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迷い家1
2013.07.09 Tuesday
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
―――――――
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
1
――名前はわかりますか?
名前……僕の名前、あきやま、秋山恭輔。
僕が名前を名乗った時、声をかけていた看護師と医師の顔が一瞬ぎょっとしたように思うのだけれども、その記憶も曖昧だ。
病室の窓から陽の光が入り、雀の鳴き声が聞こえてくる。
僕はベッドから身体を起こし、病室の中を見回す。病室にこれといった私物はないが、目が覚めるたび、記憶を失った僕を訪れる人がいないかと期待してしまう。もっとも、今まで病室にやってきたのは医師か看護師だけだ。
医師がいうには、僕は何かに巻き込まれ、記憶を失った。今の僕が覚えている事と言えば、自分の名前が秋山恭輔だということ、それと山の中で奇妙な出来事を体験したということだけだ。
自分が何処で暮らしていて、どんな仕事に就いていたのか。そうした身の回りの情報は一切わからない。
医師は、思いだしたことがあれば書きこむようにと数冊のノートを置いていった。僕は、気の向くたびに、このノートに書きこみ、自分の記憶を辿ることにしている。
-――――――
そこはいわゆる座敷牢と呼ばれる場所だ。洞窟の奥に格子を作り、人を閉じ込めている。岩壁は冷たく、洞窟内には冷気が漂っていた。
一番印象に残っているのは、座敷牢の中にいる、物憂げな視線で僕を見つめる長く綺麗な黒髪女性の姿だ。確か、名前は、孝子だったと思う。
牢の前では、常に、男が数名見張りをしていた。男たちは着物を身に付け、両腕に籠手を嵌めていて、まるで時代劇から出てきたような風体だ。
僕は、見張りが交代する時間に合わせて、一日四回、座敷牢に食事を運ぶ役目を担っていた。どうしてそんなことをする羽目になったのか、その経緯は思い出せない。
新たな見張りと連れだって洞窟を下り、座敷牢の中で暮らす孝子に食事を渡し、彼女が食事を終えるまで、そこで彼女と話をする。それが僕に割り当てられた仕事だ。
孝子は牢の中にいながら、物事を知っているのか、僕は多くの話を聞いた。特に人に憑く鬼の話は何回も聞かされたように思う。それは『鬼とは人の心に巣食う邪な気持ちである』といった宗教的な話ではなく、確かにそこに存在する、鬼の話だ。
孝子はその話をする中で、何度も、孝子の座敷牢がある洞窟は、鬼の住処に続く道であり、誰かが入り口を封じ続けなければ、地上へ鬼が現れるのだと話したのだ。
――6月6日付 秋山恭輔メモノート一部抜粋
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黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
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黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家
1
――名前はわかりますか?
名前……僕の名前、あきやま、秋山恭輔。
僕が名前を名乗った時、声をかけていた看護師と医師の顔が一瞬ぎょっとしたように思うのだけれども、その記憶も曖昧だ。
病室の窓から陽の光が入り、雀の鳴き声が聞こえてくる。
僕はベッドから身体を起こし、病室の中を見回す。病室にこれといった私物はないが、目が覚めるたび、記憶を失った僕を訪れる人がいないかと期待してしまう。もっとも、今まで病室にやってきたのは医師か看護師だけだ。
医師がいうには、僕は何かに巻き込まれ、記憶を失った。今の僕が覚えている事と言えば、自分の名前が秋山恭輔だということ、それと山の中で奇妙な出来事を体験したということだけだ。
自分が何処で暮らしていて、どんな仕事に就いていたのか。そうした身の回りの情報は一切わからない。
医師は、思いだしたことがあれば書きこむようにと数冊のノートを置いていった。僕は、気の向くたびに、このノートに書きこみ、自分の記憶を辿ることにしている。
-――――――
そこはいわゆる座敷牢と呼ばれる場所だ。洞窟の奥に格子を作り、人を閉じ込めている。岩壁は冷たく、洞窟内には冷気が漂っていた。
一番印象に残っているのは、座敷牢の中にいる、物憂げな視線で僕を見つめる長く綺麗な黒髪女性の姿だ。確か、名前は、孝子だったと思う。
牢の前では、常に、男が数名見張りをしていた。男たちは着物を身に付け、両腕に籠手を嵌めていて、まるで時代劇から出てきたような風体だ。
僕は、見張りが交代する時間に合わせて、一日四回、座敷牢に食事を運ぶ役目を担っていた。どうしてそんなことをする羽目になったのか、その経緯は思い出せない。
新たな見張りと連れだって洞窟を下り、座敷牢の中で暮らす孝子に食事を渡し、彼女が食事を終えるまで、そこで彼女と話をする。それが僕に割り当てられた仕事だ。
孝子は牢の中にいながら、物事を知っているのか、僕は多くの話を聞いた。特に人に憑く鬼の話は何回も聞かされたように思う。それは『鬼とは人の心に巣食う邪な気持ちである』といった宗教的な話ではなく、確かにそこに存在する、鬼の話だ。
孝子はその話をする中で、何度も、孝子の座敷牢がある洞窟は、鬼の住処に続く道であり、誰かが入り口を封じ続けなければ、地上へ鬼が現れるのだと話したのだ。
――6月6日付 秋山恭輔メモノート一部抜粋
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とおりゃんせ5(了)
2013.06.27 Thursday
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ2
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ3
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ4
―――――――
6
くーろくろさん。くーろくろさん。どこですか?
あれ? いない。あれ? いない。こっちにはいなーい。
くーろくろさん。くーろくろさん。どこですか?
みぎ? ひだり? それともうしろ?
いつ、誰が始めた遊びであったか、子供たちは誰ひとりとして思い出せない。けれども、風見山に住む子供たちは定期的にこの遊びをする。「くろくろさん」と呼ばれる遊びは、子に見つからないようにくろくろさんが後をつける遊びだ。子役を割り振られた子供は、くろくろさんたちが作戦を練る間に自分の歩く道を決める。歩く道を決める時には、くろくろさんの数だけ曲がり角を曲がらなければならず、この曲がり角を曲がる行為こそが子がくろくろさんに対抗する唯一の術となる。
子が道を決めると、くろくろさん遊びが始まる。子はくろくろさんがいるところから決めた道を歩いていく。この際、決して走ってはいけない。くろくろさんは子に見つからないように後ろをついていく。定めたルートを歩き切るまでにくろくろさんを全て見つける、あるいはくろくろさんが曲がってくる前にゴールにつけば子の勝ちだ。
但し、子は道なりに歩いているときは振り返ってはならず、振り返ってしまえばその時点で子は負けとなる。これを狙って、子の後ろでくろくろさんたちが囃したてることすらある。
その代わり、子は曲がり角を曲がった後、暫くの間に一度だけ元の道にくろくろさんを探しに戻ってこられる。このときだけは後ろを振り返ることができるのだ。もっとも、この引き返すという行為にも制限があり、子は今歩いている道と交差している場所以外を歩いてはいけない。
こうしたルールの下、子は元の道に引き返す時に全てのくろくろさんを見つけるか、引き返すことをせずにいくつか角を曲がり、ゴールを目指すかを選択できる。
とても細かいルールであるのに、子供たちはこれを破ることがない。どうやってできたのかもわからないゲームに、今日も風見山の子供たちは挑んでいる。
何度も風見山を訪れているうちに、私の中でこのくろくろさんと呼ばれるゲームに関する一つの疑問が湧いた。それは、子役の勝利条件である。
子役が勝つ一番簡単な方法は、くろくろさんを見つけやすいルートを設定し、くろくろさんを見つけてしまうことだ。現に、私が風見山を訪問している間にみかけたくろくろさん遊びのほとんどはくろくろさんを見つけきるか、子が曲がり角以外で後ろを振り返ってしまうことで終了する。しかし、時にゴールを目指して先へ進もうとする子がいるのも事実なのだ。
風見山地区は迷路のように路地が入り組んでいるから、くろくろさんを巻き切れると考えているのだろう。初め私はそう思ったし、そう考えた時、これはゲームとして破たんしていると思った。だって、そうだろう。くろくろさんたちは、子役が曲がる回数はわかっていても、ゴールの正確な位置はわからない。子役が数回角を曲がってしまえば、くろくろさん達は子を追いかけることができない。かといって,子役が曲がり角の先から戻ってくるタイミングなど掴みようがない。振り向いた瞬間に後ろを歩いていればくろくろさんは見つかってしまうから,追いかけるのは必然的に子どもが戻る選択をした後になる。
こうやって考えていくと,くろくろさんに選ばれた子どもたちに課せられた条件は余りに不利なのだ。
けれども、不思議なことにどれだけ子役が先に行こうとも、くろくろさん達は正確に子役の歩いた道を追跡する。これは、私が実際に彼らの遊びに同行させてもらって初めて気が付いたことだ。彼らは子役の歩いた道を知る術を持っているのである。
タネを明かしてしまえばなんのことはない。子役は初めに道を決める際に、子供たちの中で予め定めたルールで道にマーキングをほどこしているのだ。くろくろさんはそのマーキングを確認しながら子を追跡している。それを知って街中を歩いてみれば、いろんなところに彼らが消し損ねた遊びの痕跡が残っている。
このようなことを考えた風見山の子供たちの創意工夫はすごいものだと、私は素直に感心した。そして、くろくろさん遊びの秘密を知って街を眺めることで、あることに気が付いた。
風見山地区の民家等には、子供の背丈では到底届かないところにも、同様のマーキングが施されている。私は風見山地区に来るきっかけとなった神隠しの話を思い出していた。確か、いつもと同じ道を歩いていたはずが、普段と違う景色に迷い込んでしまったという話ではなかっただろうか。そう、突然姿を消してしまうという話ではなく、あくまで歩いていった結果、見知らぬ場所へと迷い込むという体裁の話だったはずだ。
この時、私の中で一つの仮説が組み上がっていた。神隠しの話に出てくる普段と違う景色とは、風見山地区で生活する人間は通常通らないルートを通った結果見えてきたこの街の異なる姿なのではないかと。そして、子供の背丈よりも上にあるマーキングは、神隠しの街を見るためにつけられたものなのではないかと。
それから、私は街中を歩き回ってそのマーキングを探しだした。今手元にある地図には見つけ出した全てのマーキングが書きこまれている。しかも,いつ記したのかわからない順番までも丁寧に書きこまれている。どこの道から始めるべきか、そして何処に辿りつけるかが一目瞭然だ。
私は今、風見山の麓に近い辺りから、マーキングに従い街中を歩き、街の上部までやってきている。これより上にあるのは、名の知られていない神社と、何のために作られたのかはっきりしなかった石の祠だけだ。そういえば、以前風見山に来た時、こどもが石の祠の方に行ってはいけないと述べていなかったか。石段がずっと繋がっていて、途中で曲がるはずなのに友達が上り続けていったと。
もしや、その上り続けた子供というのは神隠しにあったのではないだろうか。その子供は、意図的か、偶然かはわからないが、今の私と同じように街中をめぐりあるき、そして、目の前の角を曲がったのではないか。その先には、神隠しと呼ばれた誰も知らない街の情景が広がっており、子供はそこへ入り込んだのではないだろうか。
私は、自分の胸の高鳴りが抑えられなくなり、曲がり角に向かって走り出していた。勢いよく振り向いた先には、何度も見た寂れた石段が目に入る。今までと異なるのは、石段の向こう側に薄紫色の靄がかかっていることだけだ。靄のせいで先が見えず、石段がどこまでつながっているのかわからない。
「これだ」
思わず声が出てしまう。私はついに見つけたのだ。これが、あの女が言っていた神隠し、願いのかなう土地への入り口に違いない。私は意気揚々と石段に足をかけた。これで全てが戻ってくる。私の時計もこの街と同じように止まり、いや、遡るのだろう。どうか、私の願いを叶えて欲しい。
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ2
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ3
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ4
―――――――
6
くーろくろさん。くーろくろさん。どこですか?
あれ? いない。あれ? いない。こっちにはいなーい。
くーろくろさん。くーろくろさん。どこですか?
みぎ? ひだり? それともうしろ?
いつ、誰が始めた遊びであったか、子供たちは誰ひとりとして思い出せない。けれども、風見山に住む子供たちは定期的にこの遊びをする。「くろくろさん」と呼ばれる遊びは、子に見つからないようにくろくろさんが後をつける遊びだ。子役を割り振られた子供は、くろくろさんたちが作戦を練る間に自分の歩く道を決める。歩く道を決める時には、くろくろさんの数だけ曲がり角を曲がらなければならず、この曲がり角を曲がる行為こそが子がくろくろさんに対抗する唯一の術となる。
子が道を決めると、くろくろさん遊びが始まる。子はくろくろさんがいるところから決めた道を歩いていく。この際、決して走ってはいけない。くろくろさんは子に見つからないように後ろをついていく。定めたルートを歩き切るまでにくろくろさんを全て見つける、あるいはくろくろさんが曲がってくる前にゴールにつけば子の勝ちだ。
但し、子は道なりに歩いているときは振り返ってはならず、振り返ってしまえばその時点で子は負けとなる。これを狙って、子の後ろでくろくろさんたちが囃したてることすらある。
その代わり、子は曲がり角を曲がった後、暫くの間に一度だけ元の道にくろくろさんを探しに戻ってこられる。このときだけは後ろを振り返ることができるのだ。もっとも、この引き返すという行為にも制限があり、子は今歩いている道と交差している場所以外を歩いてはいけない。
こうしたルールの下、子は元の道に引き返す時に全てのくろくろさんを見つけるか、引き返すことをせずにいくつか角を曲がり、ゴールを目指すかを選択できる。
とても細かいルールであるのに、子供たちはこれを破ることがない。どうやってできたのかもわからないゲームに、今日も風見山の子供たちは挑んでいる。
何度も風見山を訪れているうちに、私の中でこのくろくろさんと呼ばれるゲームに関する一つの疑問が湧いた。それは、子役の勝利条件である。
子役が勝つ一番簡単な方法は、くろくろさんを見つけやすいルートを設定し、くろくろさんを見つけてしまうことだ。現に、私が風見山を訪問している間にみかけたくろくろさん遊びのほとんどはくろくろさんを見つけきるか、子が曲がり角以外で後ろを振り返ってしまうことで終了する。しかし、時にゴールを目指して先へ進もうとする子がいるのも事実なのだ。
風見山地区は迷路のように路地が入り組んでいるから、くろくろさんを巻き切れると考えているのだろう。初め私はそう思ったし、そう考えた時、これはゲームとして破たんしていると思った。だって、そうだろう。くろくろさんたちは、子役が曲がる回数はわかっていても、ゴールの正確な位置はわからない。子役が数回角を曲がってしまえば、くろくろさん達は子を追いかけることができない。かといって,子役が曲がり角の先から戻ってくるタイミングなど掴みようがない。振り向いた瞬間に後ろを歩いていればくろくろさんは見つかってしまうから,追いかけるのは必然的に子どもが戻る選択をした後になる。
こうやって考えていくと,くろくろさんに選ばれた子どもたちに課せられた条件は余りに不利なのだ。
けれども、不思議なことにどれだけ子役が先に行こうとも、くろくろさん達は正確に子役の歩いた道を追跡する。これは、私が実際に彼らの遊びに同行させてもらって初めて気が付いたことだ。彼らは子役の歩いた道を知る術を持っているのである。
タネを明かしてしまえばなんのことはない。子役は初めに道を決める際に、子供たちの中で予め定めたルールで道にマーキングをほどこしているのだ。くろくろさんはそのマーキングを確認しながら子を追跡している。それを知って街中を歩いてみれば、いろんなところに彼らが消し損ねた遊びの痕跡が残っている。
このようなことを考えた風見山の子供たちの創意工夫はすごいものだと、私は素直に感心した。そして、くろくろさん遊びの秘密を知って街を眺めることで、あることに気が付いた。
風見山地区の民家等には、子供の背丈では到底届かないところにも、同様のマーキングが施されている。私は風見山地区に来るきっかけとなった神隠しの話を思い出していた。確か、いつもと同じ道を歩いていたはずが、普段と違う景色に迷い込んでしまったという話ではなかっただろうか。そう、突然姿を消してしまうという話ではなく、あくまで歩いていった結果、見知らぬ場所へと迷い込むという体裁の話だったはずだ。
この時、私の中で一つの仮説が組み上がっていた。神隠しの話に出てくる普段と違う景色とは、風見山地区で生活する人間は通常通らないルートを通った結果見えてきたこの街の異なる姿なのではないかと。そして、子供の背丈よりも上にあるマーキングは、神隠しの街を見るためにつけられたものなのではないかと。
それから、私は街中を歩き回ってそのマーキングを探しだした。今手元にある地図には見つけ出した全てのマーキングが書きこまれている。しかも,いつ記したのかわからない順番までも丁寧に書きこまれている。どこの道から始めるべきか、そして何処に辿りつけるかが一目瞭然だ。
私は今、風見山の麓に近い辺りから、マーキングに従い街中を歩き、街の上部までやってきている。これより上にあるのは、名の知られていない神社と、何のために作られたのかはっきりしなかった石の祠だけだ。そういえば、以前風見山に来た時、こどもが石の祠の方に行ってはいけないと述べていなかったか。石段がずっと繋がっていて、途中で曲がるはずなのに友達が上り続けていったと。
もしや、その上り続けた子供というのは神隠しにあったのではないだろうか。その子供は、意図的か、偶然かはわからないが、今の私と同じように街中をめぐりあるき、そして、目の前の角を曲がったのではないか。その先には、神隠しと呼ばれた誰も知らない街の情景が広がっており、子供はそこへ入り込んだのではないだろうか。
私は、自分の胸の高鳴りが抑えられなくなり、曲がり角に向かって走り出していた。勢いよく振り向いた先には、何度も見た寂れた石段が目に入る。今までと異なるのは、石段の向こう側に薄紫色の靄がかかっていることだけだ。靄のせいで先が見えず、石段がどこまでつながっているのかわからない。
「これだ」
思わず声が出てしまう。私はついに見つけたのだ。これが、あの女が言っていた神隠し、願いのかなう土地への入り口に違いない。私は意気揚々と石段に足をかけた。これで全てが戻ってくる。私の時計もこの街と同じように止まり、いや、遡るのだろう。どうか、私の願いを叶えて欲しい。
とおりゃんせ4
2013.06.27 Thursday
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ2
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ3
―――――――
4
当時、私は設立間もない比良坂民俗学研究所の主任分析官として、変異性災害対策に参加していた。変異性災害対策係と呼ばれる部署も設立して日が浅く、まだまだ予算もなかったころだ。
比良坂民俗学研究所は、変異性災害対策係の性質上、専門的な知識や技術を有する必要があるし、できれば部外者が入ってこられない施設が欲しい、といった対策係全体の要望に応える形で作られた施設だ。もっとも、その建設費用の大半を、巻目市界隈の有名資産家、火群家の出資に頼っていた。つまり、私の実家が出資先というわけだ。
出資の理由については、火群の家は祓い師を多く有する家系であり、変異性災害対策に理解を示してくれたからとも、新設部署に対しても影響力を持ちたかったからともいわれる。後者のような噂が立ったのは、設立当時の人員には火群の人間が相当名選ばれていたことも原因なのだろう。私、火群夏樹もまた、火群の人間として主任分析官の職に就いたのだ。
もっとも、そんなやっかみの様な噂があったのはあくまで施設の外での話であり、比良坂と対策係の連携は上手く取れていたし、やりがいのある仕事だったと今でも思う。当時の対策係では、まだ弟の火群たまきが一番下で、同僚達と意見をぶつけ合いながらも手探りで変異性災害を解決していく姿は、姉としても頼もしかったし、長正や秋山と出会ったのもそのころだ。
秋山恭輔が巻目市を訪れたのは、私が比良坂に務めて一年目の春である。当時大学1年生だった秋山は、日々の授業に忙しいとか何かしらの理由が重なっていて、夏ごろまで比良坂に顔を出すことはなかった。けれども、対策係の中では呪符の扱いに長けた優秀な祓い師として、比良坂の中でも早い段階から噂になっていたし、長正や弟から、秋山と弟の方針が良くぶつかるという話を聞かされていたので、どういう子なのか気になっていたものだ。
「比良坂には初めて顔を出すな。こちらが春先からウチの仕事を受けてくれている新しい祓い師、秋山恭輔君だ」
当時の係長がそう言って、彼を紹介した時のことは覚えている。秋山といったら、自分の名前を述べる以外に特に自己紹介をすることもなく、私たちが扱っていた変異性災害の案件について意見を述べたのだから。
「しかも、その意見がたまきと真っ向からぶつかっちゃってね。いきなり目の前で大げんか」
対策係にいたころの話をする夏樹は終始楽しそうな様子で、夜宮は少し気が緩んでいたのかもしれない。だから、あまり考えずにその質問をしてしまったのだ。夏樹の表情が曇ったのをみて初めて、夜宮は彼女に尋ねるべきではない質問をした事に気が付いた。
どうして、火群夏樹は比良坂民俗学研究所を辞めたのか。と
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ2
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ3
―――――――
4
当時、私は設立間もない比良坂民俗学研究所の主任分析官として、変異性災害対策に参加していた。変異性災害対策係と呼ばれる部署も設立して日が浅く、まだまだ予算もなかったころだ。
比良坂民俗学研究所は、変異性災害対策係の性質上、専門的な知識や技術を有する必要があるし、できれば部外者が入ってこられない施設が欲しい、といった対策係全体の要望に応える形で作られた施設だ。もっとも、その建設費用の大半を、巻目市界隈の有名資産家、火群家の出資に頼っていた。つまり、私の実家が出資先というわけだ。
出資の理由については、火群の家は祓い師を多く有する家系であり、変異性災害対策に理解を示してくれたからとも、新設部署に対しても影響力を持ちたかったからともいわれる。後者のような噂が立ったのは、設立当時の人員には火群の人間が相当名選ばれていたことも原因なのだろう。私、火群夏樹もまた、火群の人間として主任分析官の職に就いたのだ。
もっとも、そんなやっかみの様な噂があったのはあくまで施設の外での話であり、比良坂と対策係の連携は上手く取れていたし、やりがいのある仕事だったと今でも思う。当時の対策係では、まだ弟の火群たまきが一番下で、同僚達と意見をぶつけ合いながらも手探りで変異性災害を解決していく姿は、姉としても頼もしかったし、長正や秋山と出会ったのもそのころだ。
秋山恭輔が巻目市を訪れたのは、私が比良坂に務めて一年目の春である。当時大学1年生だった秋山は、日々の授業に忙しいとか何かしらの理由が重なっていて、夏ごろまで比良坂に顔を出すことはなかった。けれども、対策係の中では呪符の扱いに長けた優秀な祓い師として、比良坂の中でも早い段階から噂になっていたし、長正や弟から、秋山と弟の方針が良くぶつかるという話を聞かされていたので、どういう子なのか気になっていたものだ。
「比良坂には初めて顔を出すな。こちらが春先からウチの仕事を受けてくれている新しい祓い師、秋山恭輔君だ」
当時の係長がそう言って、彼を紹介した時のことは覚えている。秋山といったら、自分の名前を述べる以外に特に自己紹介をすることもなく、私たちが扱っていた変異性災害の案件について意見を述べたのだから。
「しかも、その意見がたまきと真っ向からぶつかっちゃってね。いきなり目の前で大げんか」
対策係にいたころの話をする夏樹は終始楽しそうな様子で、夜宮は少し気が緩んでいたのかもしれない。だから、あまり考えずにその質問をしてしまったのだ。夏樹の表情が曇ったのをみて初めて、夜宮は彼女に尋ねるべきではない質問をした事に気が付いた。
どうして、火群夏樹は比良坂民俗学研究所を辞めたのか。と
とおりゃんせ3
2013.06.27 Thursday
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ2
―――――――
3
秋山と夜宮は七鳴神社の下に広がる古い住宅街を散策したが、一向に噂の石段らしきものは見つからないまま時間が過ぎていった。最後に住宅街のはずれで見つけた石段を登ると、そこには寂れた小さな祠が置かれていた。
「この祠、特に祀られている神の名前もなければ、管理されている気配もないですね。七鳴神社で管理しているんでしょうか」
「さあ、どうでしょう。僕は聞いたことがありません」
秋山は以前長正から聞いた七鳴神社の系譜や敷地の話を思い出してみたが、このような祠の話を聞いたことはなかった。祠のように見えるだけで、実のところ、落ちてきた岩や石が組み合わさっただけなのではないか。そうした仮説を思い描いてみる。
そう思って、祠の周りを見渡してみると雑草が生い茂っており、誰かの手が入っている様子はないし、辺りにも祠以外に特に施設らしい施設がない。しかしそれでは、なんで石段は整備されているか説明ができないのだ。
「七鳴神社じゃないなら、誰が建てたのでしょう。不思議ですね」
「市の図書館とかで調べてみればわかると思いますよ。それより、これで、この辺りは一通り歩きまわったはずですよね」
「はい。噂されるような石段はなかったですし、私はこれといって異変を感じませんでした。秋山君は何か気がつきましたか」
「いや、何もなかったですね。確かに風見山地区は迷路のように入り組んでいる路地裏が多いですが、これといって出口がわからなくなるような小道はないし、怪異の気配もない」
「石段の噂はあくまで単なる噂で、変異性災害と関係がなかったってことなんでしょうか」
秋山としては、夜宮の結論に簡単に同意できなかった。確かに、観測されない以上、変異性災害と関連なしとして片付けることは間違っていない。だが、火群たまきがそのような噂の調査に、わざわざ部下を寄越すだろうか。ましてや、夏樹のいる七鳴神社を拠点に活動するように指示をするなんて。
火群は何かに気がついている。気がついているからこそ、夜宮に現場を見てくるように指示をしたのだ。秋山は火群が気づいている何かを見落としているだけなのだ。だが、何を見落としているというのだろうか。
「確かネットワーク上でもこの噂が広がっているって言っていましたよね」
「はい。プリントアウトした画面なら手元に」
夜宮から受け取ったネットワークスペースの画面を印刷した用紙には、古今東西の噂について語り合うことを目的としたとあるスペースの様子が掲載されていた。その中の一つに風見山の石段の噂に関する記載がなされており、閲覧者たちのコメントが付けられている。
「噂の元となりそうな場所がわからない以上、こちらの噂から探ってみるのも一つかもしれないですね」
「秋山君は、この案件、変異性災害が絡んでいると思っているのですか」
思っている。だが、何か根拠があるわけではない。夜宮よりも少し長く火群たまきという人間を知っている、ただそのことだけからくる直感に過ぎない。
「もしかしたら、何かあるかもしれない程度です。記憶を失くした子供の話も気になりますし、また明日以降聞きこみをしてみて判断するべきかと」
やや間をおいたことを不思議に思ったのか、夜宮は秋山の顔をじっと見つめて何も答えない。
「どうかしましたか、夜宮さん」
「え、えっと、そろそろ暗くなりそうですし、一度七鳴神社に戻りましょう」
秋山には何か思うところがあるように見えたのだが、夜宮は慌てて石段の方に駆けていってしまった。
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ1
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ2
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3
秋山と夜宮は七鳴神社の下に広がる古い住宅街を散策したが、一向に噂の石段らしきものは見つからないまま時間が過ぎていった。最後に住宅街のはずれで見つけた石段を登ると、そこには寂れた小さな祠が置かれていた。
「この祠、特に祀られている神の名前もなければ、管理されている気配もないですね。七鳴神社で管理しているんでしょうか」
「さあ、どうでしょう。僕は聞いたことがありません」
秋山は以前長正から聞いた七鳴神社の系譜や敷地の話を思い出してみたが、このような祠の話を聞いたことはなかった。祠のように見えるだけで、実のところ、落ちてきた岩や石が組み合わさっただけなのではないか。そうした仮説を思い描いてみる。
そう思って、祠の周りを見渡してみると雑草が生い茂っており、誰かの手が入っている様子はないし、辺りにも祠以外に特に施設らしい施設がない。しかしそれでは、なんで石段は整備されているか説明ができないのだ。
「七鳴神社じゃないなら、誰が建てたのでしょう。不思議ですね」
「市の図書館とかで調べてみればわかると思いますよ。それより、これで、この辺りは一通り歩きまわったはずですよね」
「はい。噂されるような石段はなかったですし、私はこれといって異変を感じませんでした。秋山君は何か気がつきましたか」
「いや、何もなかったですね。確かに風見山地区は迷路のように入り組んでいる路地裏が多いですが、これといって出口がわからなくなるような小道はないし、怪異の気配もない」
「石段の噂はあくまで単なる噂で、変異性災害と関係がなかったってことなんでしょうか」
秋山としては、夜宮の結論に簡単に同意できなかった。確かに、観測されない以上、変異性災害と関連なしとして片付けることは間違っていない。だが、火群たまきがそのような噂の調査に、わざわざ部下を寄越すだろうか。ましてや、夏樹のいる七鳴神社を拠点に活動するように指示をするなんて。
火群は何かに気がついている。気がついているからこそ、夜宮に現場を見てくるように指示をしたのだ。秋山は火群が気づいている何かを見落としているだけなのだ。だが、何を見落としているというのだろうか。
「確かネットワーク上でもこの噂が広がっているって言っていましたよね」
「はい。プリントアウトした画面なら手元に」
夜宮から受け取ったネットワークスペースの画面を印刷した用紙には、古今東西の噂について語り合うことを目的としたとあるスペースの様子が掲載されていた。その中の一つに風見山の石段の噂に関する記載がなされており、閲覧者たちのコメントが付けられている。
「噂の元となりそうな場所がわからない以上、こちらの噂から探ってみるのも一つかもしれないですね」
「秋山君は、この案件、変異性災害が絡んでいると思っているのですか」
思っている。だが、何か根拠があるわけではない。夜宮よりも少し長く火群たまきという人間を知っている、ただそのことだけからくる直感に過ぎない。
「もしかしたら、何かあるかもしれない程度です。記憶を失くした子供の話も気になりますし、また明日以降聞きこみをしてみて判断するべきかと」
やや間をおいたことを不思議に思ったのか、夜宮は秋山の顔をじっと見つめて何も答えない。
「どうかしましたか、夜宮さん」
「え、えっと、そろそろ暗くなりそうですし、一度七鳴神社に戻りましょう」
秋山には何か思うところがあるように見えたのだが、夜宮は慌てて石段の方に駆けていってしまった。
建築物が好きと言う話。
2013.01.10 Thursday
偶々、機会があって自分の好きなものってなにかなあって色々考える羽目になった。民俗学とか妖怪の話とか、怪談、小説。この辺りが好きなのと同時に、建物も好きだなあって思う。残念なことに、好きなものが一概に仕事に結びつかないものばかりなのだけれど、それはともあれ、客観的に見て、「建築」というのは他の好きなものと距離感があるような気がする。
建築が好き。という話自体は、ここ数年、時折誰かに話していたようにも思うのだけれど、そもそもにして、私は建築に関する学問に触れるような立場になかったと思う。いったい、なにがきっかけで建築が好きになったんだろう。
ふとそんなことを思ったので、適当なテキストを作ってみた。
本当は、本文の他にも、何人かの建築家さんの書籍を読んで、それに触発されてより建築に興味を持つようになったのだけれども、そもそものきっかけや、建築を見る時のドキドキはこういうところにあるのだろうという備忘録なので、その辺りは割愛。
それにしても、こういう文章っていざ書こうと思うと難しい。小説の方が気が楽である。評論やらエッセイ書いてる人って、きっと小説と異なる頭の使い方してるんだろうなあ。
以下本文
――――――
建築が好き。という話自体は、ここ数年、時折誰かに話していたようにも思うのだけれど、そもそもにして、私は建築に関する学問に触れるような立場になかったと思う。いったい、なにがきっかけで建築が好きになったんだろう。
ふとそんなことを思ったので、適当なテキストを作ってみた。
本当は、本文の他にも、何人かの建築家さんの書籍を読んで、それに触発されてより建築に興味を持つようになったのだけれども、そもそものきっかけや、建築を見る時のドキドキはこういうところにあるのだろうという備忘録なので、その辺りは割愛。
それにしても、こういう文章っていざ書こうと思うと難しい。小説の方が気が楽である。評論やらエッセイ書いてる人って、きっと小説と異なる頭の使い方してるんだろうなあ。
以下本文
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