作成した小説を保管・公開しているブログです。
現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。
連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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2025.01.22 Wednesday
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ネガイカナヘバ6
2016.05.03 Tuesday
黒猫堂怪奇絵巻6話目 ネガイカナヘバ掲載6回目です。
ネガイカナヘバ1
ネガイカナヘバ2
ネガイカナヘバ3
ネガイカナヘバ4
ネガイカナヘバ5
今までの黒猫堂怪奇絵巻
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う
黒猫堂怪奇絵巻5 キルロイ
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ネガイカナヘバ1
ネガイカナヘバ2
ネガイカナヘバ3
ネガイカナヘバ4
ネガイカナヘバ5
今までの黒猫堂怪奇絵巻
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
黒猫堂怪奇絵巻4.5 薄闇は隣で嗤う
黒猫堂怪奇絵巻5 キルロイ
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よく一緒にいる友達と話していて気が付いたの。私、このところの記憶がところどころないって。そう、時期としては桜が転校してくる少し前かな。
桜? ああ、上月桜って言って、春先に転校してきたんだ。初日から絡んできた先輩を一瞬で取り押さえる女の子でね。クラスに来た時には驚いちゃった。
でも、話してみると案外普通の子で、そのまますぐに仲良くなったの。部活? 一緒に写真部にいる。うん。そうだね、前に恭輔に相談した、心霊写真を撮影した子だよ。
あのカメラはどうなったのかって? それが、さっき電話する直前まで友達と話していて、ようやく思い出した。修理に出すからって先輩に取り上げられたんだ。先輩の名前? えっと、確か……あれ、誰だったんだろう。
とにかく、私は、ずっとあの写真のことを覚えていたはずなのに思い出せなかったんだ。
そのあとも、新聞部の取材を手伝って、私と桜は七不思議の取材を続けたんだけど、
そこからがおかしいんだ。みんな、少しずつ記憶が食い違っていて、さっきまで話していた、佐久間君。ん? そう、佐久間ミツル君。新聞部の部員の。彼、少し前に突然入院しちゃってね、その直後からの記憶が、おかしいの。
私と秋は佐久間君の家に行ったことがないのに、佐久間君の家を訪ねたことになってるし、そう、桜に後で聞いてみないと……七不思議についてはみんな覚えていることが違うの。
一緒に調べたり話したりしたはずなのに。それに、どうしても思い出せない部員がいて……
要領を得ない。
結城美奈が話した出来事についての秋山が受けた第一印象だ。同席した夜宮沙耶、鷲家口ちせ、そして結城の父である結城辰巳。三人は美奈を病室で待たせ、廊下に出て揃って首を傾げてしまった。
事の発端は、秋山にかかってきた一本の電話だ。香月フブキに話を聞こうと思った矢先ではあったが、美奈の様子が慌てたものであったので、一度会って話を聞くことになった。美奈が口にした『七不思議』という言葉が気になったため、一度比良坂まで出向いてもらうことにした。もっとも、美奈自身の様子を見る限り、彼女に怪異がとり憑いた気配はない。
「それでも、一度検査を受けさせてから家に戻ったほうがいいと思います」
ちせの提案に結城辰巳は頷いた。
「検査が必要ならそのようにしてくれ。それよりも、これは、美奈は、その」
「変異性災害に遭遇しているのか」
変異性災害という言葉に、結城は歯を食いしばった。
「少なくても、今、話を聞いた限りでは、彼女に何かが憑いたわけではないようです」
「だが、お前たちがわざわざ俺を呼ぶということは、娘の高校で変異性災害が発生していることがあるということだろう」
「それは、何とも言えません。僕たちは、まだ怪異は現れていないと踏んでいます。けれども、美奈さんの話を聞くと、陽波高校の周辺に既に何かがいる可能性が否定できない」
「つまり、特定できないということか」
「現時点では」
秋山の答えを聞き、結城は目を閉じて息を止め、そしてゆっくりと吐き出した。再び目を開けたときにそこにいたのは刑事としての結城だ。
「結城さんも落ち着いたみたいだし、美奈さんも落ち着いた。再度彼女の話を整理してみませんか。美奈さんのケアはうちのスタッフが行います」
鷲家口ちせの申し出に、結城辰巳は頷いた。
「結城さんが気づく範囲では美奈の行動に不審な点はなかった?」
「ああ、あったらもっと前にお前に相談していたよ恭輔」
この二か月に絞って、結城美奈の行動に不自然な点がなかったか。秋山の問いに、結城辰巳はしばらく考え、首を横に振った。
結城の話によれば、二か月間、家で見かける美奈に不審な点はなく、彼女が特別どこかに出かけたという話も聞かない。
「確かに、七不思議の調査だと言って夜に高校を見に行ったことはあるが、その時は夜桜見物に失敗したとかいって、ファミレスで勉強会をして帰ってきたと話していた。まあ、勉強会は嘘だろうとは思うが……」
「記憶が飛んでいるという話は、気が付いたことはありますか」
「いいや。今日話を聞いてみて初めて気が付いた。恥ずかしいことだが、あいつが学校でどういう活動をしているのか、細かくは知らなくてな」
隣で話を記録に取っている夜宮に目をやった。彼女も秋山の視線の意味に気が付き頷く。どうやら、同じ結論に至ったらしい。
「もう一度、確認します。家での美奈は、記憶に混濁があるわけではなかったんですね」
結城は秋山の顔を見て頷く。その表情に迷いはない。美奈自身の話ももっぱら学校内での話ばかりだ。
顔のない男に出会うと、記憶を奪われる。結城美奈や香月フブキが追いかけていた、現在の陽波高校七不思議に出てくる怪談には、記憶を奪うものがいる。
学校の中のことが語られるのが七不思議なのにも関わらず、一つだけ陽波高校の周辺も対象として含めている奇妙な怪談。おそらく、結城美奈の記憶を奪ったのはこれだ。
そして、そいつが学校の周辺に現れなければならず、校内の記憶だけを奪う必要があるとすれば。
「恭輔。何かわかったのか?」
結城にどう伝えればいいのか秋山は戸惑った。結城が自分の娘が変異性災害案件に近づくことを良しとしていないことは知っている。怪異という自分が手を出せない領域に、子供を連れ出すのが怖い。結城は秋山と付き合いが始まったとき、そう言った。
だから、秋山と夜宮がいたった結論を伝えるのは怖い。結城が再び娘を怪異に触れさせてしまったという事実をどう受け止めるのか、想像がつかない。
それでも、じっと秋山の答えをまつ結城に対して、偽りを答えることができない。彼は秋山の質問に、おおよその答えを予想しているはずなのだから。
「美奈の話と、現在までの調査を合わせると、陽波高校内では変異性災害が発生しています。そして、そいつは、高校の中で起きている異変を外に漏らさないために、異変を目にした生徒の記憶を奪っている。美奈は、何か核心的な事態に触れたのだと思います。ここからは、全面的に、変異性災害対策係が動く案件です。事が落ち着くまで、美奈を高校に連れて行かないようお願いします」
*****
岸や夜宮に相談した結果、少し情報の整理が付いた。
だが、整理を終えた情報を元にしても、陽波高校に潜む何かの姿はつかめない。手がかりがあるとすれば、倉橋守の携帯にあったアプリケーションだ。
同じものをインストールして、携帯のカメラを校舎の壁にむけてやれば、アプリに映った校舎の壁に大量の吹き出しが現れる。
「ここまでは、写真と同じか」
校舎の壁に書き込まれたのは生徒たちの他愛もないやりとりだ。授業中の愚痴、遊びの約束、その他諸々の情報交換。時折文字化けしている吹き出しに注目すると、パスワードの入力を求められる。どうやら、親しい人同士でパスワードを交換しなければ読めないらしい。
倉橋守の携帯のアプリケーション、その記録の中にあった陽波高校の校舎内の風景写真。それにはどれも、こうして吹き出しが貼りつけられていた。
このアプリケーションはARを使って、現実の中に、掲示板を作りだしたというわけだ。
フブキが陽波高校に潜入したときから、校舎のあちこちで携帯端末を壁や景色に向けている学生がいることは知っていた。だが、同じことをしてみても何も映ることはなかったため、すっかり見落としていた。
それもそのはず。フブキの携帯にはアプリケーションが入っていなかったのだから。
それに加えて、この機能だ。
フブキが画面を見ている間も、誰も近くにいないのにも関わらずぽつぽつと吹き出しは増えている。
このアプリケーションは、カメラが写していない場所であっても端末自体に画像とその位置データがあれば、書き込みを反映させることができる隠し機能が付いている。
壁を見ながら落書き気分で書き込むのは、アプリケーションの使いはじめがいいところだろう。学生たちは、このちょっとしたいたずらをすぐに秘密の掲示板として使うようになり、使い方を最適化していった。
だから、実際に壁や景色にカメラを向ける学生は日に日に減っていき、アプリケーションの存在は水面下に隠れていったというわけだ。
「でも本当の狙いは、携帯で画面を映さないと出てこない」
画面に映った吹き出しに触れて横にスライドすれば吹き出しを画面から剥がすことができる。大量の吹き出しをはがしていき、一番壁に近いレイヤーを表示すると、今までの吹き出しと形が違うふきだしが表示される。
――理科室の右から3枚目の窓には自殺した男子生徒が貼りついている
陽波高校七不思議の一つ目。壁に張り付いた男子生徒の噂だ。吹き出しの下にはチェックボックスがついており、チェックを入れると、吹き出しは消えた。
今の吹き出しは、壁の画像でふきだしを探したときにはなかった。
気が付いたのは、会議後、他の鬼憑きたちの携帯端末の画像を見ていた時だ。
初めは、アプリケーションによって作られた吹きだし付きの画像が残されているだけだと気にも留めなかった。
だが、二人、三人と複数人が撮影した壁の写真を並べていくと違和感が湧いた。撮影と保存の時期が違えば吹き出しの量は違う。だが、それだけでは説明できない違いがある。
一つ一つアプリケーションを起動してみてわかったのは、一人の携帯に入っている画像だけが、アプリで読みこめないという事実だった。アプリのエラー表示をみると、画像として必要な条件が足りないと記載している。
けれども、フブキの目には、その写真だけが何か余分なものが混ざりこんでいるように見えた。
他の画像の吹き出しを選り分けながら、読み込めない画像データと比較していった結果、その画像だけは一番下に他の吹き出しと異なる形のデータが混ざりこんでいることに気が付いた。
もしやと思ってきてみた結果が目の前にある。あの画像は、現実の壁を前にしないと映らないふきだしを保存していたから読み込めなかったのだ。
そして、その吹き出しには陽波高校七不思議が書かれている。
ならば、このまま七不思議を追いかけるべきだろう。二つ目は校舎の外の一夜桜の噂だ。携帯を閉じて校舎の裏手へと歩く。
夕方5時を回っており、校舎の窓から覗き込んでも生徒の姿はまばらである。校庭側には音楽室などの特別教室が少ないのも原因かもしれない。耳をすませば、吹奏楽の音が聞こえるし、生徒のざわめきも聞こえる。
校庭の方を見れば、サッカー部が活動をしており、フブキはその光景になぜかほっとした。
校舎の端まで歩いてくると、もはや見慣れてしまった枯れ桜が目に入る。フブキは、校舎の壁を背にして、携帯を開いた。
アプリケーションを起動し、一夜桜を映す。
「映った」
携帯の中の枯れ桜は銀色の花を満開に咲かせている。フブキが鬼憑きたちの家で見た写真と同じだ。二つ目の七不思議。願いをかなえる一夜桜もまた、携帯の画面を通して現れた。
画面の中をよく見ると、根元のあたりに人影が写っている。
「これが、吹き出しの代わり?」
現実の枯れ桜の周りには人影は全くないのに、携帯の画面には人が写りこんでいる。しかも、桜からカメラを外し、元に戻すたびに、座り込んでいた人影が立ち上がる。
こちらに向きなおった人影には顔がない。
「顔のない男に出会うと、記憶を奪われる」
陽波高校七不思議のオリジナルにはなかった七不思議を現しているのがこの人影なのだろう。だが、まだ怪異の気配はない。
次の噂は確か……。
フブキがそれを思い出すより前に、携帯の画面が揺らいだ。画面に亀裂が入り、耳障りなノイズが鳴り響く。思わず携帯を手放し、耳を塞ぐ。だが、ノイズは収まらない。
町のざわめきのような、テレビの砂嵐のような、ひどく聞きづらい音の波に包まれ、フブキはその場でうずくまった。
やがて、音が収まり始めたのを見計らい、ゆっくりと立ち上がり、目を開ける。周囲の景色は変わらない。夕暮れ時の陽波高校の校舎のままだ。
手放した携帯を拾って確認するも、異常らしきものは見られない。しかし、件のアプリケーションを展開すると様相が違った。カメラ画像の右下に地図らしきものが表示されている。
タッチすると、画面いっぱいにそれが広がり、陽波高校内の地図であることがすぐに分かった。けれども、どこかフブキの知っている建物と形が違う。
「四つ目の七不思議。影の道をたどる、ね」
気が付けば、周囲の雰囲気が先ほどまでとうって変って、静かになった。校庭に響いていた部活動の音も、校舎から響いていた吹奏楽の音も消えている。校舎の周りは酷く紅く、まるで絵画のような夕焼け空に染まっている。
フブキは、陽波高校内で初めて、自分がよく知った気配を感じた。
そして、秋山恭輔から聞いた、風見山での現象を思い出した。
決まったルートを通ることで現れる異界。フブキもまた、その異界に入り込んだのだ。
比良坂から持ち出した水蛟が背中で震えた。
*****
桃山春香がいなくなった。助けてほしい。
突然、沖田からかかってきた電話に、秋と佐久間はわけもわからず顔を見合わせた。とにかく、事情を聞きたいから落ち着いてほしいと話しかけても、沖田は焦っているのか話をまともに聞けていない。
聞けば、彼女は秋の家の近くにいる。とにかくまず家に来て顔をみて話をしよう。そう持ちかけると、沖田は住所を聞いて電話を切った。
彼女はそれから5分も待たずに秋の家の玄関に現れた。
靴箱に手をつき、大きく肩を上下させる彼女の様子に、出迎えた秋と佐久間はあっけにとられて立ち尽くした。
我に返ったのは、沖田が母から受け取ったコップを持つ手が震えているのに気が付いた時だ。水を飲み、息を整えた後も、彼女の顔は青白い。秋は思わず彼女の手を握った。
「母さん、沖田先輩をリビングに連れて行く。話を聞くのは、僕と佐久間の二人がいいと思うんだ。母さんはその」
突然やってきた女の子と息子たちをリビングに放置して離れていてほしい。そんな話を受け入れるような親ではない。それでも、沖田は秋と佐久間を頼って電話をしてきた。それは、自分たちに話を聞いてほしいからだと秋は思う。
怒られるかと思ったが、意外にも母は頷いてリビングの扉を開けた。
桃山春香が消えたのは、今日の放課後だという。沖田は、帰りに桃山と待ち合わせをしていたが、佐久間との話が少し長引いて、待ち合わせ時刻に遅れた。
無論、佐久間との話の間に待ち合わせに遅れる旨のメールはしたし、その時に桃山からは図書室に寄ってくるから話が終わったら教えてくれとの返事が返ってきたらしい。
「それで、そのあとは?」
佐久間は、沖田に二回目の質問をした。沖田が話した経過は、秋と佐久間には全く理解のできないものだったからだ。
しかし、再度話し始めた沖田の話は、やはり理解ができないままであった。
佐久間と別れた後、沖田の記憶は、桃山の家の前に一人で立っているところまで飛んでしまう。なぜ彼女の家の前に行ったのか、桃山との待ち合わせはどうしたのか、自分がどうやってそこまで行ったのか、そのすべての過程を彼女は思い出せない。
ただ、その時は、桃山と用事を済ませてわかれた、そう思ったらしい。そのまま、帰ろうとして自分のカバンに、桃山に渡すはずだった本が入ったままであることに気が付いた。渡して帰ろうと思って、家に寄ってみると、桃山はまだ帰宅していなかった。
桃山の母は、どこかですれ違ったのだろうという。沖田もそうかと思い、彼女の家を後にするも、やはりどこかがおかしい。
沖田の記憶では、桃山と沖田は一緒に帰っているはずなのだ。
いや。
沖田はそこで、自分の記憶がどこかおかしい自覚をもった。自分は桃山春香と共に帰ってきていない。では、どこで別れたのか。それにどうして桃山はいないのか。慌てて学校に戻ったが、どこにも彼女の姿はない。電話もメールも応答がない。
沖田がそんなことをしている間に、桃山は家に戻ったかもしれない。しかし、彼女の自宅に電話をかけても桃山はでない。
頭をよぎったのは、佐久間と話した七不思議の噂だ。
秋はここまで聞いて、隣に座った佐久間の腰を突いた。不安がっているのは佐久間のせいじゃないか。目で訴えるが、佐久間はその視線を無視するようにゆっくり目を閉じた。
そうじゃない。佐久間はきっかけになっただけで、秋たちの周りでは不可解なことが起きている。沖田は記憶を失っている。秋と、佐久間と同様に。
「桃山先輩は、図書室に行くって言っていたんですよね」
なら、初めに探すべきは、高校の図書室ではないのか。秋は不意に浮かんだ考えを消そうとした。だが、佐久間の話を聞いてしまった後だからなのか、どうしてもその考えが消せない。
「一度、学校に行ってみましょう。行く途中で桃山先輩の家に電話をかけてみればいい」
自分が、何かよくない領域に踏み込んだような、そんな感覚が秋の全身を包んだ。
5
岸が整理した鬼化した学生たちの住所が地図上に表示される。それに重ねるようにして、風見山の迷い家、そして迷い家を惹き起こした者の住居を示す。
「陽波高校と風見山地区は離れている。流石にこの二つの位置が重なることはないな」
岸は、発案者の秋山の隣に立ち、率直な感想を述べた。
「秋山。お前と沙耶ちゃんが、今回の件について、風見山地区の時と同様に、人による怪異の創造を目的とした事件と見ているのはわかるが、こんなことをするよりも、香月や結城刑事の娘さんのケアを進める方が先なんじゃないか。これを見てもわかるはずだ」
「ええ。わかりますよ。やはり風見山の事件と、今回のケースはよく似ている」
「似ている? 何が」
「岸さん。風見山の消えた子供たちが住んでいた住所が含まれるように、地図を円形に切り取って、陽波高校の上に重ねることはできますか」
できる。言われた通りに操作する。陽波高校のある位置と、迷い家の発生した石碑のある場所を重ね合わせる。そして、風見山地区の地図の円周を、鬼化した者のうち最も遠くで発生した者のところに合わせて拡大する。
「おいおい、何の真似だこれ」
岸は思わず秋山の顔を端末の画面を何度も見返した。
風見山の事件の時も、周囲の子供たちがランダムに怪異に取り込まれているものだと思っていた。だが、目の前の画面に写る風見山の子供たちの分布と鬼化した学生の分布はぴたりと一致する。
一方は石碑を中心に、一方は陽波高校を中心に、全く同じ位置に住む子供や学生の精神に影響を与えている。
「たまたま、なのか」
「ここまで一致すると、たまたまではないと考えたほうが良いと僕は思います」
ならば、なんだというのだ。
「そうですね。これは何の論拠もない僕の推論です。迷い家を呼ぶための術式と同じ術式が陽波高校にもかけられているんじゃないでしょうか。迷い家は単に術者が場所を提供するだけでは発生しなかった怪異です。子供たちをあの場所に呼び込み、噂を広げ、核となる宿主を呼びこまなければならなかった。
陽波高校でも同じことが行われている。」
「つまり、一連の七不思議や鬼化は陽波高校内で怪異を生み出すための準備だというわけか」
自分が出した結論のはずなのに、秋山はそこで黙り込む。
「それにしては、徹底的に情報を隠しているのが気になるんです。美奈の様子を見る限り、奴らは陽波高校内で起きていることを隠すために何かを仕掛けている。迷い家を発生させるなら、噂は伝染しなければならない。最終目的は宿主を見つけることなのだから。でも、これは違う。」
まるで、ひたすらに学校の中で異変を起こし続けたいみたいだ。秋山の言葉が、少し怖かった。
*****
教室の中からは、学生のざわめいている声が聞こえる。扉に手をかけて、一呼吸置く。勢いよく扉を開けたが、教室の中には誰もいない。
教室の窓は廊下の窓と同じく、紅い空に包まれている。教室の中は見慣れた風景が広がっている。窓際の後ろから三番目。机に手を入れると、フブキが置き忘れた教科書が出てきた。
間違いなく、この教室はフブキが通っている教室だ。
「まただ」
扉を閉じた先の廊下からざわめきが聞こえてくる。教室の扉に近づき、耳をそばだてる。
一つ一つの声が何を言っているのかを聞きわけることはできないが、廊下の奥に多くの人間がいる気配がする。
しかし、フブキが異界に迷い込み、廊下を歩いてくる間、人間らしい人間はいなかった。この教室に入った時と同じ。意識を教室の中に向けてみるが、室内にそれらしい気配はない。
この部屋には、香月フブキ以外の何も存在しない。
そして、廊下には、何かが存在している。
「姿が見えない怪異。音だけ?」
ポケットの中に手を入れる。取り出したのは犬の形をした折り紙だ。学校に来る前に研究所から拝借してきた。秋山の術を真似るといって、ちせが実験していたものの一つだ。
ちせの実験を思い出しながら、折り紙の上にペンで模様を書きこむ。最後に折り紙の頭を軽く叩いてやると、身体から少し霊感が抜けた。
犬はプルプルと一度震え、まるで生きているかのように紙の身体を動かす。そのまま扉の隙間に入り込み、廊下へと出ていった。ちせが言っていた通りなら、犬は一帯を軽く歩き回り、怪異の気配を紙に染みこませると役目を終えて倒れるはずだ。
フブキは犬が歩いているであろう廊下の様子を伺った。まだ、ざわめきが酷く続いており、犬がどこを歩いているかよくわからない。廊下に満ちる声は、犬のような呪物を見ても話すのを止めない。
思いきって扉を開いてみると、廊下の音は急に静まった。廊下も教室も音がなく、ただ窓の外からの紅い光だけがこの空間を照らしている。
他の教室の前で耳を澄ませてみると、教室の中ではざわめく声が聞こえてくる。どうやら、声は誰もいない場所だけで騒ぐようだ。
廊下の端まで歩いてみても、どこにも人がいる気配はない。階段までたどり着くと、壁に奇妙な落書きがしてあるのが目に入った。
「Kilroy was here. キルロイはここにいた?」
壁の向こうから覗き込んでいる何者か。落書きされたその者の視線は、階段の上に向かっている。どうやら廊下をのぼれということらしい。
落書きの指示に従って階段を昇ると、手すりに同じ落書きがしてあるのが目に入った。今度の落書きはまっすぐ前を見つめている。階段を上ったのちは廊下を進めということか。
教室が続いているものだと思って踏み込んだ上階は奇妙なことに特別教室棟になっていた。本来の陽波高校と異なる作りに戸惑う。
図書室、理科室、そして美術室。美術室前の床には大きく例の落書きがされている。
「Come here!」
あまりに直球な誘い文句にフブキは呆れた。慎重に扉を開けて中を覗き込む。校舎全体が紅い陽に照らされているにも関わらず、美術室の中は暗く、様子がよく見えなかった。ひんやりとした空気が流れてくる。
振り返ると夕日が差す校舎は消えて、廊下にも闇が広がっている。美術室が暗いのは、暗幕で仕切られているからではなく、窓の外が暗いからだ。
「こんな時間に訪問してくる生徒は珍しいよ」
どこからともなく声が聞こえてくる。男なのか女なのかも判別がつかない。くぐもってはいるが、声の音は高めだ。室内に意識を向けてみても、声の主の気配は掴めない。
「そう、警戒することはない。ここは、君がよく知っている陽波高校だ。君は正しい道を通ってここまでたどり着いた。少々大げさなヒントがあったようだけれど」
大げさなヒント。床に書かれた落書きのことだろう。どうやら、あの落書きの主と声の主は別者らしい。
「私には、なにを焦っているのかよくわからないのだが、どうやら君がここに来ることを酷く望んでいたようだ。どういうつもりなのだろうね。もう全ては終わりつつあるというのに」
声はフブキに話しているようにも聞こえるが、同時に独り言に過ぎないようにも聞こえる。もう終わりつつあるというのは、どういうことだ。
「あなた、あなたたちはここで何をしようとしているの」
「おや。意外だ。君はこのところいろいろと調べ物をしていたと聞いていたからね。おおよそ検討がついてここまで来たのかと思っていた。いや、そうか。だから、君をここへ呼び寄せたというわけか」
美術室の奥で何かが動く気配がした。フブキはとっさに水蛟に手をかけた。
「武器を構えるか。それもここに来た生徒の中では初めてだね。でも、それを振るうべき場所は、どうやらここではないらしい」
教室後方の窓際。立てかけられた画板の後ろで、確かに何かが蠢いた。
「上月桜君」
前に踏み出そうとしたフブキは、その声に呼ばれて思わず立ち止まった。
「いや、香月フブキ君と呼ぶべきか。君は、ここに何を望む?」
相手はこちらのことを知っている。名前を呼ばれて、そのことを強く意識してしまう。怪異の前で、自分の名前が知られていることを意識してはならない。咄嗟に意識を逸らそうとするが、一度意識してしまった事実は覆らない。
フブキは、異変の原因を目の前に、自分の名を掴まれて一歩も動けなくなった。
「これは、質問だよ。君は応えられるはずだ。君は、ここに、何を望む」
暗転。不意に床が抜けるような感覚に襲われ、フブキの視界は完全な闇に閉ざされた。
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