作成した小説を保管・公開しているブログです。
現在は連作短編が二篇の他,短編小説,エッセイの類を掲載しています。
連作小説の更新ペースは随時。二か月に三回を最低ラインとして目指しています。
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迷い家2
2013.07.09 Tuesday
黒猫堂怪奇絵巻1 煙々羅
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家1
―――――――
3
【5月31日 朝】
窓の外を窺うと、見慣れない車両が一台、路肩に停車していた。この一時間全く動く気配がなく、定期的に中で何かが光る。まるでカメラで何処かを撮影しているようである。
火群が瞳を利用し、記憶が欠けている間に尾行がついたのだろうか。このタイミングで尾行がついたのだとすれば、尾行者の目的は迎田涼子、あるいはあのカフェテリアに後ろ暗いことがあるといったところだろう。
迎田涼子の職場を当たるよりも、尾行者を締め上げる方が早いのではないか。火群は、姿見で服装を確認しながらそんなことを思う。クリーニングしたてのブランドスーツに身を包み、黒ぶちの眼鏡をかけるだけで、鏡に映るのはまるで別人だ。
火群は、正面玄関から堂々と外へ出て、件の車両の窓をたたく。乗っているのは男一人。怪訝そうな表情で火群をねめつける。
火群は眼鏡をはずして窓に顔の位置を合わせ、もう一度顔の横で窓をたたいてやる。男の眼が大きく見開かれ、慌てて車のエンジンキーを回そうとしたので、火群は窓ガラスに向けて右手を突きだした。やはり、車の男は火群を尾行していた者らしい。
黒猫堂怪奇絵巻2 虎の衣を駆る
黒猫堂怪奇絵巻3 とおりゃんせ
黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家1
―――――――
3
【5月31日 朝】
窓の外を窺うと、見慣れない車両が一台、路肩に停車していた。この一時間全く動く気配がなく、定期的に中で何かが光る。まるでカメラで何処かを撮影しているようである。
火群が瞳を利用し、記憶が欠けている間に尾行がついたのだろうか。このタイミングで尾行がついたのだとすれば、尾行者の目的は迎田涼子、あるいはあのカフェテリアに後ろ暗いことがあるといったところだろう。
迎田涼子の職場を当たるよりも、尾行者を締め上げる方が早いのではないか。火群は、姿見で服装を確認しながらそんなことを思う。クリーニングしたてのブランドスーツに身を包み、黒ぶちの眼鏡をかけるだけで、鏡に映るのはまるで別人だ。
火群は、正面玄関から堂々と外へ出て、件の車両の窓をたたく。乗っているのは男一人。怪訝そうな表情で火群をねめつける。
火群は眼鏡をはずして窓に顔の位置を合わせ、もう一度顔の横で窓をたたいてやる。男の眼が大きく見開かれ、慌てて車のエンジンキーを回そうとしたので、火群は窓ガラスに向けて右手を突きだした。やはり、車の男は火群を尾行していた者らしい。
「やっやめろ」
襟首をつかむ火群の右手に、状況を理解できないその男は怯えた声を出した。
「おいおい。監視している人間がわざわざ会いに来たんだから、もう少し嬉しそうにしてもいいじゃないか」
「放せ、放してくれ、俺は何も知らない、何も知らないんだ」
その態度に合わせて、少し“力”を強くしてやると、男の顔から血の気が引いていく
「わかった話す!話すから、止めてくれ、早く手を放してくれ!」
「そう言われて手を放す人間は端からこういうことはしない」
「な、なにいってるんだ、やめろ! やめろよ!!」
これ以上脅していても男が車内で暴れ出しそうだったので、火群は男の身体を運転席のドアの方へと引き寄せた。男はその動きに慌てて、ドアを開ける。
開くドアに合わせて身体をそらし、男の襟首から手を放してやると、彼は自動車から転がり出て道路の真ん中へとへたり込んだ。
「いつから見張っていた」
「知らない」
「ここで、この車に乗って、ずっと俺の部屋を見張っていたんだろうが」
「ここに来てから、まだ一時間も経ってない。その車がいつからここにあったかなんて知らないんだ」
どういうことだ。この車は目の前で怯える男のものではなく、誰か別の人間が乗って来たものだというのか。
「質問を変えよう。君の前にこの車に乗っていた奴は誰だ」
「それも知らない。何も知らないんだよっ。ただ、ここで、あんたを見張ってろって指示されただけなんだ」
「それで、誰から指示された」
男は火群から視線をそらす。答えられないということか。
火群は男の目の前に近付いて、襟元を掴み、無理やり彼を立たせた。男は抵抗しようとしない。ただ、怯えたウサギのような瞳で火群を見つめるだけだ。自分の身体が火群の背後に見える車のようになるとでも考えているのだろうか。
「どこの誰から、俺の監視を指示された」
「言えない……それは言いたくない」
「あの窓ガラスみたいになってもいいのかい」
「そ、それはやめてくれ、わかったよ話すよ、俺が指示を受けたのは」
男が肝心なことを口にする直前だった。火群の耳をつんざくような金属音が鳴り響いた。思わず男を掴んでいた手を放し、両耳を押さえる。男が逃走するのではないか、火群は男の方に目をやった。
件の男は地面から10センチほど浮いていた。両目を何度も瞬かせ、口から泡を吹いている。強い電流でも流されているのか、両腕が垂れ下がり、胴体は大きくのけ反っていた。
やがて金属音が鳴りやみ、男の身体は地面へと崩れ落ちた。男の身体に触れると、その身体に流れている霊気が弱まっているのがわかった。
「変異性災害か」
やがて霊気の流れが元に戻り、男は目を覚ますとしても、この様子では金属音と共に憑いた何かによって、男の精神は蹂躙されてしまった可能性は高い。ぜひとも目の前の人間から話を聞き出したいところではあるが、彼の回復を待つくらいなら、迎田涼子を探った方が手っ取り早いだろう。
火群は、当初の予定通り迎田涼子の情報を集めることにした。
*******
火群たまきは、監視者に起こった変化に動じることなく、監視者を自動車の運転席へと押し込め、バックミラーで身なりを整えるとその場を立ち去った。
ああいう手合いとは極力関わらない方がいい。
運転席側のドアミラーにはまるで高熱で溶かされたような丸い穴が開いている。穴の中心は、火群たまきが手を触れた個所だ。数分前、火群たまきの右手がドアミラーに触れた時、その周辺の空気は歪み、彼の手はドアミラーを熔かし突きぬけたのだ。
変異性災害。いや、変異性災害とされるのは、広い呪術的干渉のうち、現実の平穏を歪めると判断され、認定されたものだけだ。火群たまきが行使したそれは未だ“呪術”と称される。だが、この状態を見て、未だ“呪術”と称していてもよいのであろうか。
監視者は強い恐怖を覚えただろう。私は、運転席に座る監視者の額に手を当てた。
車に乗せられた監視者は、冷たくなり始めている。命さえ奪ってしまえば、それが呪術によるものなのか、別の何かによるものなのか、判別することは困難だ。
こうして、私たちの痕跡は消えていく。そして、私たちは現実を浸食する。
4
孝子は語る。鬼とは、人を喰らう存在であり、決して世に出してはいけないのであると。
孝子は語る。彼女の足元に潜む鬼は、鬼の中でもとりわけ禍々しい存在であると。
孝子は語る。足元の鬼以外にも、人里には多くの鬼が潜んでいると。
孝子は僕に向かって呪符を見せた。僕が給仕に行くたび、鬼の話を聞かせるたびに。そこに書かれた呪いの言葉を、僕は読みとれなかった。しかし、それに不思議な力が宿っていることは理解ができた。
例えば、孝子は牢の中心に座ったまま、四方にある本や筆を手に取ることができる。孝子は、簡単な呪文で、予め本や筆に貼り付けた呪符に呼びかける。「自らの元へ集え」、その言葉だけで、呪符は貼り付けられた物と共に彼女の下へと集まってくる。
初めにその光景を見たとき、よく出来たワイヤートリックだと思った。けれども、ワイヤーが見えなかったし、彼女の下へと集う物たちが、その重さに関わらず一直線に移動するのは、トリックにしては奇妙だった。なによりも、座敷牢の中に入るときに、問題のワイヤーが部屋に貼られているのを見たことがない。
彼女に尋ねたことがある。それはどんな仕掛けかと。決まって彼女はこう答えた。これは、私が鬼を封じるために教わった呪いで、手品のようなタネはないと。
――6月6日付 秋山恭輔メモノート一部抜粋
*******
【6月7日】
徐々に日も長くなり、夜の風見山にも暖かさが戻ってきている。けれども、今夜は家の中が寒い。まるで、目に見えない何かが潜んでいるように思えて、片岡夏樹は誰もいない廊下で立ち止った。
目に見えない何か、怪異、あるいは変異性災害。それは、現実とは異なる層に存在する“何か”だ。結局、夏樹の中では変異性災害の本質に対する答えが出ていない。ただ、それが現実に生きる自分たちに牙をむくことがあり、また、制御下におくことで、理を捻じ曲げられるものであることは知っている。
変異性災害とは何か。
我が家の廊下を一人で歩く時に考えることではないが、仕事のころの癖が抜けていない。「どうかしましたか? 夏樹」
長正が、リビングから顔を出して、心配そうに夏樹を見つめていた。彼は昔から心配性だ。誰に対しても、その身を案じ、助けようとする。言い方を変えれば過保護だ。彼自身もその事に気がついている。だから、秋山恭輔や、仕事場の同僚と関わるときは、なるべく相手の自主性に重きをおくように意識している。そんな話をしてくれたのは、結婚の話が持ち上がった後だったろうか。
そんな態度だから、夏樹は当初、優しい物腰だが、人と距離をおく、冷たい人だと思っていた。それが今となっては、夏樹がこうして考え事をしているだけでも、不安そうな表情を見せるようになったのだから、大した変化だ。
「なんでもないわよ。今日はちょっと寒いかなって思っただけ」
「そうですか。秋山さんも夜宮さんも戻られてしまったので、少し静かになったからかもしれませんね」
「そうね。ここ数日は二人がいたから騒がしかったものね」
こんなことを言ったら、夜宮は顔を赤くして謝るだろう。秋山なら静かにやっていると、反論をするだろうか、いや渋い顔をして黙りこむかもしれない。可愛い後輩たちだ。
「眠れないなら、ホットミルクでも作るよ。飲みますか」
「じゃあ、お願いしちゃおうかな」
夏樹は長正の申し出に甘えることにした。彼が引っ込んだリビングに向かって、歩を進める。リビングの引き戸に手をかけたとき、夏樹はふと廊下を振りかえった。廊下の突き当たりは玄関、玄関に一番近い曲がり角は、道場への渡り廊下、そこから二部屋の入り口と接した後に、二階への階段。そして、夏樹が立っているここ、リビング。
少々廊下が長くはないだろうか。気にしたことはなかったが、ちょうど部屋一つ分くらいのスペースが空いているような……
「夏樹?」
「ううん。なんでもない。やっぱり今日は少し冷えるわね」
*******
「こんな遅くにお疲れ様、夜宮ちゃん」
比良坂民俗学研究所を訪れると、岸則之が資料の山から顔を出した。目もとに浮かぶくまと無精ひげが、彼のここ数日の生活ぶりを表している。
「こちらこそすみません。休む頃合いだったんじゃないですか」
「さっき寝たから大丈夫。のんびりってわけにもいかなくてな」
岸が指差す先には、情報端末のモニターを見つめる鷲家口ちせがいた。肩越しまで伸ばした長い髪を後ろでまとめ、珍しく眼鏡をかけている。モニターに映っているのは病院だろうか、椅子に座った少女が撮影者からの質問に答える様子が再生されていた。
一通り再生が終わり、モニターが緑に変化する。ちせは椅子を回転させ、こちらに向き直った。
「あら、沙耶ちゃん。来ていたの」
「こんばんは。あの、ちせさんは何を」
「ああ、これ? 一人じゃ終わらないからって泣きつかれて」
岸はちせに頼んだ以上、休憩をとりにくいということか。
「本当にすみません。無理なお願いばかりしてしまっているようで」
「いいのよ。それで、沙耶ちゃんの方はどう?」
今のところ、秋山に繋がる手掛かりはない。それどころか、そもそもの発端である『石段の噂』の調査も進展がなかった。
「まあ、だろうな。正直、石段の噂から即座に秋山の行方や風見山の事件の全容が解明できるとは思わなかったさ」
「でも、秋山君は何かに辿りついたかもしれません。いえ、辿りついたんだと思います」
「秋山は秋山、沙耶ちゃんは沙耶ちゃんでしょ。能力の差は認めるべきなんじゃない」
「それは……そうかもしれませんが」
「そう落ち込むな。ちせも俺も諦めろといいたいわけじゃない。とりあえず、ちせの検証していた映像を見てくれないか」
モニターに映る少女は、秋田ともみ、11歳、風見山地区の小学校に通う小学生だ。
3週間前、下校途中に失踪。当日の深夜まで行方が分からなかった。
家に戻ってきた彼女は、下校時から発見時までの記憶がなく、両親が、風見山医院へ連れてきた。もっとも、初診時には記憶が欠落している以外に変った点はない。
現在、モニターに表示されているのは、2日前に風見山医院を訪れた彼女の様子である。
「ともみちゃん。この前、夜遅くまで家に帰らなかった日のこと、思い出したんだって?」
医師の問いに、秋田ともみは首を傾げて答えない。やがて、唇に右手の人差し指を当てて左右に身体を揺らし始める。
ここまでは、失踪直後と同じであると、ちせから説明が入る。問題はここからだ。
「ともみちゃん。お母さんが、ともみちゃんが知らない場所のお話を始めたっていうんだけど、私にも教えてくれないかな? 洞窟の話」
洞窟。その言葉を聞いた瞬間、秋田ともみの瞳孔が大きく見開かれた。全身から発する気配に怯えが混じったように思う。岸が、視界の端で大きく頷く。
「洞窟……そう、僕は洞窟にいる。どうしてこんなところに迷い込んだのか、誰も教えてくれない。ただ、前へ進め、深いところへ進めって洞窟の奥へと押し込むんだ」
突然流れ出た彼女の言葉は、彼女のそれではなかった。
「誰かと一緒にいたのか? 今もあなたといるじゃないか。ああ、そうか。あなたは僕を押し込んだ奴の仲間か。つまり、僕らの仲間は他にいたのか? と聞きたいんだな。いいさ、答えるよ。君たちのそういうやりとりにはもう慣れたんだ。一人、僕と一緒に洞窟に入った人間がいるよ。名前は……確か、そう恭輔。秋山恭輔とか言ったな」
秋山恭輔。夜宮は、もう一度同じ部分を再生するように求めようと、口を開く。しかし、ちせがこちらに向かって掌を差し出す。
「色々言いたいのはわかるけれど、この映像はまだ続くの」
「でもさっき、この子は。そもそも、この子はいったい何を話しているんですか。さっきまでとは全然雰囲気が違う、いやそれだけじゃない」
「その辺は俺たちも判断しかねているところさ」
まずは映像の続きを見よう。そう言われて岸に疑問を留保されてしまう。
「恭輔君。その子は君とはぐれてしまったのかい?」
「気が付いたらいなくなっていたんだ。だいたい、あなたたちはどこで僕を見つけて、どうやって此処に押し込んだんだ」
「それは、私に聞かれても困るよ。つまり、恭輔君の事はよく知らないというわけだ」
「よくしらない。でも、確かに一緒に洞窟に入ったんだ。洞窟の外でも中でも恭輔を見た。あいつはあの女ばかり気にしていたから、何処かではぐれたのかもしれない」
「あの女?」
「あの女だよ。ここにいるんだろう。あの紙切れを握りしめて歩いていた女」
「その女の人は、洞窟の中にいたのかい?」
「何を言いたいのかわからないよ。洞窟の外からあの女はいた。あの石段の上に佇んでいたんだ。僕はあんな女を気にするべきじゃないって、そう思ったんだ」
秋田ともみは絞り出すように声を出すと、肩を揺らしてながら息を整えた。その様子を録画している医師の看護師に対する指示が映像の中に紛れ込んでいる。秋田ともみは、息を整えた後も、不安そうに当たりを見まわす。
「どうかしたのかい? ともみちゃん」
「ともみ、あの女はともみというのか? それより、今の地響きはなんだよ。なんでそんなに慌てている。まさかあの女の言う通りになるんじゃないだろうな」
「落ち着いて。地響きなんて起きていないよ。あの女の言うとおりってどういうことだい」
「洞窟の中にいるって言ったんだ。洞窟の中にはそれがいるって。僕たちを食べるんだって。僕たちはイケニエなんだろう。だせ! 早く此処から出せよ!」
不意に秋田ともみが立ちあがり、診察室の外に向かって駆けだしていく。看護師が彼女の前に立ちはだかり、その身体を押さえた。秋田ともみは拘束から逃れようと、看護師の腕の中で暴れながら奇声を上げる。白衣の男性が映り込み、彼女の前にしゃがみこむ。
「大丈夫だ。ここは洞窟なんかじゃない」
「出せよ!!! 出してくれよ!!!」
「この質問に答えたら、できるだけ手を貸してあげよう。君の名前を教えてくれないか」
「シバタミキト。僕の名前はシバタミキトだ」
途端に、憑きものが落ちたかのように全身の力が抜けて、秋田ともみは看護師の身体に寄りかかった。
「ともみちゃん?」
看護師が声をかけると、「何?」と小さな声で返事をした。先ほどまでの奇妙な様子はない。
「以上が風見山医院から送られてきた経過だ。他にも数名同じ症状を示した子どもがいるが、全く同じ話を繰り返す。洞窟、謎の女、秋山恭輔、そして、彼等を食べようとする何か。話す内容の細かい点は違えど、これらの要素は全て同じだ。そして、自らの名前がシバタミキトであると述べると、途端に症状が治まる」
再生を終えたモニターの前で、岸がそう補足した。
「これは、いったい……」
「さてね。少なくても三日前、秋山恭輔が姿を消す前までは、子供たちは単なる記憶喪失だった。それが、この三日間のうちに揃って聞き覚えのない名前と奇妙な物語を語るようになったわけだ」
「これは、変異性災害……怪異ですよね」
「夜宮ちゃんもそう思うか。俺も、ちせも同意見だ。だが、いったい何が起きているのか」
そう。モニターの映像が示すのは、失踪していた子供たちが奇妙な記憶を語り始めた、ただそれだけの変化だ。彼女たち一人一人に同じ怪異が取り憑いているのか、あるいは、何か一つの怪異により、彼女たちの精神が変容しているのか。
夜宮は、この状況と似たような何かをどこかで見聞きしているような気がした。
「そういえば、最後に見つかったという高校生はどうなんですか?」
「連絡待ちだ。中央区の病院に搬送されていてな。顔の利く奴がいないから、正規の手続きを取っている。明日の午前中には情報が入ってくるだろう」
つまり、今ここで見せられた映像以外に新たな手掛かりはないということだ。
夜宮は考える。これをみて、秋山ならどう考えるだろうか。
秋田ともみは風見山地区で一時的に行方をくらまし、記憶を失った。今になって、突然、彼女は記憶を失った時期のことを話すようになった。但し、全くの別人の記憶として。記憶……あれは本当に誰かの記憶なのだろうか? シバタミキトの話に出てくる“秋山恭輔”という人名に引きずられて見誤ってはいないか。
そもそも、モニターの向こうの医師は何といった? 洞窟の話を聞かせてほしい。そういったのではないか。彼女は姿を消していた間の記憶を語っていたわけではないかもしれない。それに、誰かの記憶にしては、場面ごとで途切れ過ぎている。あれではまるで、小説だ。
「岸さん、風見山地区での黒衣の不審者に関する話と類似する昔話等は見つかっていないんですよね」
「ああ。黒地図についても並行して調べているが、今のところ過去にそういった話が流布したという記録も、似たような事件が起きたという記録もない」
黒地図も、黒衣の不審者も、過去には風見山になかったし、伝承として伝えられた形跡がない。今回の変異性災害は原型となった物語が見つからない。だが、夜宮は、よく似た話を確かに知っている。記憶を失くし、その穴を小説のような別の詳細な記憶が埋めていってしまう。
そうした怪異の話を、夜宮は聞いたことがある。
「あの、過去の変異性災害の調査記録って、すぐに閲覧できるものですか?」
「見られるけど、いきなりどうした。風見山地区での類似事件は既に検索済みだって今」
「私たちは探す対象を間違えているんじゃないでしょうか」
秋山がこの事件について聞いた時の反応はどうだったか。あの時、秋山恭輔は、火群たまきのやり方を気にしていた。それは、片岡夏樹をこの調査から避けたかっただろう、昨晩、片岡長正は夜宮にそう語った。
ならば、ヒントは片岡夏樹の関わった過去の事件にあるのではないか。
―――――――
黒猫堂怪奇絵巻4 「迷い家」はまだまだ続きます。
次回 黒猫堂怪奇絵巻4 迷い家3
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