作成した小説を保管・公開しているブログです。
現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。
連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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2025.02.02 Sunday
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とおりゃんせ2
2012.12.02 Sunday
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
―――――――
2
風見の路地裏には、忘れ去られた神社があるという。誰が、いつ、何を祀って建てたものなのか、巻目市の記録を紐解いてもその詳細を知ることはできない。
記録にもなく、記憶にもない。そのような神社は現実には存在しないのではないか。そうした当たり前の感想を抱くも、どういうわけか忘れられた神社の噂は僕たちの間に広まりつつある。
幽霊が出る、恋が成就する、はたまた見つければ願いがかなうなど、その神社に付加価値が付いていればそうした噂が広がるのもわからなくはない。けれども、僕は件の神社にそのような曰くがあるという噂は聞いたことがない。だから、忘れられた神社の噂が流れている理由が、僕にはよくわからない。
とはいえ、僕の目の前にはその神社へと繋がるという石段が広がっている。どこをどのように通って此処に辿りついたのか、さっきからずっと考えているのだけれど、さっぱり思い出せそうにない。
僕はいつの間にか石段の途中に立っていて、後ろを見ても前を見ても、僕の視界を埋めるのは見通しのきかない霧ばかりだ。風見山は山霧が出るような場所ではなかったように思うのだけれど、おかげで自分の居場所を知る手掛かりがない。
とにもかくにも、上るか下りる。僕には二つの選択肢しかない。山を登って来たのだから、元の道へ戻るならば石段を下るのが正解だろう。そう思って、僕はひたすらに石段を下っている。
下っても、下っても、石段は終わりを告げない。下っても、下っても、周囲の景色は変わらない。
やがて、僕は疲れ切って石段に座り込んでしまった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。どうしたら帰れるのだろう。
いや、そもそも。僕はどこに還るのだろう? 僕の意識はもう霧の中に溶け始めているというのに。
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
―――――――
2
風見の路地裏には、忘れ去られた神社があるという。誰が、いつ、何を祀って建てたものなのか、巻目市の記録を紐解いてもその詳細を知ることはできない。
記録にもなく、記憶にもない。そのような神社は現実には存在しないのではないか。そうした当たり前の感想を抱くも、どういうわけか忘れられた神社の噂は僕たちの間に広まりつつある。
幽霊が出る、恋が成就する、はたまた見つければ願いがかなうなど、その神社に付加価値が付いていればそうした噂が広がるのもわからなくはない。けれども、僕は件の神社にそのような曰くがあるという噂は聞いたことがない。だから、忘れられた神社の噂が流れている理由が、僕にはよくわからない。
とはいえ、僕の目の前にはその神社へと繋がるという石段が広がっている。どこをどのように通って此処に辿りついたのか、さっきからずっと考えているのだけれど、さっぱり思い出せそうにない。
僕はいつの間にか石段の途中に立っていて、後ろを見ても前を見ても、僕の視界を埋めるのは見通しのきかない霧ばかりだ。風見山は山霧が出るような場所ではなかったように思うのだけれど、おかげで自分の居場所を知る手掛かりがない。
とにもかくにも、上るか下りる。僕には二つの選択肢しかない。山を登って来たのだから、元の道へ戻るならば石段を下るのが正解だろう。そう思って、僕はひたすらに石段を下っている。
下っても、下っても、石段は終わりを告げない。下っても、下っても、周囲の景色は変わらない。
やがて、僕は疲れ切って石段に座り込んでしまった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。どうしたら帰れるのだろう。
いや、そもそも。僕はどこに還るのだろう? 僕の意識はもう霧の中に溶け始めているというのに。
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とおりゃんせ1
2012.10.26 Friday
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
―――――――
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
0
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細通じゃ
天神様の 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに 参ります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ
<近所の子供、しょうくんの話>
うん。うん。そうだよ。しょうくんはいつもここであそんでるよ。
えっとね、鬼ごっことかかくれんぼとか。みーちゃんとかカズくんとかと一緒に。うん。そう。がっこうがある子はほうかごになったら遊びに来るの。
おかあさんはご飯のころになると下の方まで呼びに来るの。
上って、この上? じんじゃさんがあるだけだよ。よくわかんない。おまつりとかはあっちのじんじゃさんに行くよ。ここのは大人の人も上ってるのみたことない。
うん。しょうくんは行ったことないよ。えっと、えっとね、おかあさんとかみーちゃんが言ってたの。おかあさんはあんまり上ると帰ってくるのたいへんだからやめようねって言ってた。
上ってる子? あ。
ううん。なんでもない。言っちゃだめっておかあさんに言われたんだもん。しょうくんがあたまわるいこだと思われちゃうからダメって。
おじさんだれにも言わない? しょうくんあたまわるくならない?
うん。わかった。
みたことあるよ。じろちゃんが上ったの。じろちゃん? たまにここにくるよ。どこの子かはしらない。……えっとね、ちょっとまえ。しょうくんよくわかんない。
うん、じろちゃんが上までたんけんしてみるって上っていったの。いっしょ? ううん。しょうちゃんはちゃんと止めたんだよ。でもじろちゃんがおもしろそうだからっていっぱい上っていって。
ううん。その日はそのままごはんのじかんだからかえっちゃった。じろちゃんにはあってないよ。
え、うん。そう。じろちゃんが上ってるときだけいつもよりずーっとながかったの。あそこでまがってるのに、じろちゃんはずっとまっすぐ上っていったんだよ? おじさんしんじてくれる?
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
―――――――
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
0
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細通じゃ
天神様の 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに 参ります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ
<近所の子供、しょうくんの話>
うん。うん。そうだよ。しょうくんはいつもここであそんでるよ。
えっとね、鬼ごっことかかくれんぼとか。みーちゃんとかカズくんとかと一緒に。うん。そう。がっこうがある子はほうかごになったら遊びに来るの。
おかあさんはご飯のころになると下の方まで呼びに来るの。
上って、この上? じんじゃさんがあるだけだよ。よくわかんない。おまつりとかはあっちのじんじゃさんに行くよ。ここのは大人の人も上ってるのみたことない。
うん。しょうくんは行ったことないよ。えっと、えっとね、おかあさんとかみーちゃんが言ってたの。おかあさんはあんまり上ると帰ってくるのたいへんだからやめようねって言ってた。
上ってる子? あ。
ううん。なんでもない。言っちゃだめっておかあさんに言われたんだもん。しょうくんがあたまわるいこだと思われちゃうからダメって。
おじさんだれにも言わない? しょうくんあたまわるくならない?
うん。わかった。
みたことあるよ。じろちゃんが上ったの。じろちゃん? たまにここにくるよ。どこの子かはしらない。……えっとね、ちょっとまえ。しょうくんよくわかんない。
うん、じろちゃんが上までたんけんしてみるって上っていったの。いっしょ? ううん。しょうちゃんはちゃんと止めたんだよ。でもじろちゃんがおもしろそうだからっていっぱい上っていって。
ううん。その日はそのままごはんのじかんだからかえっちゃった。じろちゃんにはあってないよ。
え、うん。そう。じろちゃんが上ってるときだけいつもよりずーっとながかったの。あそこでまがってるのに、じろちゃんはずっとまっすぐ上っていったんだよ? おじさんしんじてくれる?
狩人の矛盾【1:マック・デュケイン氏について】
2012.10.22 Monday
探し物してて出てきたテキストを直してみたもの。続きモノを想定して書かれているのだけれど、肝心の続きのプロットが見当たらない。どういうことなの???(元々の作成日時は二年前のため記憶がない)
雰囲気的には対言語戦争とかと同じ世界観のような気がする。
<ドッペルゲンガーのパラドックス>という題名をつけてみた。
―――――――
<ドッペルゲンガーのパラドックス>
狩人の矛盾
高層ホテルの屋上、ヘリポートの中央で、彼は銃を片手に周囲の様子をうかがっていた。屋上には彼以外の人影はない。しかし、彼の周りには複数の足音が鳴り響いていた。足音は彼の周囲を旋回し、徐々に彼との距離を詰めているように思える。
唐突に左腕を真横に持ち上げ銃の引き金を引く。銃声が鳴り響き、誰もいないはずのヘリポートに頭を撃ち抜かれた男が現れる。男は虚ろな瞳を彼の方へ向けたままゆっくりと床に倒れ込む。続けて数回。彼は発砲を繰り返し、その度に誰もいないはずのヘリポートに男の死体が現れる。
彼の周りに転がった五つの死体を確認し、彼は手の中の銃の薬莢を棄てた。床に薬きょうが散らばると、大きな拍手が鳴り響いた。
「素晴らしい!素晴らしいね君は!」
背後に聞こえた声に彼は振り返り銃を構えた。しかし、弾丸を装填していないその銃には威嚇効果すらない。彼の背中に冷たい汗が流れた。
目の前の男は彼のそのような様子を見てにやにやと笑う。良く見なれた顔が自分に対して見せる歪んだ表情に、彼は今すぐにでもその男を殺してしまうべきだと考えた。
「そうですね。それでこそ貴方だ。やはり私の知っている貴方ですよ。そう。殺してしまえばいいのです。自分の邪魔になる者は残らずすべて、彼らのように。そうでしょう? もう一人の私、カズヤ・シンドウ」
彼の名前を呼んだ目の前の男は両腕を広げ、勝ち誇ったように彼の名前を呼んだ。男の名前は、カズヤ・シンドウ。彼と瓜二つの顔を持ったもう一人の彼だ。
雰囲気的には対言語戦争とかと同じ世界観のような気がする。
<ドッペルゲンガーのパラドックス>という題名をつけてみた。
―――――――
<ドッペルゲンガーのパラドックス>
狩人の矛盾
高層ホテルの屋上、ヘリポートの中央で、彼は銃を片手に周囲の様子をうかがっていた。屋上には彼以外の人影はない。しかし、彼の周りには複数の足音が鳴り響いていた。足音は彼の周囲を旋回し、徐々に彼との距離を詰めているように思える。
唐突に左腕を真横に持ち上げ銃の引き金を引く。銃声が鳴り響き、誰もいないはずのヘリポートに頭を撃ち抜かれた男が現れる。男は虚ろな瞳を彼の方へ向けたままゆっくりと床に倒れ込む。続けて数回。彼は発砲を繰り返し、その度に誰もいないはずのヘリポートに男の死体が現れる。
彼の周りに転がった五つの死体を確認し、彼は手の中の銃の薬莢を棄てた。床に薬きょうが散らばると、大きな拍手が鳴り響いた。
「素晴らしい!素晴らしいね君は!」
背後に聞こえた声に彼は振り返り銃を構えた。しかし、弾丸を装填していないその銃には威嚇効果すらない。彼の背中に冷たい汗が流れた。
目の前の男は彼のそのような様子を見てにやにやと笑う。良く見なれた顔が自分に対して見せる歪んだ表情に、彼は今すぐにでもその男を殺してしまうべきだと考えた。
「そうですね。それでこそ貴方だ。やはり私の知っている貴方ですよ。そう。殺してしまえばいいのです。自分の邪魔になる者は残らずすべて、彼らのように。そうでしょう? もう一人の私、カズヤ・シンドウ」
彼の名前を呼んだ目の前の男は両腕を広げ、勝ち誇ったように彼の名前を呼んだ。男の名前は、カズヤ・シンドウ。彼と瓜二つの顔を持ったもう一人の彼だ。
こびとの楽隊
2012.10.15 Monday
発掘したテキスト。プロットだけなら何かに使えるかも
――――――
楽隊は意識の淵からやってくる。そして、意識の淵へと還っていく。
トタタン トタン トタタタン
今夜も彼らは私の部屋へとやってくる
彼らはとても遠いところからやってくる。天井裏に到着すると、縁に沿って一列に並ぶ。
ベッドで眠る私には、どういうわけか天井裏のその様子が視えてしまう。どんなに早く寝ようとも、どんなに遅く寝ようとも、私の眼は彼等の訪れを逃すことがない。
縁に沿って並んだ楽隊は、抱えた楽器を一度振り上げる。そして決まってベッドにいる私を見つめる。もっとも、彼らには顔がない。のっぺりとした丸いものが何人も何人も、私の顔を覗きこんでいる。
私の表情がこわばると、軍楽隊の帽子を被った奴が天井裏の中心へとある歩いていく。彼はいつもトテトテと奇妙な足音を立てながら、自分よりも遥かに長い指揮棒を引きずっている。どうしてそんなに長い棒が必要なのか、その理由はよくわからない。
彼は中央に立つと、四方に並んだ自らの楽隊を眺めまわす。そして、指揮棒を宙へと放り投げる。宙に待った指揮棒は、四隅に並ぶ楽隊にきっちり四回打ち貫かれ、八本の指揮棒へと姿を変える。いつのまにか指揮者も四人に増えており、各自二本の指揮棒を捕まえる。
それを合図に楽隊はピンと背筋を伸ばして整列する。
トタタン トタン トタタタン
四人の指揮者が奇妙な足音をたて、今宵の演奏の始まりを告げる。
深夜の楽隊は軽快に音楽を奏でながら天井裏を闊歩する。
向かい合う辺に立つ楽隊が音楽に合わせて前進し、出会ったところで互いに会釈をしながら、くるりと一回転をする。そして、更に前進、向かい側の辺に辿りつくと再度回転し、再び辺の上で演奏を続ける。
そんなやりとりを続けているかと思えば、数名ごとにふらふらと天井へと足を踏み出し、三人一組の輪を作り、まるで舞踏会のようなパフォーマンスを始める。
こうして毎夜毎夜、私の意思とは全く関係なく楽隊は盛り上がりを増していく。彼らの奔放なパフォーマンスが最高潮に達すると、指揮者たちが、再びあのリズムで足踏みを始める。
トタタン トタン トタタタン トタタン トタン トタタタン
指揮者のリズムに合わせて、辺に並んだ楽隊は一列に並んで面へと入り込んでくる。彼らは渦を巻くように円を描きながら指揮者に向かって歩いていく。指揮者は楽隊を指揮しながらとどまることなく足踏みを続ける。
指揮者たちの足踏みに合わせて、彼らの足元は徐々に下へと陥没していく。次第に天井はすり鉢状に姿を変え、指揮者たちは私の部屋の床へと降り立とうと懸命に足踏みを続ける。
初めは軽快な音楽だった楽隊も、指揮者が床へと近づくほどに徐々に演奏の速度が落ちて間延びした不安を掻き立てる音を奏で始める。加えて時折、指揮者の回転に合わせて不協和音を混ぜながら、楽隊はじわりじわりと指揮者に向かって近づいていく。
私はその光景に強い不安を覚え、部屋を逃げ出そうとするが、身体はこわばり、ベッドから動くことすらできない。
指揮者たちがベッドの高さと同じところまで辿りついた所で私の顔は自然と横を向き、指揮者たちの様子を眼で追いかける。
私の方を向いている指揮者と眼が合い、全身に寒気が走る。今までは存在しなかったはずの大きな瞳に震え、指揮者の体に縦に入った割れ目から現れる舌に私の恐怖は増大する。指揮者は恐怖におびえているであろう私の顔をじっとみて、ゆっくりと舌舐めずりをする。
私は声にならない叫び声を上げる。
そうして、再び気がつくと、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。天井はすり鉢状に変形などしておらず、私の眼が天井裏を捉える事はない。身体を確認しても何処にも異常がなく、夢であった事を確認して、私は深いため息をつく。
ベッドから起き上がり、立ち上がると、パジャマから何かがこぼれおち、フローリングの床に転がった。
カタンと音を立てたモノの正体を確かめようと、私の視線は床へと向けられる。そして
私の眼は床に転がる人差し指ほどしかない指揮棒に吸い寄せられた。
――――――
楽隊は意識の淵からやってくる。そして、意識の淵へと還っていく。
トタタン トタン トタタタン
今夜も彼らは私の部屋へとやってくる
彼らはとても遠いところからやってくる。天井裏に到着すると、縁に沿って一列に並ぶ。
ベッドで眠る私には、どういうわけか天井裏のその様子が視えてしまう。どんなに早く寝ようとも、どんなに遅く寝ようとも、私の眼は彼等の訪れを逃すことがない。
縁に沿って並んだ楽隊は、抱えた楽器を一度振り上げる。そして決まってベッドにいる私を見つめる。もっとも、彼らには顔がない。のっぺりとした丸いものが何人も何人も、私の顔を覗きこんでいる。
私の表情がこわばると、軍楽隊の帽子を被った奴が天井裏の中心へとある歩いていく。彼はいつもトテトテと奇妙な足音を立てながら、自分よりも遥かに長い指揮棒を引きずっている。どうしてそんなに長い棒が必要なのか、その理由はよくわからない。
彼は中央に立つと、四方に並んだ自らの楽隊を眺めまわす。そして、指揮棒を宙へと放り投げる。宙に待った指揮棒は、四隅に並ぶ楽隊にきっちり四回打ち貫かれ、八本の指揮棒へと姿を変える。いつのまにか指揮者も四人に増えており、各自二本の指揮棒を捕まえる。
それを合図に楽隊はピンと背筋を伸ばして整列する。
トタタン トタン トタタタン
四人の指揮者が奇妙な足音をたて、今宵の演奏の始まりを告げる。
深夜の楽隊は軽快に音楽を奏でながら天井裏を闊歩する。
向かい合う辺に立つ楽隊が音楽に合わせて前進し、出会ったところで互いに会釈をしながら、くるりと一回転をする。そして、更に前進、向かい側の辺に辿りつくと再度回転し、再び辺の上で演奏を続ける。
そんなやりとりを続けているかと思えば、数名ごとにふらふらと天井へと足を踏み出し、三人一組の輪を作り、まるで舞踏会のようなパフォーマンスを始める。
こうして毎夜毎夜、私の意思とは全く関係なく楽隊は盛り上がりを増していく。彼らの奔放なパフォーマンスが最高潮に達すると、指揮者たちが、再びあのリズムで足踏みを始める。
トタタン トタン トタタタン トタタン トタン トタタタン
指揮者のリズムに合わせて、辺に並んだ楽隊は一列に並んで面へと入り込んでくる。彼らは渦を巻くように円を描きながら指揮者に向かって歩いていく。指揮者は楽隊を指揮しながらとどまることなく足踏みを続ける。
指揮者たちの足踏みに合わせて、彼らの足元は徐々に下へと陥没していく。次第に天井はすり鉢状に姿を変え、指揮者たちは私の部屋の床へと降り立とうと懸命に足踏みを続ける。
初めは軽快な音楽だった楽隊も、指揮者が床へと近づくほどに徐々に演奏の速度が落ちて間延びした不安を掻き立てる音を奏で始める。加えて時折、指揮者の回転に合わせて不協和音を混ぜながら、楽隊はじわりじわりと指揮者に向かって近づいていく。
私はその光景に強い不安を覚え、部屋を逃げ出そうとするが、身体はこわばり、ベッドから動くことすらできない。
指揮者たちがベッドの高さと同じところまで辿りついた所で私の顔は自然と横を向き、指揮者たちの様子を眼で追いかける。
私の方を向いている指揮者と眼が合い、全身に寒気が走る。今までは存在しなかったはずの大きな瞳に震え、指揮者の体に縦に入った割れ目から現れる舌に私の恐怖は増大する。指揮者は恐怖におびえているであろう私の顔をじっとみて、ゆっくりと舌舐めずりをする。
私は声にならない叫び声を上げる。
そうして、再び気がつくと、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。天井はすり鉢状に変形などしておらず、私の眼が天井裏を捉える事はない。身体を確認しても何処にも異常がなく、夢であった事を確認して、私は深いため息をつく。
ベッドから起き上がり、立ち上がると、パジャマから何かがこぼれおち、フローリングの床に転がった。
カタンと音を立てたモノの正体を確かめようと、私の視線は床へと向けられる。そして
私の眼は床に転がる人差し指ほどしかない指揮棒に吸い寄せられた。
虎の衣を駆る5
2012.10.11 Thursday
<前回まで>
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る1
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る2
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る3
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る4
―――――――
虎の衣を駆る5
10
私の周りの者たちは、私と同じものを見ることができない。けれども、彼等は等しく心のうちに獣を飼っていた。暗闇の中で出会った獣と本質的には同じだったのだ。
私には彼等の獣が見える。しかし、当の本人たちには獣が自覚できない。彼等は私が欲してやまない獣を抱えて、闇に走りだすこともせずに地を歩くのだ。そして、真実を知る私を彼等の世界へと閉じ込める。
そんな彼等に対して、いったいどうして愛情などを抱けばいいものだろうか。私も家族であるなどと言いながら、彼等は私に牙を向ける。にも関わらず私が暗闇へと駆けていくのを制止する。私は、いったいどうすればよかったというのだ。
しかし、そんな悩みなどもはや問題にならない。私はここに立ち、私の手元には私の内に潜む獣を呼びだすための残り香がある。この家から獣の待つ暗闇へ、宿見香代という身体を捨てて、私はようやく獣へと姿を変えるのだ。
「残念だけど、あなたが重蔵氏と同じように虎へと姿を変えることは不可能だ」
闇の中から声が聞こえる。小さな灯りが一つ灯り、その向こう側に一人の男が現れる。何処かで観たような風体だが、誰であっても私には関係がない事だ。しかし、その男が述べた事は聞き捨てならない。私が獣へと姿を変えられないとはどういうことか。
「重蔵氏とあなたは違う。あなたがいくら抗ったところで、その身を虎へと変じることはできない。あなたは何処までいっても獣にはなれない」
男の声は私の神経を逆なでる。私はこの家の者たちとは違う。獣を視ることができる真実を知る者だ。私はこの手の残り香を使い、獣へと変じる資格がある。内なる獣を自覚できない彼等と異なり、私は私の中の獣を受け入れ、闇へと駆けだすのだ。邪魔をするつもりなら容赦はしない。
私は男に警告の声をあげた。しかし、男は私の声にひるむことなく闇の中に立ち続けている。
「あなたは既に感じているはずだ。自分が他の者達と異なることに。あなたが手にしている『虎の衣』は内なる獣を呼び起こすきっかけでしかない。内なる獣を宿さない者に、獣の姿は与えられない」
男の手から灯りが放られ、音を立てて割れた。一瞬の暗闇の後、男の周りを取り囲むように足元に炎が上がる。先ほどまで良く見えなかった男の顔が今度ははっきりと目に入った。彼は残り香を持って現れた男だ。名は何と言ったか……そう、たしか秋山恭輔。
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る1
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る2
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る3
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る4
―――――――
虎の衣を駆る5
10
私の周りの者たちは、私と同じものを見ることができない。けれども、彼等は等しく心のうちに獣を飼っていた。暗闇の中で出会った獣と本質的には同じだったのだ。
私には彼等の獣が見える。しかし、当の本人たちには獣が自覚できない。彼等は私が欲してやまない獣を抱えて、闇に走りだすこともせずに地を歩くのだ。そして、真実を知る私を彼等の世界へと閉じ込める。
そんな彼等に対して、いったいどうして愛情などを抱けばいいものだろうか。私も家族であるなどと言いながら、彼等は私に牙を向ける。にも関わらず私が暗闇へと駆けていくのを制止する。私は、いったいどうすればよかったというのだ。
しかし、そんな悩みなどもはや問題にならない。私はここに立ち、私の手元には私の内に潜む獣を呼びだすための残り香がある。この家から獣の待つ暗闇へ、宿見香代という身体を捨てて、私はようやく獣へと姿を変えるのだ。
「残念だけど、あなたが重蔵氏と同じように虎へと姿を変えることは不可能だ」
闇の中から声が聞こえる。小さな灯りが一つ灯り、その向こう側に一人の男が現れる。何処かで観たような風体だが、誰であっても私には関係がない事だ。しかし、その男が述べた事は聞き捨てならない。私が獣へと姿を変えられないとはどういうことか。
「重蔵氏とあなたは違う。あなたがいくら抗ったところで、その身を虎へと変じることはできない。あなたは何処までいっても獣にはなれない」
男の声は私の神経を逆なでる。私はこの家の者たちとは違う。獣を視ることができる真実を知る者だ。私はこの手の残り香を使い、獣へと変じる資格がある。内なる獣を自覚できない彼等と異なり、私は私の中の獣を受け入れ、闇へと駆けだすのだ。邪魔をするつもりなら容赦はしない。
私は男に警告の声をあげた。しかし、男は私の声にひるむことなく闇の中に立ち続けている。
「あなたは既に感じているはずだ。自分が他の者達と異なることに。あなたが手にしている『虎の衣』は内なる獣を呼び起こすきっかけでしかない。内なる獣を宿さない者に、獣の姿は与えられない」
男の手から灯りが放られ、音を立てて割れた。一瞬の暗闇の後、男の周りを取り囲むように足元に炎が上がる。先ほどまで良く見えなかった男の顔が今度ははっきりと目に入った。彼は残り香を持って現れた男だ。名は何と言ったか……そう、たしか秋山恭輔。