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作成した小説を保管・公開しているブログです。 現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。 連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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ラフテキスト:食の王国
5月に文学フリマに出た時に、文学フリマ用の短編集『noise』というのを作りました。
黒猫堂を書き始めるときにやりたかった、もっと単純なゴーストバスターズみたいな話を作る予定だったのですが、出来上がってみると、幽霊退治してなかったので、作った本人も驚きました。

せっかく作ったので、今後もイベントに参加する機会が持てれば黒猫堂と合わせて新しいのが駆けたらいいなと考えるまま一か月。

美味しいお肉が食べたい。という話を元にラフテキストを作っています。

ーーーーーーーーーーーー



「食の王国」

 夏が近づき、出勤のために家を出て、会社に付くころにはワイシャツが汗ばむような暑さが続いている。暑さが苦手な人間にとっては辛い季節の到来だ。
 対して、早朝ジョギングの最中に吐く息は白く、肌寒い。日中の暑さが嘘のようだ。
大鳥義知(オオトリ‐ヨシトモ)は車の通らない交差点で信号が変わるのを待っていた。いつもなら車が来なければ歩行者用信号など気にせず走ってしまうのだが、今日は珍しく反対側の歩道に人影があった。
 片道二車線の道路の向こう側、ましてや薄らと空が明るみ始めた頃では、顔は良く見えない。大きなビニール袋を左腕にぶら下げ、右手で袋の中から何かをとりだしては口に運んでいる様子が見えた。
 酷く体つきが丸い。ビニール袋の中にはおおかたドーナツでも詰め込んであるのだろう。大鳥は自分の発想が貧困なことに苦笑せずにはいられなかった。
 信号が切り替わり、大鳥は横断歩道を渡り始めた。向かい側の人影は横断歩道を渡る気配がない。相変わらず、袋から出した何かを口に運んでいる。
 様子が変わったのは大鳥が横断歩道を渡り切る直前だ。人影が何かを地面に捨てた。ぺちゃり、という気味の悪い音がして、大鳥は人影が捨てたものを踏んだことに気づいた。
 新調したばかりのランニングシューズが汚れたことで、頭に血が上った。
 人影をにらみつけ、大鳥は声を失った。


 雲一つない快晴だというのに、交差点の周りは酷く暗い。周囲を通りかかる歩行者は、交差点に停車する数台のパトカーよりも、空を舞う大量のカラスの群れに異様さを感じ、足早に現場を走り去っていく。
 カラスたちは、捜査員の頭上を飛び回り、残り物に有りつくため懸命に隙を伺っている。
 他の捜査員たちはカラスに襲われるのではないかと肝を冷やしながら現場検証を続けているが、御坂心音(ミサカ‐ココネ)警部は下手に見物客が現れるよりもよっぽどよいと思っていた。
 カラスは現場の遺留物を奪っていくが、情報は拡散しない。それに、この状況で遺留物を奪われたからといって、大した問題にはならないように思える。
 現場で発見された死体は、身体中を何かに啄まれ、服も顔もボロボロになっていた。身元の分かりそうなものはなく、持ち物といえば、第一発見者が現場から飛び去るカラスから奪い取ったという音楽再生機器くらいだ。
 死体が履いているランニングシューズは血で汚れているが、まだ新しく、ジャージは動物のロゴマークが入ったブランド物のようだ。
「健康のためにジョギング続けたおかげで身が引き締まり美味しい肉になったわけだ」
 現場写真を撮影していた鑑識の猿渡(サワタリ)が渋い顔をした。
「御坂警部、被害者に対してその感想はちょっと可哀想です」
「わかっていますよ。便利屋が見たらそういう感想を言いそうだなと思っただけで」
「彼はそういうことは言わないと思うんですがね。ああ見えて、真面目だ」
「誰が不真面目ですか」
 御坂の問いに猿渡は答えない。代わりにファインダーから目を離し、空を見上げた。
「しかし、カラスってのは人を食べるものですかね」
 猿渡の疑問に、空を舞うカラスたちが喧しく鳴いた。

*****
 『人食いカラスの衝撃。対策をこまねく自治体。平和な町を襲う奇妙な事件の真実とは』。雑誌の表紙に踊る見出しだけで読む気が失せたため、テーブルに雑誌を放り投げる。
「それで、実際にはどうですか、カラスが人食べたんですか?」
 向かいのソファーに座った御坂心音は問いに対して頑なに答えようとしない。テーブルに置かれたお茶を飲みながら首を傾げるばかりだ。
「詳細を話してくれないなら相談は受けられません」
 久住音葉(クズミ‐オトハ)は馴染の刑事を目の前に両手を上げてみせた。
 市役所職員専用相談室。音葉が嘱託職員として勤めているその相談室に来るのは、文字通り市役所の職員だ。
 警察署の職員は通常入ってこられないのだが、何をどうしたのか、御坂心音という刑事は面倒事を持ち込んでくる。
「君はどう思う。久住君。街中でカラスに襲われたことはあるかい」
「ないですよ。確かにカラスが人を襲うっていう苦情は市役所にも来ていると思います。大抵が繁殖期で、近くにカラスの巣があって、外敵と間違われるから襲われるという話でしょう。捕食されるなんて話は聞いたことがないです」
 御坂は身を乗り出して音葉に近づいてくる。音葉は思わず身体を後ろにのけ反らせた。
 御坂心音という刑事は、顔立ちは美人なのだが、手入れされていないぼさぼさの髪や、よれたコートを愛用していることなど見れば明らかなことに、おおよそ外観というものに気を使わない。
 それに加えて毎度持ち込んでくる面倒事だ。音葉としては、御坂に近寄られるのは御免こうむりたい。
「そう。そうなんだよ。私も捕食という話は聞いたことがない。だけどね、久住君。彼らが人間の死肉を食べないという話も私は聞いたことがない」
「御坂警部は被害者がカラスに殺されたんじゃなく、死体をカラスが食べたと考えている?」
「当たり前じゃないか。突然、カラスが街中で人を捕食するだって? そんなことが起きているなら今頃街中大パニックだ」
 今でも十分パニックた、市役所にはカラスが人を襲うのではないかと市民からの問い合わせが相次いでいる。地方局や雑誌が取り上げてしまったため、住民のなかで静かに不安が広がり始めている。
「それにだね。こういう輩はカラスに人が食べられたなどと言っているが、こいつは死体遺棄事件だ。私としては、カラスが人を襲う証言ではなく、その時間に周辺を走っていた不審車両などの証言のほうがほしい」
「証言は出てきませんよ。僕は現場にいたわけじゃないので」
「知っているよ。私が頼みたいのは、こっちの調査さ」
 そう言って、彼女がテーブルに置いたのは、精肉店のチラシだった。


 食の王国。新鮮な肉を量り売り。
 スーパーでの小売り用パック肉が増えたからか、量り売りの精肉店の数は減っているように思う。それは、音葉が普段使うのが商店街ではなく、大型のスーパーやショッピングモールに偏っているからなのだろう。
 提示された依頼料に負けてやってきた商店街は、音葉が予想以上に活気のある空間だった。八百屋、魚屋、飲食店、本屋。狭い道路に生活に必要な店が寄り集まっている。
「こういうところのほうが生活感ある」
 隣を歩く水鏡紅(ミカガミ‐ベニ)が目を輝かせている。手に持っているのは先ほどたこ焼き屋で買ったエビマヨ焼きという食べ物だ。たこ焼きに見えるが、中に入っているのはエビとマヨネーズだという。
「じゃあ、こういうところに引っ越しますか」
「それは、飽きそう」
 商店街に住んでいる人に失礼な物言いだ。慌てて隣で始めた弁明によると、こういう場所で人を見ていると楽しいけれど、だんだんとそれが普通になってしまって飽きてくるとのことらしい。
 人間は、大概そのようなものだろう。どんな活動であってもルーチンになってしまえば、始めた時の新鮮さはなくなる。それがたとえ犯罪行為や残虐な行為であっても。
 音葉は、目的の精肉店、『食の王国』のカウンター前にて立ち止まった。
 カウンターの中には、牛、豚、鳥の三種類の肉が、部位ごと、味付けの別ごとに並んでいる。カウンターの最下段にはポテトサラダやシーザーサラダ、チーズなどが並んでおり、品ぞろえの豊富さに驚いた。
「お客さん、いらっしゃい。ん、あんまり見ない顔だねえ」
 音葉と紅に気が付いたのか、奥から店主らしき男が顔をだした。想像していた筋骨隆々の主人ではなく、線が細く、美容室に出もいるような男がエプロンをつけて顔を出したものだから、音葉はあっけにとられた。
「ん? それ、ダイナーのエビマヨ焼きかい」
 中腰で主人の顔を見つめる音葉をよそに、主人は紅のエビマヨ焼きに注目した。
「だいなー? 商店街の入り口の」
「そうそう。摩訶不思議、びっくりたこ焼き、ダイナーって宣伝していなかった?」
 主人は両腕を頭の上で交差させたポーズを取った。たこ焼き屋のレジ横に置いてあった人形と同じポーズだ。まさかと思って後ろを振り返ると、紅も同じポーズをとっていて、音葉は額を抑えた。

「いやーあそこのエビマヨ焼きは本当においしいよね。でもね、このイカ焼きと肉そぼろ焼きもなかなかいけるんだ」
「こっちの甘タコもおいしい。これあれかな、たこ焼きの生地に工夫があるのかな」
 「食の王国」の店舗二階、休憩室のテーブルには、所狭しとたこ焼きが並べられ、紅と食の王国の主人、餅川(モチカワ)が食べ比べを続けている。
 御坂の依頼そっちのけで、紅と餅川はたこ焼き屋ダイナーの味の話で意気投合してしまった。きがつけばダイナーで全種類のたこ焼きを買ってきて、食べ比べというわけだ。
 呆れたものだと思っていても、音葉の手にもたこ焼きの箱が置かれているため、文句をいうことが難しい。それに、二人が嵌るのもわかるのだ。ここのたこ焼きは美味しい。
「うーん。食べた食べた。それで、二人はどうして商店街を歩いていたんだい。近所の人じゃないだろう?」
 爪楊枝を咥えて2リットルのお茶のペットボトルを抱え込んだ餅川は、身体を前後にゆっくりと揺らしながら、音葉の顔を見た。
「ええ。でもなんで」
「わかるよ。近くに歓楽街とかオフィス街もないし、近くに大きな施設があるわけでもない。商店街にくるのは、昔からこの辺に住んでいる人がほとんどだ。だいたい顔を覚えてしまっているんだ。君たち二人、久住さんと水鏡さんは初めて見る顔だから、商店街の外から来た人ってわけさ」
「私たちは、この前のカラス騒ぎの調査を頼まれているんです」
 そう答えたのは、たこ焼きを残らず食べようと奮闘している紅だ。餅川は彼女の言葉に目を丸くする。
「カラス騒ぎ? それはあれか、一週間くらい前に起きたカラスに人が食われた事件か」
 商店街は事件現場からそう遠くない。やはり、話は広まっているらしい。
「調査ったって、商店街にはカラスに詳しい人間はそんなにいないぞ」
「私たちが探しているのは、食べられた人間なの」
 あまりにも無防備に情報を話す紅を、音葉は睨み付けるが、紅は音葉の視線など我関せずといった調子で餅川に食べられた人間の遺留物などの話をしている。
 餅川は初めこそ驚いていたが、紅が淡々と話す死体の状況に、血の気が引き始めていた。先ほどまで食べていたたこ焼きを全て戻すのではないだろうか。
「ううん、それじゃあ君たちはその死体になった人のことを知っている人を探しに商店街に来ていたのかい」
「そう。餅川さんは心当たりない?」
 餅川はゆっくりと首を振った。
「うちの常連とか、知っている限りでは行方不明になった人はいないよ。実は先週は警察も来ていたのだけれど、それらしき人物の話は出てこなかったみたいだね。水鏡さんは他のお店でもその話をして回っているのかい」
「餅川さんが初めて。他の店では見て回っているうちに話す機会逃しちゃって」
 そうなの。まあ、聞くにしてもその聞き方はやめたほうがいいと思うよ。ほら、あの事件結構酷いじゃない。餅川はそう言って、近くに残っていたたこ焼きの残りを頬張った。
 顔色はすっかり元に戻っている。精肉店で肉を捌いていると、その手の話に体勢でもできるのか。それとも、事件の概要については既に細かく知っているのか。
 音葉は、御坂心音から頼まれた依頼の詳細を思い出した。

*****
 「食の王国」、交差点で発見されたカラスに啄まれた死体の近くに落ちていたチラシは、交差点の近所の商店街にある精肉店の安売りチラシだった。
「ちなみに、これが商店街で聞き込みしていた時に手に入れたチラシ」
 テーブルにおかれたチラシの横に、もう一枚チラシが置かれる。後に置かれたチラシの方は、黄色い紙に肉の名前と値段が書きこまれた手製のチラシだ。
 これに対して、もう一枚のチラシは、上半分は同じだが、下半分が目を惹いた。
「他のどこでも味わえない、極上の肉を入荷しました? お値段時価。皆さんのほしいと思った価格でお売りします」
 これがどのような商品なのか、皆目見当もつかない。ただ、ほんの少し厭な感じがした。
「こんなチラシがあの死体の横に落ちていたら、ちょっとは考えるよね。極上の肉ってなんだろうって」
 いつもの調子で、御坂が甘くささやく。
 御坂は疑っているのだ。この、『極上の肉』が、音葉と紅に持ちかけるべき、常識から少しはみ出したものなのではないかと。
「極上っていうくらいだから、A5牛とか」
 御坂の意図を知ってか知らずか、隣に座る紅は、ひどく現実的な意見を述べる。相談室の中でもっとも常識から外れている彼女が、一番まともな意見を述べるものだから、御坂は両肩を落としてうなだれた。
「水鏡君。もう少し、想像を働かせよう。カラスに啄まれた死体に、精肉店のチラシ、そして極上の肉だよ」
「カラスは人間の言葉を読めない」
「ごもっとも。私もさすがにそこまでバカみたいなことは考えない。ただね、例えば、動物の食欲をひどくそそる状態に人間を変化させるものがあるとしたら、とかね」
 御坂の考えが今一つ掴み切れず、音葉は首を傾げた。
「御坂警部の言いたいのは、うまみ成分のことですか。人間からうまみがあふれて、カラスに襲われたとでも。そして、それが極上の肉と関係があるとか?」
 口にしていてバカバカしい。だが、音葉の言葉に御坂の瞳の輝きが増した。
 しまったと思ったときにはもう遅い。紅の方から冷たい視線が突き刺さった。

 食の王国の休憩所で一通り話を終えた頃には、夕方になっていた。餅川と紅は、互いに美味しい食事を求める友人としてわかりあえたらしく、帰り際にはポテトサラダをおまけしてもらい、食の王国で販売していた肉を購入する羽目になった。
 今晩は焼肉だと隣でスキップをする紅は、依頼を受けた時とは打って変わって上機嫌だ。
「とはいえ、一日目から早くも暗礁に乗り上げたな。どうしたものか」
「数日商店街回ってみるしかないと思う。食の王国にはノイズの気配がなかったし、チラシも貰ってきたけど、例の怪しいチラシはなかった。御坂も商店街は回ったんだろうし、気長にやるしかないと思う」
 たこ焼きをひたすら食べているだけかと思えば、どうやら紅は紅なりに商店街を観察して回っていたらしい。音葉は心の中でそっと紅に謝った。
「あ、あと餅川さんはたぶん今回の件と関係がないと思う」
それは、食事の趣味が合うから? ふと思ったが口には出せない。黙っていると、紅はぽつぽつと考えを話し始めた。
「あの人、店で扱っている肉のことよく知っているけれど、店に入って日が浅い。休憩室の端の本棚には美術誌が入っている棚があったし、パッケージのデザインの話とかのほうが多かったでしょ。たぶん、元々はデザインの勉強とかしていたんじゃないかな」
 たぶんで話すには随分と具体的だ。前から知っていたように聞こえる。
「ダイナーのキャラクターのほかにも、この商店街のお店には、変なキャラクターが多いでしょう」
 言われて周りを見回せば、なるほど紅のいうことも頷ける。魚屋のレジにはホタテ娘のイラスト、本屋の自動ドアには立ち読みをしている狸の子供の絵が描かれていたりする。狸の尻尾にはどういうわけか饅頭がくっついている始末だ。
 音葉の手に持った八百屋の袋に書かれているのは、ホウレンソウ男とトマト犬が描かれている。確かにこの商店街は、あらゆるところがキャラクターに満ちている。
 だが、こういっては何だが、総じてあまり上手くない。
「このキャラクターね、さっき八百屋で話を聞いたら、餅川さんが描いているんだって教えてもらったの。食の王国の店主になった時に、町おこしの一環で、街にキャラクターを描いたらしいよ」
 なるほどそういうことか。紅が餅川のことを具体的に話す理由に合点がいった。だが。
「それと、例のチラシの件は関係ないだろ」
「関係あるよ。ちゃんと見なかったの、チラシ」
 紅は、パーカーのポケットから取り出した携帯電話を音葉の顔の前に突き出した。画面に映っているのは、御坂心音が相談室に持ってきたチラシの画像だ。
 改めてみると、チラシの四隅には、豚のような牛のような動物が描かれている。
豚なのか牛なのかわからないのは、絵が下手だからではなく、二つの動物の特徴が入り乱れているからだ。蹄や胴体の毛並みは豚によく似ているが、頭部はどうみても牛である。
「餅川さんは、こういう絵を描く人ではないよ。わかるでしょ」
「わからないよ。芸術はてんでダメだ」
 素直にそう答えると、紅は立ち止まり、音葉の顔をじっと見つめた。
「わからないものは仕方ないだろう」
 そう。そうだね。紅は携帯の画像を閉じて、音葉に背を向ける。
でもね、音葉。これは餅川さんが描く絵じゃないよ。こういう絵を描ける人じゃない。
 
*****
 カラスが人を襲う。そんなニュースが注目されるのは、たいていがカラスの繁殖期だ。
 人間の通り道の近くに巣を作ってしまったカラスが、縄張りに入った人間たちに敵対心を向ける。巣を守るための行動が、人間からすれば、謂れもない攻撃となる。
「人間を捕食するというのは、信じがたい話ですね」
 環境センターの職員は、御坂の思い付きを辛抱強く頷きながら聞いてくれたが、最後にはあっさりと答えを返した。
 これで四人。カラスの生態について詳しく知っていそうな人間にかたっぱしから仮説を投げているが、誰一人、御坂の仮説に頷く人間はいない。
やはり、仮説がおかしいのだ。巣守隆(スモリ‐タカシ)巡査部長は、ため息をついた。
 ところが、今回の事件にあっては、捜査本部は、カラスが人を捕食するという仮説について、一笑に伏すことなく、検証項目として掲げている。御坂が真面目に専門家を当たっているのも、それが理由である。
 そう。いつもなら、奇妙な事件だと食いつきそうな御坂は、今回の捜査本部の仮説にはひどく消極的だ。見た目には専門家を熱心に探しているように見えるが、彼女が本腰をいれたなら、専門家に質問を投げかけるだけで留まったりはしない。
 御坂心音は捜査の初期段階から、カラスが生きた人間を襲うという仮説を捨てている。
「御坂警部。まだ聞き取り続けるんですか」
「巣守が弱音吐くのは珍しいね。そんなに的外れである自信があるのかな」
「それは御坂警部が一番思っていることなのではないですか」
「なるほど、巣守にはそう見えるのか」
 否定もしないが、決定的な一言もいわない。手帳を開いて、次に連絡を取るべきカラス専門家の住所と電話番号の確認を始めた。
「ところで、巣守は、あの死体は人間が殺したものだと思っているのかな」
「少なくても、被害者はカラスに襲われて死んだわけではないと思います。今まで話を聞いた人たちは口をそろえて、繁殖期を除いてカラスが人間に襲い掛かることは稀と答えているではないですか」
 通報者の証言があまりに印象的だったから、順序が混戦しているだけだ。あの死体は、何者かに殺されて、その後、カラスの餌になった。そう考えるのが合理的である。
「でもね、誰一人、襲わないと断定はしない」
「私は、すべては死因が特定されてからの話です。すくなくても、捜査本部のようにカラスに襲われた可能性を考慮する必要性はないと思います」
「そうだねぇ。今回の本部は、少々カラスのことを気にしすぎだ」
まるで、何か知っているみたいじゃないか。
「警部はその何かについて、心当たりがあるんじゃないですか。だから、初めから便利屋の元に相談に行ったんでしょう」
 カラス専門家の調査をしていても、あの便利屋の二人とはかち合うことがない。御坂は彼らに全く違う切り口からの調査を依頼しているのだろう。そして、彼女が真に目を付けているのはそちらなのだろう。
「巣守もなかなか観察眼が鋭くなってきたじゃないか。ただ、残念なことに私には心当たりはないよ。通報があって顔色を変えたのは副署長や一課長だ、心当たりがあるのだとすれば、彼らの方とは思わないかい」
 君が彼らを問い詰める決意がないのであれば、今ここで議論しても仕方がないよ。次の専門家を当たろう。

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※これは美味しいお肉を食べる話です。
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HN:
若草八雲
年齢:
37
性別:
非公開
誕生日:
1986/09/15
職業:
××××
趣味:
読書とか創作とか
自己紹介:
色んなところで見かける人もいるかもしれませんがあまり気にせず。
ブログとか作ってみたけれど続くかどうかがわからないので、暇な人だけ見ればいいような。
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