作成した小説を保管・公開しているブログです。
現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。
連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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2025.01.22 Wednesday
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とおりゃんせ4
2013.06.27 Thursday
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ2
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ3
―――――――
4
当時、私は設立間もない比良坂民俗学研究所の主任分析官として、変異性災害対策に参加していた。変異性災害対策係と呼ばれる部署も設立して日が浅く、まだまだ予算もなかったころだ。
比良坂民俗学研究所は、変異性災害対策係の性質上、専門的な知識や技術を有する必要があるし、できれば部外者が入ってこられない施設が欲しい、といった対策係全体の要望に応える形で作られた施設だ。もっとも、その建設費用の大半を、巻目市界隈の有名資産家、火群家の出資に頼っていた。つまり、私の実家が出資先というわけだ。
出資の理由については、火群の家は祓い師を多く有する家系であり、変異性災害対策に理解を示してくれたからとも、新設部署に対しても影響力を持ちたかったからともいわれる。後者のような噂が立ったのは、設立当時の人員には火群の人間が相当名選ばれていたことも原因なのだろう。私、火群夏樹もまた、火群の人間として主任分析官の職に就いたのだ。
もっとも、そんなやっかみの様な噂があったのはあくまで施設の外での話であり、比良坂と対策係の連携は上手く取れていたし、やりがいのある仕事だったと今でも思う。当時の対策係では、まだ弟の火群たまきが一番下で、同僚達と意見をぶつけ合いながらも手探りで変異性災害を解決していく姿は、姉としても頼もしかったし、長正や秋山と出会ったのもそのころだ。
秋山恭輔が巻目市を訪れたのは、私が比良坂に務めて一年目の春である。当時大学1年生だった秋山は、日々の授業に忙しいとか何かしらの理由が重なっていて、夏ごろまで比良坂に顔を出すことはなかった。けれども、対策係の中では呪符の扱いに長けた優秀な祓い師として、比良坂の中でも早い段階から噂になっていたし、長正や弟から、秋山と弟の方針が良くぶつかるという話を聞かされていたので、どういう子なのか気になっていたものだ。
「比良坂には初めて顔を出すな。こちらが春先からウチの仕事を受けてくれている新しい祓い師、秋山恭輔君だ」
当時の係長がそう言って、彼を紹介した時のことは覚えている。秋山といったら、自分の名前を述べる以外に特に自己紹介をすることもなく、私たちが扱っていた変異性災害の案件について意見を述べたのだから。
「しかも、その意見がたまきと真っ向からぶつかっちゃってね。いきなり目の前で大げんか」
対策係にいたころの話をする夏樹は終始楽しそうな様子で、夜宮は少し気が緩んでいたのかもしれない。だから、あまり考えずにその質問をしてしまったのだ。夏樹の表情が曇ったのをみて初めて、夜宮は彼女に尋ねるべきではない質問をした事に気が付いた。
どうして、火群夏樹は比良坂民俗学研究所を辞めたのか。と
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ2
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ3
―――――――
4
当時、私は設立間もない比良坂民俗学研究所の主任分析官として、変異性災害対策に参加していた。変異性災害対策係と呼ばれる部署も設立して日が浅く、まだまだ予算もなかったころだ。
比良坂民俗学研究所は、変異性災害対策係の性質上、専門的な知識や技術を有する必要があるし、できれば部外者が入ってこられない施設が欲しい、といった対策係全体の要望に応える形で作られた施設だ。もっとも、その建設費用の大半を、巻目市界隈の有名資産家、火群家の出資に頼っていた。つまり、私の実家が出資先というわけだ。
出資の理由については、火群の家は祓い師を多く有する家系であり、変異性災害対策に理解を示してくれたからとも、新設部署に対しても影響力を持ちたかったからともいわれる。後者のような噂が立ったのは、設立当時の人員には火群の人間が相当名選ばれていたことも原因なのだろう。私、火群夏樹もまた、火群の人間として主任分析官の職に就いたのだ。
もっとも、そんなやっかみの様な噂があったのはあくまで施設の外での話であり、比良坂と対策係の連携は上手く取れていたし、やりがいのある仕事だったと今でも思う。当時の対策係では、まだ弟の火群たまきが一番下で、同僚達と意見をぶつけ合いながらも手探りで変異性災害を解決していく姿は、姉としても頼もしかったし、長正や秋山と出会ったのもそのころだ。
秋山恭輔が巻目市を訪れたのは、私が比良坂に務めて一年目の春である。当時大学1年生だった秋山は、日々の授業に忙しいとか何かしらの理由が重なっていて、夏ごろまで比良坂に顔を出すことはなかった。けれども、対策係の中では呪符の扱いに長けた優秀な祓い師として、比良坂の中でも早い段階から噂になっていたし、長正や弟から、秋山と弟の方針が良くぶつかるという話を聞かされていたので、どういう子なのか気になっていたものだ。
「比良坂には初めて顔を出すな。こちらが春先からウチの仕事を受けてくれている新しい祓い師、秋山恭輔君だ」
当時の係長がそう言って、彼を紹介した時のことは覚えている。秋山といったら、自分の名前を述べる以外に特に自己紹介をすることもなく、私たちが扱っていた変異性災害の案件について意見を述べたのだから。
「しかも、その意見がたまきと真っ向からぶつかっちゃってね。いきなり目の前で大げんか」
対策係にいたころの話をする夏樹は終始楽しそうな様子で、夜宮は少し気が緩んでいたのかもしれない。だから、あまり考えずにその質問をしてしまったのだ。夏樹の表情が曇ったのをみて初めて、夜宮は彼女に尋ねるべきではない質問をした事に気が付いた。
どうして、火群夏樹は比良坂民俗学研究所を辞めたのか。と
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とおりゃんせ3
2013.06.27 Thursday
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ2
―――――――
3
秋山と夜宮は七鳴神社の下に広がる古い住宅街を散策したが、一向に噂の石段らしきものは見つからないまま時間が過ぎていった。最後に住宅街のはずれで見つけた石段を登ると、そこには寂れた小さな祠が置かれていた。
「この祠、特に祀られている神の名前もなければ、管理されている気配もないですね。七鳴神社で管理しているんでしょうか」
「さあ、どうでしょう。僕は聞いたことがありません」
秋山は以前長正から聞いた七鳴神社の系譜や敷地の話を思い出してみたが、このような祠の話を聞いたことはなかった。祠のように見えるだけで、実のところ、落ちてきた岩や石が組み合わさっただけなのではないか。そうした仮説を思い描いてみる。
そう思って、祠の周りを見渡してみると雑草が生い茂っており、誰かの手が入っている様子はないし、辺りにも祠以外に特に施設らしい施設がない。しかしそれでは、なんで石段は整備されているか説明ができないのだ。
「七鳴神社じゃないなら、誰が建てたのでしょう。不思議ですね」
「市の図書館とかで調べてみればわかると思いますよ。それより、これで、この辺りは一通り歩きまわったはずですよね」
「はい。噂されるような石段はなかったですし、私はこれといって異変を感じませんでした。秋山君は何か気がつきましたか」
「いや、何もなかったですね。確かに風見山地区は迷路のように入り組んでいる路地裏が多いですが、これといって出口がわからなくなるような小道はないし、怪異の気配もない」
「石段の噂はあくまで単なる噂で、変異性災害と関係がなかったってことなんでしょうか」
秋山としては、夜宮の結論に簡単に同意できなかった。確かに、観測されない以上、変異性災害と関連なしとして片付けることは間違っていない。だが、火群たまきがそのような噂の調査に、わざわざ部下を寄越すだろうか。ましてや、夏樹のいる七鳴神社を拠点に活動するように指示をするなんて。
火群は何かに気がついている。気がついているからこそ、夜宮に現場を見てくるように指示をしたのだ。秋山は火群が気づいている何かを見落としているだけなのだ。だが、何を見落としているというのだろうか。
「確かネットワーク上でもこの噂が広がっているって言っていましたよね」
「はい。プリントアウトした画面なら手元に」
夜宮から受け取ったネットワークスペースの画面を印刷した用紙には、古今東西の噂について語り合うことを目的としたとあるスペースの様子が掲載されていた。その中の一つに風見山の石段の噂に関する記載がなされており、閲覧者たちのコメントが付けられている。
「噂の元となりそうな場所がわからない以上、こちらの噂から探ってみるのも一つかもしれないですね」
「秋山君は、この案件、変異性災害が絡んでいると思っているのですか」
思っている。だが、何か根拠があるわけではない。夜宮よりも少し長く火群たまきという人間を知っている、ただそのことだけからくる直感に過ぎない。
「もしかしたら、何かあるかもしれない程度です。記憶を失くした子供の話も気になりますし、また明日以降聞きこみをしてみて判断するべきかと」
やや間をおいたことを不思議に思ったのか、夜宮は秋山の顔をじっと見つめて何も答えない。
「どうかしましたか、夜宮さん」
「え、えっと、そろそろ暗くなりそうですし、一度七鳴神社に戻りましょう」
秋山には何か思うところがあるように見えたのだが、夜宮は慌てて石段の方に駆けていってしまった。
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ2
―――――――
3
秋山と夜宮は七鳴神社の下に広がる古い住宅街を散策したが、一向に噂の石段らしきものは見つからないまま時間が過ぎていった。最後に住宅街のはずれで見つけた石段を登ると、そこには寂れた小さな祠が置かれていた。
「この祠、特に祀られている神の名前もなければ、管理されている気配もないですね。七鳴神社で管理しているんでしょうか」
「さあ、どうでしょう。僕は聞いたことがありません」
秋山は以前長正から聞いた七鳴神社の系譜や敷地の話を思い出してみたが、このような祠の話を聞いたことはなかった。祠のように見えるだけで、実のところ、落ちてきた岩や石が組み合わさっただけなのではないか。そうした仮説を思い描いてみる。
そう思って、祠の周りを見渡してみると雑草が生い茂っており、誰かの手が入っている様子はないし、辺りにも祠以外に特に施設らしい施設がない。しかしそれでは、なんで石段は整備されているか説明ができないのだ。
「七鳴神社じゃないなら、誰が建てたのでしょう。不思議ですね」
「市の図書館とかで調べてみればわかると思いますよ。それより、これで、この辺りは一通り歩きまわったはずですよね」
「はい。噂されるような石段はなかったですし、私はこれといって異変を感じませんでした。秋山君は何か気がつきましたか」
「いや、何もなかったですね。確かに風見山地区は迷路のように入り組んでいる路地裏が多いですが、これといって出口がわからなくなるような小道はないし、怪異の気配もない」
「石段の噂はあくまで単なる噂で、変異性災害と関係がなかったってことなんでしょうか」
秋山としては、夜宮の結論に簡単に同意できなかった。確かに、観測されない以上、変異性災害と関連なしとして片付けることは間違っていない。だが、火群たまきがそのような噂の調査に、わざわざ部下を寄越すだろうか。ましてや、夏樹のいる七鳴神社を拠点に活動するように指示をするなんて。
火群は何かに気がついている。気がついているからこそ、夜宮に現場を見てくるように指示をしたのだ。秋山は火群が気づいている何かを見落としているだけなのだ。だが、何を見落としているというのだろうか。
「確かネットワーク上でもこの噂が広がっているって言っていましたよね」
「はい。プリントアウトした画面なら手元に」
夜宮から受け取ったネットワークスペースの画面を印刷した用紙には、古今東西の噂について語り合うことを目的としたとあるスペースの様子が掲載されていた。その中の一つに風見山の石段の噂に関する記載がなされており、閲覧者たちのコメントが付けられている。
「噂の元となりそうな場所がわからない以上、こちらの噂から探ってみるのも一つかもしれないですね」
「秋山君は、この案件、変異性災害が絡んでいると思っているのですか」
思っている。だが、何か根拠があるわけではない。夜宮よりも少し長く火群たまきという人間を知っている、ただそのことだけからくる直感に過ぎない。
「もしかしたら、何かあるかもしれない程度です。記憶を失くした子供の話も気になりますし、また明日以降聞きこみをしてみて判断するべきかと」
やや間をおいたことを不思議に思ったのか、夜宮は秋山の顔をじっと見つめて何も答えない。
「どうかしましたか、夜宮さん」
「え、えっと、そろそろ暗くなりそうですし、一度七鳴神社に戻りましょう」
秋山には何か思うところがあるように見えたのだが、夜宮は慌てて石段の方に駆けていってしまった。
とおりゃんせ2
2012.12.02 Sunday
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
―――――――
2
風見の路地裏には、忘れ去られた神社があるという。誰が、いつ、何を祀って建てたものなのか、巻目市の記録を紐解いてもその詳細を知ることはできない。
記録にもなく、記憶にもない。そのような神社は現実には存在しないのではないか。そうした当たり前の感想を抱くも、どういうわけか忘れられた神社の噂は僕たちの間に広まりつつある。
幽霊が出る、恋が成就する、はたまた見つければ願いがかなうなど、その神社に付加価値が付いていればそうした噂が広がるのもわからなくはない。けれども、僕は件の神社にそのような曰くがあるという噂は聞いたことがない。だから、忘れられた神社の噂が流れている理由が、僕にはよくわからない。
とはいえ、僕の目の前にはその神社へと繋がるという石段が広がっている。どこをどのように通って此処に辿りついたのか、さっきからずっと考えているのだけれど、さっぱり思い出せそうにない。
僕はいつの間にか石段の途中に立っていて、後ろを見ても前を見ても、僕の視界を埋めるのは見通しのきかない霧ばかりだ。風見山は山霧が出るような場所ではなかったように思うのだけれど、おかげで自分の居場所を知る手掛かりがない。
とにもかくにも、上るか下りる。僕には二つの選択肢しかない。山を登って来たのだから、元の道へ戻るならば石段を下るのが正解だろう。そう思って、僕はひたすらに石段を下っている。
下っても、下っても、石段は終わりを告げない。下っても、下っても、周囲の景色は変わらない。
やがて、僕は疲れ切って石段に座り込んでしまった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。どうしたら帰れるのだろう。
いや、そもそも。僕はどこに還るのだろう? 僕の意識はもう霧の中に溶け始めているというのに。
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
―――――――
2
風見の路地裏には、忘れ去られた神社があるという。誰が、いつ、何を祀って建てたものなのか、巻目市の記録を紐解いてもその詳細を知ることはできない。
記録にもなく、記憶にもない。そのような神社は現実には存在しないのではないか。そうした当たり前の感想を抱くも、どういうわけか忘れられた神社の噂は僕たちの間に広まりつつある。
幽霊が出る、恋が成就する、はたまた見つければ願いがかなうなど、その神社に付加価値が付いていればそうした噂が広がるのもわからなくはない。けれども、僕は件の神社にそのような曰くがあるという噂は聞いたことがない。だから、忘れられた神社の噂が流れている理由が、僕にはよくわからない。
とはいえ、僕の目の前にはその神社へと繋がるという石段が広がっている。どこをどのように通って此処に辿りついたのか、さっきからずっと考えているのだけれど、さっぱり思い出せそうにない。
僕はいつの間にか石段の途中に立っていて、後ろを見ても前を見ても、僕の視界を埋めるのは見通しのきかない霧ばかりだ。風見山は山霧が出るような場所ではなかったように思うのだけれど、おかげで自分の居場所を知る手掛かりがない。
とにもかくにも、上るか下りる。僕には二つの選択肢しかない。山を登って来たのだから、元の道へ戻るならば石段を下るのが正解だろう。そう思って、僕はひたすらに石段を下っている。
下っても、下っても、石段は終わりを告げない。下っても、下っても、周囲の景色は変わらない。
やがて、僕は疲れ切って石段に座り込んでしまった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。どうしたら帰れるのだろう。
いや、そもそも。僕はどこに還るのだろう? 僕の意識はもう霧の中に溶け始めているというのに。
とおりゃんせ1
2012.10.26 Friday
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
―――――――
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
0
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細通じゃ
天神様の 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに 参ります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ
<近所の子供、しょうくんの話>
うん。うん。そうだよ。しょうくんはいつもここであそんでるよ。
えっとね、鬼ごっことかかくれんぼとか。みーちゃんとかカズくんとかと一緒に。うん。そう。がっこうがある子はほうかごになったら遊びに来るの。
おかあさんはご飯のころになると下の方まで呼びに来るの。
上って、この上? じんじゃさんがあるだけだよ。よくわかんない。おまつりとかはあっちのじんじゃさんに行くよ。ここのは大人の人も上ってるのみたことない。
うん。しょうくんは行ったことないよ。えっと、えっとね、おかあさんとかみーちゃんが言ってたの。おかあさんはあんまり上ると帰ってくるのたいへんだからやめようねって言ってた。
上ってる子? あ。
ううん。なんでもない。言っちゃだめっておかあさんに言われたんだもん。しょうくんがあたまわるいこだと思われちゃうからダメって。
おじさんだれにも言わない? しょうくんあたまわるくならない?
うん。わかった。
みたことあるよ。じろちゃんが上ったの。じろちゃん? たまにここにくるよ。どこの子かはしらない。……えっとね、ちょっとまえ。しょうくんよくわかんない。
うん、じろちゃんが上までたんけんしてみるって上っていったの。いっしょ? ううん。しょうちゃんはちゃんと止めたんだよ。でもじろちゃんがおもしろそうだからっていっぱい上っていって。
ううん。その日はそのままごはんのじかんだからかえっちゃった。じろちゃんにはあってないよ。
え、うん。そう。じろちゃんが上ってるときだけいつもよりずーっとながかったの。あそこでまがってるのに、じろちゃんはずっとまっすぐ上っていったんだよ? おじさんしんじてくれる?
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
―――――――
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
0
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細通じゃ
天神様の 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに 参ります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ
<近所の子供、しょうくんの話>
うん。うん。そうだよ。しょうくんはいつもここであそんでるよ。
えっとね、鬼ごっことかかくれんぼとか。みーちゃんとかカズくんとかと一緒に。うん。そう。がっこうがある子はほうかごになったら遊びに来るの。
おかあさんはご飯のころになると下の方まで呼びに来るの。
上って、この上? じんじゃさんがあるだけだよ。よくわかんない。おまつりとかはあっちのじんじゃさんに行くよ。ここのは大人の人も上ってるのみたことない。
うん。しょうくんは行ったことないよ。えっと、えっとね、おかあさんとかみーちゃんが言ってたの。おかあさんはあんまり上ると帰ってくるのたいへんだからやめようねって言ってた。
上ってる子? あ。
ううん。なんでもない。言っちゃだめっておかあさんに言われたんだもん。しょうくんがあたまわるいこだと思われちゃうからダメって。
おじさんだれにも言わない? しょうくんあたまわるくならない?
うん。わかった。
みたことあるよ。じろちゃんが上ったの。じろちゃん? たまにここにくるよ。どこの子かはしらない。……えっとね、ちょっとまえ。しょうくんよくわかんない。
うん、じろちゃんが上までたんけんしてみるって上っていったの。いっしょ? ううん。しょうちゃんはちゃんと止めたんだよ。でもじろちゃんがおもしろそうだからっていっぱい上っていって。
ううん。その日はそのままごはんのじかんだからかえっちゃった。じろちゃんにはあってないよ。
え、うん。そう。じろちゃんが上ってるときだけいつもよりずーっとながかったの。あそこでまがってるのに、じろちゃんはずっとまっすぐ上っていったんだよ? おじさんしんじてくれる?
虎の衣を駆る5
2012.10.11 Thursday
<前回まで>
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る1
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る2
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る3
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る4
―――――――
虎の衣を駆る5
10
私の周りの者たちは、私と同じものを見ることができない。けれども、彼等は等しく心のうちに獣を飼っていた。暗闇の中で出会った獣と本質的には同じだったのだ。
私には彼等の獣が見える。しかし、当の本人たちには獣が自覚できない。彼等は私が欲してやまない獣を抱えて、闇に走りだすこともせずに地を歩くのだ。そして、真実を知る私を彼等の世界へと閉じ込める。
そんな彼等に対して、いったいどうして愛情などを抱けばいいものだろうか。私も家族であるなどと言いながら、彼等は私に牙を向ける。にも関わらず私が暗闇へと駆けていくのを制止する。私は、いったいどうすればよかったというのだ。
しかし、そんな悩みなどもはや問題にならない。私はここに立ち、私の手元には私の内に潜む獣を呼びだすための残り香がある。この家から獣の待つ暗闇へ、宿見香代という身体を捨てて、私はようやく獣へと姿を変えるのだ。
「残念だけど、あなたが重蔵氏と同じように虎へと姿を変えることは不可能だ」
闇の中から声が聞こえる。小さな灯りが一つ灯り、その向こう側に一人の男が現れる。何処かで観たような風体だが、誰であっても私には関係がない事だ。しかし、その男が述べた事は聞き捨てならない。私が獣へと姿を変えられないとはどういうことか。
「重蔵氏とあなたは違う。あなたがいくら抗ったところで、その身を虎へと変じることはできない。あなたは何処までいっても獣にはなれない」
男の声は私の神経を逆なでる。私はこの家の者たちとは違う。獣を視ることができる真実を知る者だ。私はこの手の残り香を使い、獣へと変じる資格がある。内なる獣を自覚できない彼等と異なり、私は私の中の獣を受け入れ、闇へと駆けだすのだ。邪魔をするつもりなら容赦はしない。
私は男に警告の声をあげた。しかし、男は私の声にひるむことなく闇の中に立ち続けている。
「あなたは既に感じているはずだ。自分が他の者達と異なることに。あなたが手にしている『虎の衣』は内なる獣を呼び起こすきっかけでしかない。内なる獣を宿さない者に、獣の姿は与えられない」
男の手から灯りが放られ、音を立てて割れた。一瞬の暗闇の後、男の周りを取り囲むように足元に炎が上がる。先ほどまで良く見えなかった男の顔が今度ははっきりと目に入った。彼は残り香を持って現れた男だ。名は何と言ったか……そう、たしか秋山恭輔。
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る1
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る2
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る3
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る4
―――――――
虎の衣を駆る5
10
私の周りの者たちは、私と同じものを見ることができない。けれども、彼等は等しく心のうちに獣を飼っていた。暗闇の中で出会った獣と本質的には同じだったのだ。
私には彼等の獣が見える。しかし、当の本人たちには獣が自覚できない。彼等は私が欲してやまない獣を抱えて、闇に走りだすこともせずに地を歩くのだ。そして、真実を知る私を彼等の世界へと閉じ込める。
そんな彼等に対して、いったいどうして愛情などを抱けばいいものだろうか。私も家族であるなどと言いながら、彼等は私に牙を向ける。にも関わらず私が暗闇へと駆けていくのを制止する。私は、いったいどうすればよかったというのだ。
しかし、そんな悩みなどもはや問題にならない。私はここに立ち、私の手元には私の内に潜む獣を呼びだすための残り香がある。この家から獣の待つ暗闇へ、宿見香代という身体を捨てて、私はようやく獣へと姿を変えるのだ。
「残念だけど、あなたが重蔵氏と同じように虎へと姿を変えることは不可能だ」
闇の中から声が聞こえる。小さな灯りが一つ灯り、その向こう側に一人の男が現れる。何処かで観たような風体だが、誰であっても私には関係がない事だ。しかし、その男が述べた事は聞き捨てならない。私が獣へと姿を変えられないとはどういうことか。
「重蔵氏とあなたは違う。あなたがいくら抗ったところで、その身を虎へと変じることはできない。あなたは何処までいっても獣にはなれない」
男の声は私の神経を逆なでる。私はこの家の者たちとは違う。獣を視ることができる真実を知る者だ。私はこの手の残り香を使い、獣へと変じる資格がある。内なる獣を自覚できない彼等と異なり、私は私の中の獣を受け入れ、闇へと駆けだすのだ。邪魔をするつもりなら容赦はしない。
私は男に警告の声をあげた。しかし、男は私の声にひるむことなく闇の中に立ち続けている。
「あなたは既に感じているはずだ。自分が他の者達と異なることに。あなたが手にしている『虎の衣』は内なる獣を呼び起こすきっかけでしかない。内なる獣を宿さない者に、獣の姿は与えられない」
男の手から灯りが放られ、音を立てて割れた。一瞬の暗闇の後、男の周りを取り囲むように足元に炎が上がる。先ほどまで良く見えなかった男の顔が今度ははっきりと目に入った。彼は残り香を持って現れた男だ。名は何と言ったか……そう、たしか秋山恭輔。