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2025.02.02 Sunday
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ネガイカナヘバ12(了)
2016.05.03 Tuesday
黒猫堂怪奇絵巻6話目 ネガイカナヘバ掲載11回目です。
長かった陽波高校七不思議編はこれにていったん終了します。
次回以降は、また別の舞台での怪異ものを作っていこうと思います。
ネガイカナヘバ1
ネガイカナヘバ2
ネガイカナヘバ3
ネガイカナヘバ4
ネガイカナヘバ5
ネガイカナヘバ6
ネガイカナヘバ7
ネガイカナヘバ8
ネガイカナヘバ9
ネガイカナヘバ10
ネガイカナヘバ11
今までの黒猫堂怪奇絵巻
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う
黒猫堂怪奇絵巻5 キルロイ
―――――――――
長かった陽波高校七不思議編はこれにていったん終了します。
次回以降は、また別の舞台での怪異ものを作っていこうと思います。
ネガイカナヘバ1
ネガイカナヘバ2
ネガイカナヘバ3
ネガイカナヘバ4
ネガイカナヘバ5
ネガイカナヘバ6
ネガイカナヘバ7
ネガイカナヘバ8
ネガイカナヘバ9
ネガイカナヘバ10
ネガイカナヘバ11
今までの黒猫堂怪奇絵巻
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う
黒猫堂怪奇絵巻5 キルロイ
―――――――――
7
空を覆っていた水が校庭に向かって押し寄せ、窓ガラスの外は滝のような風景に包まれた。不思議なことに水に押されて窓ガラスが割れることはなく、水の落ちていく激しい音だけが響いてくる。
窓の外に現れた赤と紺のラインが入ったセーラー服の少女は、秋山に向かって何かを訴えかけていたが、その言葉を聞きとることはできなかった。少女はほんの数秒、窓に張り付いていたが、激流に呑まれ、身体がぼろぼろに崩れて消滅した。
「思ったよりもあっさりと片がついてしまった。本当はもう少し、良いところまでいくんじゃないかと期待していたが、どうやら香月フブキは君たちと出会ったことで精神的に強くなったようだね」
窓の前に立つ男は、右手の指に挟みこんだ呪符を眺めながらつまらなそうに言い放った。首筋まで伸びた生成り色の髪の先を、左手の中指で弄る。
「この異界はもう終わりだ。この滝のような水が落ち切った時にはきれいに消えているだろう。器として受け止められないなら対消滅させればいい。柔軟な発想だよ。参考になる。しかし、水蛟はどうなったんだろうね」
あの妖刀にこんな芸当ができるとは、思いもよらなかった。
先ほどから、秋山の存在など全く意に介さず、男はただ窓の外の風景を眺めつづけている。だが、隙をついて動こうにも秋山の身体は美術室の床に伏せたまま、身動きを取ることができなかった。
「ああ、ダメだよ。何をしたのかは知らないが、病み上がりなのだろう。それで、私に傷をつけることはできないよ。秋山恭輔」
いつ動いたのか、男は秋山の眼前でしゃがみこみ、秋山の額に呪符を貼り付けている。
「私に対して刃を向けるくらいなら、身体を治すことに力を使いたまえよ。いまさら君に出きることは何もない。陽波高校に満ちた異界は、香月フブキの手で失われた。
主犯の一人である紀本カナエは、異界に呑まれて消えていくのを見ただろう」
「あんたは、まだここにいる」
男は秋山の前で声を上げて笑った。
「君はあの時と変わらないままだ。そういうところが好きだよ、恭輔。でもね、君には捕えられないよ。実際に私が何をしたのかさえ、わからないだろう。君たちは今のまま、おとなしく掌の上で踊っていればいい」
男は秋山の耳元に顔を近づけた。反撃しようにも、秋山の四肢は、男に投げ返された呪符で床に強く縛り付けられている。
「いいか、秋山恭輔。これは警告だ。風見山での一件以降、我々は君たちを警戒している。あまり期待を外れるようなことはするな。あの時も、今も、君を殺さないのは君の義姉に免じているからだということを忘れるな」
私はいつでも観ているぞ。
急に呪符の拘束が解け、体を押しつぶされるような感覚が消えた。慌てて起き上がり、辺りを見回すが、男の姿はない。
窓の外の滝は消え失せ、校庭の向こう側の空が白み始めていた。男に拘束された時に落とした携帯端末が、床の上で振動する。ふらつきながらも、手に取ると、着信画面には火群たまきの名前があった。
「秋山か。電話に出られたということは、そちらも無事ということか」
火群の声は、緊張感のあるものから、安堵に満ちたものに変わっている。
「そちらも?」
「ああ。まあ、損害は大きそうだが、ひとまず異界は消えたよ。それと、一名、関係者を捕えることに成功した」
火群は秋山に武道館へ来るように指示し、一方的に通話を切った。
秋山はぼんやりと美術室の中を見回した。紀本カナエと呼ばれた少女の姿も、先ほどまで秋山を押さえていた男の姿もない。
美術室にいるのは、秋山恭輔と、窓際に座っていた女子生徒ひとりだけだった。異界の影響が消え、正気を取り戻したのか、女子生徒はピクリと身体を震わせ、目を開けた。
「あれ、ここは……美術室。どうして、こんなところに」
独り言をつぶやきながら、彼女はあたりを見回しているが、ぼんやりとしており、まだ夢から醒めきっていないように見える。
声をかけて、状態を確認して、比良坂に連れていかなければ。咄嗟に女子生徒への対応が頭に浮かぶ。
――おとなしく掌の上で踊っていればいい。
男が耳元で囁いているような気がして、秋山は思わず掌を強く握りしめた。
*****
陽波高校の異界化事件から2日。
フブキは、比良坂総合病院の病室で、ベッドに逆戻りした秋山恭輔と話していた。彼のベッドの上には、武道館で力任せに折った水蛟の刀身が乗っている。
「というわけで、その時はこれしか選択肢がないと思ったの。でも、全部終わって、武道館が元に戻って、如月一と大森先輩が倒れているのをみて」
「いろいろ正気に返ってみたときに、折れた水蛟をどうすればいいのかわからなくなった」
あの時、折れた水蛟同士をぶつけることで、フブキは自身を通して変質し始めた異界と、元々の異界を対消滅させようとした。
天から落ちてきた大量の水、ウツシミが貯めこんだ生徒たちの声の激流に呑まれる羽目になったが、性質の違う二つの水は、フブキの思惑通り、共存ができず、消滅に至った。
その場の直感に頼る危ない橋ではあったが、結果として、香月フブキは陽波高校に巣食う怪異、ウツシミとそれが作りだす異界を祓ったことになる。
秋山恭輔は、同じころ、如月一を追って、美術室を訪れていたのだという。その際に出会った顔のない男と遭遇した――秋山はその男のことをそう呼んだ。面識があるようなのだが、夜宮沙耶をはじめとする変異性災害対策係の面々は、誰一人、未だにその男との繋がりを尋ねられていない。
その際に、再び霊感を乱されたらしく、秋山はこうして病室に逆戻り。約一週間の安静を言い渡された。
もっとも、この前と違い彼の霊感は早くも回復してきたらしい。水蛟の刀身を手に取り、そこに宿っているはずの呪力を確かめるように、じっと刀身を見つめている。
「まさか、折るとは思っていなかったから、僕も折れた時のことは考えたことがないよ」
「そんなぁ。岸も同じこと言っていたし、火群係長は捕まらないし……これじゃあ、仕事ができないじゃない」
「そう言われてもね……少なくても、フブキは水蛟を折ることが正解だと思ったんだろう?」
そうだ。あの時は、それが一番だと思った。
「なら、いいんじゃないか。あと、こういう話は、岸さんよりもちせに持っていくといい。何かアドバイスをくれるだろう」
あまり聞きたくない名前が出てきて、フブキは少し戸惑った。事件解決後、フブキはまだちせの顔を見ていない。
彼女のコレクションである小刀とメリケンサックは、大森との戦闘によって傷ついており、手に持っても呪力を感じられないものになっている。その上、持ちだした水蛟は折れているのだから、バツが悪い。
「ちせのところは……ま、まあ他の人のところも当たってみることにする。病室にまできて、その、ごめんなさい」
刀身をまとめて布で包みなおす。比良坂は研究所と一体になっているから、病室で水蛟を出しても咎められないが、高校生が刃物を持って歩いているのを見ず知らずの人に見つかったらと思うと、ちょっと背筋がぞっとする。
「そうか。ちせも怒っていないと思うから、早めに相談に行ったほうがいいと思うぞ」
見透かされていた。そういうところがむかつくのだ。
「ところで、フブキ。如月先生、如月一はどうなったんだ」
こちらの機嫌を悟ったのか、それとも、彼にとってはそちらのほうが大事なのか。つい余計なことを考えてしまう。如月一のことを尋ねられたんだっけ。
「彼は、今も事情聴取中。素直に色々と話しているみたい」
いろいろ。例えば、彼が語るのは、彼が接触したという紀本カナエという生徒のことだ。
*****
「つまり、あの学校には紀本カナエという生徒は元々在籍していなかったということか」
如月一は、こくりと一度頷くだけで、言葉を発さなかった。
「如月先生、私たちは警察じゃない。先生とこうして話をしているのは、あくまで変異性災害の原因特定と、その予防策の策定という名目だ。別段、取って食おうというつもりはない。もう少し、協力的になってくれてもいいと思うのだが」
今日何度目の懇願かわからない。火群たまきは目の前の椅子に座り、じっと下を見つめている如月一に、もう一度頭を下げた。
如月は、火群の方をちらりと見て
「必要な回答はしているはずだ。質問には答えている。少し疲れた」
とだけ言って、再び俯いてしまった。このまま事情を聞いていても埒が明かない。一度休憩を取る旨を伝えて、如月を置いて応接室を出た。
「疲れるのはこっちのほうだよ」
思わず悪態が出てしまい、慌てて口をふさぐ。加藤やちせなどに見られたら、酷い顔をされるに違いない。
「今回は本当にありがとうございました!」
そう思っている傍から、応接室のすぐ隣に、鷲家口ちせの姿が見えた。彼女に深々と頭を下げているのは、陽波高校の制服を着た女子生徒だ。どこかで見たような顔だと思い、女子生徒が玄関へと向かう階段を下りたのを見計らい、ちせに近づいた。
「あら、火群係長。こんなところで……あ、例の事情聴取。うまくいっていますか」
ちせは火群の顔を見て、硬直した。どうやら始末書の件で声をかけられたと思ったらしい。
少し意地悪をしてやろうかとも思ったが、それよりも女子生徒のことが気になった。
「ちせ。あの学生さんは」
「ああ。彼女、ほら、この前、佐久間ミツルと一緒に保護した」
「沖田だったか」
「そう。沖田さん。今日は、秋山が保護した桃山春香さんの件でお礼に来たって言われちゃってね。秋山もフブキも見当たらなかったからどうしようと思っていたら、なんだか私がお礼を言われることになっちゃって」
ちせは、どうしたものかと頭をかいているが、その頬は少し緩んでいる。
「市民の皆様に慕われるというのは、悪くないな」
「そう? そうですよね。うん。良いことあった」
「その喜びで活力が残っているうちに、始末書を書き終えてくれると、私の仕事も減って幸せが二倍になる」
再び、ちせが固まった。少し悪戯が過ぎたか。
「まあ、直ぐにとは言わないよ。私も、如月の聞き取りで手がいっぱいだ。ところで、桃山春香とかいったな、秋山の保護した少女。彼女の顔、ちせは見たか?」
陽波高校異界化事件より二日。如月一からの事情聴取の中で、彼が、当初は桃山春香を核として、異界を制御しようとしていたことがわかりつつある。
本人のたっての願いに合わせて、如月一はここ、比良坂民俗学研究所の宿泊室にて寝泊りをしている。初めはこちらの聴取に協力的なのだろうと踏んでいたが、質問には最低限答えるものの、協力的とは言い難い状態が続いていた。
何とか情報を引き出すために、火群は如月一の身辺情報の調査を余儀なくされている。その調査中に見つけた如月の姉、如月真の写真を見て、火群は思わず言葉を失った。
「ああ、あれね。フブキは、彼は単なるシスコンだって話していたけれど、もしフブキの言う通りなら、彼がフブキや係長に話した話は、初めから建前だったんでしょうね。
姉にそっくりな生徒を見つけて、陽波の異界と呪術を手にしたとき、彼の中で願いが生まれてしまった」
姉を現実に呼び戻す。最終的に如月一が行おうとしたのは、死者の再生ともいえる行為だ。だが、どんなに呪術が現実離れの事象を惹き起こすとしても、亡くなった魂は戻らない。
「そうは思えないほどに、あの異界は強い力を持っていたということなんじゃない」
研究者としての鷲家口ちせは、こうした話にはとても淡泊だ。これからフブキと会う予定があるといって、彼女は研究室に戻るため、階段に足をかけた。
「そうだ。火群。秋山君が顔のない男に出会ったって話聞いた? もし、如月と顔のない男がつながっているなら、気を付けたほうがいいよ。
私よりも、係長のほうが、よくわかっているとは思うけれど、それでも気を付けて」
そう言い残して、ちせは研究室に戻っていく。
「気を付けろ、といわれてもねぇ」
如月といい、秋山といい、秋山が出会った男といい。難題は山積みだ。
*****
校庭に大勢の人が集まった不思議な事件から二日。
奇妙な事件に混乱を極めるかに思われた私立陽波高校は、大勢の生徒の期待を裏切り、特に休校になることもなく、日常を取り戻していた。
考えてみれば、何か事故があったわけでもない。夜中に校庭に人が集まっていたというだけなのだから、休校になる理由など何処にもない。それでもどこかで休校を期待していた学生たちは、どこか落胆気味に授業に臨んでいた。
変化したことがあるとすれば、二年の担任を務める美術教師、如月一が病気で暫く休むこと、彼が担任と勤めていたクラスの生徒が何人か欠席を続けているということくらいだ。
如月が休んだことで、空いてしまった美術教師の枠には、急きょ臨時教員が雇われることになった。
自習だと高をくくっていた生徒たちは、教頭からの紹介で、臨時教員が教室に現れたのをみて、あからさまに厭な顔をした。
臨時教員は、そんな生徒たちの前で、バツが悪そうに笑った。高校内では見かけない羽織袴姿の青年に、女子生徒の何名かの目の色が変わる。
「みなさんの期待に沿えず、申し訳ないですが、本日から、如月先生が復帰するまでの間、美術の授業を担当します。常神硯(トコガミ‐スズリ)といいます。ほんの少しの間ですが、よろしくお願いします。
ところで、如月先生の授業ノートを拝見させてもらったのですが、どうにも高校美術というのは西洋画が中心なんですね。私は、実は本業で古美術や古本を取り扱っていましてね。実は専門は日本の美術なんです。これが結構困りもので……」
授業の導入に入ったと見たのか、教頭が頭を下げて教室を出る。常神と名乗る臨時教員は、教室の扉が完全にしまったことを確認して、ポンと両手を叩いた。
「今日は、みなさんも自習を期待していたと思います。流石に自習というのは、難しいですが、さっき話した通り、私も西洋美術の授業をするのは難しくってね。今日は、私が専門としている、巻目市の郷土芸術について、ちょっとしたお話をすることで済ませましょう」
常神は懐から一冊の本を取り出した。そして、教室の全員に対して見せるように、右から左へ本の表紙を見せびらかす。
「みなさんは、西原当麻(ニシハラ‐トウマ)という作家をご存知かな」
(ネガイカナヘバ 了)
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今後の予定
黒猫堂怪奇絵巻7 人形迷路
黒猫堂怪奇絵巻8 鍛冶ヶ嬶
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