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煙々羅 2
2012.06.23 Saturday
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅 1
黒猫堂怪奇絵巻1ラフテキストAの完成版、後半部。
なんでこのようなプロットを作ってしまったのか大変に謎である。
とにもかくにも、昔はこういった作品を書いていたらしい。
設定だけはわりと好きなのでもっとうまく書いてあげたい。
練習練習。
以下本文
―――――――
<黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅 2>
6
一日の業務が終わり、職員のほとんどが退社したころには、外はすっかり暗くなっていた。警察の再度の事情聴取も終わり、帰宅の準備をしていた佐藤総司は、ふと斎場内に残っているのは自分くらいなものであることに気が付き、薄気味悪さを覚えた。
元々、幽霊だの憑きものだのといった怪談話を信じるような性質ではない。だから、火葬場で働くことになったときもそれほど怖さを感じることはなかったように思う。けれども、ここのところ続いていた「事件」のせいか、佐藤は斎場内の息の詰まるような空気に知らず知らずのうちに怯えていた。昼間のように予約が続き、他の職員が動き回っている間は大丈夫なのであるが、こうして改めて独りで事務室にいるとその辺の壁や天井に何かいるのではないかとの不安に駆られる。
無論、何もいるわけがない。考え過ぎなのだと自分に言い聞かせ、手早く机の上を片付けていく。しかし、机の上に視線をやっていると、後ろの方から誰かにじっと見つめられているような気がして、落ち着かない。振り返ってみるも、やはり誰もいない。
先ほどからずっとこの調子で、あるはずのない視線に怯えるばかりでいつまでたっても事務所から出ることができない。一体何がどうしたというのだ。
ふと、頭の中に昼間やってきた市役所の職員たちの顔がよみがえる。特に、女性の職員の隣にいたワイシャツの青年。彼は、佐藤が職員の失踪について知らないと答えたとき、妙な視線を向けなかっただろうか。
トントン
不意に事務所の扉をたたく音がして、佐藤は思わず飛び上がった。こんな時間に誰だろうか。もうあらかたの職員は帰宅したはずだが。
「佐藤さんは聞きましたか、四号炉前ホールで小暮さんが消えたって話。あの後、小暮さんが時々視界の隅に入るって話があって」
急に他の職員が話していた噂話を思い出してしまい佐藤は後ろを振り返るのが怖くなった。まさか、そんなはずはなかろう。それに、小暮がいるのであればそれは良かったではないか。長期入院から復帰したのだから。とはいえ、こんな夜遅くにやってくる必要はない。明日からの出勤で全然構わないのに。
「あれ、誰もいないのかと思いましたが、ちゃんといるじゃないですか」
背後から聞こえてきた声が小暮のものではなかったため、佐藤は思わず大きく息を吐いた。振り返ると、事務所の入り口に例の青年が立っている。昼間とは違い、黒いロングコートを着込んでいて、薄暗い事務所の中では少々不気味に思えた。
「君は確か、秋山恭輔さん?」
「名前を覚えていてもらえて光栄です。お昼にお会いした方ですよね。確か、佐藤さん。今、お帰りでしたか」
「あ、ああ。ちょっと残業に手間取ってしまってね。ところで、君はこんな時間に何の用だい。もう斎場は終了しているし、職員も僕を残して誰もいないと思ったが」
「ええ。ですから失踪した少女を探すのも楽かと思いまして。ほら、昼間だと遺族の方々と顔をあわせないようにしないといけないですから、探す場所も限られてしまったでしょう。この時間なら流石に火葬の予約なんて入っていないですよね」
秋山と名乗る青年はそう言って、一歩、佐藤の方へと歩み寄った。
「そ、そうだね。大体5時過ぎくらいには最後の火葬が終わるからね。もう7時も過ぎている。確かに今ここでは火葬は行われていないよ」
「そうでしたか。それはよかった。もしかして火葬が行われていたらどうしようかと思っていたんですよ。つまらない噂ですが、あるじゃないですか、火葬場は夜も人を焼いているという話」
夜も人を焼いている。その言葉を聞いた途端、佐藤は背中に寒気を感じた。そんなはずがない。篠山斎場は午後5時の火葬を最後に一日の業務を終了する。それ以降は次の営業日まで火葬炉を動かすことはないのだ。
「そんなくだらない噂を真に受けないでほしいな。夜間までこんな場所に残って火葬をするだなんて、大体遺族の方も大変だろう。ここに来るまではまるで山道なんだから」
「僕たちも来てみて同じことを思いました。こりゃあ、夜に調査したいなんて頼んだのは飛んだ失敗だったなと。あ、所長さんには事前に許可を取ってありますんで大丈夫です。それに、もう少ししたら警察の方の他、数人職員の方が応援に来ていただけるそうでして。でも、佐藤さんがいて幸運でした。それまで独りで斎場の中を歩き回るなんて、何か出たら怖いじゃないですか。案内、お願いできますか?」
この青年は何を言っているのだろうか。佐藤が先ほど帰る支度をしていたと言ったのを忘れているのだろうか。それを斎場の中を案内しろなどと、一体何のつもりなのだ。
「あんまり乗り気じゃないみたいですね」
「当たり前だ。こんな時間に急に訪れて斎場を案内しろだなんて、さっき私は帰宅するところだと言っただろう」
「ですから、そこは申し訳ないですが案内をお願いしたいと頼んでいるんです。それとも、ここに長居したくない理由でも」
「誰だって、夜の火葬場になんて長居したくはないさ」
「何かでるかもしれないから、ですか」
「そ、そういうことを言っているわけでは」
「例えば、消えた従業員の形をした煙のお化けとか」
思わず、言葉が詰まる。そんなもの居るわけがないと突っぱねたいのだが、喉元まで上がっている言葉が出てこない。怖い。佐藤は目の前の青年に、自分が立っているこの斎場に、明確に恐怖を感じていた。煙のお化けなどばかばかしい。頭ではそう思っているにもかかわらず、真剣な顔で近付いてくる青年をみると否定しきれない。そんなもの、いるはずがないのに。
「ところで、佐藤さんは昼間夜宮さんが述べた所属部署名を聞き取れていませんでしたよね。僕は、巻目市役所環境管理部第四課変異性災害対策係というところに雇われている外部コンサルタントです。つまり、僕は市役所に雇われて変異性災害と呼ばれる特殊なケースについての処理をしているわけです」
「へんいせい、さいがい?」
何を意味する言葉なのかは全く分からないが、そのような言葉と少女や職員の失踪は結びつかない。一体どうしてそのへんいせいさいがい対策係などという部署が出張ってくるのか。
「ええ、変異性災害。正確には、人間の精神的変異を起因とする物理的干渉能力を有する幻覚及びそれに類する精神体により惹起される災害一般と呼称されますが、長くて面倒なので変異性災害と呼ばれています。先ほどの様子だと、佐藤さんは幽霊や化け物といった非科学的な存在を信じない方のようにお見受けしますね。ですが、変異性災害とはまさにそういった存在、怪異が原因で起きる異常事態のことなのですよ」
「君が、何を言っているか、その、よく、わからないのだが」
いつの間にか、青年は佐藤の前に立っていた。そして、佐藤を下から眺め見るように、ぐっと顔を近づけてにこやかにほほ笑んだ。
「早い話が、佐藤総司さん、および篠山斎場は憑かれているんですよ。煙々羅という化け物に」
耳元で涼しげな鈴の音が鳴り響き、佐藤の意識は遠くなっていく。
黒猫堂怪奇絵巻1ラフテキストAの完成版、後半部。
なんでこのようなプロットを作ってしまったのか大変に謎である。
とにもかくにも、昔はこういった作品を書いていたらしい。
設定だけはわりと好きなのでもっとうまく書いてあげたい。
練習練習。
以下本文
―――――――
<黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅 2>
6
一日の業務が終わり、職員のほとんどが退社したころには、外はすっかり暗くなっていた。警察の再度の事情聴取も終わり、帰宅の準備をしていた佐藤総司は、ふと斎場内に残っているのは自分くらいなものであることに気が付き、薄気味悪さを覚えた。
元々、幽霊だの憑きものだのといった怪談話を信じるような性質ではない。だから、火葬場で働くことになったときもそれほど怖さを感じることはなかったように思う。けれども、ここのところ続いていた「事件」のせいか、佐藤は斎場内の息の詰まるような空気に知らず知らずのうちに怯えていた。昼間のように予約が続き、他の職員が動き回っている間は大丈夫なのであるが、こうして改めて独りで事務室にいるとその辺の壁や天井に何かいるのではないかとの不安に駆られる。
無論、何もいるわけがない。考え過ぎなのだと自分に言い聞かせ、手早く机の上を片付けていく。しかし、机の上に視線をやっていると、後ろの方から誰かにじっと見つめられているような気がして、落ち着かない。振り返ってみるも、やはり誰もいない。
先ほどからずっとこの調子で、あるはずのない視線に怯えるばかりでいつまでたっても事務所から出ることができない。一体何がどうしたというのだ。
ふと、頭の中に昼間やってきた市役所の職員たちの顔がよみがえる。特に、女性の職員の隣にいたワイシャツの青年。彼は、佐藤が職員の失踪について知らないと答えたとき、妙な視線を向けなかっただろうか。
トントン
不意に事務所の扉をたたく音がして、佐藤は思わず飛び上がった。こんな時間に誰だろうか。もうあらかたの職員は帰宅したはずだが。
「佐藤さんは聞きましたか、四号炉前ホールで小暮さんが消えたって話。あの後、小暮さんが時々視界の隅に入るって話があって」
急に他の職員が話していた噂話を思い出してしまい佐藤は後ろを振り返るのが怖くなった。まさか、そんなはずはなかろう。それに、小暮がいるのであればそれは良かったではないか。長期入院から復帰したのだから。とはいえ、こんな夜遅くにやってくる必要はない。明日からの出勤で全然構わないのに。
「あれ、誰もいないのかと思いましたが、ちゃんといるじゃないですか」
背後から聞こえてきた声が小暮のものではなかったため、佐藤は思わず大きく息を吐いた。振り返ると、事務所の入り口に例の青年が立っている。昼間とは違い、黒いロングコートを着込んでいて、薄暗い事務所の中では少々不気味に思えた。
「君は確か、秋山恭輔さん?」
「名前を覚えていてもらえて光栄です。お昼にお会いした方ですよね。確か、佐藤さん。今、お帰りでしたか」
「あ、ああ。ちょっと残業に手間取ってしまってね。ところで、君はこんな時間に何の用だい。もう斎場は終了しているし、職員も僕を残して誰もいないと思ったが」
「ええ。ですから失踪した少女を探すのも楽かと思いまして。ほら、昼間だと遺族の方々と顔をあわせないようにしないといけないですから、探す場所も限られてしまったでしょう。この時間なら流石に火葬の予約なんて入っていないですよね」
秋山と名乗る青年はそう言って、一歩、佐藤の方へと歩み寄った。
「そ、そうだね。大体5時過ぎくらいには最後の火葬が終わるからね。もう7時も過ぎている。確かに今ここでは火葬は行われていないよ」
「そうでしたか。それはよかった。もしかして火葬が行われていたらどうしようかと思っていたんですよ。つまらない噂ですが、あるじゃないですか、火葬場は夜も人を焼いているという話」
夜も人を焼いている。その言葉を聞いた途端、佐藤は背中に寒気を感じた。そんなはずがない。篠山斎場は午後5時の火葬を最後に一日の業務を終了する。それ以降は次の営業日まで火葬炉を動かすことはないのだ。
「そんなくだらない噂を真に受けないでほしいな。夜間までこんな場所に残って火葬をするだなんて、大体遺族の方も大変だろう。ここに来るまではまるで山道なんだから」
「僕たちも来てみて同じことを思いました。こりゃあ、夜に調査したいなんて頼んだのは飛んだ失敗だったなと。あ、所長さんには事前に許可を取ってありますんで大丈夫です。それに、もう少ししたら警察の方の他、数人職員の方が応援に来ていただけるそうでして。でも、佐藤さんがいて幸運でした。それまで独りで斎場の中を歩き回るなんて、何か出たら怖いじゃないですか。案内、お願いできますか?」
この青年は何を言っているのだろうか。佐藤が先ほど帰る支度をしていたと言ったのを忘れているのだろうか。それを斎場の中を案内しろなどと、一体何のつもりなのだ。
「あんまり乗り気じゃないみたいですね」
「当たり前だ。こんな時間に急に訪れて斎場を案内しろだなんて、さっき私は帰宅するところだと言っただろう」
「ですから、そこは申し訳ないですが案内をお願いしたいと頼んでいるんです。それとも、ここに長居したくない理由でも」
「誰だって、夜の火葬場になんて長居したくはないさ」
「何かでるかもしれないから、ですか」
「そ、そういうことを言っているわけでは」
「例えば、消えた従業員の形をした煙のお化けとか」
思わず、言葉が詰まる。そんなもの居るわけがないと突っぱねたいのだが、喉元まで上がっている言葉が出てこない。怖い。佐藤は目の前の青年に、自分が立っているこの斎場に、明確に恐怖を感じていた。煙のお化けなどばかばかしい。頭ではそう思っているにもかかわらず、真剣な顔で近付いてくる青年をみると否定しきれない。そんなもの、いるはずがないのに。
「ところで、佐藤さんは昼間夜宮さんが述べた所属部署名を聞き取れていませんでしたよね。僕は、巻目市役所環境管理部第四課変異性災害対策係というところに雇われている外部コンサルタントです。つまり、僕は市役所に雇われて変異性災害と呼ばれる特殊なケースについての処理をしているわけです」
「へんいせい、さいがい?」
何を意味する言葉なのかは全く分からないが、そのような言葉と少女や職員の失踪は結びつかない。一体どうしてそのへんいせいさいがい対策係などという部署が出張ってくるのか。
「ええ、変異性災害。正確には、人間の精神的変異を起因とする物理的干渉能力を有する幻覚及びそれに類する精神体により惹起される災害一般と呼称されますが、長くて面倒なので変異性災害と呼ばれています。先ほどの様子だと、佐藤さんは幽霊や化け物といった非科学的な存在を信じない方のようにお見受けしますね。ですが、変異性災害とはまさにそういった存在、怪異が原因で起きる異常事態のことなのですよ」
「君が、何を言っているか、その、よく、わからないのだが」
いつの間にか、青年は佐藤の前に立っていた。そして、佐藤を下から眺め見るように、ぐっと顔を近づけてにこやかにほほ笑んだ。
「早い話が、佐藤総司さん、および篠山斎場は憑かれているんですよ。煙々羅という化け物に」
耳元で涼しげな鈴の音が鳴り響き、佐藤の意識は遠くなっていく。
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煙々羅 1
2012.06.17 Sunday
黒猫堂怪奇絵巻1、前半部。
後半部は手直しが終わっていないので後日記事にしようかと。
長いので何か展示方法を考えよう。
以下本文
******
<黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅 1>
怪異。それは人の心に潜み、現実世界への浸食の機会を窺う現世とは異なる理に従う存在と言われる。現れるきっかけは多種多様であり、その姿も千差万別であるが、唯一共通している点として宿主の心に巣食った後は、宿主を媒介に周囲の人間へとその影響を広げようとする傾向が指摘されている。
一度憑いた怪異たちは、宿主の意思でその存在が排除される例は少ない。宿主の器が怪異に耐えられなくなり精神を病んでしまう、命を落とすなどの理由によりその存在基盤を失うか、他者へと影響力をひろげた結果ついには確固たる形をもって現実世界に立ち現われるかの二通りの道を通るのが通常だ。
しかし、現世と異なる理を持つ怪異たちの浸食を許すことは、現世の理を揺らがせることに相違ない。すなわち、怪異とは我々を崩壊させる近くて遠い隣人である。
――西原当麻『怪異論』より
1
その日は雲が見当たらなく透き通った青空が印象的で、外に出ると太陽の光で目が霞み、外の光景は何もかもがやけに明るく見えた。
連日雨続きであったのにも関わらず、まるで狙ったかのように快晴になったものだから、出席した親戚たちは口々に姉は最後まで晴れ女であったと言う。僕もその意見には反対しないが、皆と共に明るくそのような話題をする気分ではなかった。
父や母は、残った者がいつまでも名残惜しいような表情をしていると、離れるに離れられなくなるので努めて明るく振る舞うのだと、僕や、姉の娘に言い聞かせた。姉の娘、藍はまだ小学校に上がるまえだから、父と母の話をよくわからずに聞いていたのだろう。うんうんと頷いてはいたが、こうして姉が消えていく様子を眺めている僕の手を何度も引っ張り、「ママはまだ帰ってこないの?」と尋ねてくる。
残念ながら、僕には彼女に応えられる言葉がない。二十歳をとうに過ぎて、まもなく社会に出ようとしているにも関わらず、家族が一人亡くなったことを自分の中でどう受け止めればいいか、それを考えるだけで精いっぱいだった。
「武兄ちゃん、もくもくでてる」
藍が火葬場の煙突を指差して不思議そうに声を上げる。時計を確認するに、そろそろ姉の遺体の火葬が始まったころだろう。僕は、焼香を済ませた後、葬儀場に留まる気にならなかったから、藍を連れて外に出てきた。けれども、ああして煙になっていく姉を見ると、火葬前に藍を姉と対面させてやるべきだったのではないだろうかとも思う。
僕は、しゃがみこんで藍と目線の高さを合わせ、彼女の頭を優しくなでた。藍は何故僕がそのようなことをするのかもわからず目を丸くしてこちらを見つめている。
「武兄ちゃん、どうして泣いてるの?」
「え、ああ。どうしてだろうね」
「そんなに泣いてると、またママに怒られるよ」
藍の言葉に僕は姉がよく僕に気を強く持つようにと言っていたことを思い出す。もうあのような言葉をくれる姉はいないのだ、せめて姉に心配をかけないようにしなければと思うが、一度流れ始めた涙を止めることは難しかった。恥ずかしいことに、目の前の少女に頭をなでられ「よしよし」と慰められる始末だ。これからの彼女の方が僕よりもずっと大変であるというのに。
「ママ、武兄ちゃん泣きやまないよ。早く下りてきて」
藍は、空に向かって無邪気にそう言った。藍の視線の先には火葬場の煙突から排出された煙がゆらゆらと蠢いている。どうやら、彼女は姉がどうなったのか、彼女なりに理解しているらしい。
「藍は強いな。兄ちゃんも泣かないから、大丈夫」
僕は立ちあがって、藍の頭を撫でてやる。いつまでもこうしているわけにもいかないし、まずは藍と共に両親の所に戻ろう。そう思った時だった。
「あ、ママが手を振ってるよ! ママこっち!こっち!」
藍が煙に向かって笑顔で両手を振り、駆け出していく。僕は突然の彼女の挙動に驚いてしまい、反応が一瞬遅れた。そして、その一瞬が僕から更に家族を奪い去った。煙突から吹き出た煙が地上に、藍に向かって急速に接近し、彼女を飲みこんでしまったのだ。
「藍、おい。藍!」
煙が勢いよく僕の横を通り過ぎた後、辺りからは一切人の気配が消えていた。突然、全く突然のことだ。
僕の姉、岬タエの葬儀の日、彼女の娘である藍は煙に呑まれて僕の前から姿を消した。
後半部は手直しが終わっていないので後日記事にしようかと。
長いので何か展示方法を考えよう。
以下本文
******
<黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅 1>
怪異。それは人の心に潜み、現実世界への浸食の機会を窺う現世とは異なる理に従う存在と言われる。現れるきっかけは多種多様であり、その姿も千差万別であるが、唯一共通している点として宿主の心に巣食った後は、宿主を媒介に周囲の人間へとその影響を広げようとする傾向が指摘されている。
一度憑いた怪異たちは、宿主の意思でその存在が排除される例は少ない。宿主の器が怪異に耐えられなくなり精神を病んでしまう、命を落とすなどの理由によりその存在基盤を失うか、他者へと影響力をひろげた結果ついには確固たる形をもって現実世界に立ち現われるかの二通りの道を通るのが通常だ。
しかし、現世と異なる理を持つ怪異たちの浸食を許すことは、現世の理を揺らがせることに相違ない。すなわち、怪異とは我々を崩壊させる近くて遠い隣人である。
――西原当麻『怪異論』より
1
その日は雲が見当たらなく透き通った青空が印象的で、外に出ると太陽の光で目が霞み、外の光景は何もかもがやけに明るく見えた。
連日雨続きであったのにも関わらず、まるで狙ったかのように快晴になったものだから、出席した親戚たちは口々に姉は最後まで晴れ女であったと言う。僕もその意見には反対しないが、皆と共に明るくそのような話題をする気分ではなかった。
父や母は、残った者がいつまでも名残惜しいような表情をしていると、離れるに離れられなくなるので努めて明るく振る舞うのだと、僕や、姉の娘に言い聞かせた。姉の娘、藍はまだ小学校に上がるまえだから、父と母の話をよくわからずに聞いていたのだろう。うんうんと頷いてはいたが、こうして姉が消えていく様子を眺めている僕の手を何度も引っ張り、「ママはまだ帰ってこないの?」と尋ねてくる。
残念ながら、僕には彼女に応えられる言葉がない。二十歳をとうに過ぎて、まもなく社会に出ようとしているにも関わらず、家族が一人亡くなったことを自分の中でどう受け止めればいいか、それを考えるだけで精いっぱいだった。
「武兄ちゃん、もくもくでてる」
藍が火葬場の煙突を指差して不思議そうに声を上げる。時計を確認するに、そろそろ姉の遺体の火葬が始まったころだろう。僕は、焼香を済ませた後、葬儀場に留まる気にならなかったから、藍を連れて外に出てきた。けれども、ああして煙になっていく姉を見ると、火葬前に藍を姉と対面させてやるべきだったのではないだろうかとも思う。
僕は、しゃがみこんで藍と目線の高さを合わせ、彼女の頭を優しくなでた。藍は何故僕がそのようなことをするのかもわからず目を丸くしてこちらを見つめている。
「武兄ちゃん、どうして泣いてるの?」
「え、ああ。どうしてだろうね」
「そんなに泣いてると、またママに怒られるよ」
藍の言葉に僕は姉がよく僕に気を強く持つようにと言っていたことを思い出す。もうあのような言葉をくれる姉はいないのだ、せめて姉に心配をかけないようにしなければと思うが、一度流れ始めた涙を止めることは難しかった。恥ずかしいことに、目の前の少女に頭をなでられ「よしよし」と慰められる始末だ。これからの彼女の方が僕よりもずっと大変であるというのに。
「ママ、武兄ちゃん泣きやまないよ。早く下りてきて」
藍は、空に向かって無邪気にそう言った。藍の視線の先には火葬場の煙突から排出された煙がゆらゆらと蠢いている。どうやら、彼女は姉がどうなったのか、彼女なりに理解しているらしい。
「藍は強いな。兄ちゃんも泣かないから、大丈夫」
僕は立ちあがって、藍の頭を撫でてやる。いつまでもこうしているわけにもいかないし、まずは藍と共に両親の所に戻ろう。そう思った時だった。
「あ、ママが手を振ってるよ! ママこっち!こっち!」
藍が煙に向かって笑顔で両手を振り、駆け出していく。僕は突然の彼女の挙動に驚いてしまい、反応が一瞬遅れた。そして、その一瞬が僕から更に家族を奪い去った。煙突から吹き出た煙が地上に、藍に向かって急速に接近し、彼女を飲みこんでしまったのだ。
「藍、おい。藍!」
煙が勢いよく僕の横を通り過ぎた後、辺りからは一切人の気配が消えていた。突然、全く突然のことだ。
僕の姉、岬タエの葬儀の日、彼女の娘である藍は煙に呑まれて僕の前から姿を消した。