角をバスが曲がってくるのが見えた。このままだとバスに乗られてしまうので、火群も一緒に乗りこむ羽目になる。だが、スカウトについて係内であれだけ反対されている以上、バス代については自己負担だろう。
 さてはてどうしたことか。難問と向かいながら、秋の横をついてバスの待合列を通り過ぎたときだった。
 視界の端、待合列の客の足元を何かが素早く駆け抜けた。右目の奥がチクリと痛むような感覚が走る。
「何あれ」
 秋マコトもまた立ち止まり、待合客の列の足元を見ていた。思わず声が漏れているところをみると、秋はそれの形をぼんやりと捉えたらしい。
 バスは曲がり角を過ぎ、バス停まで約二〇〇メートル。厭な予感がした。待合列の足元にはっきりと意識を向ける。視界の端を駆けていた何かは待合列の前から二番目に立つ女性の足元にいた。
 水色のベストに赤のハーフパンツ、黄色い三角帽子をかぶった小人だ。身長は一五センチほど。褐色の肌に緑色のビー玉のような目が目立った。ビー玉のような目は女性の後頭部をみながら、ぐるりぐるりと回転した。
 バスはバス停につくまで約一〇〇メートル。小人の口元が大きく割れ、サメのような歯がむき出しになった。赤い靴が地面の上を何度も回転し、元に戻る勢いで、小人は女性の頭めがけて飛び出した。バスは約五〇メートル。
 小人は弾丸のように、女性の頭に向かって飛んでいく。それが衝突すれば、その勢いでバランスを崩し、女性は車道に出てしまうだろう。
 だが、小人が女性にぶつかるよりも、火群の左手から出た火の粉が小人に触れる方が速かった。小人が回転を止めて、火群に向けて驚きの表情を見せる。小人の勢いは殺しきれず、その身体は女性に向かっていく。火群は左手の中指を曲げる。火の粉と中指を繋ぐ炎の糸を引っ張ることで、小人を自分の下へと引き寄せた。
 小人が火群の方へと引き寄せられる瞬間、その足が女性の後頭部を蹴る。
「あっ」
 バスはバス停の一〇メートル前。小さな声をあげて女性はよろけるが、一歩前に踏み出すだけで、車道に出ることはなかった。目の前を通るバスに気が付き、胸に手を当てている。
「さあて、何をしようとしていたのかね」
 女性の安全を確認し、火群は左足で踏みつけ自由を奪った小人を睨み付けた。仰向けに地面に転がっている小人は火群の目を見て必死に首を振っていた。
 バスの待合客たちは、何事もないようにバスに乗り込み、バスは発車する。バス停に残ったのは、火群と小人、そして小人を見て呆気にとられている秋マコトだけだ。
「あの、それって」
「視えているか、視えているな。こいつは正真正銘の怪異だよ」
 小人は口を割りそうにないが、バスは次の停留所を目指して走り始めている。宿主は待合客の誰かだったに違いないが、もう確かめるすべはない。ビー玉と身体の隙間から溢れるような涙を流して何かを喚いているが、聞く気はなかった。
 小人の服をチリチリと焼いている火の粉に対して力を注ぎ込む。火の粉はすぐに炎になり、小人の身体全体を包み込んだ。小人は身体をばたつかせていたが、やがて身動きをしなくなり、身体が崩れて灰になっていく。
「いいんですか、それ」
「いいって、何がだい。ああ、宿主はほんの少し心を痛めるが、こいつと同じように燃えることはないだろう。小人って奴は宿主との接続はそれほど強くないことがほとんどだからな」
「そんなにたくさん出るんですか、その、小人」
 秋の言葉には恐れが混じっている。確かに、火群たちは慣れているから気にならないが、よく考えると少々怖いかもしれない。
「よく出るって言っても、二、三ケ月に一度くらい発見報告がある程度だ」
 受け答えをしながら、火群は首を傾げた。本当にそうだったろうか。確かに、一般的な傾向として、小人が出るのはその程度の期間のはずだ。
 だが、火群には、つい最近、小人の出現例を聞いたような記憶があった。

*****
 変異性災害対策係は、市役所内の文書保管庫を兼務したスペースで執務を行っている。しかし、怪異にまつわる情報というのは誰にでも目につく場所に置いておくわけにもいかない事情があり、比良坂民俗学研究所という大型の研究施設を持っている。
 表向きは市役所との協力関係という話で通しているが、事実上、変異性災害に関わる情報等については、比良坂に集約されているといっていい。
 過去に起きた変異性災害案件の検索なども、データベースが比良坂にあるため、直接研究所で覗いた方が早い。それでも、加藤の検索スピードには敵わないのではあるが。
 バス停で小人を見つけた結果、秋は変異性災害を怖がってしまった。火群は、今日の勧誘は中止して引き上げてきた。
 代わりに気になった小人の記録を検索するため、研究所にやってきたものの、実際に検索してみると、思いのほか多い。
 直近二か月、巻目市内で発見された小人は六体。一か月に三体のペースで祓い師が小人を祓っていることになる。だが、火群が見た記憶のある小人の案件はデータベースにはなかった。
「おや、火群。こんなところで調べもの?」
 資料室に顔を出したのは鷲家口ちせだ。両手いっぱいに抱えている資料を背後の机に置いて、火群の前の端末を覗き込んだ。
「係長。だ」
「あらあら、いいじゃない。公式の場では係長と呼んでいるんだから」
「その物言いが余計な憶測を生んだりするんだがねぇ」
「えっ」
 あからさまに飛びのいてみせるが、本気ではないことはよく知っている。右手をキーボードから話して手を振ってやると、ちせはクスクスと笑った。
「今日は、何の調べものなの、火群係長」
「小人だよ。ここに来る途中に、一匹祓ったものだから、過去の記録が気になった」
 ちせは怪異の名前を何度か呟きながら、火群の隣で画面を覗き込む。
「こうやってみると最近多いね。これだけ出ていても、小人ってうちの研究班でもはっきりと定義できていないのよね」
 小人。火群がバスの停留所で見た怪異は、通常の人間と比較して著しく小さい人間の形をしていること以外に特段の情報がない。
「スクナヒコナ、一寸法師、ノーム、ドワーフ、レプラコーン、伝承上小人と分類される妖精、怪異の類は多いけれど、過去の変異性災害の記録に出てくる小人はそのいずれとも断定することができていない。彼らは一様に小さく、そして宿主あるいは宿主に近しい人物に対して害をなすが、個々の力はそれほど強くない。駆け出しの祓い師でも姿さえ確認できれば祓える程度に」
「ある意味、それが小人の正体を不明確にしている理由かもしれないな」
「秋山君みたいに、怪異の込み入った事情まで追いかけなくても、解決できちゃうからね。それで、過去の記録を見るほどに奇妙な出来事でもあったの? その小人退治のときは」
 それ自体はいたって普通の小人の発見報告だ。突然足元を駆けまわる小さな影が見えて、バス停の待合列に立つ女性を車道に押し出そうとした。押し出されていれば、女性はバスに轢かれていたが、その前に火群が小人を捕獲した。
 それに、記録にある過去の小人の案件も特に気になっているわけではない。
「ちせ。ここの記録以外に、ごく最近、小人の出現例があったような気がするんだが」

*****
 地下鉄で小さな影を見てから三日。結局、あの日はそのまま四本の電車が通り過ぎるのを待ち、地下鉄駅を後にすることができた。幸い、管轄が違ったので、地下鉄での事件について拘束されることなく、出張から戻ってくることができた。
 赴任から半年。巻目駅のホームに立つことへの違和感も随分と減ってきた。たまたま乗り合わせた同僚と、出張先でのトラブルについて雑談をしていると、見覚えのある駅のホームにたどり着く。
 笑い話の一つとして、出張先で見た小さな影の話をすると、同僚は、大げさに怖がりながら、具体的にはどれくらいの大きさだったのかと聞く。
 そう。ちょうど、窓から見える転落防止用柵の上をトテトテと走っている人形のような。私は、視界に入ったその小さな影に言葉を失った。
 同僚には見えなかったのか、冗談きついと笑いながら、駅の電車を降りていった。乗客の足元に隠れて、件の人形がぴょんぴょんと跳ねているのが見え隠れする。
 私は、不吉な予感がして同僚を呼び止めようとしたが、電車の扉は閉まり、駅を離れ始めてしまう。せめて、こちらの意図に気が付いてくれれば、そう思ってドアをたたいたが、周囲の乗客に怪訝な視線を向けられるだけで、ホームに降りた同僚は、私の姿を振り返らない。
 地下鉄であの影を見た時、その直前には人身事故が起きていた。今回も同じようなことが起きるかもしれない。胸の中で大きく膨らんだ不安に耐えられず、私は、次の駅で電車を飛び降りた。
 同僚の携帯端末に触れるが、繋がらない。ホームの乗客たちが少しざわついている。何があったのかとあたりを見回しているうちに、構内放送がかかった。
――先ほど発生した人身事故のため、運行を一時停止しています。繰り返します。
 人身事故が発生したのは、一つ前の駅。私が、小人を見た駅だ。
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プロフィール
HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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